第四十話 デジャヴ
「なんですと!?」
「ああ、旦那と石川さんが明日二人で買い物に行く」
「あの朴念仁が!?石川先輩が誘ったんですか!?どうなんですかそこのところは杉田先輩!」
「色々と事情があってな。本人たちに聞けよ」
「……なぜそんな情報を私に?」
「イッシーと俺とで旦那をつけるから。あの二人の邪魔をしない約束ができるなら集合場所を教えよう」
「……目的地は教えてくれないんですか?」
「そしたら一人で暴走するだろ、保護者ちゃん」
「……否定はしません」
「そしたら面白い展開がなくなるからな。まあ気が向いたら後で掛け直して」
「その必要はありません」
「というと?」
「……邪魔をしないで見てるだけでもいいです。このままじゃ気になって眠れません」
「わかった。じゃあ俺たちの集合場所は……」
集合時刻になっても待ち合わせ相手が来ないというのは、イライラするものである。そこそこ几帳面なタツミならこんなことはないだろうと思っていたが、予想が外れた。こんなことなら読書用に本でも持ってくるんだった。
「もしかすると道に迷ってるのか?」
あり得る話だ。まだこの土地に来てから一ヶ月も経っていないのだから。ましてや駅周辺など混雑していて、どこが西口かなどわからんかもしれん。
「仕方ない。俺が動くか」
注意しながら周りを探せば見つかるかもしれない……と思って角を曲がってみた。
「……いた」
そこには男に絡まれているタツミの姿があった。……デジャヴ?前にもこんなことがあったような……。
「だからさあ、合コン一緒に来ない?」
「そうそう、一人女の子がキャンセルしちゃって」
「待ち合わせ相手がいるんです」
「男でしょ?ほっとけばいいって」
「……ずいぶん勝手な物言いをしてくれるな……」
「あ、なおくん」
「なんだ?お前が待ち合わせ相手か?」
「お前一体この子の何なんだよ」
「答える義理はないな」
「うぜえな、お前」
「君たちほどではないな」
「はあ?調子乗ってんじゃねえぞ?」
「自覚すらないとは重症だな。脳外科に行くことを推奨する」
「ふざけんな!」
少しばかりからかってやっただけで殴りかかってきた。もっともかすりすらしない、恥ずかしいものだったが。
「周りが見えないとは……馬鹿もここに極まれり、だな」
「何言ってんだてめえ!」
「ギャラリーがいるのがわからんか?」
ここは駅前。喧嘩が起れば人が集まってくることなど考えずともわかりそうなのに、馬鹿なやつだ。
「ちっ、覚えてろよ!」
そう言ってナンパ男二人は去っていった。まさか「覚えてろよ!」などとこの耳で聞こうとは思わなかった。いるんだな、そんな奴。
「なおくん、大丈夫?」
「何が」
「……今、殴られてたじゃない」
「当たってないわ、あんなの」
「なおくんって格闘技やってた?」
「いや、全然」
「それにしては慣れた様子だったけど……」
「……あれの五百倍は強い相手に苛められてたからな……」
いかん、目にも写らない速さの正拳突きを思い出すだけでちびりそうになった。おのれ姉上、記憶だけでダメージを与えるとはどれだけ俺のことが憎いんだ。
「……なおくんも苦労してるんだね」
苦労させられた相手がうちの姉ちゃんだと知ったら、タツミはどう思うのだろうか。昔は慕ってたし……信じなさそうだ。
「まあそれより、買い物を終わらせるぞ」
時間がもったいない。
「そのまえになおくん、一つだけいい?」
「なんだ?」
忘れ物でもしたか。
「……助けてくれてありがとう」
……別に。当然のことをしたまでだ。