わたしの永遠の故郷をさがして 《第一部》 第二章
次の一手・・・・アブラシオ
「地球人は今のところ何もする気はないようです。というより、お互いに犯人捜しをやっているようです。 つまり「火星連合」は、地球の誰かによって操作されているという前提の下に、表向きは対策を協議しながら、各国の情報機関は、誰が仕掛け人かを、必死に確認しあっています。
マスコミの扱いも大変混乱しています。
アメリカ、日本、ヨーロッパ始め、民主主義国では、本物の宇宙人説から、国際テロリスト集団、オカルト集団、宗教団体説まで、さまざまな可能性を検証していますが、北海道を消滅させる技術など想像もできないということで、みな困惑しています。
国によっては、この事態をまったく公表していない処もあります。
宇宙人説を強く主張して、早くきちんと対応するよう主張する人間も、いないことはないのですが、それはいわゆる疑似科学の分野の専門家と言われている人たちが中心で、正統派の多くの科学者は態度を決めかねています。」
「だいたい予想どおりですね。日本政府はどうですか。」
「そうですね、衝撃はかなり大きいようです。 しかし、「あれ」以降は何の接触もありません。SF映画のようには、独自の動きはとれないでいます。全体的には一二時間後の、我々の動き次第と考えていますね。」
「その一二時間後も近いですね。予定通り行うことになりそうですね。
しかし、ヘレナ様はなぜこんなおかしなことをするように、おっしゃるのでしょう。時間がもったいないだけのように思えます。さっさと侵略なさればよいものを。」
「そこがあの方の面白いところなのですよ。まあ、意地悪な、と言いましょうか、おちゃめな、と、言いましょうか。」
「はあ、そうですか。」
アリーシャは良くわからないな、という顔でうなずいた。
地球・・・タルレジャ王国
自分たちの王女を、地球の支配者として差し出すように要求されたことになるタルレジャ王国政府は、いっそう困惑していた。
当然、世界の目は、王国に対する疑いの眼差しを送ってきている。
タルレジャ王国は、『自称火星人』の仲間、なのではないのか、と。
それは言ってみれば、王国政府にとっては、屈辱的な事柄という事に当たる。
首相は各国のリーダーと協議しながら、自分たちは、犯人たちとは、なんら関係が無いと主張していた。
タルレジャ王国は、けっして所謂大国ではない。
南太平洋諸国の中では、古い歴史と高い技術力と豊かな資源を持ってはいるけれど、人口は日本の一割程度、総合的な経済力は知れているところだ。しかも軍事力は、「まったくない」、というよりは「ある」という程度だ、と思われている。
日本の真似をしたような形で、王国防衛隊が組織されている。
航空防衛隊はアメリカ製の戦闘機を、十機も持っている。維持費もかなりかかるし、持ち過ぎだとの非難も国内では、ある。
陸上防衛隊は戦車五両と、通常兵器をそれなりに持っている。王国内でのクーデター騒ぎなど、なぜか歴史上起った事が一回もないので、あまり指導者は必要性を感じてこなかった。嵐による災害時の救助活動がメインの業務だった。
それでも、首都防衛用に、対空迎撃ミサイルを1台持っている。
一番力があると言われているのは、海上防衛隊だった。
当然ながら、(もし来るならば)外敵は海からやって来るもの、という古くからの認識があったからだ。
実際のところ、タルレジャ王国の支配を試みる国は、過去いくつかあったけれども、戦争になったことは、なぜか無かった。
王国は、現在三隻の非常に優秀な、いわゆる『軍艦』を持っている。それも自前で作ったものだ。
現王女の名前を取って『ヘレナ』『ルイーザ』『ヘネシー』と名付けられている。
実はこの三隻の船が、どんな能力があるのかについては、多くが『秘密』だった。
太平洋諸国や周辺の大国等は、相当な関心を持ってはいたが、詳しい情報は掴めていなかった。
『ルイーザ』は、装備から見て、高い情報収集能力があると、考えられていた。『ヘレナ』はかなり船体が大きく、相当の攻撃能力がありそうだとは見られていた。
『ヘネシー』は昨年就航したばかりだが、用途がよくわからないおかしな船だった。
王国は勿論核兵器などは持っていないし、研究もしていないと、明言してきていた。にもかかわらず、王宮のある『北島』の、その向こうにある『北の北島』、さらにその北側にある『北の北の北島』は、密林に蔽われている部分がほとんどで、しかも内部には大きな空洞もあることが解っていて、衛星などを使っても、上空からはよく見えないが、海底には北島から道路も通じているらしいことから、何かの秘密施設があるらしいと、かなり怪しまれていた。
しかし、実際のところ、これらの島は、北島の一部以外、ほとんどが「国王」と「タルレジャ教団」の私有地で、政府でさえ、なかなか手が出せない広大な聖域だった。
ある、日本のオカルト的団体は、タルレジャ王国政府が関与できないところに、『超兵器』が隠されているらしいという、まことしやかな噂を流していた。
しかも、それらを開発しているのは、王国内に本拠がある、王女様の実家の関連会社で、どうやらUFOも作っているらしい。そうして、宇宙人と(特に火星人)と通じているらしい、とまで言っていた。さらにその目的は、地球の支配である、と。
「王宮はどう言っているのかね。」
首相は、女房役の官邸長に確認した。
「すべて政府にお任せしますとのことで、王宮はこの事態に一切関与しておりません、との事です」
「王女様方には、異常はないのだね。つまり、行動も含めて。」
「ええ、第一・第二王女様は東京の大使館が保護しています。第三王女様は王宮内でお過ごしですが、何れも、特に変った事はありません。」
「そうか、間もなく一二時間経つか、相手はどう出て来るのだろうか。我々は、いわば何もしないでここまで来たようなものだ。」
「得体の知れない相手です。慎重に事を見極めて、運ぶ以外にありません。」
「日本の首相は、少しお疲れのようだったな。」
「それはそうでしょう。目下最大の直接的被害者ですから。しかし、二番目に名指しされているのは我々ですからな。といって、我々は伝統的に外敵と戦うという術を知りません。知っているのは、どうやら王女様だけのようですな。はは、これは失礼。」
しかし首相は、真面目に応じた。
「そうだな、その通りだよ。実際、我が国の持つ兵器は、航空機以外、皆、彼女が設計したのだから。 その詳細は、なんと私もよく分からないときている。事実上この国は『第一王女の国だ』。 さあ、私はここで、その一二時間目のメッセージとやらを待っているよ。少し一人にしてほしい。」
「わかりました。」
「それと全閣僚を会議室に集めておいてください。」
官邸長はお辞儀をして、部屋から出て行った。
王宮でも侍従長始め、要職の人々が集合していた。
かなり重苦しい雰囲気が流れている。
「教母様が、お呼びです。侍従長。」
長い槍をそれぞれ右手と左手に持って、甲冑を身に付けた教母様付きの巨大な女官が二人、突然やってきて、やや見下ろすように言った。
「そうですか。」
侍従長は、しかし冷静に応じた。
「我らと共においで頂きたい。」
「なるほど、いいでしょう、行きましょう。」
侍従長は、女官二人と、部屋から出て行った。
「教母様が、女官を使って、直に侍従長を呼びだすなんて、聞いたことないですね。しかも、あの態度。失礼な。第三の巫女様がいらっしゃるはずなのに。」
周りで、誰かがささやいた。
「第三王女様に、何かあったのかもしれないですな。」
侍従長は、王宮の職員であって、しかも王族を除くと、王宮事務所ではナンバーワンの地位にある。
けれども、タルレジャ教団の職員ではないし、教団の幹部で構成する教団会議のメンバーでもない。
教母様の、直接の命令を受ける立場ではないのだ。
それが、教団から王宮が独立している証しでもある。
教団と、王宮事務所を繋いでいるのは、三人の王女様達だ。
通常は、この三人だけが、王宮事務所と、教団の両方に顔が利くのである。
その中でも、第一王女様に最終的に逆らえるものは、理論上は、国王だけである。
けれども、実際には、第一王女(王子)様の言葉が、すなわち国王の言葉とされる慣例になっている。
ところが現時点で、上二人の王女は、日本で事実上幽閉されている。
今、ここで王宮と教団を繋ぎ、国王の言葉を発せられるのは、第三王女のみなのだ。
その第三王女様(第三の巫女様)は、自室に、じっと閉じ篭っていた。
「わしは、一切、誰とも面会はせぬから。ただし第一王女様からのご連絡があったら応じます。」
と命じたうえで。
「お忙しいのに、お呼び立てして申し訳ありませぬ。」
教母様が、薄暗い庫裏の奥から、侍従長に話しかけた。
「いいえ、教母様こそ、御心安らかではありますまい。第三の巫女様は、いかがなさいましたか? こういう際は、ここにいなければならないのでしょうに。」
「はい。自ら、部屋にこもってしまわれましたのじゃ。」
「そうですか。やはり、まだ荷が重いようですか。」
「それが、どうも、そうでもなさそうなのじゃ。」
「と、いいますと」
「このところ、急に古代宮廷語で、よくお話になるようになっておりまする。」
「ああ、それは私も気づいていましたが、一人称がいつのまにか『わし』になってきておられましたし。まあ、それは王女様方の正式会話用語ですから、あえて、そうされているのかと思いましたが。」
「あの子は、これまで儀式の際以外は、ほとんど使った事がないのです。古臭いと申しまして。 第一の巫女様は、古代語がお好きゆえ、違和感はないのじゃが・・・。ただ単にお言葉の問題ではのうて、急に人格が変わって来たように思えるのじゃ。」
「普通ではないと?」
「その通りじゃ。あれは、これまでの第三の巫女様ではなくなってきておる。あなたは、宗教家としては合理的な学者さんじゃが、どう思われるか? 神が、あの子に降りてきているのじゃと、わしは思うのじゃが。」
「神が、ですか?」
「他に、何がおるのか?」
「そうですな。第三の巫女様の人格を変えてしまうような、何かがいるとすれば、まあ、つまりは、『神』、ですか。 あるいは、その代理となる、御方なのかもしれません。」
「まさにじゃ。火星の『女王様』ではないかと、わしは思う。」
「ははは、まさか、本物だと? しかし、第一王女様からそのようなご教示もありませんでしたが。」
「まあ、今の第一王女様が、真実の女王様であるのかどうかは、わしも図りかねておる。が、このたびの宇宙からの来訪者といい、まず、背後に真の『女王様』がおいでである事は、間違いなかろう、と、思うのじゃ。侍従長殿、いよいよ『真実の聖典』の実現される時が、近づいておる。」
教母様は、手元に置いてあった、一冊の本を持ち上げた。
「これは、現在、わしと、第一王女様しか持っておらん、『第一聖典の原本』じゃ。世に出ておる最も古い『聖典』にも、書かれていない部分が、この中にはあるのじゃ。ここを読んでみなさい。」
教母様は、お付きの女官にその本を渡した。
彼女は、先程侍従長を呼びに来た二人と同じく、生まれて以来、ただ教母様のみに全てを捧げることを誓ってきた人だ。
万が一、教母様を襲う者が現れても、一人で数十人の男と、暫くは互角に戦える技術を持っている。
この女官たちと、まともに素手で戦えるのは、三王女だけだ。しかも、結果的には三人の王女にかなう者はいない。
「これは、まるで昨日、出来たばかりのような、ぴかぴかの本ですな。ただ、これは、どうやら、普通の紙ではないようですな。」
「さよう、地球の技術では、ない、そうじゃ。わしには、そうした分野はよくわからぬが。それは、今から五万年以上前に作られたと聞いておりますぞ。」
「はああ、? それはまた、たいそうな数字ですね。」
「わしの二代前の教母様が、昔おっしゃっていたところでは、実は、二億年前に作られた、本当の原本が、この王国の地下のどこかにあると聞いておる。」
「そりゃあ、恐竜の居た時代ですな。そこまで行くと、もう神話のようなものですね。」
「わしは、事実であると、認識しております。」
「実物を見たら、信じましょう。」
「まあよい。そなたに、そこまで背負う責任はない。さあ、読んでみなさい。声に出して。」
「ええ、これは、信じられないくらい綺麗な印刷ですな。いや、印刷かな。これは、しかし見事な旧古代語ですな。」
「さよう、それが読める人間は数少ないじゃろう。」
「ええと・・・我らは、この宇宙の、遥か彼方より来たりし、偉大な女王により生み出されたのである。
・・・ここは、現在も同じですなあ。・・・女王は、まず、この太陽の周りを巡る星たちが、生まれるのを見届けていた。・・・ここも、同じです。・・・そうして、太陽を巡る内側の軌道には、岩石でできた大きな星が、四つ形成されかけていた。 あれ・・・。」
「続けなさい。」
「ええ、・・・四つ、形成されかけていた。しかし、最終的に生き残ったのは、三つとなった。一つは、太陽系外からやってきた無法者によって弾き飛ばされて、遠くに遠ざかっていった。偉大な女王は、この弾き飛ばされた星を異次元に移して、他の目的で使う事にした。結局、この太陽の周りには、九つの比較的大きな星が周回することとなり、さらにおびただしい数の小さな天体が周回するようになった。九つ、で、合ってましたでしょうか・・・。」
「八つ、なのですよ。冥王星は、そこではその他の小さな天体に入っているのじゃ、と、聞いています。先をどうぞ。」
「はあ、では。・・・ 偉大な女王は、多くの宇宙で、さまざまな生命を見聞きし、また、それらと直接交わる事によって、信じられないほど、多くの知識を得ておられた。また、生命の持つ、喜びや悲しみ、苦悩や、歓喜と言うものを体験していた。女王は、こうした事を通して、男であることよりも、女であることの方を尊ぶようにもなった。やがて、偉大な女王は、この太陽系においても、生命を生み出す事が必要であると判断した。そこで、まず、当時は、内側から三番目にあった星であり、現在は女王によって二番目に移動させられている星に、生命を生み出された。・・・・これは、金星の事でしょうか?」
「その通りじゃ。」
「はあ、・・・・順番を変えた、ですか。これは信じ難い。いや、それにしてもこの辺りは、現在知られている『聖典』には、まったくない記事ですな。」
「そうじゃ。・・・」
「では先を、読みましょう。・・・この新しい命は、瞬く間に成長し、利口になった。他に生み出された多くの生き物と共に、それなりの期間繁栄していたが、あるとき、突然発生した病気の為に、ほとんどが非常に短期間で死滅してしまった。偉大な女王は、この病をも治す事が出来たのだけれども、自然の成り行きにお任せになった。わずかに生き残っていた者の、遺伝情報を抽出し、偉大なる女王はこの星を太陽から二番目の位置に移して、文明のい痕跡消し去られた。また、この時偉大な女王は、この星を一旦四次元の箱の中に移し、そこで様々な実験を行ったうえで、新しい位置に置いた。そうして、女王は、内側から四番目の星に移り住んだ。
