アラン、精霊の試練を受ける事になる
宝物庫の中は黄金や装飾などが一切無い、ただの石室になっていた。
部屋の中央には段になっており、一メートルほどの棒の上に台座が作られている。
台座の上には、頭にターバンを巻き、ゆったりしたズボンを履いた上半身裸の少年が座っている。
あぐらをかいて頬杖をつき、いかにも不満そうな顔でこちらを睨んで。
『お前等、マジ信じらんねぇよ』
「そっか、ありがとう。じゃあパンツくれ!」
『お前、ホントマジ信じらんねぇよ!』
俺も同じ気持ちだよ……。
出会い頭にパンツくれってどういうことだよ。
「いや、だってさ。お前、宝物庫にいるって事はアレだろ、パンツの精霊とかだろ?」
『違うわ!』
「え、そうか。じゃぁぱん……どうしたココ?」
アドの袖を、何か伝えたそうにしているココが引っ張っていた。
「アド、パンツ違う。ショーツだ」
『そこかよ!』
そこじゃ無いよねぇ。
解る。その苦労よく解るよ。
『なぁ、俺まだ名乗ってすらいないんだけどさぁ!』
「あ、いらない。で、ショーツよこして。早く帰んないと晩飯に間に合わないし、ココがおねむだから」
『そこの精霊はどうせ眠らないだろうがぁぁぁぁ!』
「そういう差別をしちゃダメだって、ママに教わらなかった?」
『うるせぇ! 俺のママは母なるマナだコンチクショー! 意思無き意思に教育は出来ないわぁぁぁ!』
「自分のママをそういう風に言っちゃダメだぞ? 敬いなさい。それと、まだ名前聞いてないよ?」
『お前ッ……要らないって、いっ、いったじゃ、なぃかぁぁ! うわぁぁぁぁぁん!』
アドがついに少年を泣かした。
いつものこととはいえ、子供と会話させるべきじゃ無いな、この子供。
「アド。そろそろ話を進めよう。あと、ココはいっぱい力を使ったんだから戻ってなさい」
「過保護だなぁアランは」
やれやれーという顔をするアドの顎をこれでもかと握る。
ギリギリと骨が締まる音が直に聞こえる。なにか俺の腕をタップしている気がするが無視しておく。
俺はアドの右目に帰るよう促したが、ココはいやいやをして俺の袖を掴んだ。
「どうした?」
すると、ココは泣きじゃくる少年を指さし、
「まだ、ショーツもらってない」
と言うのだった。
「まぁ、確かにそうだけども。今はちょっと待ちなさい。手に入れたら宿で試着すれば良いさ」
「え? お前穿かせるの?」
アドのみぞおちに拳を入れた。
かっはぁ、と肺から空気を絞り出して、アドがその場に倒れる。
これで少し静かになる。
「仕方が無い。取りあえず話を進めてくるから、大人しくしてなさいね?」
「うむ。良きに計らえ」
……どうも言葉遣いと行動と容姿がちぐはぐで、まだ慣れないなぁ。
気を取り直し、床に転がってるアドを踏みつけてから少年の所へ。
泣きじゃくっていた少年も落ち着き始めたようで、肩をふるわせながら泣くまいと嗚咽をこらえている。
「ごめんな。あのウスラバカ、後で三回くらいあの世とこの世を行き来させるから、勘弁してくれないかな?」
少年があふれ出た涙を拭きながら頭を左右に振る。
どうやら許してもらえそうに無い。
話を少し、変えてみようか。
「そうだ。俺たち、魔法のショーツって言うの探してるんだが、君は知らないかな?」
すると、少年が泣きはらした目で俺を睨み、ひっくと声を抑えながら言う。
『お前等には、やらない!』
そうだよなぁ。少年の姿をしているとは言え、遺跡を、宝を守護していた精霊が、こんな扱いを受ければ拗ねるよなぁ。
「ホントごめん。手がかりというか、手に入れる方法というか、そういうの教えてくれないかなぁ。頼みます!」
俺の姿を見た少年は、
『じゃ、じゃぁ、わ、我を敬うか?』
嗚咽をこらえながら胸を張り、精一杯に尊大に振る舞おうとしていた。
だから俺も笑顔で答える。
「あぁ、敬うぞ。エライエライ」
『またバカにしたぁぁぁぁぁ、うわぁあぁぁぁぁぁあん!』
しまった。
ついつい近所の子供に接するようにしてしまった。
どうしたものかと頭を抱えていると、ココが俺の袖をぎゅっと引っ張る。
「アラン。こんな小僧、ひとひねりして獲物を得ればよい」
話が進まないことにイライラしたのだろう。
ウン千年生きたというこの精霊様は、見た目通りに随分と幼い。
今も頬を膨らませ不満たっぷりの顔をしている。目の前の少年を含め、精霊はこんな風に幼いものなのだろうか?
