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日常と書いて、ドスコイと読ませる話

 「みなさん、コンニチハ。本日も『日常と書いて、ドスコイと読ませる話』が始まりました。

日常のあらゆる出来事を相撲に例えるこの番組、今回で2320回目を迎えました。

解説は、私、大内館正人です。

さて、本日のゲストですが、ヘビーメタルバンド“千年王国”のボーカリスト・ミハエル大王閣下に来ていただきました」

 「フハハハ、余は大の好角家なのじゃ~。わが王国でもこの番組は非常に人気があるのじゃ~」

 「その設定で大丈夫ですか?」

 「おまえ、設定とか言うなよ」

 「失礼しました。では、本日の取り組みに参りましょう」



●1


 に~し~、かわしまはじめ~かわしまはじめ~

 ひが~し~、ののむらまいこ~ののむらまいこ~

 西方、川島始。25歳、男性、会社員。眼鏡。

 東方 野々村舞子。22歳、OL。


 「さて、本日最初の取り組みは、会社員が気になっていた職場の同僚を初めてデートに誘う形か。どうにか約束を取り付けて、予行演習もしてきたようだが、実戦ではどうか」

 「当たって砕けるのがよかろう」

 「おっと、まず映画に行くようですね。デートとしては定番コースで行く構えか。どうやらまだ相手の出方を窺っているようだ。川島始、野々村舞子の手を握るどころか話しかけるのさえ遠慮気味だぞ」

 「こういう時に押しの弱い男は駄目だな」

 「さて、映画が終わり、おっと、ここで川島始、野々村舞子を食事に誘う構えか。近くにはテレビでも紹介された高級イタリア料理のレストランとチェーン店のファミレスが並んでいる。高級イタリアンなら、ファミレスとは桁一つ値段が違う。給料日はだいぶ先だが、これはどちらを選ぶのか?」


 『えーと、ファミレスに……』

 『イタリアン』

 『え……』

 『イタリアン』

 『……はい』


 「おおっと、イタリアンの方に入って行く。決まりました! 川島始、明日から給料日まで毎日カップラーメンだ!」


――ただいまの決まり手は、押し切り、押し切って野々村舞子の勝ち。


 「これは見事な押し切りだ。淡々と、しかも確実に要求を押し通した野々村舞子。見事な押しの強さです」

 「こいつは付き合い続けても先が思いやられるな」

 「そうですね。では、次の取り組みに参りましょう」


●2


 に~し~、あべじろう~あべじろう~

 ひが~し~、あべまさこ~あべまさこ~

 西方、阿部次郎、38歳、夫。

 東方、阿部正子、37歳、妻。


 「さて、続いての取り組みですが、休日の午後、自宅のリビングでテレビを見ながら妻がくつろいでいるところへ、夫がカタログを持ってくる形か。阿部次郎、かなりそわそわしているようだが。はたして、何を仕掛けるのか?」


 『うちの車、かなり古くなっただろ。そろそろ買い替えないか?』


 「おおっと、阿部次郎、どうやら新車を買っていいかどうか妻に伺いを立てるようだぞ。しかし、欲しがっているのは400万の外車だ。これは家計を預かる阿部正子には到底呑める話ではないが、どうか?」


