新人戦2
……ああ……俺はもう駄目なのだろうか……。体に力が入らない。浮遊感すら感じるこの状況は、現実の世界のものとは思えない。むしろ……もうここは違う世界なのだろうか……?もし、ここが死の世界なら悪くはないな……。
「よし、休憩は終了だ。次は200メートルを自分の種目で五本、ベスト+十秒以内で泳いで来い!」
…………。
「おい、旦那?水に浮かんでるのはいい加減終わりにして、練習に入るぞ?」
ぶくぶくぶく。
「ああ!イッシーが泣いてる!水の中でもわかるほどに!」
「……ううー、帰りたいー……」
「ほれ、バッタ勢も早く始めろ」
もう嫌だ……。
バッタの練習も取り入れることになってから三日目。今までクロールばかり泳いでいた俺と石井は、日に日にやつれていった。特に石井の疲労感は相当なようで、いつもの陽気さは影を潜めていた。今日に至っては授業が終わるとともに、ダッシュで校門に向かった(石井は徒歩通学)のだが、張り込んでいた小倉さんに捕獲され、半泣きになりながら連れてこられたほどだ。気持ちは痛いほどよくわかるのだが、一人で逃げるのはよくない。嫌なことは皆で一緒に苦しもうではないか。
「なあ、義人?」
「俺はいつも通りのメニューだし、嫌というほどのことでもないんだが。……もちろん疲れるけど」
くっ、義人に同意を求めたのが間違いだったか。かといって石井はもうしゃべることすら致命傷になりかねんし……。どうすればいいんだ!?
「だから早く泳げ」
「旦那も壊れてきてるな、確実に。テンションが異常だし、尚且つ体に力を入れようとしないし」
……これをいつもこなしている義人は凄いと思った。改めて。
そんでもって本番(市内新人水泳大会)。
「……わーお」
200m泳ぎ終え、電子掲示板を見ると、俺の名前とタイムの横には標準記録突破を示す記号がついていた。記録を見ても、自己ベストを塗り替える好タイムだとわかる。
「よくやった、三井」
「小倉さん、ありがとうございます。これが練習の成果ですね?」
なんだかんだで、県大会のプールで泳げるのはかなり嬉しい。このために厳しい練習をしたのだと思えば、少しは報われた……と思っていたのだが。
「いや。違うな」
「え?」
「単にお前の体が成長して、出来上がってきたからだ。たった数日の練習でそこまでタイムは伸びん」
「…………」
言われてみればその通りだが、何か釈然としない。そこは「練習の成果だな。これからも努力を続けろ」くらい言ってください、教師なんですから。
「…………」
「よかったな、石井。県に出れて」
「……またここから数日ー、あのメニューやらないといけないのー……?」
「…………」
「…………」
「おーい、二人とも、よかったな……っておい!?何さめざめと泣いてんだよ!?不気味だ!」
……本当の恐怖は、ここからなんだな……。しくしく。