第五十五話 天敵
「しかし義人が使い物にならんってのはどういう意味だ?」
「見ればわかるから……早く!」
全く義人も肝心なところで役に立たない。俺がバシッとクレーム対応の手本を見せてやろう。
「ようやく着いたな。これだから広い校舎は嫌なんだ」
全国公立高校で二番目の広さは弊害にしかならない気がする。
「文化祭だからってこんな安っぽいクリームを使うのはおかしい!」
声が聞こえてきた。まあ確かに安いのを使っているけど、そこまで味は落ちないと思うんだが。まあ俺は味オンチだから、レベルの高い人の感性はわからんが。
「あの二人だ。なんとかしてくれ!」
「よしわかっ……」
…………。
ダッ。
「おい三井!?無言で逃げるとはどういう了見だ!?」
「離して!帰るー!俺帰るー!」
「どうした三井!?理性が吹き飛んで……これじゃ杉田とほとんど同じじゃないか!」
そりゃあそうだ!義人も使い物にならなくなるわけだ!だってあの二人!
「どうして姉ちゃんがいるんだよ!?」
大林に捕縛された俺は、義人ともども別の空いている教室で、姉ちゃんズ(二人とも大学一回生)の前に出されていた。何これ?人身御供?
「ん?直樹じゃん。あんた今まで何してたの」
「……休憩中。姉ちゃんこそ何やってたんだよ。夏休み(大学の夏休みは八〜九月)なのにうちに帰ってこなくて、ラッキー……じゃなくて心労がたまらずに済んだのに」
「ほう、それが本音か」
しまった!動揺して本音が出てしまった!
「あんた帰ったら覚悟しときな」
覚悟なんて怖くてできません。
「それより姉ちゃんはそんな怒ってないよな?やっぱあっちか」
「うむ。私も味にはうるさくないし」
怒っているのは義人姉(柔道黒帯)だけのようだ。……ほんとよかった……!
「旦那の薄情者!助けてくれよう!」
「あんたが調理班のトップらしいじゃないか。人に頼るな」
俺には手のつけようがございません。
「私の味覚が壊れたらどうしてくれんだ、ああ?」
杉田家は母親が家庭科の先生のため、幼い頃から家事を叩きこまれ、旨いものを食べてきた。そのため味覚が発達し、味にうるさくなっているらしい。……ただ、義人の姉ちゃんは学ぶ気がなかったので、義人にしわ寄せがいったそうだ。味にはうるさいが、家事はできるのにやる意思がない、重量級で重度のオタクの長女。それが杉田家の最終兵器、義人姉なのである!
「ああ、そうだ。私たち北海道に行ってきたから。これお土産」
それで夏休みなのに帰ってこなかったのか。しかしこの熊の木彫り人形、用途は何なんだ。無駄に思える。
「武者修行か?熊と戦ってきたとか」
「お前を狩ってやろうか」
「……すいません……調子こきました」
とりあえずその握った拳は開いてください。俺に太刀打ちなんてできません。