七話 桜と共に、散る涙。
「おはよう」
教室に入ると、すすり泣きが聞こえてきた。
俺の隣の席――つまり純の席には、たくさんの花が置かれている。クラスメイトたちが持ってきたのだろうか。
花の他にも、純の写真や、キーホルダーなど、たくさんのものが並べられていた。
それを、空虚な気持ちで眺める。
悲しいはずなのに、何の感情も湧いてこない。
「純……っ」
純と特に仲の良かったグループから、嗚咽が漏れた。
ハンカチを目元に当て、互いに励ましあいながらも涙は止まらない。
純との生前の思い出を、語り合っている。
その光景は、授業が始まってからも変わることなく。
放課後になっても、彼女たちは純のことを喋り続けた。
「純はっ、ドーナツが大好物で……っ」
知ってる。
「よく、一緒に食べに行ったよね」
知ってる。
「近所のドーナツ屋さんのメニュー、全制覇したって言ってたよね」
「うんうん」
知ってる。
「でも、その中でも特に、ポンデリングが大好きでさ」
知ってる。
彼女たちの語る思い出は、全て俺も知っているもので。
俺と純がそれほど親しかったのだと、改めて実感させられて。
いたたまれなくなって、俺は教室を出た。
――***――
向かった先は、いつもの場所だった。
純との待ち合わせ場所の、大きな桜の木。
桜の根元には、幾つかの花束が置いてあった。
ああ、やっぱり。
純はここで、死んだんだ。
大好きな、この場所で。
桜の木にもたれかかる。
頭上を見ると、そこは一面の桜色だった。
風が吹く。
ひらりひらりと、花びらが儚く舞う。
昨日だって、こうだった。
ひらりひらりと花びらが舞う中、純を待ち続け。
一昨日も、先週も、ずっと、そうだった。
ずっと、続くと思っていたのに。
桜の花びらが散っても、緑の葉になっても、葉が散っていっても、ずっと。
この日常は、変わることなく続くと思っていたのに。
何で、こうなってしまったんだろう。
どこで、間違えてしまったんだろう。
何で、純が死ぬ前に、気づいてあげられなかったんだろう。
来るはずのない面影を待ちながら。
俺は、この時初めて、純の死に対して涙した。