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魔人族の苦労  作者: トマト派の河童
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第1話 現世


 遠くから男女の言い争う声がする。


 「おい。男を二人だって言ったろ?お前、俺がいない間何してたんだよ。女ってなぁどいつもこいつも無能だな」


 「違うわ!これを育てようだなんてこれっぽちも思ってなかった!!!けど、あなたの子でもあるからあなたに相談してからどうするか決めようと思って…」


 女は切羽詰まった様子で続ける。


 「次は、次は大丈夫よ。二度とミスしないわ。こんな娘は殺して男の子を産めば問題ないでしょ?そうよね?ねぇ、そうしましょ」


 そんなやり取りのさなか、俺はまだ幼い少女が二人の様子をじっと眺めているのを見て、思わず走り出した。すると、彼女は僕に気づき嬉しそうな笑顔を僕に向けてくれる。

 「ただいま」の一言を一刻も早く告げてやりたくなって言い争う親には目もくれず駆け寄る。


 もう少し、あともう少しで大事な妹を抱きしめられる距離だというところで、背後の母親の気配に気が付いたがもう遅い。しまったと思ったその瞬間、強い衝撃が俺を襲った。視界に映った目を見開いて恐怖する妹にごめんとつぶやいた。







 …ょう

 ……うってば、ねぇ



 「おはようって言っとるんやて!お兄ちゃん起きーよ!」


 「……ん?…」


 声のする方には呆れ顔の妹がいて、俺をバシバシ叩いている。

 もちろん痛みはないが、心は痛がっている。


 「朝ご飯、もうとっくにできとるに」


 「…ん」


 「食べんの?」


 「…んー」


 「えー、何それー…じゃあラップして置いとくで、あとで食べりーよ?」


 妹は俺の返事も聞かずに部屋を出て行った。返事をする気も無かった俺が言うのもなんだが、薄情な奴だ。起きなかったのは悪かったが、叩くことないじゃないか。そんな風に心の中で妹を罵ったりいじけたりしつつも体は勝手に着々と二度寝の準備に取り掛かる。目を瞑ったまま布団をかぶり直して、全身の力を抜く。そして、さあ意識を手放そうという時に目覚ましが鳴った。

 時刻が午前11時を回ったらしい。

 しぶしぶ起き上がって一階に降りる。テーブルの上にはラップのかかった皿があった。



 俺は妹と二人暮らしをしている。親はいない。少なくとも俺はそう思っているし、結衣にもそう教えた。

 そして、俺らを育ててくれたこの家の主人である叔母は二年ほど前から施設に移っている。ボケていくのが恐ろしいらしい。本人は認知症を患うのは時間の問題だと思っているようだ。俺たちが祖母の意思に反対する理由はなかった。


 妹は今高3でちょうど大学への進学が決まったところだ。俺は俺で妹の合格以前に内定が決まっていて、普通ならこれで二年目の二人暮らしは終わりを告げるのだが、家から通える大学・家から出勤できる会社を選んだ俺らは三年目の二人暮らしを始めようとしている。いつもと変わらない平和な日々というのは心地いい。



 じゃなかった。違う。少し心配していることがある。

 他でもない。恋愛のことだ。

 俺のじゃないぞ!

 俺の顔はそんなに悪くないからちゃんとモテるし、女に苦労はしていない。まぁどんなにかわいい女の子も結衣に比べればその女子力の差は歴然で、ついつい結衣と比べては幻滅して破局しているような気もするが……仕方ない!なんだかんだ妹が一番かわいいからな!


 しかし、そうも言ってはいられない事態が発生した。最近の叔母は体調が優れないせいで、すっかり弱気になり「孫の顔が見たい。孫の顔が見たい。」と駄々をこねているらしい。

 普通なら「はいはい」と受け流してしまうところだが、育ててもらったという恩がそれを許さない。結衣はすっかり困っている様子だ。これはもう彼氏を作りかねない。

 それを危惧している!