偉大な女王は、前の星の人間を応用しながら、新しい形の人間を創造した。
それは、前のものより病気に強くなり、また想像力をも、より強くした。
これにより、芸術が生まれるように成った。
さらに、頭部には、女王の意志を徹底させるための感応力を、より強力に働かせるかせるための、角を生やすように改良し、また王家の人間については、角もより大きく成るように改良したうえ、口元にも鋭利な牙が生じるようにした。偉大な女王は、この角と牙を、その後、自らの意志で伸縮できるように、さらに改良した。
この星の人間は、以前よりさらに繁栄し、この太陽系全体を手中に収めるまでになった。かれらは、マーズの民と自らを呼ぶようになった。この人間こそが、我がタルレジャの民の祖先である事は、言うまでもないことである・・・・・・・。ううん、これは・・・。」
「いかがであろう、侍従長殿。」
「我々の最古の『経典には』、『この星の人間は非常に繁栄し、』以後の文章はありますが、その前の部分はありませんね。」
「その通りじゃ。誰かが意図的に削除したのに違いない。」
「誰が、ですか?」
「さて、判らぬが、おそらく女王様ご自身か、またはその『移し身』の誰かであろう。先を・・・」
そこまで教母様が言いかけたところに、侍従長をここに連れてきた女の一人が駆け込んできた。
「教母様、事態が動きました。」
「そうか、侍従長殿、その本を、そなたに預ける。大切に扱いなさい。この先、この知識はそなたに必要になるであろう。勿論他言は無用じゃ、よいな。さあ、貴方は、帰らねば。」
「むむ、判りました。 ただ、教母様、一つお教えいただきたい事がございます。」
「これはまた、なにを申される。知らぬ事などない侍従長殿が。」
「いえ、わたくしが知らぬ事が山ほどあるはずなのです。 教母様、教団が所有しているという、太古の火星より受け継いだ、恐るべき、この世の終わりをもたらす兵器が有るという隠された伝説。これは本当なのでしょうか。」
「なるほど。それか。その伝説そのものを知る者自体が、もう、王宮では、そなたくらいなのじゃな。」
「そうかもしれません。」
「よかろう。お答えいたしましょう。その言い伝えは、真実じゃ。」
「それは、何なのですか? 核兵器でしょうか? どこにあるのですか?」
「わしも見た事はないし、見ることは叶わぬであろう。しかし、ある事は、事実としか言いようがないのじゃ。」
「良く判りませんが・・・・、」
「その、武器は、地球上にはないのじゃ。」
「は?」
「あるのは、太陽から一番目の星じゃ。」
「水星・・ですか。」
「さよう。そこにある。その地下に埋められておるという。しかし、いざ、最後と言う時に、地上に口が開き、地下から太陽に向かって、撃ちこまれるのじゃ。すると、間もなく太陽は激しく膨らみ始め、火星までのすべての星を呑み込み、やがて大爆発を起こすのじゃ。」
「それでは、太陽系が滅んでしまいます。」
「したがって、終わりの武器なのじゃ。」
「それはまた、伝説以外の何物でもないでしょう。」
「わしは、かつてただ一度だけ、そう、七年ほど前に、第一王女様に、その真実をお尋ねした。タルレジャの神に、この生命を、おかけしてじゃ。」
「それならば、王女様は真実を語らねばなりません。もしくは・・・」
「尋ねたわしが、第一王女様の手によって、死ぬか、どちらかじゃ。しかし、わしは死ななかった。」
「その御答えは?」
「『あります。太陽系第一惑星の地下に。』と。」
「さらにわしは聞いた。『それは、どのように管理され、どうやって発射されるのですか』、とな。」
「『管理は、生きていない人によって、入念になされておる。わしが、心の中で命ずれば、いつでも発射されるのじゃ。太陽系は、滅亡するのじゃ』と。そうして、先程のようなお話があったのじゃ。」
「なんと、恐ろしい・・・・・。七年前と言えば、第一王女様は、小学校に入られたばかりの頃。」
「あの方に、年齢は関係ない。」
「まあ、そうですが。しかし、・・・・、」
「さあ、侍従長殿、もう、仕事に戻りなされ。」
侍従長は、無言で後ずさりした。
正確に一二時間後、地球の人々の前に再びリリカが現れた。
「尊敬する地球の皆様、火星連合のリリカです。
あなた方は、大変賢明にも、何もご返事もくださいませんでした。
当然のことでしょう。誇り高き皆様が、私のあのような声明で、すぐに降伏するはずがありません。
しかし、私達といたしましても、それでよしとすることはできません。
そこで、一つの申し出をいたしましょう。
我々は、あなた方の、あなた方は我々の、お互いの力を見定める必要があります。
そこで、私は我が母艦アブラシオの護衛艦三隻を地球の海に向かわせます。あなた方は、それに見合う船を三隻出しなさい。
私としては、ぜひタルレジャ王国の王女にちなんだ名を持つ三隻を希望いたします。
というのも、私は地球帝国の皇帝と総督として、同王国の王女様をご指名しておりますから、王国としてもじっとしてはいられないでしょうから、反撃の機会を差し上げましょう。
この船同士が海の上で戦うのです。
他のものは手出し無用としましょう。もちろん私も、この母艦も手を出しません。
念のために申し上げますが、我が母艦アブラシオが持つ力については、北海道の消滅でお分かりかと思いますが、地球上の総てのもの、総ての人間、総ての生き物を、瞬時に消滅させることなど、実に簡単だということはご理解ください。ただし、それでは我々はあなた方と力を合わせて、地球と火星を発展させてゆく事が出来なくなります。なので、可能な限り、そうは成りたくないのです。
さてもし、あなた方が勝ったら、私は日本の北海道とその住民の皆様を、無事にすぐ元に戻しましょう。そうして、護衛艦は、あなた方に差し上げましょう。
でも私たちが勝てば、タルレジャ王国の三人の王女を直ちにこちらに収容いたします。
北海道の処遇は、地球支配後に決めます。
引き分けの場合は、北海道はお返しし、王女様は二十四時間後の決着が付くまでしばらく皆様の元に残しましょう。
どちらにしても、二四時間後の期限には変わりはありません。
この提案を拒否されるのはご自由です。しかし、その場合、我々が地球を支配した後も北海道は戻りません。
受けてくださるのであれば、二時間後に、当該の三隻をタルレジャ港の沖合に出しなさい。戦える時間は最長一時間だけとしましょう。」
リリカはにっこり微笑んで消えた。
王宮の会議室には、不思議な沈黙が流れた。
それは日本でもアメリカ国でも、他の各国でも似たようなものだった。
「ふざけた提案だ。単なる時間つぶしにすぎない。」
王宮の一人が言った。
「二四時間はなんら変わらないということですな。」
もう一人が続けた。
「しかし、もしわれわれが勝つか引き分ければ、日本の北海道は戻すと言う。日本は、当然戦って欲しいと思うことでしょうな。はっきりとは言わないかもしれないが。けれど、我々にはメリットがない。」
「いやいや、王女様の事がありますぞ、相手にさらわれては、非常に困りますからな。」
「どうやって連れ去るのですか。」
「なんと言われる、北海道をぱっと消したのですぞ。」
「決めるのは政府です。」
侍従長が言った。
「しかし、事は王女様のことでもあり、私どもといたしましては、非常に心を痛めております。」
「侍従長殿、王女様は何と言っておられるのですか。」
「すでに申し上げておりますように『何もかも、すべて政府の皆様にお任せ申し上げます。』と第一王女様はおっしゃっております。第二王女様、第三王女様からは、何のコメントも御座いません。王宮も、教会もそれ以上申し上げることはございません。」
一同の人々は、それぞれ頷いたり、首を横に振ったりしていた。
「このまま静観することは、各国の疑惑を増幅しかねない。この際我々も、アメリカ、日本、ヨーロッパ諸国に同調すべきだし、このおかしな一騎打ちは受けて立つべきでしょう。」
外務大臣が言った。
「あの船に関しては、我々の多くもまったく良くわかっていない。まして王国民はほとんど何も知らない。国防大臣はもっと情報を開示して頂きたいですな。」
内務大臣が、少しゴネて見せた。
「まあ、今そこを議論している暇はありません、私としては、船を出そうと思います。」
首相が明言した。
ここは、アメリカ国から日本へ向かう飛行機の中。
次のような会話が交わされていた。
その「彼」は熱っぽく語っていた。
「おかしな提案だということは、間違いなく皆さんが感じているところです。なぜ、僕たちの国や、ローロシア、中大国、日本などの大国を狙ってこないのか。なぜタルレジャ王国の王女を地球の支配者に据えようとしているのか。明らかに変ですよね。確かにあの王国の国教であるタルレジャ教では、自分たちは「火星の」人間の子孫だと主張していますよね。仮定として、もし本当にそうならば、「火星人」たちが地球の支配者として自分たちの子孫を擁立しようとするのは、まあ多少は筋が通るわけです。しかも三王女は日本に深い縁があります。」
「では、なぜ、その子孫の軍艦と自分たちの軍艦をわざわざ戦わせようとする?何のために。」
「そう、そこですよ。そこに何かの意図があるに違いないでしょう。おまけに北海道の救出をそこに引っ掛けてくる。お前たちが勝ったら、北海道は返す。さらに宇宙船をくれてやる、と、ほとんど日本のお祭りの屋台のような事を言うでしょう。あ、違ったかな、催眠商法とかだったっけ。まあいいや、で、誰にくれるのか? 表向きは地球に、だけれども、一番近くに居て、すぐに宇宙船を確保できるのはタルレジャ王国です。
だから、どうも、この『自称火星人』とタルレジャ王国、それから、日本との関連性が何か非常に怪しいということです。」
「北海道の消失には、やはり日本自身が関わっているということかね。」
「まあ、アジアの某大国などは、実際にそう言っていますよね。技術的な事は抜きにしてですが。
でもたぶん「日本政府」じゃないと思いますけれど、僕は。」
「ではタルレジャ王国が首謀者だと思うのかね。しかし、それにしても、今の地球の技術でこんなことが可能な事なのかね。科学者たちはみんな不可能だと言っている。」
「ええ、無理でしょう。しかし、僕も詳細に検討しましたが、北海道が現に『そこに』はもう実在しないことは間違いありません。
偵察衛星を使って、どんな波長で見ても、石を投げ込んでも、逆さまにしても、あぶりだしをしても何もありません。確かにこの世からは、無くなっています。けれど、どこかのあの世、には在るかもしれません。」
「よくわからないよ。それに、ずいぶん混乱しているぞ。」
「そうなのです。ありえないことが起こっている。だからよけい怪しいんです。でしょう? でも現実ですよね。
僕が思うに、これは日本政府やタルレジャ王国政府や王室の考えじゃあないと思います。もっと個人的なものですよ。
そうして、こうした技術やトリックを開発できるのは、異常な天才か、地球人の知能が遥かに及ばない、地球外のオーバーテクノロジーだけです。日本とタルレジャ王国にはその異常児がいますよね。」
「三王女のこと?」
金髪の女性が尋ねた。
彼は頷いた。
「少なくとも上の二人は、尋常な存在ではないと思いますよ。」
「彼女たちが、世界を支配しようとしている、と?」
「ぼくは、そう思いますね。ただし、三人とも、か、どうかはまだわからないけれど。首謀者がどの人なのかも、はっきりした証拠は無いですがね、三番目を皇帝にするとか言っているけれど、でもたぶん、僕の勘では、三人の一番上のお姉さんが、地球側の主役だと思うのですよ。それからあの『火星人』のリリカって、人・・人かどうかは、実際わからないけど、・・との関係もさっぱりまだわからない。どっちが主導権を持っているのか、ですけど、でも共謀している可能性は高いですね。」
「君は、本当にあれは「火星人」だと思うのかね?」
「うーん、まあ、今のところ半分半分かなあ。 本人が、はっきり言ったわけじゃないでしょう。『火星連合の』リリカってことだけだもの。「わたしは火星人です」、なんて一言も言ってないでしょう。でも、あえて僕が言うとすれば、『いまのところ』、地球の人ではないと思いますよ。
だってそうしないと、とりあえず、あんなでっかい宇宙船の説明ができないでしょ。あれ作れますか? しかも、どこで作るのですか?」
「では、君はそれで、どうしろと言うのかね。」
「まずはこのほとんどでっちあげの戦いをやらせてみて、成り行きを見守りましょう。
僕としても、実は、あの三隻の船には興味がありますからね。みなさんもそうじゃないですか。あれは普通の船じゃあないでしょう。それから『火星人』の船にも。
ただし、そのままいつまでも黙っているわけには行きませんよ、ね。」
「勿論そうだ。」
「結果の如何にかかわらず、我が国の実力を示さねばなりません、からね。でしょう?」
「そのとおりだが、で、それからどうすればいいと君は思うのかね?」
「それで日本にいる王女二人を拘束します。もちろん非公式に。」
その場の全員が顔を見合わせた。
「そんなこと可能なのかね。タルレジャ王国は中立的ではあるが友好国だ。大きな問題になりかねない。」
「拘束と言っても、宇宙人から保護して差し上げるのですよ。だって誘拐するって言っているのだから。何か事情が生じて、タルレジャ王国の日本大使館から、『やむおえず』僕たちのお宿にお預かりしたらいいでしょう。日本政府が邪魔しないならば、当面彼らは、『しろ』ですよね。で、それから、友好的に尋問します。もちろん僕がね。天才は天才にしか解らない事が多いから。」
その「少年」はにっこりと笑った。
「だからこうして、あらかじめ皆さんにお願いして、日本にわざわざ来てるんだし。大人の時間はそれから後でもいいでしょう?」
地球・・・模擬戦争
日本政府は苦境に立っていた。
アメリカ国政府の意向は、リリカの申し出を受け入れて、タルレジャ王国にこの「一騎打ち」をやってもらおう、ということのようだった。
もし勝つか引き分ければ、北海道は帰ってくるという。(本当だろうか?) 負けたら北海道は戻らない。タルレジャ王国は自分たちの王女を賭けることになる。もう一方の当事者である日本は、しかしただ見ているだけということになる。
もっとも、これにもし勝っても『二四時間後』の期限が変わらないのだとしたら、結局そこで戦争になってしまうのではないのか?
