一話 凪野涼の、その日の出来事
『二年生の女子が、飛び降りた』
そんな噂を聞いたのは、ちょうど桜が散る頃だった。
生まれてから今までで、何度桜を見ただろう。
そう、感慨深く考えていた時のことだった。
俺は、そんな噂はあまり気にしていなかった。
二年生の女子。つまり、俺の同級生。
興味がないと言えば嘘になる。もしかしたら、知っている奴なのかもしれないのだから。
でも、当時の俺は、そんなことを気にしていなかった。飛び降りた奴には悪いが、それよりも早く家に帰りたいと思っていたのだ。とんだ薄情者だと言われても、何も言い返せないだろう。
幼なじみである純とは、毎日一緒に帰っている。
その待ち合わせ場所は、いつも桜の木の下だった。
俺と純が、一番好きな花だったからだ。
だからその日も、俺は桜の木の下にいた。
家に帰ったら温かいコーヒーを飲んで、テレビでも見てのんびり過ごそう。
課題は後でいいや。
そんなことを考えて、ただ一人、桜の木の下にいた。
いつまで待っても、待ち人は来ない。
俺は、三十分は待ち、純を置いて帰ることにした。
明日会ったら、純に文句を言おうと心に決めながら。
でも、俺は知らなかった。
待ち人は、もうこの世にいないことを。