海底以上水面未満
『かくれんぼ』
子供の頃、かくれんぼをしました。
たっくんと、みなちゃんと、和くんと一緒にです。
私が鬼でした。
みんなには100数えたら顔をあげていいよ、といわれましたが、私はそれをやぶって、80までしか数えませんでした。
結局、私はすぐ、みんなを見つけてしまいました。
悪いことをしたな、と思いました。
それを今、横断歩道を渡っているときに思い出したので、私は道路の真ん中で、残りの20を数えました。
私が、1、0と数え終わって、目を開けてみると、信号は赤になっていて、横から走ってきたトラックに、私はひかれました。
了
『向き』
上司に、向きが違うじゃないか、と怒鳴られた。
その度に僕は、180度回転させた首を、元に戻さなければならなかった。
了
『神』
神がいた。
髪の神だ。彼は、今日も床屋のハサミに乗り移り、髪を切っていくのだった。
了
『パチン』
夜の道を歩いていた男は、かなり泥酔していて、ふらつく足で、よろよろと道を歩いていた。
そんな男を見かねてか、闇の中から二本の腕がにゅっと伸びてきて、歩いている男をパチンと、叩き潰した。
了
『目玉』
腕立て伏せをしていると、右の目玉が取れてしまった。目玉は、ころころと床を転がっていく。私は、一時腕立て伏せを中断し、目玉を拾った。
目玉は、何だかヌメヌメとしていて、汗臭かった。
私は目玉を洗濯機の中に投げ入れると、腕立て伏せを再開した。
了
『籠の中』
少年の持っている鳥籠の中には、鳥ではなく、別のものが入れられていた。それは、ビー玉や、独楽や、靴下や、ガスマスク等で、何故こんなものが鳥籠の中に入っているかといえば、理由は分からない。ただ、少年は、この鳥籠をとても大切にしていた。ずっと、大切にしていた。だから、大人になっても決して捨てたりはせず、大切に保管していたのだった。
やがて、少年は老人になった。もう死期が近く、妻も子供もいなかった。それでも、あの鳥籠は、変わらずに老人のそばにあった。老人は布団の傍らに置いてある鳥籠を、まるで自分の子供であるかのように見つめた。
すると鳥籠の中に、一羽の九官鳥が生まれた。老人はそれを見ると安心した表情を作り、この世を去った。
老人の鳥籠の中では、九官鳥が、ただ溜息をもらしただけだった。
了
『花束』
ネラという少女はその日、友達の家に遊びに行きました。彼女は、赤い靴を新しくお母さんに買ってもらったので、それを見せてあげようと思ったのでした。
友達の家に行く途中、お花畑がありました。ネラはそれを見て、そうだ、ここのお花を摘んでいこう、と思い、少し時間がかかりましたが、摘んだお花で、小さな花束を作りました。色とりどりの綺麗な花束です。
彼女は、お花畑を出ました。そして、お友達の家に着くと、コンコンとドアをノックしました。しかし、誰も出てきません。ネラは、留守なんだわ、と思い、お友達が帰ってくるのを待っていました。
しかし、いくら待ってもお友達は帰ってはきませんでした。ネラはもう諦めました。彼女は、途中のお花畑で作った花束を、ドアの前に置くと、トボトボと自分の家へ帰っていきました。
了
『蛍光灯』
蛍光灯が、ぶるぶると震えていた。
きっとこの寒さが原因だろう。確か今日の最高気温は、相当低かったはずだ。
僕は、押し入れの中から毛布を一枚取り出し、蛍光灯に巻いてやった。
途端に、部屋が暗くなるが、僕は気にならない。
暗い部屋の中で、僕は全く寒さを感じなかった。
了
『あ』
『あ』があった。
溶けたみたいに、優しい『あ』。
私の理想だった。
彼は、いつも私を上から見守ってくれていた。
了
『自販機の下』
自販機でジュースを買おうとしたら、転んでしまい、自販機の下に入ってしまった。
出ようにも、狭くて出られない。必死で助けを呼んだが、自販機の下など誰もみるはずがない。
