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パンデミック!

きくりんからのヘルプメールから、心を落ち着かせる。

だが冷静に考えると、何とも不自然な内容のメールだ。

よくよく考えると、こっちに助けを求める前に、何かメールが入っていたな。

助けてのメールが来て、有頂天になっていた俺は、その前に送られてきたメールをもう一度確認する。

文字をもう一度ゆっくりと読む。

私の知っているみんなが、みんなじゃなくなってる?

どういうことだ?

俺は腕組みをして考える。

みんなじゃなくなってる?

つまりみんななんだろうけど、みんなじゃない。

うーん、意味が分からないな。

それとも、なんだろ?

また鎌田さんあたりに、いたずらメールでも送れってきくりんが言われたとかか?

とにもかくにも、分からないことばかりなので、職場に電話を直接かけることにした。

電話帳の中の職場の番号をクリックして、電話をする。

コール一回目、コール二回目。

……コール三十四回目。

おい! ふざけんなよ!

俺は、携帯を勢いよく、切った。

繋がる気配が、一向になかった。

いつもなら五コール以内に受付で誰かが取るか、俺たちヘルパーの中で、誰かが対応しているはずだ。それなのに今日は、誰も対応しないとか完全に仕事放棄だろうが。

出勤する人が、少なかった日だったか?

俺は、勤務表を見てみる。

しかし、特別少なくはない。

別に、人数が少ないわけではないか。

なら一体、何故電話に出ない。

もう一度、電話を掛けてみるが、全く一回目と同じで、誰も出る気配がない。

うーん、どうしたものか?

俺がうんうん唸っていると、着信が入った。

画面を見ると、浅利の文字が見える。

浅利君か。

俺は、ヘルパー仲間の一番年下で最近入ってきたばかりの彼からの電話に出た。


「おつかれさまです」


携帯の向こうから、丁寧ではきはきとした挨拶が言われる。


「おつかれさま、どうした?」


俺は、彼から電話が来るのが珍しかったので、開口一番に要件を聞いてしまった。


「あぁ、ええと。何か、先程菊池さんからメールが来まして、内容がおかしかったので。藤原さんもそんなメール来ました?」


少し緊張した口調で早口気味に話す。


「どういうメールが来たんだ?」


俺は、浅利君がきくりんと連絡先を交換していたことに驚いたが、まぁそれは置いといて。


「ええと、助けてとかみんながみんなじゃなくなってるみたいな内容だったと思います」


浅利君が答える。


「なるほど」


俺は、きくりんからのメールが、俺だけでなく、浅利君にも送信されているのに、少しショックを受けた。

俺だけじゃないのか。

それとも一斉送信なのか?

まぁ、知りたくもない事実を知り、俺は少し落胆したが、彼には関係ないので、


「藤原さんにも来ましたか?」

「あぁ、ついさっきな。それで折り返し連絡してみたんだが、繋がらないんだよ。それで気になって職場に掛けても繋がらない。いつもなら事務の誰かが必ず出てくれるはずなんだがな」