『また小物って言ったあぁぁぁ! 僕は800年も生きてる精霊なんだぞ! エラいんだぞ!』
少年が手を振って抗議する。
その様子を見たココが腰に手を当て胸を反らして言う。
「ふん。我は2000年生きている大精霊、ココ・ミルウェットである。まだ名前も無い小僧っ子が生意気をふぎゃっ」
俺はココの頭をコツンと叩いた。
「ココ。そういう人を見下した態度、やめなさいって言ったでしょ? 人も精霊も亜種人たちも、生きるというとっても力の要ることをしてるんだから、ちゃんと敬いなさい」
「だ、だがこやつはたかが800年でうにゃっ。叩くなぁ!」
「ココにも、俺にも、あそこに転がってる一件ゴミにしか見えない粗大ゴミにも、果たすべき責任や生きてきた意味って言うのがあるの。道義に反してなければそんなちっちゃな事忘れなさい」
ココは痛む頭を抑えて、上目遣いに抗議してくる。
俺はそっとココの頭を撫でると、
「叩いてごめんな。俺も悪い子だな。だから、ココは俺やあそこに今だ転がっている無駄飯ぐらいの残飯処理係のようになっちゃダメだぞ」
コクンと頷くと、目に涙をためたまま、ココが大人しくなる。
「ごめんね、ココも君の……えっと?」
『……リム』
「そっかリム君か。リム君のことをキライとか憎いとかじゃないんだ。ただ魔法のショーツが欲しいって――」
『この子に穿かせるの?』
リム君が恐ろしいことを言ってきた。
いやまぁ、穿かせるっちゃぁ穿かせるが、そのセリフはどことなく犯罪臭がする。
「ん、んぅ。まぁそうというかなんというか」
ようやく涙が落ち着いてきたのであろうリム君が、精一杯尊大な態度を作ろうと胸を反らしていった。
『っわ、我の試練を受けよ! 力なく、正義の心も持たず、ただ悪意ある物に、には、我が財宝を渡すこと、か、かなわぬ!』
本来なら、あの扉の前にいるウチに、この試練とやらを受けなきゃいけなかったんだろうな。
だからここまで……。本当にあのバカが申し訳ないことを。
『ほ、本来の謎解きとか、もうないから。……じゃぁ、モンスター退治を、は、ダメか。さっきのあるし。うぅ、難しくて、絶対にこいつ等に渡さなくて良い……』
本音がダダ漏れだよリム君。
『そ、そうだ! ボク、じゃなくて、我が気に入る供物を捧げよ!』
「供物?」
『あぁ。美味しいのだ!』
やばい。少年の目がキラキラしてる。スッゴい期待してる。
俺の顔を見て気がついたのか、はっとしたリム君が再び胸を張る。
『わ、我の腹を満足させよ! さすれば――』
「リム君、そこは舌ね。お腹いっぱいにすればOKみたいになっちゃってるから」
『あ、そか。我の舌を満足……って指図するなぁ!』
こっそり耳打ちしたんだが、顔を真っ赤にしたリム君に怒られてしまった。
その姿を見ていると近所の子供みたいで、可愛いというかほっとけないというか。
こうして800年生きるリム君の舌を満足させる試練【美味しいスイーツを持ってこよう】がスタートしたのだった。