 『へぇ、なかなかいい車じゃない』


 「これは驚いた。意外に好感触だ!」


 『そうだろう。こういうのを持っていたら近所でも自慢できるぞ』


 「ここぞとばかりに畳み掛ける阿部次郎。阿部正子はここからどう巻き返すのか?」


 『でも駄目よ。これに買い換えたら、ビールが発泡酒になっちゃうし、あなたのお小遣いも定年までなくなっちゃうわよ。中古の軽にしましょう。いいわね?』

 『……うん』


 「これは決まった! 相手を引き込んでおいて、土俵際での鮮やかな逆転だ!」


――ただいまの決まり手は、うっちゃり、うっちゃって阿部正子の勝ち。


 「最初から否定せず、話を聞いた上で現実を突きつけて諦めさせる。これは見事なうっちゃりだ!」

 「やはり財布を握られると男は弱いな」

 「そうですね。では、次の取り組みに参りましょう」


●3


 に~し~、なかむらたくや~なかむらたくや~

 ひが~し~、あかざわせいこ~あかざわせいこ~

 西方、中村卓也、27歳、自称ミュージシャン。

 東方、赤沢聖子、26歳、卓也の彼女。


 「さて、続いての取組みですが、場所は喫茶店。待ち合わせで、先に待っていた男のところへ、男を呼び出した女が現れる形か」


 『卓也、話があるの』


 「おっと、これは、中村卓也にとって面白くない話をする流れだぞ。赤沢聖子、何を切り出すのか?」


 『私達、別れましょう』


 「こいつは強烈な先制攻撃だ! 中村卓也、表情が変わったぞ!」


 『ちょ、待てよ!』


 「おおっと、これは中村卓也、某ジャ○ーズの俳優のような独特のイントネーションで引き止めようとする構えか?」

 「そんな物まねが通用する状況ではないぞ」 


 『だいたいあなた、プロになるって言いながら何年になるの? 未だに何のオーディションにもひっかからないじゃない! ミュージシャンになるまで待っていろって言われたけれど、もう待てないわ!』


 「こいつは強烈過ぎる攻撃の乱れ打ちだ。しかも正論。中村卓也、いろいろな意味で土俵際だぞ、これは!」

 「ふうむ、あの女は婚期のこともあって焦っているのではないか?」

 「さあ、中村卓也、無言だが、何を考えいてるのか?」


 『言いたいことがあったら、言ってみなさいよ!』


 「ここでも沈黙を貫く中村卓也。手も足も出ないのか?」


 『何も言う事はないってことね……さよなら!』


 「赤沢聖子、店の出口に向って行く」

 「正確には出入り口だな」


 『ちょ、待てよ!』


 「おおっと、ここで言わせるままだった中村卓也が動いた! ここから挽回できる手はあるのか?」


 『お前が行くのは、そっちじゃない。こっちだろ?』


 「おおっと、中村卓也、立ち上がって、くっさい台詞を吐いてから両手を広げたが、これはどうしたことか?」

 「とりあえず雰囲気でごまかすつもりだな」

 「おや、これは赤沢聖子、先ほどまでの怒りも忘れて、中村卓也の胸に飛び込んだぞ。これは雰囲気に負けてしまったのか? それでいいのか?」


 ――ただいまの決まり手は、呼び戻し、呼び戻して中村卓也の勝ち。


 「これはトレンディ・ドラマ(死語)みたいな展開ですね」

 「ふん、どうせ来週あたり、また同じようなことになるに決まっておるわい」

 「そうですね。では、次の取り組みに参りましょう」

 「お前、さっきから同じ返し方しかしてないよな?」

 「そのようですね。では、次の取り組みに参りましょう」

 「微妙に言い方を変えてきやがったな」


●4


 に~し~、さわむらかずや~さわむらかずや~

 ひが~し~、さわむらまゆみ~さわむらまゆみ~

 西方、沢村和也、16歳、高校生。

 東方、沢村真弓、42歳、和也の母。


 「さて、続いての取り組みですが、高校生の息子を持つ家庭。一階ではお母さんが夕飯の準備をして、二階の子供部屋では息子が携帯電話に向って頭を下げている形だが? これはどうなっているのか?」