俺は、電話番を主にしているおばちゃんを思い出した。


「そうなんですか? うーん」


浅利君が、何かを考えているようだった。


「どうした?」


俺は、彼が大体何を考えているか分かったが、敢えて聞いてみた。


「気になるので、職場に行ってみようかなと思いまして。何もなければそれはそれでいいことですから」


彼らしい生真面目な意見に、俺は


「そうだな、浅利君が行くのなら、俺も行こう。きくりんが、万が一助けを求めているかもしれないしな」


と答える。


「ですね。では今から現地にて落ち合いましょう。では後ほど。失礼します」


浅利君はそう言い、電話を切った。

やれやれ。

後輩が、そう言うのなら俺も行くしかあるまいて。

重い腰を上げて、俺は支度を始めた。

もう肌寒いので、厚着をして、フリースを着用した。

雪はまだだが、おそらく降るのは、時間の問題だろう。

アパートの鍵を閉め、車に乗り込んだ。

フロントガラスから空を見上げると、そこには真っ赤な大きな満月が見えた。

ブラッディムーン。

俺は真紅の血を浴びたような月を見ながら、職場へと向かった。

珍しく、道路はそんなに混雑していない。

むしろ、外を出歩いている人の数がまばらでそちらのほうが気になった。

街の中のいつもと異なる姿に何かを感じながら、俺は三〇分ほどで職場に着いた。

駐車場には、浅利君の車もすでに到着している。

職場を見上げると、灯りがほとんど付いていない。

もう消灯時間だっけかと考えてみるが、まだ早いような気がする。

入口の自動ドアの前に立つと、ドアが開いた。

そしてもう一つのボタン開閉式のドアの前で立ち止まり、俺は中にいる人に解除ボタンを押してもらうために、入り口にあるモニターフォンを鳴らした。

ピンポーンという音が鳴り、俺はその場で立ち尽くし、ドアが開けられるのを待っている。

開かない。

もう一度、モニターフォンを押した。

俺は不審者じゃねーぞ。

そう思いながら、また三〇秒ほど待つもドアが開く気配はない。

おいおい。

浅利君、君もいるなら、開けてくれよ。

この入り口にあるモニター開閉式のドアは、入居者様の外への無断外出や脱走を防止するためにあるが、こういうときは非常に面倒以外の何ものでもない。仕方なく、浅利君の携帯に電話をかける。

寒いので、自分の車の中に入り、虚しく響く、コール音を聞く。

出ない。

一時間前くらい前に話したばかりなのに。

俺は、苛立ちを覚えながら、髪の毛を掻く。

ぽつん。

おっ、出たか。

コール音が終わり、浅利君が出たかと思えば、「ただいま留守にしております。ピーと鳴りましたらお名前とご用件をお願いします」

という留守番電話の応答メッセージが流れてきた。

ええい!

勢いよく、俺は携帯を切る。

俺はもう一度、ドアの前でモニターフォンを鳴らすが、やはり先程同様に何も変化はない。

妙だな。

ここで俺は、異変に気がついた。

受付カウンターがあまりに薄暗いことに。

本来であれば、あと何個か蛍光灯が点灯していてもいいはずだ。

おかしい。

もう一方の入口に回り、ドアの透明な部分から、中を覗くと、無造作にカウンターに書類が山積みになっている。

普段なら、帰宅するとなればきちんと整理してから帰るはずだが、そのままとは。

まるで誰もが、まだここで働いている途中というイメージを受ける。

また、ヘルパーセンターいわゆる詰所を見ると、いつもなら電気がついているはずだが、今日は点灯していない。

律儀に電気代がもったいないとかで消す人もいるが、この外も暗くなっているのにそれも考えにくい。

駐車場に停車している車の数も今更ながら、こんなに多いはずがない。

違和感だらけだ。

何とか建物の中に入れないかと考える。

最悪、窓も割って入るという作戦も辞さないが、それだとセンサーが反応し、管理会社が来てしまう恐れがある。

さてどうするか?

今のところ、浅利君、きくりんからも連絡は来ない。

それっきりだ。

犬の鳴き声が聞こえる。

妙に、この変な雰囲気も合わさって、気味の悪さが増してくる。

おまけにこの真っ赤な月だ。

帰ろう。

三文字の言葉が頭をよぎった。

明日、明るい時に来て、また再度確認して、それで対応すればいい。

正直、今のこのわけの分からない状況が一番嫌だ。

だが、きくりんのヘルプメールに、浅利君の安否、この昼間の職場をそのまま夜にしたかのような違和感だらけの異変。

このまま、ほったらかしにしてはいけない気がする。

俺は百十番に電話をかけようとした。

明らかに何かが起きている。

警察に連絡ということで、若干手が震えたが、俺は固唾をのみながら百十番のボタンを押した。するとオペレーターに繋がり、百十番か百十九番か聞かれた。


「百十番で……」


力のない声で俺は言った。

そのままでお待ち下さいという音声で待機音声が鳴った。

ここからが長いんだよな、きっと。

相手が警察だからという理由なのか知らないが、何故か俺は姿勢よく、その場で耳に携帯を押し当て、待機音声を聞きながら、待っている。

一分くらい経過しただろうか?

