第五十九話 苦情
「なおくん、お客さんから苦情が出てるんだけど」
「何かこっちに不手際でもあったか?」
まずいようならクレームの対応、俺がでないといかんかな。
「ううん、そうじゃなくて……あそこに座ってる男のお客さんのことなんだけどね」
そう言ってタツミが促した先には、この店には不釣り合いな男が座っていた。
「あの客か。さっきからずっといるように思えるんだが……気のせいか?」
ただでさえ男性の数が少ないのに、ずっといるようでは目立って当然だ。同席している人もおらず、テーブルの上には空になったカップが、テーブルの下にはその男のものだと思われるカバンが置いてある。何をするわけでもなく、ただ周りを見渡すばかりで得体が知れない。
「気のせいじゃないよ。私たちもそう言ってるもん」
「一時間近くいるよな……退席するよう頼んではないのか?」
「夏目君がが頼んではみたんだけど、「客に対する態度か?」って凄まれちゃって……」
肝心な時に役に立たんな。
「それじゃ、苦情の方は?」
「その人が女子を観察してるみたいで……にやにやしてて気味が悪いって言われて」
そりゃあまた不気味なことだ。営業妨害にあたるのか?
「よしわかった。俺が行って帰ってもらうわ」
「いいよ、私が行くから。なおくんのところにはその確認に来ただけ」
「大丈夫か?」
「うん。女子相手の方が相手も対応が優しいでしょ」
それもそうか。何が目的かはわからんが、女子にキレる男子もいないだろ。
「じゃあ頼んだ。でも無理はするなよ?」
「わかってるって」
タツミならなんとかなるだろ。夏目より頼りになるし。
俺が雑用をしている間に、タツミが交渉を始めたようだ。任せたとはいえ、相手が素直に従うとは限らない。気になってつい目線がそちらを向いてしまう。
「お客様、そろそろ退席していただいてもよろしいでしょうか?」
「ああん?なんで俺が帰らねーといけねーんだよ?俺は客だぞ?」
「ですが、限度というものがありまして……限度を越されますと、私たちの方も対処をしなければなりませんので」
「高飛車な店だな。客がゆっくり疲れも癒すことも許されねーのかよ」
「御注文の品を飲み終えてから一時間も経つのですが」
「うるせーな、黙れよ」
「他のお客さまからも来店しますので、席を退いていただけると……」
「うるせーっつってんだろ!」
そう叫ぶと。
その男はタツミを突き飛ばした。