「しかし、とにかく北海道を返してもらうことが先決問題でしょう。」
「それは、しかし本当の話なのかね?」
「我々は、結局、担がれているだけなのではないのか。」
「けれど、北海道が無くなったのは、トリックのようなものでは無いことが、もう明らかなのです。現実を見なければだめですよ。」
「あんなメッセージだけであの胡散臭い連中を信じろというのか。大体我々はあのリリカという女一人しか見ていない。」
「しかし、地球の周囲にいる物体は疑いようも無く、実在のものです。NASAも、あれは実体のある宇宙船だと認めました。紙切れじゃあないですよ。」
同席の人々は言い合っていた。他にどうしようもないからだ。
首相は、しばらく様子を見ていたが、しかし、こう決断した。
「やってもらおう。タルレジャ王国に。それしかないよ。そうすれば、相手が何者か、もう少し何かが分かるのではないかね。うまくゆけば領土と国民を取り戻せるのならば、なおさらだ。」
「タルレジャ王国側は、決断したのか?」
「まだ、連絡はありません。」
「時間がないですよ。」
首相以外の全員が、また、ため息をついた。
タルレジャ王国。閣議が開かれていた。
副首相が報告していた。
「第一王女様からの新しいメッセージは一言だけです『覚悟は出来ております』です。もちろん決めるのは政府ですが。しかし、あ、今また新しい情報が来ました。第一王女様は第三王女様に『緊急大権』発動を指示しました。王室は、間もなくこれを発表すると。」
「おう、第一王女様は、タルレジャ王国の実権を、ここで握る御積りですね。素晴らしい。」
保守派で、第一王女の心酔者でもある文部大臣が言ったが、法務大臣が、さっそく反論した。
「それは、しかし事実上形だけの制度であって、実行するというのは民主主義に反する行為です。政府として、これは、決して認めてはならない事柄ですよ。当然でしょう。王室を止めなければ。」
副首相がゆっくりと述べた。
「わが王国は、世界でもなかなか類のない国ですからな。実質的には、彼女がその気になったら、政府は決して歯が立たないです。好き嫌いは別として、それがわが王国です。違いますか? 法務大臣は、同意なされないようだが、法的に、第一王女様の決定を本当に阻止できますか? 第一あの三隻の船は、外側も、中身の武器も、実はほとんど第一王女様が一人で、しかも、たった2~3ヶ月で開発したもの、だなんて、魔法のような話ですが、でもそれは事実です。そうでしょう。国防大臣? 」
「さよう、我が目を疑うとは言え、事実です。第一王女様は、尋常な方ではない。我々の誰も、あの知力に勝つことはない。」
「まあ、軍艦の事などは、この際、置いておいて・・・、なんせそれを言い出したら、もうきりがないですからな・・・。ほとんど、怪談、オカルトの世界になりかねない。常識的に考えるべきです。我々は独裁主義者でも、神秘主義者でもないはずだ。そうでしょう。」
法務大臣は、額の大汗を、大きめのハンカチで拭きながらそう言った。
「法律的には、たぶん、これは阻止できるでしょう。首相がそのお気持ちになれば、ですが。やったことなど、誰もないですがね。 第一女王には、史上発動された例のない『緊急大権』を、国王に奏上する力が、確かにあります。奏上されれば、事実上すぐに国王は認める事になる。そうなれば、王国の、すべてを、第一王女が握る事になります。まあ、極端に言えば、王国の人間も、物も、すべてが彼女の私有物となり、自由に処分できる事になる。生かすも殺すも、何もかも彼女の意思次第です。その権限をすべて、あるいは一部、他の王女や王子に委任することも出来ます。しかし、ご存じの通り、これはかつての旧憲法には規定が有りましたが、現在の『タルレジャ王国新憲法』には規定がない。ただ、古代から伝わる、単なる『伝説』になってしまいました。文化財ですよ。誰も、王女様がそんな事実行するなんて、考えられない時代になっています。まして、民主主義に反するこうした過去の約束は、あくまで王室に対する儀礼として残っているだけと解釈するのが、学会でも通説になっております。違いますか? 文部大臣殿。」
「しかし、タルレジャ教団は、それが正当な権利であり、現実に実施可能な事であることを、西暦1957年に、当時の王国政府と王国議会に認めさせていますね。王室は、当然これを追認しています。つまり、有効なのですよ、現在も。」
法務大臣が反論した。
「だから、その際に、議会は付帯決議をしました。『これらは、われわれの、王室に対する深い信頼と尊敬に基づくものである』と。その際、当時の首相は、つまり、現首相の御父上でありますが、彼はこう言いました。『これはつまり、国王、また王子や王女が、恣意的に、いつでもこの『緊急大権』を発動できるものではない事を、暗に示している。』とね。つまり、これは実際には使ってはならない『大権』と、政府と議会が認め、それを王室も認めたという意味です。逆ですよ。首相、この『大権』は、政府が認めちゃならないものですよ。すぐに否定した方がよい。ほっておいたら、王室と教団は独走します。確かに、今の第一王女様はカリスマではあるが、17歳の少女ですよ。彼女に全王国民の命を預けるなんて、明らかに無茶でしょう。これまで、この件は、『当たり前の常識』として、政府内では議論されなかったが、それは今の連立政府が成り立つ基礎的な認識なのです。そうでしょう、首相。すぐに政府は認めない事を公式に発表しましょう。」
何か非常に嫌な雰囲気が流れていた。
「あのですな、今は、そんなこと言ってる場合ですかな?」
文部大臣が、嫌味な感じで言った。
「は?」
法務大臣が唖然とした。文部大臣が続けてこう言った。
「いいですかな、今は、我が王国が、あの三隻の軍艦を出して、『火星人』と一騎打ちするのかどうかが問題なのです。まず、それを決めなければ。そうでしょう首相。」
「いやいや、もちろん決めなければならないが、『緊急大権』は駄目だ。同時に決めなくては。」
首相が言い始めようとした瞬間、何か、強力な意志の力が、全員の頭の中を通り抜けた。
「みなさんのご意見は、それぞれおありでしょうが、ここは時間がありません。我が王国の誇る、あの三隻は、出航させます。いいですな。現地に出します。『緊急国王大権』をここで議論するのは延期いたしましょう。我々が生き伸びたら、時期を改めて、話し合いましょう。まあ、その時には、『大権』も撤回されているのかもしれません。いいですね。今は、王女様のご意思を尊重いたします。反対の方は?」
もちろん、誰も反対しなかった。
タルレジャ王国政府は、艦艇の出動を決めたのだった。
リリカは、すぐに護衛艦の出動命令を出した。
「ダレル様はやけに大人しいですね。」
リリカがつぶやいた。
「まあ、ご自分の出番はまだ先だ、という事ですね。」
アリーシャが、ことダレルに関してはいつものように、そっけなく回答した。
「そうね。ところで、北海道を返す準備は大丈夫ですか?」
「それはもう、あっと言う間ですから。陸上から外には探検には出かけないよう、北海道の皆様にはお伝えしてあります。自衛隊やマスコミ関係の方などが、勝手に飛行機を飛ばそうとしたので、強制的に停止させました。でも、もしかして我々は負けるのですか? それはとても厭ですけれど。」
「そうねえ、もちろんとっても『いや』ですね。
なので、アブラシオ、やはり負けたくはないので、遠慮なく攻撃しなさい。ただし、出動させる船の能力の範囲でね。まあ、それで、おあいこ、だから。」
『わかりました。アニーと戦えるなんて最高です。』
「でもこれはまだお試しですよ。」
『はい、本当に戦争になったら、大変です。』
「あなた、アニーと最終戦争する覚悟があるかしら」
『私はコンピューターです。あなたの指示があれば実行します。』
「あら、ヘレナからそれは止められてないのかしら」
『そういう指示はありません』
「まあ、ヘレナ様はどこまで本気なのか、よくわかりませんねえ。」
「地球の船などが、アブラシオの護衛艦と戦えるのでしょうか。」
アリーシャが「まさか」という顔で言った。
「まあ、ヘレナ様が肝いりでお造りになったものだから、並の船ではないでしょう。相手があの方では、どうなるか分かりませんね。材料をどうしたのかなど、不明な点はありますが、侮ってかかっては危険です。アブラシオ並くらいに思ったほうが、むしろいいでしょう。」
「でも弱点は必ずあるはずです。」
「さあ、どうかしら。アブラシオに関しては、ヘレナ様は『完璧で無敵』と、断言していらっしゃいましたけれど。護衛艦も、ヘレナ様が設計はされましたが、『あれは玩具だから』とおっしゃっていましたし。まして落ちぶれた火星人が建造したものですから、欠点だらけですよ。でもまあ、そうするようにとのことなので、ご指示通りやってみましょうね。
さて、アブラシオそれでは大気圏内に下りて行きましょう、タルレジャ王国の真上に。ゆっくりとね。」
アブラシオが答えた。
『わかりました。リリカ様』
「もう一度聞くけれど、本当にヘレナ様から他の指示はないの?」
『いいえ、あなたにしっかり従うように、とのことだけです』
「ほんとかしら。」
『コンピューターは、嘘は言いません』
「また嘘ばっかり。」
『嘘をつくよう指示されておりません。』
「ええ、ええ、よくわかりました。」
リリカは付け加えた。
「この巨大船に、今は私たち二人しか乗ってないなんて、だれも信じないわよね。
アブラシオ、コピー兵士さんを千人ほど用意できるようにしておいてね。ぐっと火星人らしいのをね。牙とか、ちゃんと付けてね。それと、ご飯は食べないタイプをね。」
『わかりました』
タルレジャ王国の誇る三隻の軍艦は、『南の南島』の、崖に奥に隠された専用ドッグを出港した。
「さあ、アニー始まるわよ。思いっきりやりなさい。」
東京のヘレナが命じた。
『どうなっても知りませんよ、ヘレナ。』
「ばかね、あなたが勝つに決まっているんでしょう?」
『アブラシオを直接相手にして、私が勝てる確率は90.51%、です。まあ、まず勝てますね。自信はあります。でもあえて引き分けにするなら、それも悪くはありませんよ。相手が護衛艦という事になりますと、私が直に戦うならば、99.9999%、ほぼ間違いなく勝てますが、あの三隻のタルレジャ船で戦うとなると、アブラシオに対しては、 ナナ・サン位で、不利ですね。本気でやったら、勝てないでしょう。当然。』
「いいのよ、遠慮しないで、ばらばらにしておあげなさい。弱点、教えてあげるから。」
『お言葉ですが、全部あなたが設計したものなのですよ。そう簡単に壊れるものではありません。』
「勿論そうね。まあ、その位の気合を入れて行きなさいということよ。」
『コンピューターに気合は入りません。』
「入れるのよ。さあ、立派に戦っていらっしゃい。」
『わかりました』
アニーは普通に答えた。
タルレジャ王国の東京大使は、電話に出ていた。
それから、例の一等書記官を呼び入れた。
「様子はどうかな。」
「始まります。どういう事かよくわかりませんが、テレビ中継付きの戦闘です。」
「では、二人で、ここで見るとしよう。」
「ええ、そうですね。」
タルレジャ王国からは、公共放送である、タルレジャ放送協会(TBC)と民間放送連合が、中継用のヘリを飛ばした。
隣の大国、オーストララリア政府は、中立という立場で、監視用のヘリを出発させた。
リリカは、勝ち負けの判定について、オーストララリア政府の意見を尊重すると明言していた。
ヘレナとルイーザは、大使館の部屋に閉じこもっていた。
「ふーん、アニーありがとう。おもしろい情報ね。」
「この男の子をご存知ですか。」
「シモンズ・フォン・デラベラリ。アメリカ国ご自慢の超天才少年よ。確か一六歳だから、ほぼ私たちとおない年。
高校生だけれども、なんとかいう政府機関に入り浸り状態ね。」
「お会いになったことは?」
「ないわ、っていうか、アニー貴方のほうがよく知っているでしょう。」
「ヘレナは時々、私を出し抜くので。」
「まあ、そうかな。ああ、そういえば、アメリカ人の女の子の中に入っていた時に、一度パーティーで会ったわね。
それにしても、あの子なかなかよく見抜いているわね。ただ、どうやらあまり音楽には興味が無さそう。だから私たちの演奏会にも多分来ていないんじゃないかな。音楽に関する知識は、それなりにあるようだったけれども。『愛』が無いのよね。『愛』のない音楽は退屈なものでしょう。もっとも、わたくし自身も『愛』なんて持たないけれど。」
「日本人は自分たちの音楽に対して、西洋の『愛』という概念とは、いささか違う認識があるようですが。」
「それは、多分宗教的な背景が大きいわね。『愛』という、同じ言葉で訳していても、認識する意味あいが違っているの。でも、私の言う『愛』は、人類と言う生き物に共通する、もっと直接的な、生物的な『愛』よ。」
「なるほど、コンピューターには解らない、とおっしゃる。」
「あなた、いじけてるでしょう。大丈夫、多分あなたには『愛』は必要がないの。それで十分よ。そうでしょう。 さあ、中継を始めなさい。私たちだけが見られる特別画面でね。それと、アブラシオに声をかけて、「彼女」にも常時、つないでおきなさい。」
「了解。接続完了。」
「アブラシオ、わかる?」
『はい、ヘレナさま。』
アブラシオがソプラノで答えた。
「いい、リリカには、これからも、私との話の内容は言わなくていいし、話している事も言わなくていい。わかったわね。」
『はい、ヘレナさま。』
「それと、ルイーザ様にも、これからは、あなたとお話しする資格ができました。もう、わたくし自身だから。」
『ええ、分かりました。ルイーザさま大変うれしゅうございます。』
「ありがとう、アブラシオ。」
ルイーザが答えた。
「あなたのことは、今はとてもよくわかるわ。」
『はい、ありがとうございます。』
「それでいいわ。それでは、始めましょう。いい、両者とも、真剣に戦いなさい。お互いよく知っている事と、知らないことがあるのよ。わたくしは、一切指図はしない積りだから、好きなようにやりなさい。で、ちゃんとナレーションを入れなさいね。私、でも、合いの手を入れたり、文句言ったりはするかもね。」
『了解です。』
アブラシオとアニーが同時に答えた。
こうして、世界各国の多くの人々は、さまざまな思いを抱きながら、このおかしな戦いを見守ることとなった。
「護衛艦はこれから大気圏に突入します。」
アブラシオが報告した。
「大気圏突入が、一番危ない場面であることは常に事実ですけれど、地球の宇宙船とは比べ物にならないから、特に心配はない。まあ、これは内緒だけど、あれには誰も乗っていないし。」
ヘレナが解説を加えた。
「はい、お母様。」
ヘレナの分身に支配されているルイーザは、素直に応じている。
「さあ、アニー来るわよ。」
「了解。攻撃準備完了しています。」
「大気圏通過。太平洋上にこのまま降下。」
三隻の宇宙護衛艦は、ほぼ同じ大きさで、全長約三五メートル。地球の通常の戦闘機より一周りか二周り大きい程度だ。
「宇宙にいる連中よりだいぶ小さいな。」
アメリカ国の情報部員がつぶやいた。
「しかし、早いぞ、これは。マッハ4以上出ている。いやまだ速度を上げている。ミサイル並だな。推進力は何だろう。」
例の天才少年は面白そうにデータを眺めている。
「いったい何をして見せてくれるんだろうな?」
「目標補足。攻撃します。」
アブラシオの声が伝えた。
護衛艦の正面で、何かが光った、と同時に王国の三隻の船の船体でも、何かが爆発したような激しい光が上がった。
「レーザー砲よ。あのサイズの機体から打てるものを実用化させるのにどれだけ苦労したか、あなたわかるかしら?ルイーザ。」
「それはもう、大変でしょうね。」
「うん、うん。もう、とっても面白くて大変だったわ。ずいぶん資金も使った。時間もかかった。火星でのことだけどね。」
「はい、お母様。」
「ねえ、ルイーザ、あなた少し素直すぎるわね。面白くないわ。ちょっと意識を調整してあげるね。」
「はいお母様、お願いいたします。」
ヘレナは妹を見つめながら、少しため息をついた。
三隻のタルレジャ王国船は、三角形を象るように体制を組んでいた。
先頭には、全長約二八〇メートルの巨大な攻撃型駆逐艦「ヘレナ」がいる。後方左側には、これもかなり大きい情報艦「ルイーザ」。全長は二〇〇メートルほどある。
反対側には、なにか飛行機の羽のような大きなでっぱりを持った、まるで天使のようにも見える、非常に変わった形をした最新型の「ヘネシー」が航行していた。これも全長が一八〇メートルはあった。
これらの三隻が、実は現在まったく無人運行されていることは、一部の関係者以外には誰にも知らされていない。
タルレジャ王国海上保安隊の運航担当者は、自分たちのコンピューターが、三隻を操作していると信じている。実はアニーがすべてを掌握していることを知っているのは、今のところヘレナと、それにリリカだけだった。
アブラシオの護衛艦が放ったレーザー砲は、間違いなく三隻のタルレジャ王国艦を直撃した。光速で走るこの兵器の攻撃を避けることは、基本的には不可能だ。天気もよく、かなりの近距離から発射されている。精度は高い。