 『すんません、ホントすんません。明日こそはサボりません。ホントに、誓います。今度こそ、ホントにサボりません』


 「沢村和也、どうやら部活の先輩に怒られているようだ」

 「最初から帰宅部に入っていれば怒られることもなかったのにな」


 『ふぅ……』


 「おおっと、沢村和也、当面の危機は乗り越えたとでも言わんばかりの安堵した表情だ。これはもう大丈夫なのか?」


 『ちょっと~和也~』


 「ここで沢村真弓が下の台所から呼びかける構えだが、どうか?」


 『晩御飯どうするの? 食べるの、食べないの? 食べないなら片づけちゃうわよ』

 『うるせぇ、くそババア! そんなにしつこく呼ばなくても、一回言えば分るんだよ!』


 「おおっと、母親には強気に出たが、これはどうか?」


 ――ただいまの決まり手は、家無双うちむそう、家無双で沢村和也の負け。


 『ええ?! 俺の負け?!』


 「おおっと。これは物言いがついたぞ。審判団が評議委員を交えて審議に入ります……どうやら結果が出たようです」


 ――ただいまの審議の結果を発表します。

 さきほど、家無双で沢村和也の負け、との判定が出たことに対して物言いがつきました。

 それについて審議を行ったところ、カアチャンにしか強気に出れないという事実に対しまして、

「これはいろいろな意味で負けているのではないか?」

 との意見が評議委員の一人から上がりました。

 審判団は満場一致でその意見を支持いたしました。

 よって、軍配どおり、沢村和也の負けとします。


 「軍配は覆りません! 技を仕掛けて負けるとは、これは沢村和也も予想していなかったでしょう」

 「まあ、そうだろうな」

 「そうですね。では、次の取り組みに参りましょう」

 「……もう突っ込まんぞ」


●5


 に~し~、かわなかくみ~かわなかくみ~

 ひが~し~、のなかてつや~のなかてつや~

 西方、川中久美、21歳、OL。

 東方、野中徹也、52歳、課長。


 「さて、続いての取り組みは、地方の小さな会社のオフィスというよりは事務所。昼になって弁当を食べる形か。女子社員に嫌われている管理職が一人で一番いい位置にあるソファを占拠してふんぞり返っている構えだが、どうか」


 『おい、川中君、お茶を持ってきてくれ。君は一番若いんだから、もっと気を利かせて先に動かないか。まったく、今時の若い者は……』


 「おおっと、これは管理職による部下いびりか。しかし川中久美、ここはぐっとこらえるぞ」

 「こうなると、どっちが大人の態度を取っているのか分らんな」


 『全く、そんなことでは、いつまでたっても結婚もできないぞ』

 『ひゃあ!』


 「おおっと、野中徹也、川中久美の臀部に触れたぞ。これはパワハラに加えてセクハラだ。とても許されることではないぞ。さあ、どうする? ああっと、川中久美、野中徹也の顔面に張り手を見舞う! こいつは強烈だ!」


 『な、なにをするのかね!』

 『うるせぇ、このセクハラ親父! エロ、バカ、スケベ、チビ、ハゲ、デブ! 訴えんぞ!』

 『ぐはっ!』


 「これは強烈! 決まったか!」


 ――ただいまの決まり手は、六所攻め(むところぜめ)、六所攻めで川中久美の勝ち。


 「いやあ、三所攻めでも難しいのに、一気に六箇所ですよ。畳み掛けましたねぇ」

 「明日からの職場の雰囲気が心配だな」

 「そうですね……」

 「じゃあ、次の取り組みに参ろうか」

 「そうですね。では、次の取り組に参りましょう」

 「……あくまでも、自分が言いたいんだな」


●6


 に~し~、むらいせいいち~むらいせいいち~

 ひが~し~、ささむらとしみ~ささむらとしみ~

 西方、村井誠一、21歳、大学生、イケメン。

 東方、笹村利美、19歳、女子大生。


 「さて、続いての取り組みは、ラブホテルが建ち並ぶ歓楽街で、軽薄そうなチャラ男が尻の軽そうな女子大生を引っ掛けた形か。すかさずホテルに誘う構えだが、どうか?」


 『ちょっとだけだからさぁ~』

 『え~、じゃあ、ちょとだけぇ~』


 「ホテルに入った! これは決まった!」

 「早!」


 ――ただいまの決まり手は、寄り切り、寄り切って村井誠一の勝ち。


 「電光石火の寄り切り! これで今年に入って3連勝! しかも決まり手は、いずれも寄り切りだ! 村井誠一、これで大学に入ってから、30連勝達成です。これはやはりイケメンはお得だと言うことでしょうか? ミハエル閣下、どうでしょうか?」