正直、緊急時で一分も待たされることがあるのはおかしいと思い、俺は一度切り、再度掛け直したが結果は変わらなかった。

いったいどういうことだ?

何故、警察に連絡がつかない。

自分に押し寄せてくる不安感が半端ない。

やはり一度帰ったほうが……と俺が車のエンジンに手をかけた時に、

携帯が激しく揺れ、着信が流れた。

すると、浅利君からだった。

メールで、一階トイレの窓と書いてあった。

ん?

俺はまさかと思い、車から降り、建物の裏手にあるトイレの窓を確認しに行く。

窓をスライドさせていく。

トイレは三箇所あるので、近いところから順に、確認していく。

すると、一番奥の窓に手を掛けたときに、横に無事にスライドすることが出来た。

開いた。

しかしながら、何故ここの鍵が開いている。

俺は、疑問に思ったがとりあえず中に入ることが出来てよかった。

窮屈なトイレの窓から、建物の中にようやく入ることが出来た。

静かだ。

耳を澄ましてみるが、音の一つもしやしない。

トイレの入口のドアを開けて、忍び足で廊下に出る。そして一階多目的ホールを覗くが真っ暗だ。非常灯しか付いていない。

泥棒になった感じで、すり足で一歩ずつ静かに歩いて進む。

ホールを過ぎ、一階厨房を過ぎ、事務カウンターへと向かう。

ものを出しっぱなしというさっきの外から見た光景は間違ってなかった。

管理室には、入居者様のカルテが、無造作に山積みされて置かれ、厨房は、洗い物が途中だ。いつもなら当に片付け終わっているはずだが。

事務カウンターもやったらやったぱなし。

昼間から、そのまま人だけがいなくなり、他のものはそのままという奇妙な光景だ。

一体みんなどこに行ったんだ。

ヘルパーセンターを覗くが、こっちもやはり同様だ。

浅利君はどこから連絡してきたんだ?

俺は先程のメールに返信する。

事務のカウンターの椅子に腰掛け、返信を待っていると、二階という返信が帰ってきた。

俺はすぐにスタッフ専用の階段を上がり、二階に登った。

すると、暗がりの中で浅利君が部屋の中から、顔を出し、こっちを伺うようにして見ている。


「おお、浅……」


俺が声を上げて、走って向かおうとすると、

彼は首を振り、人差し指を立てて、静かにという動作して、俺を手招きした。

なんだ?

浅利君の行動に少し疑問を抱きながら、俺は、彼に導かれるように、部屋の中に入った。

ここは確か空き部屋だったか。

この間、部屋を掃除した記憶が蘇ってくる。

俺が、部屋に入るのを確認すると、浅利君はすぐに部屋の内鍵を閉めた。

ん?

一体どういうことよ?

怪訝そうな表情をしている俺に彼は、ようやく口を開いてくれた。

顔色は、あまりよくない。


「藤原さん、おかしいんですよ」


彼の第一声も何を言っているかよく分からない。意味不明だ。


「何がおかしいんだ? 俺もここに来てから違和感ばかりでどうなってるのか聞きたいくらいだわ」


正直、俺自身も今のこの状況に対して、何も分からない。


「みんな様子がおかしいんですよ。ここに来てから、他の階にも行ったんですが、入居者様の様子が。誰一人、自室から出てこないし、何か唸ったりで、正気を失っている感じで受け答えもままならない」