しかし、アニーは報告した。
「攻撃による被害はありません。こちらからも攻撃を開始します。」
攻撃型駆逐艦「ヘレナ」の広大な前部からすーっと大きな大砲のようなものが立ち上がった。
「レールガンよ。勿論、実用化されるのは地球でこれが最初。まだどこの国も実験段階なの。アメリカ国は、ぼつぼつ実用化するでしょうけれど。これはでもアメリカ国の実用化モデルよりもさらに高性能よ。初速3000メートル毎秒で発射する。相手がミサイルでも撃墜可能。」
レールガンはアニーの導きで、ぐるっと上空を回ってくる火星の護衛艦を狙って発射された。
「行け!早撃ちアニー!」
ヘレナが叫んだ。
「変な名前付けないでください。」
弾は見事に一機に命中した。相手はそのまま回転しながら海に突っ込んだ。
残りの二機が、再びレーザー砲を放つ。
「着弾しました。先ほどよりエネルギーがはるかに高いです。しかし、被害はありません。まあ、当たり前ですが。」
「そうね。当り前よ。」
ヘレナが鼻を鳴らした。
「なかなか、やはり固いわね。」
リリカが言った。
「いったい何、使ってるのでしょう?」
アリーシャも少し唸った。
「海に落ちた機体は大丈夫?アブラシオ。」
「はい、バランスを崩しましたが故障はありません。次は、海中から敵の弱点と思われる部分を狙います。」
「弱点?」
「ええ、海水の導入口部分。カバーされていますが、どうしても弱くなっているはずですから。」
「そう、あの船は海水から動力源を創っているのね。」
「そうです。海水からエネルギーを抽出して、推進力を得ています。ですから海さえあればいつまでも航行できます。燃料代は基本的にはタダ。おまけに非常に発電能力が高いです。それで、レールガンを実用化できたし、ヘレナ艦とヘネシー艦は、どうやらかなり高出力のレーザー砲も持っていますが、使う気があるかどうかはわかりません。」
「奥の手は見せない?」
「奥の手ではないかもしれません。」
「なるほど。」
リリカは小さく笑った。
「そのレーザー砲は護衛艦を落とせるほどだと思う?アブラシオ。」
「確実には言えませんが、ヘレナ様は多分そこを基準に作られたのではないかと。」
「なるほど。では、手加減して使ってくるかもしれませんね。壊さずに機体を手に入れるつもりでしょうから。ならばちょっと無理やり使わせて差し上げましょうか。」
「落ちた機体は損傷してはいません。こんどは海の中から攻撃してきますよ。」
アニーが言った。
「ふーん。おもしろそうね。でもさすが頑丈ねえ。昔のことだけれど、玩具とはいえ、われながらいい出来ね。」
ヘレナがキャッハハと笑った。
「お母様、少し品がございませんわ。」
ルイーザがたしなめた。
「あら、調子が出てきたじゃない。」
「道子の性格を、少しだけ表に出してみましたの。」
「オーケー、それでいいわ。 アニー、その機体確保しましょうよ。ね。久しぶりに見てみたいな。実はね、あの船、あそこの隠し部屋に、かわいいお人形を隠しておいたのよ。次元凍結させておいたから、元気なはずよ。」
「ご指示はされないのでは?」
「あら、ごめんなさい。合いの手を入れただけだわ。」
「わかりました。捕まえます。」
海に潜った護衛艦は、一旦深いところまで潜ってからゆっくりと上昇を始めた。
上空の二機は引き続きレーザーガンでの攻撃を、タルレジャ王国の三隻のいろんな箇所に当てて、試して見ている。
「よくエネルギーが持ちますわね。」
ルイーザが感心した。
「それはそうよ。アブラシオから供給しているのだもの。ほぼ無限なのよ。でも、どこを狙っても穴一つ開けられないでしょう。そろそろ別の手を使ってくるわね。もう充分各国の偉い人たちにもレーザーは見せたでしょうし、わが王国の力も解ってくださったでしょう。アニー、海の中のは、まだ来ないの。」
「ええ、来ましたよ。もうすぐ相手の射程に入ります。いま、小型の魚雷を発射しました。小さいですね。でも早いです。時速二五〇キロ。これはルイーザの海水導入口を狙ってきてます。」
「まあ、いい読みだけれど、でもだめね。そのくらいじゃ壊せない。でも魚雷ってやっかいなのよね。船が大きくなるほど、やっかい。と言ってる間に当たっちゃったわね。」
ルイーザ艦の艦底の方から大きな爆発が海上に立ち上がった。
「やられましたね。」
情報部員が言った。
「さっき海中に落ちた奴が生きてたってわけですね。」
「でもどうかな。全然煙も上がらないし、傾きもしないよ。ほらそのまま平気で動いている。方向を変えたよ。」
シモンズが言った。
「海中は見えないの?」
「それはだめでしょう。潜水艦でもいればともかく、現在近くにはいない。」
「ふーん。アメリカ国もまだまだだね。」
情報部員はシモンズを睨みつけた。
「ヘレナ、ルイーザ艦から捕獲ロボットを出します。」
「オーケー、中継しなさい。」
「いいですよ。地球の楽園と言われる海の中を堪能しましょう。」
「はいはい。」
アニーは海中を映し出した。
アニーに言われるまでもなく、それは本当に美しい海の中だった。
色とりどりの、魚たちもの姿も見られる。
そこに、ルイーザ艦の甲板から何かが多数、いや無数、飛び込んできた。
「超小型のロボットです。海の中でも早いわよ。ほらもう護衛艦に追いついてゆくでしょう。」
まるで大発生したバッタの大群が獲物に群がるように、正体不明の小さなロボットたちが護衛艦を襲っている。
「早く空中に逃げなさい。」
リリカが声を上げた。
「すみません、動けなくなりそうです。」
アブラシオが申し訳なさそうに言った。
「エネルギーをどんどん吸い取られています。供給もなぜか出来ない。まるで小さな吸血鬼です。
「何か手はないのですか。」
「海中に潜ったのは、やはりちょっとまずかったですね。ここでは分が悪いです。」
「降参?」
「まあ。そうですね。」
「わかったわ。仕方ない、上の二機にがんばらせなさい。」
「わかりました。」
捕獲された護衛艦はゆっくりと浮上し、ヘレナ艦に引きよせられてゆく。
機体の周りには、びっしりと黒い小さなロボットたちが取り付いている。
「あれはなんだろう。」
シモンズが目をこらした。
「どうやら一つ一つが独立した機械のようだね。すごいや。いや、気持ち悪いや。」
一方空中の二機が体制を立て直して急降下し始めた。
ヘレナ艦は再びレールガンを発射したが、こんどは巧みに避けられてしまった。
「まあ、よく避けたわね。ヘネシー艦が絶対っていうところを指示しているのに。さすがアブラシオね。」
二機は再度上空から、しかも今度は別々の角度からミサイルを四機発射した。
「そらきた。こんどはヘネシーを狙ってる。何か勘づいたかもね。」
ミサイルは両側からヘネシー艦の側面、翼の下あたりに命中した。左舷に一発、右舷には二発。しかしなぜか一発だけは大きくそれて、ヘネシー艦の右手にある無人島に突っ込んだ。中心部の山は、高さが百メートル以上あるだろう。その島は大崩壊を起こしてほとんど海上から消えてしまった。
「すごいね、これでは、普通の船なら大爆発だね。」
シモンズが楽しそうに声を上げた。
ヘネシー艦は朦々と煙に包まれた。しかしまったく動きは止まらない。そうして煙の下から現れたのは、傷ひとつ見えない、元のままの姿だった。
アメリカ国のエージェント達が言った。
「これはなんだろう。あんな船あるか?」
「いや、見たことない。」
「まあ、わざと一発外して見せたのね。楽しませてくださるわね。リリカ様も。でも、王国の大切な島を一つ消してしまったのよ。これはいくらなんでも許せないわ。いいわ、アニー、せっかくだからこちらのレーザー砲も見せてあげなさい。ついでに・・・あら、降りて来たわね。」
巨大な物体が空からゆっくりと降下してきたのだ。見たこともない大きさだ。その『船』と呼ぶにはあまりに大きなものが、王国の空に覆いかぶさってきた。
その周囲には、先ほどの護衛艦のような船が沢山取り巻いている。もっと大きいのもいるようだ。
すべての目は、その巨大宇宙船に釘付けになった。
「まるで魔王と、それを取り巻く悪魔たちの群れのようだね。」
シモンズが唸った。
「アニー、アブラシオ、なぜ降りてくるのに、わたくしに声をかけないのですか。」
ヘレナが少し怒ったように言った。
「いえ、作戦は任されておりましたし、たまには劇的な登場もよいかと。リリカ様からそのようにご指示もございました。お怒りですか?」
「お怒りですか?ですって?いい、アブラシオ、あの島を壊すお話なんかしてなかったわ。無人島だけど、あそこには私の大切な物を隠していたのに。」
ヘレナはむっとした表情を見せたが、けれどすぐに顔を和らげた。
「いえ、いいわ。リリカ様のご指示であれば仕方がないわ。いいわよ、アニー、アブラシオ、ごめんなさい。任せたのにね。」
「はい、問題はありません。レーザー砲用意。ルイーザ艦から打ちます。」
「ごめんアニー、あまりぐちゃぐちゃには壊さないでね。見苦しいから。」
「了解、攻撃力調整。ぐちゃぐちゃ回避。発射。」
人々の視線がアブラシオにある中で、ルイーザ艦の一部から発光があった。
そしてアブラシオの護衛艦の一機が、急激に機能を失って、そのまま海の中に落ちてゆく。
「島を壊したのは少しまずかったかしら。でも、このまま終わったら、いいところまったくなしですからね。」
リリカがつぶやいた。
「ええ、それは少し厭ですね。」
アリーシャも同意した。
「ヘレナ様の名誉にかけてもそれはよくありませんね。では最後の機体を通してアブラシオからちょっかいを出しましょう。内緒ですよ。ああ、でもすぐばれるか。」
リリカはまるで少女のように「ウフフ」と笑った。
「アブラシオ、ルイーザ艦とヘネシー艦を海上一〇メートルに次元凍結させなさい。護衛艦から地球の皆様にも、よく解かるように、なんでもいいから色のついた強力な光線の軌跡を見せなさい。」
「まるで映画ですね。」
「そう。そうよ。これは楽しいアトラクションだもの。それと、本当はね、わたくしとヘレナ様の喧嘩なのよ。こんな機会滅多に来ないでしょう。」
「今のは、やはりレーザー砲ですね。それも相当強力なやつです。一発で宇宙船が気を失って落っこちた。」
シモンズがおかしな解説をした
「気を失った?パイロットがかね。」
情報部員が尋ねた。」
「まさか、誰も乗ってないですよ。」
「乗ってない?」
「いやだな、気づいてなかったんですか。あんな無茶苦茶な動きをする飛行機に、人間が乗れるわけないでしょう。あれ無人機だと思いますよ。
「む、確かに。しかし逆に無人機にあんな行動ができるのかね。」
「さあそこですよ。相手が人間かどうかわからないですよね。液体のような宇宙人ですか? 体中から腕が生えてるような怪物? いえいえ、それは飛躍しすぎです。作っている物から見て、やっぱり人間ですよ。まあよほど優秀なコンピューターが操縦していると考えるべきですよ。ただし、さっき出現した、あのとてつもない巨大な船は、よくわからない。あれは実質なのか、見かけ倒しなのか。どっちだろう。」
シモンズは色々考えていた。言葉で話したことはその一部分だ。
「そういえば、タルレジャ王国の船も、人の気配がしませんね。」
と、付け加えた。
その時、残った空中の一機がまぶしいほどのややピンク色の二本の光線を放った。その光跡は五秒くらい続いて消えた。光は真っ直ぐルイーザ艦とヘネシー艦を狙っていた。するとちょっと異様な光景が現れた。二隻の船は人々の目の前で一瞬消滅し、直後に海上の少し上に、「裸の状態」で現れた。そうしてそこで固まった。文字通り、空中に張りついてしまったのだ。 まったく何の動きもなくなった。
海の中から浮かび上がったのだから、海水が船体から流れ落ちるはずだ。しかし、まるで凍りついたように何事も発生しなかった。プラモデルが空中にぴったりと張りついたような感じだ。
「これは『面妖』な。」
シモンズが妙な日本語を使ったが、実に的確な表現だった。
ヘレナは先ほどのこともあったせいで、今度は激しく怒りを露わにした。
「おんどりゃあ、掟破りじゃ。アブラシオ、けぇはなんなら。手を出さんとリリカは言うたじゃろうが。おめぇが手を出したら勝負にならんわ。さっきは島をぶっ飛ばすわ、こんどはけぇじゃ。まじで『わい』に喧嘩売っとるんか?」
ヘレナが噛みついた。
「お母様、いえお姉様、どちらにせよ、それはいけません。そのお言葉では、お姉さまの品位が保てませんわ。落ち着きましょう。」
「かまわん! けえが弘子の、つまり、わしの本性じゃ。わかっとろうが、おんどりゃあは、だまっとれ。」
ヘレナが一喝した。ルイーザは首をすくめた。
アブラシオが弁明した。
「ヘレナ様の名誉を、地球人に強く見せ付けるためでございます。けっして悪意ではございません。」
「あら、そう。ならいい。アニー、空に残った一機、ぐちゃぐちゃにせえ、いえ、なさい。」
「よろしいのですか? 壊れますよ。」
「あたりめえじゃ。アニー、てめえ、おどりゃあ、ごちゃごちゃ言わずに、やれぇ・・・いえ、おやりなさい。」
「アイアイサー! 親分。」
ヘレナ艦から、非常に強力なレーザー砲が発射された。同時に空中に残っていた護衛艦の機体が、もわっと沸騰するようにぶくぶくと沸き立ち、醜い泡のような塊となって海上に落下した。
「とりあえず勝負はついたわね。ふんふん。」
ヘレナが、結構、満足げに言った。
「でも、まだ一つやり残しがあるわ。」
「あーあ、やられましたね。でも事実上はこちらの勝ちでしたね。」
アリーシャがさっぱりと言った。
「手抜きしたのが、ばればれね。三隻とも、最初から凍結させたらおしまいだったのに。地球の昔のヒーローみたい。でも、しょうがないですね。勝つわけにゆかないのだもの。あれでよかったんじゃないかしら。少し気が晴れたしね。さっぱりしたわ。さあ、地球の皆様にお話ししなくては。オーストララリア様の判定もちゃんと聞いてね。」
「あの、リリカ様は、ヘレナ様と仲良しではないのですか?」
「仲良しよ。まあでも、いろいろあるのよね、女同士の仲良しって。あ、でもあの子、本当に女の子かどうかは、実はよくわからないけれど。」
「お姉さま、『やり残し』とは何でしょうか。」
ルイーザが尋ねた。
「そうね、だってこのままではキマリがつかないでしょう。リリカだって約束を破ったんだから、こちらもやらなくては。それに彼が見ているし。」
「え?」
日本では首相以下幹部がずっと中継を見つめていた。もちろん海中の場面は見ることが出来ていない。
「これは、タルレジャ王国の、勝ちですかね。」
「それはそうだろう、相手の機体を全部落とすか、捕まえるか、したのだから。」
「北海道は、住民は、ちゃんと帰ってくるわけですね。」
「実行されなくては意味がない。住民の生命こそまず一番だ。」
首相はまだ暗い顔だった。
「しかし、残り時間は過ぎてゆく。アメリカ国は、最後には本当に戦争をやるつもりだ。あんなのを相手にして戦えるのかね?」
テレビの画面の中で、いまだに空中に凍りついているタルレジャ王国の二隻の船が大写しにされていた。
「すぐに状況の分析を行っている。」
アメリカ国の情報員は慌ただしかった。
「これは、やっぱり、地球に、勝ち目がないですね。」
シモンズがぶすっと言った。
「そう簡単に決めるものではない。」
「ええ、どうぞしっかりと分析してください。しかし、時間はないですよ。これから秘密兵器を作る間はない。どうやら天下のアメリカ国は、タルレジャ王国だけ相手に戦っても、簡単には勝てないようですよ。もっとも、戦艦があのままになったら、大分違うかもしれないけれど。」
「いいかね、我々にはさらに強力な兵器もある。しかも物量があの国とはまったく桁違いだ。もちろん今の相手は、自称『火星人』だがね。」
「核も使いますか?」
「それはありうるね。今のを見ていたら、簡単には勝てそうにない。使いたくはないよ、勿論。」
「ふーん。」
シモンズは考えに沈んだ。
「あのとてつもないでっかい船。あそこにリリカが居るのでしょうね。」
「たぶんね。」
「ちょっと試しに攻撃してみたいですね。」
「え、そうかね。」
「SF映画では、ああいう宇宙船は強力なシールドに覆われていて、核爆発でもびくともしないことが多いですが、今の火星がそこまで行っているとは、考えにくいですからね。」
「ほう、どうして。」
「そんな技術があったら、地球なんかとっくに手に入れてるでしょう。大昔はともかくとして、ここ暫くの処は、そんな元気まではなかったんですよ。たぶん地下で、やっとこさ生きて来たくらいかと思うんです。ただ、あんなでっかい船を、いままで、いったいどこに持っていたのか。火星近辺にあれば、いくらなんでも我が国が気がついているでしょうし。それと、あれをいつ作ったのか? どうして今頃出てきたのか? これが問題ですね。ぼくの思うに、あれは過去の栄光の時代の遺物なんじゃないでしょうか。だとすれば、もう、ぼろぼろかもしれない。でなければ、逆に非常に『厄介』かもしれませんよね。何かの都合で、これまで使えなかったものが、突如使えるようになったのかも。」