 「実につまらんな」

 「まったくですね。では、次の取り組みに参りましょう」

 「お前も気に入らなかったのか?」


●7


 に~し~、しばたゆき~しばたゆき~

 ひが~し~、しばただいすけ~しばただいすけ~

 西方、柴田由紀、25歳、主婦。

 東方、柴田大輔、4歳、幼児。


 「さて、続いての取り組みは、お母さんが子供を買い物に連れて行く形か。今日の晩御飯の買い物を済ませて、レジに行こうとするが、ここで子供がお菓子を買ってと立ちふさがる構えだ」


 『これ買ってよ~』

 『駄目よ。おやつなら家にあるから』

 『これのおまけが欲しいんだよ~買ってよ~買って買って~』


 「柴田大輔、駄々をこねて押し切ろうとするが、どうか?」

 「子供の頃にはよくやるよな」


 『駄目と言ったら駄目よ』


 「家計を預かる主婦としては、無駄な出費はとうてい認められないとの構えを崩さない柴田由紀。柴田大輔はどうやってこれを攻略しようというのか?」


 『ええ、靖君は持っているのにぃ! 買って買ってぇ!』


 「柴田大輔、泣き落としに入った。これに対して、柴田由紀はどうするのか?」


 『靖君の家は靖君の家、うちはうち! そんなこというなら、靖君の家の子になっちゃいな!』

 『うぐ、ひっく……』


 「これはどうか、おおっと、柴田大輔、お菓子を棚に戻しました。これは決まりました!」


 ――ただいまの決まり手は、突き放し、突き放して柴田由紀の勝ち。


 「よそはよそ、うちはうち。見事な教育です」

 「早めに教えておくのは必要だな」

 「そうですね。では、次の取り組みに行ってみましょう」

 「……」

 「もう何もいわないんですね」

 「寂しくなったのか?」


●8


 に~し~、くまだはなこ~くまだはなこ~

 ひが~し~、ことぶきかおる~ことぶきかおる~

 西方、熊田花子、54歳、主婦。おばちゃん。

 東方、寿薫、24歳、主婦。


 本日、結びの一番です。


 「さて、本日最後の取組みです。近所の話好きのおばちゃんに、たまたまゴミ捨てに出ていた近所の奥さんが捕まってしまった形か。そろそろ家に戻りたいのに、まったく解放される気配がない構えだが、どうか」

 「こうなると簡単には放してはくれないな。“放し”好きなのにな」

 「さあ、旦那の話から息子の話、しまいには遠くに住んでいる孫の自慢話まで始まったぞ。寿薫、いい加減うんざりしてきた」

 「おばちゃんの話には切れ目がないからな」


 『奥さん、若いわね~いくつなの~』

 『え~と、24歳です』


 「寿薫、心底どうでもよさそうだ。だが、言ってしまったからには、相手にも聞くのが世間話の呼吸というものだが、どうか?」


 『そういえば、熊田さんは何歳なんですか?』

 『いくつに見える~?』


 「どうでもいいわい」


 『え~と40歳くらいかしら~』


 「寿薫、控えめな数字を出したぞ。これはなかなかいい選択だ。世渡りのコツはすでに掴んでいるようだ」

 「自分はおばちゃんにがっちりと掴まれているがな」


 『実は私~、30歳なの~』

 『へぇ……そうなんですかぁ……』


 「寿薫の心が完全にヘシ折れた! これは決まった!」


 ――ただいまの決まり手は、サバ読み、サバ読んで熊田花子の勝ち


 「これは主に厚顔無恥的な意味で、ということでしょうか?」

 「だろうな。孫の話までしていて、その設定は無理があるだろ。余のように無理のない設定ならよかったのにな」

 「そうですね。では、本日の取組みをこれで終わりたいと思います」

 「さっきから人のボケを軽く流しやがって。きさま、後で覚えていろよ」


 「さて、本日の取組みはいかがだったでしょうか。いずれも熱のこもった一戦でしたね。ゲストのミハエル閣下は、観戦していかがだったでしょうか?」

 「もう二度とゲストには来ないからな」

 「そうですか。それではみなさん、また次回。解説は、大内館正人でした」


<終>



※作中の人名は、実在の人名をモデルにしたものではなくて、全て適当である。

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