第六十話 逆鱗
「大丈夫か!?」
突き飛ばされたタツミを見て、何事かと店内が静まり返る。
「平気、ちょっとぶつけただけだから……」
急いで駆け付けた俺を、タツミはそう言ってなだめた。理不尽に怪我をさせられたこの状況でも、人の心配か?人が好すぎる……そう思ったのも束の間。突き飛ばした男は、悪いとも思っていない様子でこう続けた。
「あーあー、何だよこの店は!最低だな!」
「…………」
「なおくん?」
「……石井、頼む」
「りょうかーい」
石井はそう言って姿を消した。俺は俺の仕事に取り掛かる。
「……お客様、よろしいでしょうか」
「あん?何がだよ」
「こちらが何か不手際をいたしましたか」
「客に対して帰れっつってんだからな」
「私どもの見解では、飲み終わってから一人で一時間も席を占領されているのは、想定の範囲外でして」
「はあ?」
「まさかこのお祭り騒ぎの文化祭で、休憩、食事以外の目的で来店されるお客様がいるなど思いもしなかったものでね」
「何が言いてーんだ?」
「女性のお客さま方から苦情が出ているんですよ、あなたのことで。何でもじろじろ見られて気味が悪いとか」
「……自意識過剰なんだろ、そいつが」
「一人ならそうかもしれませんが、そう何人も同じ苦情が出ると、あなたの方を疑うのが筋でしょう」
「……客を疑うのか、この店は」
「お客様の行動によりますね。見たところ同年代のようですが、そのポケットに見えるタバコはなんですか?怪しまれたいと思っているんじゃないかと逆に疑問が生まれましたよ」
「関係ねーだろ!」
「そうですね。あなたが肺ガンで死のうと私には何の関わりもありません。この年でそんなもの吸わない限り気分が紛わせないかと思うと、同情したくなりますよ」
「喧嘩売ってんのか!?」
「同情しているのにそう思われたなら心外ですね。私たちは煙草に頼らなくても楽しい生活が送れるんですから、あなたに喧嘩を売る必要なんてないんですよ。そんなこともわからないんですか?それにですね」
「あ?」
「男子よりも力の劣る女子に暴力を奮っておいて、謝りもしない。その時点で私はあなたをその程度のモノとしか扱っていませんから」
「ふざけんな!」
我慢がきかなくなったのか、その男は俺の顔を殴ってきた。静まり返っていた教室から、女子生徒の悲鳴が上がった。口の中を切ったのか、血の味が広がる。……だがこれで、条件は整った。
「……殴りましたね?」
「それがどうかしたのか?」
「石井」
「ばっちり録画したよー」
「はあ!?」
石井に頼んだのは決定的な場面の録画。これで後はどうとでもなる。
「この録画を出すべきところに出したらどうなるでしょうね?営業妨害まがいのことをした挙句、説得する店員に暴力を振るう男。どこの高校かは知りませんが停学くらいになっても不思議じゃありませんね」
「そのビデオを寄こしやがれ!」
「まずは話し合いです。こちらの部屋に来ていただけますか」
「……くそが」
「承諾と判断します。ついてきてください」
舌打ちをしつつも、後ろに従っているようだ。……これで一段落か。