アラン、三分間クッキング
『よくぞ戻ってきたな!』
宝物庫に戻ると、台座の上に座ったリム君が目を輝かせて立ち上がった。
自分の振る舞いに気づいたのか、こほんと咳払いをして座り直すと、
『さ、さぁ。早速スイーツをちょうだ……、我に捧げよ!』
リム君は手をぎゅっと握ると俺がアドに背負わせた荷物に目を輝かせていた。
必死に威厳を保とうとしているが、リム君が自分で巻き起こした風で髪の毛は舞い、ちょっとだけ覗く尖った耳が楽しげに上下している。
楽しみにしてくれているのは嬉しいし、すぐにも食べさせてあげたいのはやまやまだが……少しだけ我慢してもらおう。
「リム君、話があるんだけど――」
『それよりスイーツだっ!』
「今日は皆で美味しいスイーツを――」
『何処にスイーツがあるんだ? その荷物いっぱいに入っているのか?』
「ちょっと話を聞きなさいッ!」
思わず怒鳴ったことでリム君の耳がシュンとなった。
しまった。ここで機嫌を損ねてしまうとは。
あれほど楽しげにそよいでいた風が止み、心なしか髪も元気が無い。
「あぁ、怒鳴って悪かった。ちょっとだけお願いがあって――」
『万物の、長たる精霊のっ、わ、我に向かって怒鳴るなんて、ひどいじゃ無いかぁ!』
リム君は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
目には涙をためて、泣くもんかと必死に抵抗している。
たどたどしい言葉を発しながら、何とか威厳を保とうとしている。
「そうだね。ひどかった。ごめんな?」
俺はリム君の頭に手を乗せると、やさしくなでる。
頬を膨らましたままプイっと視線をそらされてしまうが、かんしゃくを起こさない所を見ると、我慢してくれているらしい。
俺はリム君の頭から手を離すと、アドの背負っている荷物を広げ始めた。
包丁にまな板、ボウルやレンガなどの道具を取り出す。調理台はリム君の座る台座で良いだろう。
取り出された調理器具に目を白黒させているリム君をひょいと持ち上げ、ちっちゃな椅子に座ってもらう。
リム君はそこで初めて気づいたように声をあげた。
『な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!』
レンガを組み合わせ、簡単なカマドを組み、鉄板を乗せる。
調理台となった台座の上にはまな板とフルーツ類が並ぶ。ちなみにちょっと高かったので、今朝アドに採らせてきた。もぎたてフルーツだ。
「さ、リム君。今から街で流行ってる簡単お手頃スイーツを作ります」
俺の言葉に、リム君が抗議の声をあげた。
『僕はスイーツをもってこいって言ったんだぞ! 作りたいんじゃないやい!』
リム君、キャラクターが壊れちゃってるぞ。
俺はふくれっつらのリム君の頭に手を乗せ魔法の言葉をかける。
「そっかぁ。残念だなぁ。皆で一緒に作ったら美味しいのになぁ」
『うっ』
俺の言葉にリム君の表情が変わる。
「もったいないなぁー。食べるだけなんだぁー」
『う、うぅ』
「自分でフルーツ選べるんだよ? ベリー類もあるし、酸っぱいのだって甘いのだって、全部自分で作れるんだよ?」
『ぼ、僕は甘いのが良いっ!』
よし、落ちた。
『酸っぱいのは要らないから、甘いの!』
「よしきた。じゃぁ、準備しちゃおうか」
俺は腕まくりをするとリム君の手を引き、調理の準備に取りかかる。
よく手を洗い、カマドに火を入れ鉄板を暖める。
リム君と一緒に調理するには、背がちっちゃいから足場が必要かと思ったものの、宙に浮けるので必要は無かった。
最近ココと一緒に居ることが多いせいか、どうも精霊に対する扱いや考え方がズレているような気がするなぁ。
リム君は並べられた色とりどりのフルーツに目を輝かせながら、あれが良いこれが良いと頭を悩ませていた。
俺が手早く生地を作ると、鉄板の上に引く準備を始める。フルーツをつまみ食いをしようとするアドの指の隙間にナイフを突き立て「次やったらちゃんと穴を開ける」と大人の話し合いをしてから調理に取りかかった。
『なぁ、次はどうするんだ?』
「鉄板に生地を広げて、丸く伸ばしてちょっとまつ。生地がふっくら焼き上がったらその上にクリームとかフルーツとか乗せるんだ」
鉄板でふっくらと変化していく生地を指さし、リム君が目を輝かせている。
俺の袖を引っ張ると『あれは美味しいのか?』とか『まだ出来ないのか?』と催促してくる。
鉄板では、生地がふっくらと膨らみ始めているところだった。
「よし。そろそろだ」
膨らんだ生地をへらがわりに使っている短剣(アドの私物。新品)で、さっとすくい上げて皿に移す。
出来上がった生地を調理台に運び、リム君とスイーツ制作開始だ。
「さて。二人は何が良いかな?」
色とりどりのフルーツを前に、リム君が思考停止している。
ゆっくりと俺の方を向くと、
『こ、これ。何でも入れて良いのか?』
とフルーツと生地を指さして言う。
「おう。でも量を考えないと、食べにくくなっちゃうからほどほどにね」
リム君の顔が、今日一番の笑顔になる。笑顔満開だ。
あれもこれもと生地の上にフルーツをのせていくが、量が多くなったせいで生地を丸めることが出来なくなってしまった。
仕方が無いので幾つか諦めてもらって、ほどよい量になったところにクリームをのせる。
生地からのせたフルーツたちがこぼれないように、でも上からちょっとだけフルーツが見えるよう扇形に包み、
「お待たせ」
先程から笑顔で顔が緩みっぱなしのリム君の前に差し出してあげる。
リム君は恐る恐る受け取ると、生地からチラ見えしているフルーツ目がけてかぶりついた。
『~~~~~~~~~~~!』
リム君が宙に浮いたまま激しく足をバタバタさせている。
うん、喜んでくれているみたいだ。夢中で口をもぐもぐと動かしている。
「さて……」
リム君のおかわりと、ココの分も作りますか。
取りあえずアドの手を捕まえ、短剣を指と指の間に高速で突き刺す。三往復くらい刺せたところで、
「次はあてるから」
と、警告をしてからおかわりの制作に取りかかる。
鉄板の横にはいつの間にスタンバイしていたのか、ココが『早く』という視線を送っている。
「はいはい」
鉄板に生地を広げる。
じゅーっという生地が焼けて行く音と、香ばしい匂いが広がる。
さぁ、口がとろけるまで食べさせてやろう。