君の手が好き
俺は彼女と手を繋いだことがない。
付き合って約三ヶ月、キスなどはしたが手を決して繋がない。
順番がおかしいことは知っている。
そんなことは百も承知だ。
彼女は手を繋ぎたがらない。
ベタベタするのが嫌いというわけではないらしいが、何故か頑なに手を繋ごうとはしない。
この前のデートでフリマに行った時も、はぐれたら困るから手を繋ごうと俺が手を差し出したら、彼女はあからさまに困った顔をした。
そして俺の手を取らずに腕に自分の腕を絡めて来た。
何なのだろうか。
彼女の親友に聞いてみたところ、飲みかけの緑茶を噎せた。
噎せた瞬間に緑茶パックを握りつぶして、彼女の手と机は緑茶まみれになったのは言うまでもない。
驚いた顔から眉を寄せて、緑茶まみれの手をティッシュで拭き取りながら彼女は俺を見た。
親友だという二人は人間性に差がある。
目の前の彼女はサバサバした姉御肌で、俺の彼女はふわふわとした笑顔の可愛い女の子らしい女の子だ。
そんな二人が親友だとは、正反対でもそれがいいのかもしれないな。
自分の手と机を拭き終えた彼女は、指輪を丁寧に拭いながら俺に再度質問を言えと言ってくる。
俺は彼女の指輪を見つめながら、自分の彼女と三ヶ月も付き合って手を繋いでいないことを告白した。
指輪を拭いた彼女はそれを見つめながら溜息をつく。
憂いを帯びたというよりも呆れ半分で、その溜息には僅かな苛立ちが見られた。
口の中であの子は…だとかなんだか呟いていたが、不意に顔を上げて俺を睨みつける。
切れ長の瞳をさらに細めるその姿は、男でもたじろぐものだった。
「私に聞かずに本人に聞きなさいっ」
門前払いを食らった。
結構真面目に聞いたのに。
仕方ないと溜息を吐き出した俺の背中に、彼女の困った様な声がかけられた。
綺麗なものが好きかと。
それりゃあ、人間綺麗な方が好むんじゃないだろうか。
特に日本人は。
「なら、努力したりして傷ついたものは汚いと思う?」
質問の意味がわからなかった。
それとこれとは話が別だと思ったからだ。
俺は首を横に振った。
それを見て彼女は満足そうに笑ってならいい、と言った。
どういう意味だろうか。
その日の放課後俺は彼女に手を差し出した。
するとあからさまに身を引く彼女。
嫌われてるわけではないはずなのだが、ここまで拒否を示されるといい加減傷つく。
「手、繋ぐの嫌?俺のこと嫌い?」
俺の問いかけに彼女は強く首を振る。
そんなことない、そんなことあるわけない、と強い否定を見せた。
それから涙の膜を貼った瞳で俺をみる。
言いにくそうに唇を震わせて発した言葉は「手が……」だけだった。
手が何なのか、俺が首を傾げると目の前に自分の手を突き出してきた彼女。
「わた、私剣道部でしょ?だから手の皮が厚くなるし、豆もできるから……だから、あの」
そこまで言った彼女は、ゆっくりと手を下ろして顔を伏せてしまう。
だが言いたいことはなんとなく分かった。
俺は何も迷うことはなく、彼女の手を取り握る。
肩を跳ねさせた彼女だがそれ以上の抵抗はない。
彼女の細くて白い手に初めて触れた。
指でなぞりながら彼女に思っていることを伝える。
「頑張ってる手だと思うよ。そうやって頑張ってるお前が好き、だし……。だから、俺は、気にしなくても」
いいと思う、と言おうとしたら抱きつかれた。
首に手を回してぎゅーっと強く抱きつかれると、俺もどうしていいかわからなくなる。
ありがとう、と耳元で言った彼女の声は震えていて、俺は笑いながら彼女の頭を撫でた。
それから落ち着いたらしい彼女が離れると、もう一度手を差し出す。
「帰るか」
そう言って笑えば、彼女も笑顔を見せて頷く。
俺の手に自分の手を重ねて。