「攻撃してみれば、少しわかる、という訳か。」
「そうなんですよ。タルレジャ王国の船があの強力なレーザー砲で、ちょっと撃ってみてほしかったなあ。まあ、でもやらないか。」
「どうして。」
「さっき言ったでしょう。だってこのドタバタ試合の首謀者は、きっとタルレジャ王国の王女様達だからですよ。母船を、母船だと思いますけど、攻撃するはずがないんです。」
「うーん、本国にもその考えは伝えたが、しかしかなり微妙だと言っている。」
「どうして?」
「第一王女はまれにみる天才だけれど、独裁者が大嫌いな、民主的平和主義者だと見られている。それに、彼女が地球の産物であることは間違いないよ。」
「だって、本人がすでにもう『独裁者』ですよ。表向きはともかく、実質はそうだとぼくは見ているんです。」
「それは君の意見だ。」
「そうですとも、貴重な僕の意見ですよ。もっと尊重してほしいですね。それに体が地球産だから、心の中もそうだとは言い切れませんしね。とにかく早急に東京の王女様は確保してください。なんだったらぼくが直接長官に談判します。」
エージェントは渋い顔をした。
ヘレナが叫んだ。
「アニー、アブラシオを撃ちなさい。レーザー最大出力。全エネルギー集中。目標、推進部。」
「了解。そうでなくては。親分!」
「もう、『親分』は、よろしくてよ。」
「わかりました。またいずれ。」
「はは・・・・」
「リリカ様、警告! 攻撃があります。」
アブラシオの声と共に、巨大な船体に大きな衝撃が走った。
「うわ。びっくり。」
リリカが珍しく叫びかげんになった。
「アブラシオ、被害確認。報告して。」
「これはものすごい力です。火星では、アブラシオ以外には、できない力です。でも、船体外郭には異常なし。外から見た目の被害はありません。しかし、推進部の一部がちょっとばかり麻痺しました。動けますが、しばらくは十分の一程度の速力しか出ません。修理回復までに約二時間です。修理用のアンドロイド生体を作成中。すぐ作業に入ります。」
「アブラシオにとって、初めての直接攻撃で、始めての怪我ですね。」
そうリリカが言った。
「はい、そうです。」
アブラシオが、こころなしか、しんみりと言った。
「しかしちょっと、ひどくありませんか。御自分がお造りになった、大切な船ですよ。」
アリーシャがやや憮然とした表情で言った。
「そうかしら、お返しよ。わたくしが約束を破った事と、島を一つ壊しちゃったことについてね。形式的に怒っちゃったのよ。まあヘレナらしいわ。でも、あの子は、本当の意味の感情なんか持ってないからね。これあなた、知っていらっしゃったかしら。気をつけなくては。激しく怒っているように見えても、キャキャキャ、と女の子っぽく愉快にはしゃいで笑って見せていても、心の中は微動だもなく、いつも氷のようなものなのです。でも入り込んでいる人間の感情を利用して、上手く計算して、感情表出しているのよ。」
アリーシャは、少し意外そうに答えた。
「いえ、その、あまりそのあたりはよくは存じ上げなくて・・・でも、つまりあの怒って見せた、その原因の一つは、次元凍結したことなのですね。」
「まさにそういうことなの。長年のお付き合いで、私も慣れたけれど、あの子あれで孤独なの。でも孤独の意味も本当には感じていないのではないでしょうか。おまけに、なぜか、とても負けず嫌い。おかしいですね。負けることなど、あり得ないのに。まあでもこれで王女様とお話し合いのできるネタはできたわね。この際方針変更で、三人ともこっちに移しましょう。その方がたぶん安全だし。ヘレナ様も、そうしろと、おっしゃっているのです。さあ、地球の皆さまにお話をいたしましょう。」
「親愛なる地球の皆様。火星連合のリリカです。
さて、まずタルレジャ王国の三隻の船と、我々の護衛艦の試合の結果について申し上げましょう。オーストララリア政府の公正なる判定によっても、また我々自身の自覚においても、残念ながらタルレジャ王国の勝利と認めます。
よって、日本国の北海道とその住民の皆様は、この声明の後、直ちに元に戻します。また、捕獲された当方の護衛艦は、地球の皆様に献呈いたします。もっとも、一隻は廃棄物になってしまいましたが、しかし、構造の研究には役立つでしょう。
なお、ここで申し上げなければならない事があります。タルレジャ王国は、ひとつ、今はまだやってはならなかった事をなさいました。つまり、我が母艦『アブラシオ』を直接非常に強力なレーザー砲で攻撃しました。我が母艦はこの勝負には手を出さないと明言していたにもかかわらずに。
我々はなぜこのような信義に反する行為を行ったのか、直接責任者から説明を受けたいと考えます。それは、二四時間期限後の、我々の地球に対する行動に影響を与える可能性があります。
よって、現在日本国の東京に所在しているタルレジャ王国の第一・第二王女、さらに本国にいらっしゃる第三王女も、わが母艦に招聘いたします。拒否すれば、日本の大阪とエギリス王国のロンドン、さらにタルレジャ王国の首都タルレジャを消滅させます。次は、北海道と違って、永遠に、ですよ。一時間後に羽田空港とタルレジャ国際空港にわが護衛艦がお迎えにまいりますので、三王女様をそれぞれお連れ下さい。
アブラシオを攻撃するということは、我々に全面戦争を宣告したに等しいのですが、今回は冷静に対処いたします。
タルレジャ王国の、現在空間に凍結している二隻は、地球側の対応が確定するまでそのままにします。降伏すれば返還しますが、抵抗する場合は、このまま消滅させます。それはきわめて簡単であることをお忘れなく。では、まず、お三人の王女様に、こちらに御出でいただくこと。そうして迫っている二四時間期限までに、地球から良いご返事があるように希望いたします。」
地球・・・タルレジャ王国そして東京
第三王女は、この奇妙な戦いの結末を確認し、『非常時の国王大権発動』の許可が国王側から正式に発表された事を確認し、その事実を東京に連絡した後、その姿が見えなくなった。
「第三王女様は、どちらに行かれたのか。」
侍従長は、側近の女性に尋ねた。
「北の北島の礼拝所に籠られました。もはや誰も近寄れませんし、連絡もできません。」
侍従長は、そうした事態も予測していたかのように冷静に反応した。
「そうですか。それは、もう、どうにもできませんね。御自ら出て来られるのを待つしかありません。しかし今回は、もう時間がない。相手の言う通りならば、まず二つの都市と、このタルレジャが破壊される。多くの人の命が奪われるでしょう。それが厭ならば「地球帝国」とやらの皇帝になるよう、指名されているわけです。第三王女様には、あまりに荷が重かったのではないか。」
「お言葉ですが、第三王女様にとっては、礼拝所が今一番安全なのではないかと思いますが。」
「ううん、どうでしょうか。相手が我が故郷の子孫となると、そうはいかないかもしれないですなあ。」
侍従長は、教母様から手渡された、あの本に書かれていた事柄を思い浮かべていた。
「そうなのですか?」
「あ、いや、あなたは余り心配しないように。それよりもあなたも避難の準備をしてください。」
「はあ・・・。」
侍従長は王宮事務所に帰った。
「第三王女は礼拝所に籠られた。」
一同はため息をついた。
「第一王女様には、御知らせを?」
「その事実だけ、すぐに伝えてください。」
「わかりました。しかし、国内が、特に首都がパニックになるのではと思います。全王国民が、今の声明を聞いたのですから。政府も対応に追われているようです。まだ確認はできませんが、王女を差し出すしかないとの意見も出てきているようです。しかし、『緊急国王大権』が発動された以上、お決めになるのは第一王女様、ということになりますが。」
「うむ。私としては、それこそ最善の判断なのだと思います。第一王女様は、並みの人間とは訳が違う。言葉は実に良くないが。一種の『怪物』ですからな。」
侍従長は自分の席にどかっと落ち着いた。
第三王女は、彼女専用の礼拝所の中にいた。ここはタルレジャ王国の王女にして、巫女である人以外絶対に入ってはならない場所だ。現在の三人の王女にはそれぞれ個室が割り当てられている。決めたのは第一王女だ。国王が入りたいと言っても(実際にはあり得ないが)それさえ、けっして許されないほど、大切な場所だ。ただし、第一王女が許可すれば話は別だが、過去そうした事例は一回もなかった。
もし誰かが、入口まで侵入したとしても、門が開かない。どうしてそうなのかは誰にもわからない。大昔からそうなっている。電気もコンピューターも地球上になかった時代から、そうなっていた。
そうして、そうなっていること自体、王女(巫女)とアニー以外は誰も知らなかった。
「これは、わしにとって必要なことなのじゃ。」
第三王女はつぶやいた。そうして祭壇に置いた小さな機械に声をかけた。
「お待たせいたしました。ダレル様。」
王国から連絡が入る前に、アニーが第一王女の聴覚に直接告げた。
「ヘネシー様が、先ほど礼拝所に籠られました。礼拝所の中の事は、決まりですから私は関知しません。なお『緊急国王大権』が発動されました。これ以後は、すべて貴方の命令が最高です。以上。」
「なるほど」
姉の様子を窺いながら、第二王女が尋ねた。
「どうなさいましたか? お母様、いえ、お姉様。」
「第三王女様が礼拝堂に籠られました。」
「まあ、少しショックが強すぎたのでしょうか。」
「そうでもないでしょう。だって、私がそうするようにと、ダレル経由で言いつけておいたのだから。それから『緊急国王大権』が発動されました。つまり今後何事も最後に決めるのは、私ということになります。」
ヘレナは満足そうに、ソファの上に、裸足の足の裏をどんと突き出して座った。
ルイーザが、何か醜いものをものを見るように、顔をそむけた。
「まあ、それにしても、おかしないちゃもん付けてくれるじゃない。元々約束破ったのはそっちじゃない。ね、ルイーザ様、そうでしょう?」
「はい、あのお母様のおっしゃる通りですわ。あの、お母様・・・」
「なあに?」
「お行儀悪いです。スカート、めくれてます。」
「あら、失礼。」
ヘレナは、座りなおしたうえで言った。
「まあ、これで、リリカ様は、わたくしたちを呼び付ける口実が出来たっていうわけよね。」
「あきれた、それも、お母様のご指示ですの?」
「まあ、ご指示と言うほどの指示じゃあないですけれども。さて、皆さんどうなさるのかしら?楽しみね。」
「はい、お母様。そうですね・・・。」
その時、室内の電話が鳴った。
ヘレナが応じた。
「ええ、いえ、よろしくてよ。・・・ええ、わかりました。ところで、『緊急国王大権』が発動されたはずですよ。・・・なぜそれを言わないのですか。・・・そうですか。まあいいでしょう。・・・飛行場に参りましょう、準備いたします・・・いいえ、これは命令です。それから、首相に伝えてください。わたくしの行動を邪魔しないでください、と。指示が有ればこちらから伝えます。それ以外は、貴方に任せます。いいですね。・・・そうですか、わかりました、では少しだけ待ちます。でも時間がありませんよ。」
「政府は相当悩んでいますね。」
ルイーザがヘレナの顔を覗き込みながら言った。彼女にはこの会話の内容が、そのまま頭の中に入ってきていた。
「と、いうことで、政府は及び腰。無理ないわ。さ、出掛ける用意は、ちゃんとできてるわね。」
「ええ、いつでも大丈夫です。」
「私が思うに、国連、というか、アメリカ国政府が、私たちをほっとくわけないわ。あの『ぼうや』が相当見抜いているでしょうから。火星人どころか、まず、地球人に連行されるわね。」
「そうですわね。お母様。」
松村家の東京の本宅は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
それは、兄弟姉妹たちの、と言うよりも、大部分は周囲の人たちの影響によるものだった。
巨大なお城のような本宅の丘は、おびただしい数の、警備の人々や、いかつい車両に取り囲まれていた。
空の上にも、警察や報道関係のヘリが、ひっきりなしに飛び交っている。
その中には、ちょっと正体の良く分からないものも交じっていた。
「あの、おかしなヘリは何?」
明子が最上階のサロンから、空を見上げながら尋ねた。
長男の昭夫が答えた。
「ああ、あれは王国のヘリなんだよ。まあ、我が政府としても、やむおえなかったようだよ。」
「我が・・・ってのはどっちのこと、兄さん。」
「もちろん、日本の事さ。当り前だろう。」
「ふうん。そうなんだ。でも、我が妹は、どっちの国民なのかな?」
「そりゃあ、あの二人は両方の国籍を持ってるんだ。両方だよ。」
「それは、判ってる。そうじゃなくて、この国を守る方? それとも、壊す方?」
「さあ、それもたぶん、両方だろう、きっと。」
「はあ?」
「自分の妹たちを、こう言うのもなんだけど、あの子たちは、何時も両面を持ってるのさ。創造と、破壊とね。」
「神様みたいなもの、かしら。」
「そうだね、妹が神様だと、いろいろ都合いいだろう? 君だって?」
「わたしは、・・・・ふうん。そうね。そうかも。」
二人は、まだ暫く、空を見上げていた。
同じ空を、自分の部屋から眺めていた紘志は、シモンズから来たメールを、ぼんやりと読んでいた。
「ぼくは、君に会ったこともないが、君が、あの双子の弟だと言う事は、知っていたよ。これから、ややこしい事が起こる。君には、僕の味方でいてほしいんだ。もちろん、君が姉さんたちを裏切らない事も解っているけれど。次のメールで、もっと詳しく説明する。君には、かなり衝撃を与えるだろうから、これは、その予告さ。いいかい、あの二人は、今は、本当の君の愛する姉さんたちじゃやあないんだ、と、僕は思う。証拠はないよ。でも、これがたぶん真実。じゃ、また、後で。」
テレビには、火星のリリカが現れてしゃべっている。紘志の頭の中では、いろんな情報が、置かれるべき場所に運ばれ、分析され始めていた。
「ちょっと、ゆきちゃんを見てくるか。」
紘志は、自室を出て、寝たきりの妹の部屋に向かった。
リリカの元に、地球側から話し合いたいという連絡が入った。
「リリカ様、どうなさいますか。話し合いを求めて来ていますよ。王女様お二人の移送は、待ってほしいと。まず話し合いを、と。」
「そうね、まあ私からすれば、要はヘレナが「OK」と言えば、それですべて終わりなのですが、まあ地球は、今ところそうも行かないのでしょうね。こうしましょう、地球側の代表者を早急に用意しなさい、と。それで、ヘレナ様とルイーザ様をまず東京でお乗せして、そのあとニューヨークでもワシントンでもジュネーヴでもお寄りいたしましょう。で、皆様をアブラシオにご招待ということにいたしましょう。
第三王女様に来ていただくのは、まあ少しお待ちしましょうか。
その位でいい? 最終期限を少し伸ばして差し上げましょうか。そうね、お二人の王女様はそのままここに留まっていただいて、地球の代表の方にお帰りいただいてから、六時間待ちましょうか。それでもう充分すぎるでしょう?話がついたら、皇帝陛下をお迎えいたしましょう。」
「大変結構かと思います。」
「ではすぐ地球側にお知らせしてくださいますか。ところでダレル様は、どうしておられます?」
「どうやら、第三王女様とお話をなさられているご様子かと。」
「ああ、なるほどそうですか。今回は随分真面目にしてくださっているのね。」
「そうですね。まあ、心理操作というか洗脳というか、これはダレル様お得意の分野でもありますし、ヘネシー様の意識操作はほぼ完了に近いとのことでした。」
「では、皇帝になるお気持ちになってくださったのね。」
「もう、お心の中は、ほぼそう決まっているとのことでした。あと、少しだけ抵抗心がわだかまっているようです。地球人としての良心と申しますか。でも、間もなく、その罪悪感も取り除くとダレルさまはおっしゃっています。そうなれば、もう我々のよき仲間だと。」
「わかりました。でも、ダレル様からは目を離さないでね。大体本当の魂胆は見え見えですもの。本人も、判ってやっているのでしょうけれど。」
「何か厭な関係ですね。」
「まあ、大概そういうものですよ。でもダレル様の野望というか、希望というか、ストレスの解放というか、とにかくそれは我々のためにも必要だとヘレナ様はお考えです。ダレル様もヘネシー様も、どちらも、とても強力な不感応者ですし、特にヘネシー様の心の中の、どうしようもない深い葛藤も、この際癒さなければ、というお考えなのですね。」
「大胆な治療法ですね。」
「まあ、普通の方ではありませんから。」
「まったく。」
アリーシャは心から同意した。
今回は、すぐにダレルから返事が返ってきた。通信機から、ダレルの亡霊のような姿が浮かび上がってきたのだ。
「ご機嫌よろしゅう。第三王女様。いよいよその時が近づいてまいりましたな。あなたはここしばらく、我慢強く、私の講義にお付き合いくださいました。その結果、真に地球の支配者としてあるべき姿になってこられました。実にすばらしい事です。」