 だから、とりあえず俺が彼女を作って叔母を黙らせたいという考えだ。


 ちなみに、今現在の結衣の様子はというと、家事に時間を割きすぎて友達もろくにいないという感じで、俺としては安心すべきか心配すべきか、内心複雑だ。


 そんな結衣の口癖は「お兄ちゃんは神様」である。

 これはもう「妹が天使」な俺と相思相愛だな!……うん、わかってる。違うね。言わないで。



 そうこうしているうちに、お昼が近づいてきた。この時間はいつも買い出しに行っている頃だ。ちょうどいい。ファミファミマートのプレミアムプリンを買って来てもらおう。

 俺はすぐさま電話を掛けた。


 「あ、結衣?」


 「うん、何?朝ご飯は食べたの?」


 「ああ、食べた。食べた。食べたらプレミアムプリンが食べたくなってさ、ついでに寄ってきてくれない?」


 「あー、そういうことか笑 お兄ちゃんから電話なんて珍しいから身構えちゃったてー あーびっくりした笑」


 電話越しにもわかる妙に楽しそうな妹の声に、思わず顔がほころぶ。

 「ごめんごめん」と謝っておいた。


 「いいよ、別に。それに、どうせそんなこと言うかなーと思ってコンビニ目指して歩いとる途中やったんやに?」


 「え!?うわー、さすが結衣だなー」


 俺は思わず感心して言った。

 たぶんいつもなら「さすがってなんやてー笑」と、そう返してくれたと思う。


 でもその時は違った。








 「ガシャーン!!!!!!!」







 耳をつんざくような音がした。一瞬思考が停止する。電話の向こうからは車がエンジンをふかす音が聞こえるばかりだ。体が硬直して動かない。声が思うように音にならない。悪い予感が頭をよぎる。口の中はカラカラになっていた



 「.........ぇ...ゆ、い?...」



 ガラスが割れるような激しい音、妹の声は途切れ、代わりに聞こえるのは鳴りやまないエンジン音。なぜか聞き覚えがあった。今社会問題になりつつあるとテレビが言っていたそれとよく似ている。でもまさか…














 俺の妹は、コンビニの前でブレーキとアクセルを踏み間違えた車に押しつぶされて死んだ。


 目撃者の話によると、車は一度目の衝撃ですでに血だらけの結衣に、それでもなお、うなりをあげて強い圧をかけていたそうだ。

 

 結衣を殺した奴はブレーキを踏んだのに車は止まらなかったと証言しているらしい。





 怒鳴る気にもなかった。

 ただただ虚しく、ひどい喪失感に襲われた。



















 どうやって時間を過ごしていただろう。

 事故から五日が経とうとしていた。誰と会って、何を話して、何を食べて、何を飲んで、いつ寝て、いつ起きて、なんで起きて、なんで…あれ?なんで生きてるんだっけ?




 ルルルルル…



 家の電話が鳴った。

 しぶしぶ起き上がって一階へ降りる。テーブルの上には友達が置いて行ったプレミアムプリンがあった。そいつを床に叩きつけてやりたい衝動が起こったが、何とか踏みとどまったところでベルは鳴りやんだ。留守電が大人の女性の声を伝える。



 久しぶりね~高広

 聞いたわ、あの子死んだんですってね

 いい気味…




 反射的に電話を床へ叩きつけた。


 「死ねばいいのに」

 誰かの声が室内に響いた。誰が死ねばよかったんだろう。





 あ。


 そうだ。神社へ行こうかな。

 結衣は神社が好きだった。毎朝神社にお参りに行っていたし、初詣に一緒に行ったときには立派な大木のあるとっておきのスポットを教えてくれた。俺は玄関を開いた。




 ザッザッザッ

 砂利を踏みしめる音だけがやけに大きく聞こえる。


 大木を見上げたら、元日の出来事を昨日のことのように思い出せた。

 二人で木の根っこに腰を下ろして絵馬を書いたんだ。俺は彼女ができますようにって書いたけど小っ恥ずかしくて、なんて書いたか言えなかった。その代わり結衣も「家内安全的な感じだよ」なんて誤魔化してきたから、しばらくお互いになんて書いたのか探りあった。あー、思い出すとついつい顔がにやけてしまう。


 結衣の絵馬を探してみようか。唐突に、この世に残る結衣の欠片を全部集めておこうと思った。もし絵馬が見つかったら神主さんにお願いして持ち帰らせてもらおうか。

 そんなことを思いついて絵馬を探すと、ずいぶんと下の段の奥の方に飾ってあった。少しワクワクしてしまう。ドッキリの仕掛人はこんな感じなのかもしれない。そっと絵馬を裏返した。







 『神様が性別を変えてくれますように』







 血の気の引くような感じがした。


 だって結衣は母親を知らなかった。そんな素振りを見せたことなど一度もなかったのに…でも、これを家内安全のようなものだと言ったのは、それはつまりそういうことだろう?

 全然気が付かなかった。気が付いてやれなかった。


 そうか、ずっと知ってて笑ってたのか。


 もしかすると俺が神様でいられたのは、俺が兄だからなのかもしれない。俺が姉なら神様にはなれなかったのかもしれない。今となっては何もわからない。

 思えば、やたら俺の世話を焼きたがったのは自分が女だということに負い目を感じていたからなのだろうか。そう思ったら涙が止まらなかった。結衣は世話焼きなんだと思っていた。家事が好きなんだと思い込んでいた。自主性を尊重してやろうなんて馬鹿な考えで結衣に甘えた自分が許せない。




 「やってやれないことはないよ」と、そう呟かれた自分の声に我に返った。

 いつぞやに結衣に教えた自分の言葉だ。

 あぁよし。本殿に行こう。






 赤い目のまま鳥居をくぐる。幸い、周囲に人はいなかった。

 静かに地面に膝をつく。そのまま頭を地面にこすりつけた。



 願うことはただ一つ。

 「妹をどうか男にしてやってください!!!!」



 俺の声は静寂に吸い込まれるように消えた。


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