第三十六話 交渉
執事喫茶<KENZO'S BAR>(あくまで酒は販売していない。調子に乗った義人たちが「響きがいいから」という理由で名付けた)プレオープンの日(土曜日)、俺たちは休みだというのに北高の教室に集まっていた。まだ暑いのにスーツ着用で。
「あちい……」
「旦那、準備してこなかったのか?」
「準備?」
「背中に冷えピタ張るとか、濡れタオルを持ってくるとか」
「しまったな。俺もそうすればよかった」
「一ついい経験になったな。本番で準備してなかったら悲惨な目にあうところだった」
事前に一度実践しておくのはいい意見だったようだ。現に今、俺は一つ学んだことだし。
「こんな感じで改善点を見つけていくことが今日の課題だな」
「三井、何言ってるんですか」
今日はあるはずのない声が聞こえてきた。
「今日の課題はいかに私の暇をつぶせるか、です」
「……健三さん、休みだというのになぜ学校に?」
面倒臭がりに定評のある健三さんらしくもない。
「休みくらい家でゆっくりさせろと、娘に追い出されました」
「……なんかすいません」
世間の親と同じ哀愁が漂ってる。この話に触れるのはよしておこう。
「さあ、早く私の喫茶店を開店させてください」
「……健三さんの喫茶店なんですか……」
確かに店名からしたらその通りなのだが。何もしてない人物が店長ってそれでいいのか。
「ああ、でも不祥事……食中毒とか起こしても責任は取りませんから、起こさないよう注意してください」
……好意的に解釈しよう。食中毒とか起こしたら駄目だ、自分の尻拭いを人にさせるなという高潔な教えなんだ、きっと。
「ちなみに売上の九十パーセントは名前の使用料ということで私の懐に……」
とんでもないこと言いだしたよこの人!
「というのも考えましたが、喫茶店のメニュー食べ放題というので妥協しましょう」
「……いいのか、義人」
「健三さんには賄いとか、作り置きで古くなったやつとか売り物以外を提供する……のでは駄目ですか?」
調理係代表の義人には、譲れない一線があるようだ。……さて、健三さんの返答は?
「ちっ、しけてますね……しかしいいでしょう。感謝しなさい」
なんか理不尽に威張られた気がする。
「旦那、健三さんだから仕方ない」
「それもそうだな」
健三さんに文句を言っても始まらない。
「さあプレオープンの開始です。前半に仕事が入ってる人は準備してください」
「「「はい、健三さん」」」
「店長と呼びなさい!」
「「「はい、店長!」」」
……健三さんが取り仕切ってる。この人でも楽しんでるんだ……よな?