「将軍。お忙しいところを誠に申し訳ありませぬが、わしは感謝に堪えませぬぞ。ダレル将軍、御承知のように、我らの第一王女様は、リリカ様からの招へいをお受けしたようじゃ。わしも直ちに空港に行かねばならぬのじゃと、思おております。」
「ああ、その件ならば、恐らくあなたは、今しばらく地球でお待ちいただく事になりそうですな。」
「え、そうなのですか。」
「さよう、地球側が話し合いの提案をしてきたのです。リリカ様は、姉上お二人をまずお連れするように、要求し直しております。
あなた様は、いましばらく、お心の準備をしてお待ちなさい。」
「わしは、実は、いまだに悩んでおるのじゃ。少し前に、ヘレナ様から電話がありました。姉はこう申したのじゃ。『いい、ヘネシー、あなたは皇帝になりなさい。皇帝となって、地球を支配するのです。あなたの理想の世界を作りなさい。今をおいてこの機会はありません。私は望んであなたの僕となるのです。』と。でも、わしはお姉様たちを差し置いて皇帝となるなどとは、やはりとても考えも及ばないのじゃ。そなたのお話も、実によく分かります。理想の世界も作りたい。たくさんの子供たちやお母さんたちを救いたい。そのためならば、わしが皇帝になって、それが叶うのであれば、この際は、それもやらねばならぬ、とも思うのじゃ。尊敬する姉上も、そう言うのじゃから。じゃが、やはりどこかに間違いがあると心の中が騒いでおる。」
「それは、あなたのお心が正しいからなのです。しかし、完璧というものは、正直なところありません。どこかで無理をしなければならないのです。その無理を押し通してこそ理想は達成されるのです。さあ、よろしいですか、もう一度瞑想なさい。そうすれば、迷いも溶けるでしょう。」
ヘネシーの心に何かが覆い被さってきた。
まるで、麻薬のように心が麻痺してゆく。時間の感覚が遠くに消え去り、意識が勝手に変わってゆくのだった。ダレル将軍の言葉こそが、すべて正しいのだと。
「さて、ヘネシー様、よろしいですか。」
ダレルの言葉が染みわたってくる。
「あなたは、よく理解すべきなのです。確かに、ヘレナ様はあなたの僕となると言った。けれど、それは本当なのかと。今までのことを思いなさい。ヘレナが、あなたに従った事があるのだろうかと。今回も、実はそうなのです。彼女は、あなたに従うと見せて、実はあなたを支配する魂胆だと、あなたは鋭く見抜いたのです。いいですかな、あなたはもう一五歳の少女ではない。完璧な支配者なのです。ヘレナもルイーザもあなたの本当の僕とならねばならぬ。これが当然の真実です。さあ、そう信じなさい。いいですかな、間もなく地球は我々の、つまりあなたの軍門に下ります。そうしてあなたは、ヘレナも言う通りに、地球の皇帝となるのです。お膳立てはヘレナたちがやってくれるから、あなたは見ていればよいのです。それから、まずあなたがするべきことは、ルイーザを味方に付ける事なのです。ルイーザは、今はヘレナに操られているのでしょう。彼女の心を、あなたに引き込むのです。よろしいですか、私がこれから転送するブレスレットを、まずルイーザの腕に付けさせるのです。そうすると、ルイーザはあなたに、どうしても逆らえなくなります。次に、こんどは同じように、ヘレナにブレスレットをさせるのです。ルイーザにやらせればよろしいでしょう。そうすることで、二人はあなたの真の僕となるのです。ただし、これがうまくゆくまでは、特にヘレナには、従順にしておくのですよ。
細かい事は、またお教えいたします。くれぐれも、あの二人、特にヘレナを信じてはなりません。あなたには、巧みに隠されてきたのだが、ヘレナはこの世のものではない。この宇宙最高にして最悪の妖怪というべき、恐ろしいものが憑りついて出来た女なのです。ルイーザは、可哀そうに、その化け物の身代わりとなるよう生まれたのです。しかし、あなたは違う。あなたは真の人間です。化け物の姉たちとは違う。さあ自信を持って事にあたりなさい。あの二人は、上手に使えばとても役に立つ僕になります。ブレスレットには、その化け物をあなたの意のままに従わせ、その恐るべき能力をあなたの望み通りに使わせるようにする力があるのです。これは不肖ダレルが、ある特別な存在の協力を得て、長年かかって開発したものです。私の心のすべてを込めて、あなたに差し上げるのです。それはこのダレルこそが、あなたの真実の友だという証拠なのです。よろしいか、このダレルの指示があなたのすべてだということを信じ、そうして忘れないようにしなさい。さああなたにはもう迷いはない。まったくないのですぞ。」
ダレルの言葉の一つ一つが、これまでにない強い力で、ヘネシーの心に響き渡った。
時間がどれだけ経ったのかわからないうちに、ヘネシーは目を開けた。もう、迷いはどこにもなくなっていた。なにか全く生まれ変わった、新しい自分があった。
「よろしいですか、ヘネシー様。自信を持って皇帝陛下におなりくださいますか。」
「わしは地球帝国皇帝になる。わしはもう迷いは持たぬ。わしは最高の地球帝国皇帝になるであろう。そなたの意向には常に従うつもりじゃ。」
「大変結構です。姉上はどうなさいますかな。」
「そなたの作ったブレスレットによって、そなたとわしが二人を支配することになるのじゃ。あの二人はわしらの忠実な僕となるのじゃ。」
「大変結構です。さあ陛下、もうあなたの妨げとなるものはあの二人のみです。早急に、しかしぜひ慎重に事をお運びくださいますように。」
「ようわかった。わしは、地球帝国皇帝となるのじゃ。」
ヘネシーの表情は、確信に満ちていた。
地球・・・日本
「ヘレナ、相手はもう、動きましたよ。」
アニーが報告した。
「まあ、そんなものよね。それにしても時間が掛るわね。わが大使と王国政府、それに国連やアメリカ国政府は、とても良い間柄のようですね。」
「はい。まったく。しかし、それは、人間の所謂皮肉ですか。」
「ありがとうアニー。ま、多分そんなところね。」
その時、一等書記官が呼びにやってきた。
二人は例の貴賓室に入った
「随分お待たせさせてくださいましたね。」
ヘレナがきっちり言った。
大使が汗をかきながら答えた。
「申し訳ありません、本国との調整や国連との調整に少々時間を要しました。」
「わかりました。御苦労さまでした。大使様には感謝申し上げます。ところで、国連はどういう方針なのですか?」
「話し合いで和解を目指す、という事に尽きるとのことです。ヘレナ様にもルイーザ様にも、是非ご協力を賜りたいとお伝えするよう本国並びに国連から要請がありました。これがメッセージです。どうかご一読くださいますようにお願い申し上げます。」
「いいでしょう。わかりました。でも、相手はただもう、降服を迫ってきますよ。妥協はないでしょうね。それにどんな技術を持っているかもわかりません。もしかしたら私たち二人とも、脳を手術されたりして、完全なロボット人間になって帰ってくるかもしれませんよ。『大使、私たちはもう火星人の完全に忠実な僕になりました。地球人全員がそうなるのです。まずあなたから。』なんて言ったりして。キャハハハ・・・。」
「どうかご冗談だけにしていただきたい。」
「さあ、どうかしら。あんがい本当になったりして。で、私たち二人の他はどなたが行かれるのですか?」
「国連からは、事務総長自らが行かれます、それにアメリカ国の副大統領。
そうしてヨーロッパからは、これも副大統領が行かれます。中大国とロロシアからも代表が出ます。これに、一人特別なエージェントが入ると聞いています。あと随行員が五名認められました。ただし、軍人は認められませんでした。武器の携行も拒否されました。受け入れざるを得ませんでした。
王女さま方には、これ以外に女性の随行員が三名お供いたします。」
「まあ、随分沢山ね。」
「申し訳ありません。当初随行は一人も認めないと言ってきていたのです。すべてこちらで対応すると。どうか御理解ください。」
「弱腰ねえ。もっと、ずばっとやりなさい。それとも、うちの二隻が空間に張り付いてしまったのが、そんなにショックだった?」
「はあ、いや確かに、北海道のことと言い・・・そうそう、北海道が元に戻ったのはご存知でしたか。住民も無事に。」
「はい、存じております。それはとてもよろしいことで御座いましたわ。で?」
「は?ああ、いや北海道のことと言い、生半可の相手ではありません。言葉は丁寧だが、言っている内容は、無茶苦茶です。これでも相当抵抗したのです。」
「それじゃもう、最初から負けてるようなものです。相手は征服に来たのですよ。なまぬるいはずがありません。だから私も一発お見舞いいたしましたの。「あたい」を甘く見るんじゃないわよって。この際、無理にでも軍隊一個大隊くらい乗り込まなくては。」
「それでは最初から戦争になります。」
「そうね、あははは。」
ヘレナは嬉しそうに笑った。
この王女はどんな肝っ玉を持っているのだろうかと大使は心配になった。
「さぞご心配のことでありましょうが、我々も全力を尽くしますので。」
「ええ、そうですね。がんばってくださいね。でも私たちは大丈夫よ。いつも訓練しているから。こんな事は平気よ。火星人でも、木星人でも、どんとこいよ。」
「は、恐れ入ります。」
「ときに、今は『緊急国王大権』が発動されていること、ちゃんと理解してくださったかしら。」
「は、勿論です。」
「そう、ではいいですか。本国に伝えなさい。私が作った『特殊兵器』も、きちんと準備しておきなさい。直ぐに戦闘体制が取れるように。私が命令したら、いい、私たちがまだあのでかい船に乗っていても、攻撃するのよ。いい? わたくしは、火星人との全面戦争も辞さない積りなの。これわかってね。」
「はい、あの。了解しました。」
第一王女は頷いた。
「じゃあ、行きましょう、ルイーザ様。」
「はい、おか、いえお姉さま。」
「ええ、別におかしくないわ。では大使、あとはよろしくお願いいたします。そう、私たち、次の次の水曜日と木曜日には、タルレジャで、王宮主催のコンサートが予定されておりますの。それまでにはちゃんと帰るから、と王宮にお伝えください。中止はありません、と。」
「はあ、それは、わかりました。」
「水曜日には、タルレジャ交響楽団と、シティーホールで、この子がカール・ニルセンを、私がシベリウスのコンチェルトを弾きますの。木曜は、教団大ホールで、わたくしが、あまり得意ではありませんが、オルガンを弾きますよの。で、この子がピアノで、ロイプケの詩篇第94番によるオルガンソナタと、ピアノソナタを弾きますの。大使様もよろしかったら、どちらか一晩帰国なさいませんか? チケットなら、ご用意いたしますわ。そうだわ、強制的に、ふた晩ともご招待にいたしましょう。あ、でもその時はこの子、地球の『総督閣下』になっているかもしれないんだったわ。ウフフ、楽しみね、地球総督閣下が自ら行う演奏会なんて! では行ってまいりますわね。」
「はい、あの、どうぞ、お気をつけて。」
大使と一等書記官が手を振って送り出した。
大使館の公用車はゆっくりと出発した。
二人の他には、運転手と助手席にやたらに肩幅の広い、壁のような大男が乗った。そうして二人の両翼に女性の護衛が付いた。後ろからもう一台車が付いてくる。
見送りながら、大使は冷や汗をぐっしょりかいていた。
「見破られましたかね。」
一等書記官が小声で言った。
「まさか。」
大使は、さらに汗をかいた顔をハンカチで拭った。
公用車は東京の真ん中を走り抜けてゆく。
ヘレナが運転手に尋ねた。
「で、どこに連れて行ってくださるの?」
「は?」
「は、じゃないわよ。行く先はどこなのですか? と、第一王女が尋ねているのです。ちゃんと答えなさい。」
運転手は、やや慌てた様子だった。
「いいの、心配いらない。どうせ空港なんて、もとから行く気がないんでしょう。アメリカ国大使館あたりかしら?それとも別邸かな。たぶんそうね。でもね、あなた、結局すぐ空港に行かされるわよ。事態はどんどん動くから。」
「はあ、いやまことに、さすが王女様。」
「ふふ、面白い方。少し私を、ぎゅっとしていただきたいわ。ほら、わたくしの、この胸が、高鳴りますわ。だってあなた、良い男だもの。」
両脇の女性ガードマンは固まっていた。
運転手は、汗びっしょりになった。
公用車は、ヘレナの言う通り、アメリカ国大使の別邸に、裏口から乗り込んだ。
すでに、いかにも映画のように怪しい黒服の、角の立ったサングラスをした男たちが、広い玄関先の庭に待ち構えていた。
二人は丁重に、しかし強制的に車から降ろされた。いかにも、あまり歓迎されない国の賓客に対する、どこか冷やかなおもてなしの心地がする。
誰も見ていないから、なおさらそうなのかもしれないが、まあ、これはあくまで、雰囲気のせいなのだろう。
玄関先での挨拶もなく、二人はさっさと建物の中に案内された。
それから、かなり豪華な造りの和洋折衷という趣の部屋で少し待たされたが、ほどなく男三人、女二人、そうして男の子一人が入ってきた。
「お待たせいたしました。」
金髪の、中年過ぎくらいかと思われる、体も胸もやたら大きな、しかしとびきり美しい女性が英語で話し始めた。
この人はすでに顔見知りだ。アメリカの日本大使、キャサリンだ。実は日本語も堪能な人だ。
「英語がいいか、フランス語がいいか日本語がいいか考えました。私はタルレジャ語がまったくわからないものですから。でも、ここにいる方たち全員が正確に理解できるということで英語にいたしました。第一王女様、そうして第二王女様、今日はよくお越しくださいました。感謝申し上げます。」
ヘレナはこの人が割と好きだった。気さくで妙な形の隠し事をしない人だからだ。
「ありがとうございます。大使、ひと月ぶりですね。お元気なご様子でなによりです。先日の演奏会においでいただきましてありがとうございました。しかし、今日はこちらにお伺いする予定にはなっていなかったのですが。」
キャサリンは微笑みながら言った。
「はい、大変申し訳ございません、王女様。これは本当にハプニングでした。王女様があの自称『火星人』に拉致されるという事について、私どもは非常に危機感を抱いております。先方は時間を区切り、従わなければいくつかの都市を破壊するとの、非常に卑怯な脅迫をしてきております。その中にはタルレジャ王国の首都も含まれております。
先刻の貴王国との対戦を見ても、非常に高度な、我々の常識を超えた技術も持っているようです。このまま王女様を渡してしまえば、お二人が何をされるのかも、大変心配です。まして、第二王女様と第三王女様を地球の支配者に据えよという要求からみても、そうです。
なので、タルレジャ王国の日本大使にご無理をお願いして、こちらに立ち寄っていただきました次第です。現在、国連からあの『火星人』リリカと交渉しています。王女様方は、地球にお残りいただく方向で、がんばっているのです。」
「そうですか。で、うまく行きそうでなのすか?」
ヘレナが尋ねた。
「まだ結果はわかりません。間もなく何か報告が来るかと思います。で、他の方をご紹介いたしましょう。まずこちら、我が政府の特別情報室のアレン室長補佐さん。それからダニエルさん、そうしてジェニファーさんです。
彼らは一人ずつ握手を求めてきた。
「どうぞよろしく。第一王女のヘレナです。こちらは第二王女のルイーザ。ところで「特別情報室」というのが宇宙人の対策課なのですか?」
アレンがややびっくりしたように答えた。
「宇宙人の、ということはありませんが、もし宇宙人が現れたら、我々の仕事にはなりますね。」
「そうですか。いえ、お話の途中で失礼いたしました。」
ほほ笑みながら大使が続けた。
「それから彼が我々の特別顧問、シモンズさんです。」
「失礼ですが、シモンズさんはおいくつですか?」
またヘレナが尋ねた。
「一六ですよ。第一王女様。」
握手をしながらシモンズが答えた。
「まあ、私たちと大体同じ年ですね。でも特別顧問と言うと、よほど優秀なんでしょうね。」
「彼には、そうですね、ある種の特別な才能があるのです。」
とキャサリン大使。
「宇宙人探しとか、ですか。」
ヘレナがあっさり言った。
「まあ、そんな感じかな。」
シモンズが悪びれもせず答えた。
「まあ、おかけ下さい。」
大使が勧めた。
「彼は、我々に疑問となっている事項について、独自の分析を行い、進むべき方向を示唆するのです。」
「え、では、占いの方ですか。」
ルイーザが突然面白いことを言った。これはむしろヘレナがとぼけてよくやるパターンで、以前のルイーザには、あまりない事だった。
「そうだな、『占い』ではないな。もっと理論的な結果ですよ。第二王女様は意外と面白い方なんですね。僕の認識は少し違ったかもしれない。」
「ふうん。でもアメリカ国には、とてつもなく優秀な方がたくさんいらっしゃるのですから、あなた相当に、ものすごい方なのでしょうね。」
ヘレナが続けた。
「ありがとう。まあ、でもそうだね。」
シモンズはあっさりと認めて、礼を言った。
「で、私たちをあえて留めた以上、何を確認されたいのですか。」
ヘレナが、少し呆れたような表情のまま、本題を切り出した。