浅利君が、今にも泣きそうな表情で言った。


「なるほど、昨日の近藤さんと同じような症状かもな。昨日も上の階の近藤さんが正気を失いながら、徘徊していたところを、俺と三浦さんで拘束したんだ」


俺は、昨日の光景を思い出す。

近藤さんは普通ではなかった。


「そうだったんですね。じゃあ、俺が見た人達も近藤さんと同じことなんですかね?」


浅利君が少しずつ落ち着いてきた。


「分からん、だが徘徊しない分、まだいいんじゃないか。仮にこれが感染病とかだったら、動き回られたら、非常に面倒くさいことになるしな」


想像もしたくないことを、俺はさらさらと言ってしまった。

浅利君の表情がさらに曇る。


「もしかしたら近藤さんから感染したのかもしれない。それから芋つる式にどんどんと……」


言いたくはなかったが、俺は可能性を挙げた。


「マジですか……。そんな」


気落ちしている。

人よりも自分の心配をしたほうがいいのに。


「きくりんからあれ以降、連絡はあったか?」俺は話題を変えた。

「いえ、藤原さんと電話したとき以降から何も」


来ていないか。

彼女も浅利君同様、この入居者の変化を見て、驚いているのかもしれない。

助けに行くか。

あまりにも、この状況で女の子だけ残していくのも冷たすぎるよな。


「俺は、きくりんの担当の八階を見てくる。もしかしたらまだ助けを求めているかもしれないからな。浅利君はどうする?」

「僕も行きますよ。どこかで鍵を落としたみたいで、2階から出れなかったんですよ。それで藤原さんを窓から覗いたら発見して、ここまで誘導したんです」


やれやれ。

勘弁してくれよ。


「まぁ、今回は許す。じゃあさっさと行くぞ」


俺達は八階に向かおうと、入口のドアの鍵を開けよううとすると、

ガタガタッ!

外側から何か音がする。

俺と浅利君が、顔を見合わせる。

嫌な予感がする。

何度も何度も、鍵のかかっているここを、開けようと試みる。

ここの関係者ならスペアキーーを持ってくるか、中に気配を感じたのなら声がけをするはずだ。

しかし、扉一枚を隔てている向こうでは、このドアを力ずくであけようと頑張っている何かがいる。


「マジかよ、おいおい」


俺の心拍数がまた高鳴ってくる。


「どうします、どうします?」


浅利君のテンパり具合も普通ではない。

すると、諦めたのかドアを開けようとする行為は収まった。

俺たちは、顔を見合わせ、諦めてくれたかと思い、ドアのほんの隙間から外を見た。


「!?………!!!!!?????」


隙間を見た瞬間、俺は目が合ってしまった。

ゾゾッと背中に冷たい汗がだらりと現れる。


「うあをおおおおおお!」


俺は、大きな声を出してしまった。

俺は、後方に転がるかのように倒れた。

足の震えが止まらない。


「どうしたんすか? どうしたんすか?」


俺の尋常のない変わりように、浅利君も混乱し、さらにテンパるばかりだ。

俺が、隙間の奥に見たものは、正気を失いながらも口を半開きにして、体液を垂らしながら、こっちを見ている何かだった。入居者様ではもうない。そして、最後に確かに俺は見たのだ。それがようやく見つけたとばかりに、にたりと口元の口角が上がったのを。


「あべぇ、あべぇ、あべぇよ」


俺は完全に取り乱していた。見たことのある入居者様であるが、もうあれは俺の知っている入居者様じゃねぇ。

身体の中の本能が語っていた。

ドガッ、ドガッ。

さっきとは異なり、何かでドアを叩いている音がする。

ここでの籠城も限界が来ていた。


「浅利君、ここを出たら、まずは一階に降りて、君は中央警察署に向かって、救援を呼びに行ってくれ。俺は、その間にきくりんを確保する」

「二人で助けにいくほうがいいですよ。一人なんて無理です」


浅利君は止めさせようとするが、


「二人とも感染して、正気を失ったらそれもこそだ。だがこの感じ、確証は持てないが空気感染ではない思う。空気感染なら、昨日俺と三浦さんが接触しているけど、今のところ問題ないからさ。体液感染だと思う。だから噛まれたり、引っかかれたりされるとアウトだからな」


どうしようもない事態に、俺は笑えてきた。

まさかゾンビのパチもんと生きてる間に、会えるなんてな。

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