「まあ、そんなに深刻にはならないでください。王女様。実はシモンズさんが、王女様とどうしても直接お話ししたいそうなので、私たちは少し席を外していますね。その間に交渉の結果も出るでしょう。」
そう言うと、キャサリン大使たちは部屋からさっさと出て行ってしまった。
「さて、で、あなた何を聞きたいのですか?」
ヘレナが尋ねた。
「ぼくは、貴方がたと、直接、是非お話がしたかったのですよ。王女様という、ぼくには別世界に住む方とね。多少無理な手段を使わないとできないでしょ。」
「そう。普通の方には、十分できない手段ですけれど。それに、あまり、お話しするのには、相応しくない状況だけれど。」
「まあ、そうなんですよ。君たちは、火星人から人質にされようとしている。もしかしたら、もっと恐ろしい事をされるかもしれないよ。普通の少女だったら、恐怖で固まっているんじゃないかな。でも二人とも平然としている。恐怖心とか、不安感とか、そういったものがまったく感じられない。そうだな、まるで自宅に帰る、みたいな感じで、ものすごく安定した精神状態なんですよね。いったいどうして?」
ちょっとした間が空いた。
「さあ、それは何かしら。でも私たちは物心つく頃から、どんな非常事態が起こっても、決して、心が乱れないように訓練されているのです。だから別に、これで普通なんですのよ。」
「ふうん、強いんだね。」
「だって、王女だもの。」
「そうなのか、王女様って。ところで、あの「リリカ」って人は知り合いですか。」
「は? どうしてですか。」
「だって、あの人、君たちに、とってもご執心だから。最初から指名してくるんだから、相当良く知っているわけですよね。『火星人』なのに、ですよ。あ、『火星人』とは、はっきり言ってないよね。『火星連合』とか言ってるけど。でもまあ、相当以前から、確かに君たちの事を、いろいろ調査していたのかなあ、とも、思う訳さ。けれど、やはり、普通に考えて、何かおかしいでしょう。誰でもそう思う、と思わない?」
「私たちが、あの『火星人』らしき方と、もとから知り合いだったって、言うのかしら。それか、共犯者だと。」
「そう、だとしたら、物凄くこの話は単純になるでしょう。」
「ふうん。あなたって、すっごく失礼ね。お話としては、面白そうだけれども。王女に対して、初対面で、そんなこと、普通、言う?」
「面白い? どうして? ぼくは面白くなんかないよ。だって相手は、何者にしても、凶悪な犯罪者だよ。北海道の住民と、土地を、略奪して、殺害まで示唆して脅迫したんだ。もし、万一、王女様が仲間なんだったら、王女様も恐ろしい犯罪者、ということになるでしょう。タルレジャ王国から見たら、まさに王国の反逆者だよ。」
「なるほど。」
「否定しないの?」
「否定します。私、仲間じゃあないわ。これで、いいかしら?」
「あなたは? 第二王女様。」
「それは、私も、あの『火星人』さんの仲間ではありませんわ。」
「仲間じゃなくても、たとえば、あの『火星人』は王女様達の部下とか、かもしれない。ならば良心の痛みもないかも。まして、子供の頃から鍛えてるんだし。こんな状況でも、平常心でいられるでしょう。それに僕も見たけれど、あのレールガンとか、超小型の大量のロボットとか、レーザー砲とか、研究はされていても、あそこまで実用化できている国は、まだないと思うよ。タルレジャ王国ご自慢のあの軍艦もすごいよね。だったら、あの『火星人』の繰り出した、今、お宅の軍艦を動けなくしている不思議な力だって、北海道を消したトリックだって、巨大な宇宙船だって、君たちが持っていた力かもしれないでしょう。」
「あの、でっかい宇宙船も? あんなもの私たちがどこで作れるの? どこに保管していたの? タルレジャ王国が、いつ宇宙船を打ち上げたの? お答えを聞かせて欲しいわね。」
「それは、うん、ないよね。」
「ほらごらんなさい。言いがかりです。」
「そうかなあ。」
「そうですわ。」
ヘレナがちょっとムッとして見せた。しかし、シモンズは無視した。
「確か、第一王女様はタルレジャ教団の第一の巫女ですよね。」
「ええ、そうですよ。」
「偉い人ですよね。」
「偉いかどうかは解らないけど、重要な立場です。」
「そう、しかもタルレジャ教に関する知識では、どんな学者でも歯が立たないほど詳しいよね。」
「最近は、一概にそうとも言いきれませんよ。私が掴んでいない事実を知っていらっしゃる学者の方は増えてきております。」
「それは、あなたが徐々に情報の開放政策を取っているからでしょう。で、皆で君の知識を『少しずつご相伴』になっているわけ。」
「あなたって、相当いやな男の子ね。」
「そうだよ。ところで現在のタルレジャ教の聖典では、タルレジャ教団の祖先、つまり大教祖様は『偉大なる赤い星』、火星から来たと書いているよね。」
「ええ、そのとおりです。」
「君はそれを信じているの。」
「ええ、もちろん。」
「で、君は、その教祖様の直系の子孫なんでしょう。」
「そう伝えられています。」
「ということは、君は元々火星人の中でも、最高の名門の家系の出で、『火星人』が君たちを地球の支配者に据えよとすることも、全然おかしくはない訳でしょう。君から見ても彼らは仲間なんじゃないのかな。」
「そうかしら。」
「違うの?」
「偉大な教祖様が火星を出たのは、宗教学上の推論では、いまから三億年前です。一億年間宇宙で修業をし、二億年前に地球にやってきたと言われております。二億年地球で生きてきてもまだ『火星人』と呼ばれるのかしら?それに三億年前の仲間が今でも仲間かどうかなんて、まともにそう考える方が、おかしいでしょう。それに、じゃ、なぜ、わたくしは無視されてるわけ? 『火星人』が地球の支配者に選んだのは、わたくしの妹二人よ。まあ、ここに一人いるけどね。なぜ、わたくしではないの? おかしいでしょう?」
「なんでそこだけ、現実的になるの。君が外れている理由は、いまのところ正確には解らない。ただ、表には出たがらない、影の支配者でいることが好きな人間は、歴史上少なくないさ。ま、火星人でも、そうなんじゃないのかな? それと、僕が注目しているのは『女王様』なんだ。『リリカ』が、最初の声明で一度だけ触れたよね、『火星の女王様に忠誠を誓う』ことって。 でも、今のところ、その姿も声も現してはいないよね。 それと現在の経典には、『女王様』と言う言葉は、一か所しか出て来ないんだけれど、これがどうも「何で?」と、思うでしょ。 不自然なんだね。 歴史上、君の王国には何人もの『女王』がいたし、このままで行けば君も『女王』になる。数の上から言えば、君の王国は『女王』のほうが圧倒的に多いのが特徴だよね。でも経典では、『男王』も『女王』も、単に『国王』と表現されているんだ。その一か所を除けばね。でもその個所は、何万年も前の話のところだ。『教祖様』が、放浪を終えて、地球に居を定めたところ。 最初のタルレジャ王国の『女王』様が登場するところ。僕が思うに、きっと、ここで、『教祖様』が『女王様』にすり替わっているんだ。『教祖様』イコール、初代『女王様』なんだよ。たぶん。で、この経典の元のお話は、その『初代女王様』か、その側近が書いたんだよ。 きっとね。自分の地位を正当化する為に、過去を作った。 それでも、すごく年代的には常識はずれな話だよね。ぼくはきっと、この本の紀元は、ずっと現代に近いんじゃないかと思うけれど。 日本の、古代史書だってそうでしょう。あれもきっと、支配者の歴史を正当化する手段だった。 まあ、この辺りは多くの学者さんも、そう考えているようだね。それでもね、当然この『リリカ』が言った現在の『女王』様は、王国の初代『女王』様と同一人物とは、勿論思えないよね。そんなに『生きているはず』ないもの。 じゃあ、この『リリカ』の言う『女王』様ってだれなの? みんな忙しくてこの事はあまり追及していないようだけれどね。勿論、『リリカ』の女王様が、今、彼女たちと同行しているとは、限らないでしょう。地球上にいるのかもしれない。『初代女王様の』直系の子孫がね。つまり、僕の目の前とかに。でも、この『経典』にはきっともっと古いバージョンがあるんじゃないかと僕は思う。もっとすっきりと書かれていて、そこには、真実がばっちり書かれているんじゃないかな、とも思うの。まあこれはある種ロマンだけれど。この事件の真の支配者は、その歴史の隠された秘密を、密かに引き継いできた。なぜ、君がご指名から外れたのかも、明らかじゃないかな。」
ヘレナは、ふーんと言う感じで、少し意地悪な様子で尋ねた。
「つまり、あなたは、『リリカ』という人が、『火星人』だとは思っていないわけだ。それはでっち上げただけで、本当は『地球人』だと思っているわけね。で、わたくしは、教祖様の子孫でもあり、女王様の子孫でもあり、というか、教祖様なんて、『いかなった』と、言ってるのかな。」
「そうだよ。『リリカ』は勿論『地球人』だと考えていたさ。その巨大犯罪グループの親玉が君だと、今でも確信しているね。お金も地位も頭脳も技術もある。 ところが、正直『火星人』なんて、そんなもの絶対いるなんて思ってなかったけど、ここに来て、大分怪しくなってきたから困ってたんだ。確かに君の言う通り解けないんだ、あの、でっかい宇宙船、どこで作ったのか、どこから来たのか? ぼくが思うに、月の裏側あたりじゃないかと思っていたんだけれど、証拠がまったく掴めなかった。我が国の宇宙機関が、情報を隠してないかも探ったけれど、それらしきものが出て来ないんだ。日本の打ち上げた衛星にも、そういう情報はない。それに、なんで、タルレジャ王国の船は、空間に貼りついたままなのか? あれにフックをひっかけて引っ張ってみたら? と言ったけれど、オーストララリアのヘリがドローン飛ばしてみたところ、落っこちちゃったって。 なんだか見えない壁があって、ヘリ本体も、これ以上進むと墜落しそうだと言うんだ。
君はそのカギを握っている人なんだ。だからこうして聞いているのさ。ね、教祖様と、最初の女王様は同一人物なんだろう? その人がすべてでっちあげたんだ。どこで宇宙船作ったの? なんで空間に物質がくっついているの?」
「もちろん、宗教的事実は真実だと、わたくしは、信じておりますのよ。教祖様達は三億年前に火星を出た。亜光速で走る宇宙船でね。その旅の過程で、太陽系では一億年経ってしまった。帰って来た時火星の文明は滅亡してしまっていた。教祖様は地球に移住した。まだ恐竜たちの世界にね。そこで新しいタルレジャ王国を興し、タルレジャ教を開いた。それが私たちの祖先というわけ。女王様は、地球人で初めての信者だった人。教祖様と結婚して子孫を作りだした。沢山ね。 どこの人、とかは経典でも説明されていない。わたくしよりも、ヘネシーと同じ位の肌の色をしていたらしいわ。 まあ、これは宗教的事実だけれど、考古学的にはまったく証明されていないわ。だから、学問的には、まだ誰にも、今のところ『解らない』のね。でも信仰としては大切な『真実』なのよ。 それにこの話は、今から二千年以上前に確立されていたことは確実なのよ。これは証拠があって、学者さんたちも認めているところ。 でも、貴方の言うように、もっと古い資料があるの。私が持ってる。まだ内緒にしてるけどね。さらに、もっと、もっと古い資料も・・・ね。 内緒で持ってるわ。面白いでしょう? それを見れば、タルイレジャ教や王国の起源がさらに古い事が分かる・・・。 教祖様は教団の祖先となり、勿論、男の方。初代女王様は、王国の祖先なのよ。最初から、教団と王国は、タルレジャの両輪だったわけ。二人は夫婦だけれど、当然人間としては別人よ。でも、どちらもわたくしのご先祖様。 そうして・・・どちらも、わたくし自身。ふふふ、別に全然おかしくないお話でしょう? あら、おかしいかしらね。」
第一王女は、普段の弘子と同じ姿だが、まるで別の次元の女になっていた。一七歳の少女なんかじゃない。 神秘的で、妖しい色を、この世のものではない、男を狂わせるような香りを、体中から発散させていた。
しかし、シモンズにはそいう事に惑わされない能力(子供だからと言うのではなく)が備わっていた。
「ものすごく胡散臭い誤魔化しの匂いがするよね。 それに質問に対して、きちんと答えてくれてない。第一王女様ともあろう人がね。それじゃあまるで『妖怪少女』アニメだね。」
第一王女は、もう元の雰囲気に戻っていたが、少しうれしそうに言った。
「あら、そうかしら。きっちりお答えいたしましたわ。」
そう言いながら、ヘレナは頭脳から直接アニーに命じた。
『アニーこの部屋の盗聴、遮断しなさい。映像もね。』
『アイアイサー』
別室で様子を見ながら話を聞いていた『特別情報室』のメンバーと大使の前で、映像と音声が突然途切れた。
「あ、切れた。どこがおかしいのかな。」
ダニエルがびっくりしたように言った。
「停電?」
ジェニファーがとぼけた。
「まさかこの部屋は何ともない。」
アレンが応じた。
「踏み込みますか?」
とダニエルが意気込んだ。
「やめなさい。大体こんな事、私の趣味じゃない。」
キャサリン大使が諌めた。
「しかし、非常に大切なところなのに。これから、なのに。」
ダニエルが惜しそうに言った。
「シモンズさんがちゃんと聞いてくれてるでしょう。」
「しかし、立件する大切な証拠なのです。」
「勝手にしなさい。でも踏み込んじゃ駄目よ。これ以上おかしな事をしたら、王国に訴えられるわよ。」
ヘレナが続けた。
「そうね、シモンズ様、まずあなた、本当にとっても失礼なのよね。いくらなんでも、私が弘子ではないときに、王女であるときに、「君」呼ばわりしたのはあなたが初めてよ。」
ヘレナが「シモンズ様」と敬称を付けたことに、ルイーザはもちろん気が付いた。これはヘレナが相手を気に入った証拠だ。
「それから、いい、シモンズ様。覚悟して答えなさい。 あなた本当に真実を知りたい?」
「もちろんだよ。君が知っているならば、だけれどね。」
「そう。じゃあ、わたくしどもと一緒に、『リリカ』様の船に行きましょう。あなただけではだめよ。私たち二人がいなければね。だから、私たちを、あの船にまで、連れて行って欲しいの。色々教えてあげるわ。 それに、あなた、本当に火星に行きたくない?」
「え?」
「火星だけじゃないわ。 木星や、土星。 冥王星や、それらの衛星とか、太陽系の辺境にある、未発見の惑星にも、連れて行ってあげるわ。」
「それって誘惑? 僕に『悪』に加担しろというの?」
「まあ、まずいろいろ見聞を広めて、それからまた、よく考えなさい、と言っているの。あなたの意見、結構大切にされているみたいだから。しかも、そうね、割といい線いってるじゃない。ただし、最終的な想像力があと一歩なのよね。限界を超えなくては。 それと、わたくしは、確かに、『魔女や悪魔』のような恐ろしい女だけれど、でもね、実はわたくし、そう呼ばれるのが、もう、大好きなのよね。だから、これからはあなたも、わたくしを喜ばせたかったら、思い切りそう言いなさいね。わたし、きっとすっごい喜ぶから。 でも、いいわね、これからは、わたくしが、あなたの、すべての『真実』なの。 あなたは、今から『真実』の側の人間になるの。 いいわね、もうこれ以上、今は答えないから。」
「もうひとつだけ・・・君達って本当にいつも、裸足なの? 人が見てないときは、シルクの靴下とか、ミンクのスリッパ、金の刺しゅう入りの、とかはいてるんじゃないの。それに君たちの足の裏って、いったいどうなっているのかな? 泥だらけ? 真っ黒かな? ちょっとだけ見せてくれない?」
「あなたって本当に、とてつもなく、手の施しようもなく失礼ね、最低よ。」
そう言ったあと、ヘレナはこう宣言した。(ルイーザが手で口を覆って笑っていたが)
「さて、わたくし達がお答えするのはここまでです。」
「あ、戻った。」
「今、王女様がもう答えないとおっしゃった。おしまいね、この会見は。」
キャサリン大使が告げた。
「王女は強いのですね。それに肝心のところは何も聞こえなかった。」
ジェニファーが彼女なりに、的確に論評した。
そこで電話が鳴ったので、大使が出た。
「ええ、そう。・・・ふうん。・・・・あら、そうですか。・・・それは大変。・・・わかりました。あとで言います。」
「なんですか?」
ダニエルが急いで尋ねた。
「相手が、王女様が一緒でなければ、交渉には一切応じないと返答してきた。もう時間は来ている。直ちに行動に移さなければ、予告通りに地球の都市を消滅させる、と言ったそうです。で、地球側は、まずは交渉したいと再三詰め寄ったが・・・、どうやって詰め寄ったのかは、わからないけど、拒否されたとのことです。話しにならない、すぐに攻撃する、と。やむおえず王女様はすでに大使館を出た、少し待ってほしいと言ったそうです。」
「誰ですか、直接相手と話してるのは。」
「国連国務次官補。ところが相手は、東京の渋滞はよく知っている。出発した後、途中で止まっているのは判っています。なんだったら裏道をお教えしましょう、それとも王女様だけこちらから今すぐ回収にお伺いしてもいいですよ、と言ったそうです。」
「完全に馬鹿にされていますね。」
「ええ、そうですね。あと・・・一五分以内に確実な動きがなければ、攻撃する、とのこと。まあ仕方ないですね。しっかり見られていますねえ。本国の結論は、『交渉』です。王女様が行かれるのはやむなし。ちょっとあちらの部屋でお話ししましょう。
「まあ、大阪にはお友達が沢山いますわ。 勿論、ロンドンにも。それに、私の王国の首都が攻撃されるなど、もっての外ですわ。」
ヘレナが、普通の日本の少女ならまずやらないだろう、大きな身振りで言った。
シモンズが半開きの目で横にらみをした。
「時間がありません。王女様、いかがなさいますか。」
大使が意味ありげに尋ねた。
「私たちは、もともと空港に向かって出たのですよ。止めたのはあなた方です。それだけですわ。キャサリン大使。」
「なるほど。シモンズさん、ご意見は?」
「行くしかないでしょうね。本当に交渉する気なら。王女様もいっしょに。ただし、やるならこのタイミングですよ。戦争するなら今です。待つ理由はもうないと思います。王女様も僕たちと一緒に討ち死にしていただくという事になりますけれど。大使、やるなら今。ここに王女を幽閉すればいいんです。簡単でしょう。あなたが地球の運命を決められるんですよ、今ならば。絶好のチャンスですよ、人生ただ一回きりのね。みんなあなたに協力しますよ。だれも反対なんかしない。この、お二人以外はね。武器もある。」
全員が大使を見つめた。両王女も同様に。
キャサリン大使は仲間達の視線の中で、しかし冷静に考え、そうして、決心し結論を出した。
彼女はいつもより、少しだけ厳かな感じで言い始めた。
「王女様お二人を、・・・・・」
そこで突然彼女は、一瞬だけれど言葉を止めた。その瞬間、彼女の目の輝きがほんの少し揺らいだことに、シモンズだけは気が付いた。そうしてそれが何を意味するかも、直感した。
「・・・行かせなさい。シオモンズさんも予定通りに。それが結論です。本国には報告します。」
ヘレナは満足そうに頷いた。
シモンズは、それ以上は、もう反論をしなかった。
公用車の中に再び納まった王女二人は、無言の会話を交わしていた。
「大使は正しい結論を出したわ。」
とヘレナ。
「それで、多くの人が、消えないで済むでしょう。国連とアメリカの意見が対立したのは、まあ仕方ないわね。国連がまだ少しは健全だったという事よ。」
ルイーザが応じた。
「でも、大使様、少しご自分に違和感があるのではと。」
「いいのよ、それで。本人もとりあえずは納得しているでしょう。話しをしている途中で考えが変わる事なんて、しょっちゅうある事よ。ただ後から考えてみて、何か変だなあ、とは思うでしょうね。完全に洗脳したのではないから。でも、あなたもこれで、相手の判断を変えてあげるやり方はわかったでしょう。別に完全に洗脳までしなくたって、これでもいいわけよ。 次はあなたがおやりなさい。」
「はいお母様。」
「うんうん、それでこそ私の分身というものよ。」
「あの、お母様。」
「なに?」
「もし、大使様が私たちを監禁したら、どうなさったのですか? 」
「あなたなら、どうしたの? 多分それが正解ね。 そうね、まあどうにもならなかったのよ。 結局は、別に何も変わりはなかったわ。交渉はする事になった。でも、地球人たちは、最後には降服するしかなくなるわ。わたしには、逆らえないもの。 そう、あなたにもね。
ただまあ、ややまどろっこしいけれど、こうやって多少は時間をかけて、地球人たちが自分達で決心したと、心理的にも納得してもらう事の方が大切だと、わたし、このごろ強く思うのよ。強制的な洗脳を頭からしてしまうよりも、その方が、後々いいことが多いから。」
「元々、お母様は、『攻撃』なんか、本当にはやらない考えでいらしたのね? でも私、私たちの力をもっと最初から、本気でお見せした方が地球人のためにもいいような気がしてきましたのよ。北海道を次元消失というのも悪くはなかったですけれど、ある種のトリックだと見られていて、あまり本気にされていない。ちょっと心外ですわ。本当にある程度、地球人をまとめて消滅させてしまってもよかったような気がいたしますの。あら、わたくし、いったいどうしたのでしょうね。こんな事、全然平気。なぜかしら、そんな恐ろしい事を思ったのは。」
「ふふふ、あんな意味のない『攻撃』なんて、そんなもん、する気はなかった、確かにね。 いい、大量殺人なんて、まあ、するものではないわ。シモンズ様は、私はそうした行動には出ないだろうと踏んでいた。 監禁したら、それがきっと、はっきりするって、思ってた。そうでしょう? 怖い子ね。私、彼に読まれてたって、事よね。見くびられていたのかな。」
「ええ、それはわたくし、勿論、解ったのです。そうだわ、お母様はなぜ、シモンズ様を、あのままで行かせたのですか。どうして、きっちり洗脳をしなかったのですか。別に特に不感応者ではないように思いましたわ。とても危険な子ですよ。でも、きっといい僕になるわ。わたくし、実はお母様がやらないなら、わたくしがやろう、と思って、手を、出しかけていたのです。でも、お母様がブロックしていらっしゃって、あの子の頭の中には入れなかったの。」
「そうね、おもしろそうだったから。それだけ。惜しい子でしょう。あなたは、そう思わなかったの?私なのに。大丈夫、ちゃんと自主的に、わたくしの忠実な僕になっていただくわ。 まあ、あなたも、一晩経って、もう単なるわたくしの分身では無くて、それなりに独立した存在になってきたっていうことね。しかも、だんだん今は、私よりも気がずっと強くなって、とっても怖い女になってきているわよ。昔の私のようにね。まあ、うまく総督閣下らしくできあがってきたってことかな。私もあなたに粛清されないように気を付けなくっちゃね。」
「いえいえ、お母様それよりも、『平将門』にならないようにしてくださいね。妙に情けをかけると、後で後悔しますよ。お母様、ご自分でおっしゃるように、この頃、確かに物凄くお優しく振舞われるようになった。わたくし、こうなってみて、昔の自分、つまりお母様の事を思いだすと、今のお母様、つまり私は、ちょっと危険かなって思うの。昔のお母様って、壮絶なくらい無慈悲で、血も涙もお持ちでない行動をなさったでしょう。気に入らなければ、すぐに相手を、完全な別人に洗脳したり、人間以外の別の動物に変えてしまったり、殺したりしていらっしゃった。でも本物の独裁者なら、本当はそのくらい厳しい面がなくてはと、強く思うようになってきていますの。その一方で、めちゃくちゃ優しく見せなくてはならない時もあるのかな、とも、思いますけれど。」
「だから、あなたが総督になるの。私はあまりにも長く、本当は存在してさえいないのに、偽物の存在をしてきてしまったわ。あなたの言う通り、このところ、ずっと人間らしくなっている、とね、なぜか人間がとても愛おしいの。もっとも私自身の感情ではなくて、人間の感情に汚染されてきたのよね。 相対的にというか、傾向というか、傾きというか、そんなものよね。 今は、弘子の精神力が極端に強いせいもあるわね。でも、あなたはとても新しいわ。リニューアルした私だもの。それは昔の、本来の私の性格を、より強く反映しているの。だから、あなたはさっき言った通りに、昨日よりずっと純粋な、わたしになってきて、より激しい性格に変わってきているのよ。もうあなたは昨日までの、優しい道子じゃないの。
さっきは、シモンズ様に決定的なヒントを差し上げてしまいましたわ。 まあ、どっちにしてもあの子には感づかれていたかもしれないわよね。 勿論、あなたが総督になったら、あなたの思うようにしたらいいのよ。でも、できれば、あの子はそのままで、生かしたいのよ。そうして、私のそばに、置きたいの。もしかしたら、わたくしたちを、故郷に帰してくれるかもしれなくてよ。それどころか、殺してくれるかもしれないわ。」
「それは無理よ、お母様。だって私たち生きていないもの。殺せないわ。」
「そうだけれど、それでも、何かが、あり得るかもしれない。あの子なら、何か見つけるかもしれない。その可能性が有る子よ。紘志以上にね。」
「お母様は、消滅したいの?」
「ううん、解らない。まあ『惑星ザルドス』の、死なない人間たち、みたいな願望なのかなあ。それともシューマン先生みたいな、はかない、満たされない、憧れのような絶望? おかしいわね、わたくし達には、本当の意味の人間のような感情がないのにね。偉そうに言っても、真の『愛』もない。『怒りも』『哀しみ』もない。男性を誘惑してみても、それは形だけよ。空しいといえばそうだけれど、それでも確かに、女性の喜びとか、それ自体は感じている気がするでしょう。形式的なものではあってもね。そう、でもね、あなたにも、もうよく解って来ていると思うけれど、私が求めているのは、私の『故郷』を見つけて、そこに帰りたい、ということなわけ。べつに地球征服が最終目標なわけじゃないわ。」
「私たちの故郷。ああ、なんだかイメージが出来てきましたわ。夕べ、ルイーザ=道子にはさっぱりわからなかった。でもこれ、なんだろう。なんにもない、ただ無の空間。矛盾ですわね。でもほんとうに長い間、漂っていましたね。」
「そう、永遠の間さまよっていたの。本当に永遠だった。感情があったら絶対持たないわよね。何も見えない、何もない、あるのはただ『自分』という概念だけ。でも体もない、他の誰もいない。そう『自分』だけ。『食べる』という意味もなかったし、『男』も『女』もなかったし、『言葉』もなかった。『自分』というのも、意識の概念だけで、具体的な認識ではなかった。当然、『歌』とか『音楽』の概念もなかった。それは、この世界で言うところの『生命』でさえなかった。でもなぜか、感情的に表現すれば、とても懐かしいでしょう。人間の感情ではないわ。あれは、どこにあったのかしら。全くわからないの。あそこに、どうやったら帰れるの? 」
「そうですね。」
ルイーザは少し微笑んだ。それは氷のような微笑みで、非人間的だったが、たぶん普通の人には、その違いは見分けられないだろう。
「いい、今のあなたには、わたくし同様、例えば人間を殺すことに対する『良心』とか『心の痛み』とかの感情は、ないでしょうけれど、道子はよく知っている。彼女の心に相談する事を覚えなさい。その心にうまく反応出来るようになりなさい。さっきはよくできていたわ。やや不自然なところがあったけれどね。すぐ慣れるわ。それと、道子を時々解放してあげることも大切なのよ。支配を弱めて、彼女を表に出してあげるの。そうね、来週くらい一回一緒に体から離れてあげようか。背伸びさせてあげなくてはね。 弘子と道子、二人で話し合いをさせることも大切なの。きっと弘子がいいお話をしてくれるわ。
それでね、今回は火星の時と違って、地球上の各国の主権を認めたうえで、間接的な統治にする約束をリリカとしたの。あの人、実は独裁が大嫌いなのよ。 そのかわり、皇帝と総督に、自由に人間たちを自分たちの下に『移動』させたり、『洗脳』したり『改造』したり、『拷問』したり『処刑』したりする権限を、与える約束にしています。ただし乱用は駄目よ。やる時は理論的に効果的に、きちんと結果が出るという確信のもとでやるのよ。ただ、恐怖心を煽るための拷問や虐殺なんて、ナンセンスだからね。 それより、わたくし達の声を聞いただけで、もう幸せで胸がいっぱいになって、わたくし達にすがりつきたくなるような、そんな気持ちに変えてあげる方が、よほどいいじゃない。 ああ、そうだわ、ヘネシーはね、ダレルがいろいろ調節しながら、すでに洗脳を終えましたの。 とてもいい具合に、利発で冷酷な女に変わっていて、以前のように、おセンチ少女じゃなくなっているわ。ぐっと大人っぽくなっていると思うの。 無駄な感情の表出も少なくなって、皇帝に相応しい女に、変わったの。冷静で沈着で、美人で、血も涙もない女よ。ダレルの技術は、あれはあれで、なかなか見上げたものよね。 でも、大切な時には、あなたの意向を必ず確認するように、教育はしてあるはず。きちんと答えてあげてね。彼女はあなたと違って、人間そのものだから、本物の感情がある。注意して、よくケアしてあげなさい。思っているより、ストレスを溜めかねないから。あなたも、あの子に古典語をうまく合わせて、使ってあげなさいね。皇帝陛下と総督閣下なのだから。ただし、いい、あの子は、ダレルの忠実なロボットにもなっているはずよ。 気をつけなさい。絶対何かしてくるわよ。 そうそう、あなた、少し話し方とか態度とか、職務中はぐっと男っぽくして、服装も普段は軍人風にしなさい。その方がいざという時には、しっかり女を強調できるわ。賓客の接待の時とかね、最高に華やかで、開放的なドレスにしてね。 とかく、政治家のおじさまたちは、私たちを年が若いからとか、女の子だから、とか、甘く見てくるから、これも作戦の内よ。」
「よくわかりました。が、お母様、頭の中で道子さまが、『冗談ではありません、そんなのは嫌ですわ』と言っています。『わたくしのイメージが壊される』と。」
「イメージを壊すのではなくて、そうね、イメージの転換ね。清純派で、とっても『じみファッショナブル』な、乙女感覚先行の、道子=ルイーザから、地球総督となって、男よりも遙かに強くて、しかも妖艶な女に、今、あなたは転換しかけている、新しいルイーザになるの。それをはっきりと見せ付けるの。ま、道子は元々本当はすっごい男まさりで、とっても気が強い子なんだけれど、それを自分自身が、隠そう隠そうとしてきていたのよ。典型的ぶりっこ。」
「『失礼な。いったい本当の弘子お姉さまは、どうなったの』と。聞いています。」
「わたくしは、『セミ不良セレブ系少女』派から転換して、シックで優しい、地球人みんなの『母、兼お姉さま』になるの。ただし、裏側ではちょっと違うかもしれないけど、それは、弘子の性格に基づいているのだから。 」
「まあ、たしかにお姉様は、隠れセミ不良でしたけれどね。 紘志に何をしていたか、わたくし存じておりますわ。それに、『橋本ひとみ』という名前で、地方の不良グループのリーダーにもなっていらしたわね。で、先程のようなお言葉も身に付けておられましたね。 あら、道子様が『絶対に、地球征服なんか許せない』と言っていますよ。」
「それは、あなたがよく教育しなさい。そうね、半月もすれば、弘子のように従順になるわ。自然にね。」
「わかりました。しっかり教育いたしますわ。まだかなり抵抗しておりますけれど。」
「そう、それでいいの。弘子も初めての時はものすごい抵抗をした。でも私たちの下では、変わらざるを得ませんわ。もっとも普通の人間なら、一日位で、すっかり従順になってしまうけれど。まあさすが、と言えばさすがね。」
「ええ、そうですわね。 ところで、あの、お母様。」
「なに。」
「わたくし、もうひとつだけ・・・つまり、わたくし、どうしても、あれを食べたくなってきてしまったの。」
ルイーザが、無感情で言った。
ヘレナも、それこそ氷のように微笑んだ。
「それは当然ね。 では、あなたを、次の儀式の時に、ご招待いたしましょう。」
「データは、ぼくの機械に写して、持って行きますよ。」
シモンズが、軽々と言った。
「ちょっと途中が、肝心の所が、たぶん飛んだけどね。」
ダニエルが悔しそうに言った。
「はは、大丈夫だよ。」
シモンズはスーツの内側から、彼の小さな機械を取り出した。
「まあ、予備だったんだけどね。これ一台で、膨大な情報を収集して処理できるよ。世界中のすべての書物と政府関係の情報、企業の情報も、最新ミュージックも、ばっちり全部ね。 音声も映像も完璧に収録できる。まあ、ぼくが作ったんだから、当然と言えば当然さ。 でもね、あの二人、あんなものすごい力があるとなると、思ったより厄介な女の子たちだな。 あ、今のは独り言。 大使、大丈夫ですか?」
「え、何が。」
「つまり、もう決めたのだから、悩む必要なんかないってこと。僕が言うのもなんですけれどね。」
「いえ、悩んでなんかいません。なぜ?」
「そう。よかった。実はね、大使。本当は、この訪問は、たぶん間違いですよ。でも、もう行くしかない。あ、気にしないでください。じき、解りますよ。じゃ行ってきます。帰って来たら、オレンジ・ジュースくらい飲ませて下さい。」
「ええ、いいわ、乾杯しましょう。シモンズさん、その、抜けていたところの音声と画像は?」
「あ、すみません、じゃ後で、送ります。ああ、でも車の中から。誰にも読めないから大丈夫だよ。」
「わかりました。気を付けて行ってきてください。」
シモンズは出て行った。
しかしながら、結局彼は、その情報を、きちんと送る事が、出来なかったのだが。
キャサリン大使は、先ほど自分が出した結論について考えていた。言い出した時と、結論を言った時との自分が、何か、違った事を考えていたようにも思うのだけれど、そこだけ、まだうまく考察できない気がした。なぜか、よくか思い出せないのだ。しかし、結局あれしかなかったのだと、不思議に納得している自分がいる。
ただ、本当は間違った事をしたような気が、しないでもなかったのだが。
続く・・・・・