仕方なく、僕は自販機の下の十円玉と雑談をして、時間を潰した。
了
『ガム』
「ねえねえ、ガムってさ噛んでると味なくなるよね」
「え、ああ、そうだね。それがどうかしたの?」
「男も一緒じゃない?」
「え」
突然彼女がそんなこというから、僕は驚いて何も言えなくなってしまった。
了
『最近の』
八十歳くらいのよぼよぼのおじいさんが、自転車を違法駐輪していたので、注意してあげた。
そしたら、ものすごい形相で睨まれ、「最近の若者は」と怒鳴られた。
だからおれも、「最近の年寄り共は、若者よりもたちが悪いな。死ねよ」と言ってやった。
だが、じいさんは神様だったので、おれは地獄行きにされた。
了
『物語』
一冊のノートいっぱいに書いた、私の物語。
地球上の地面いっぱいに棒きれ一本で書いた、彼の物語。
了
『砂時計と男』
砂時計の中に小さい男がいた。彼は、私に助けを求めているようだった。このままだと、砂の中に沈んでしまうらしい。
しかし、私は読書に集中したかったので、男を黙らせるため、砂時計をひっくり返した。
了
『地球最後の日』
明日で地球が終わるというのに、大騒ぎをしているやつらがいた。
おかしなやつらだな、とおれは思う。
今日は、ビールでも飲んでゆっくり眠ろう。そんなことを考えながら、おれは、自宅へと向かう。
ええと、明日の予定は……。
了
『神 Ⅱ』
神がいた。
トイレの神だ。彼は、今日も誰かのお尻に乗り移って、排便の手伝いをする。
了
『耳鳴り』
耳鳴りがする。
きぃきぃとやかましい音だ。
しかし、耐えなくてはならない。
耳鳴り部は、今日も静かだ。
了
『嫌い嫌い嫌い』
嫌い。嫌い。嫌い。
じゃあ、あなたは何が好きなの。
何も好きじゃない。みんな嫌い。
お母さんも嫌いなの。そんな、悲しいわ。
お母さんは嫌いじゃない。
あら、良かった。
大嫌い。
了
『人間』
首から上は猫。首から下は人間。こんなやつのことを猫人間というそうだ。
僕は首から上は人間。首から下ははてなマークなので、人間? だ。
了
『強盗の店』
ここは強盗たちが集まるとある店。
そんな店にある男がやって来た。彼の手には包丁が握られている。
どうやら強盗のようだった。
「おい、金を出せ。出さないっていうんなら、この包丁でてめぇらの心臓をえぐり出してやる。さあ、早く出しな」
と男は低い声でいった。
しかし、そんな脅し文句も彼らーー強盗のプロフェッショナルたちには効かなかったようだ。
返り討ちにされた。
了
『欲しい』
腕時計があった。それもおれの欲しかったやつだ。
おれの喉から手が出てきた。
了
『見えない』
ずっと誰かを背負っているうえ、その誰かに目を塞がれているので、真っ暗で何も見えなかった。
了
『手帳』
手帳を拾った。
黒い革で出来た手帳で、高級そうである。きっと、こんな手帳を持つ人間は金もあるんだろうな、などとおれは思いながら、手帳を開いた。最初の一ページは文字で埋めつくされていた。おれはパラパラとページをめくっていく。
どれもちゃんと見ていったわけじゃない。ざっと全体に目を通していくだけで、どんどんページをめくっていった。どのページも、文字がびっしりと書かれていた。さらにページをめくっていく。
と、半分くらいまでいったところだった。おれはそこで、ページをめくる手を止めた。
なんと、ペンも何もないのに、文字が次々と白紙だったページに書かれているのだった。まるで、幽霊が見えないペンでも使って書いてるみたいだと思った。
おれは、自分の目を疑った。一体、どうしたことだろう。
しかし、そんなことよりももっと不思議なことが、その内容だった。
おれはもう、わけが分からない。
その内容とは、こんなものである。
『手帳を拾った。
黒い革で出来た手帳で、高級そうである。きっとこんな手帳を持つ人間は金もあるんだろうな、などとあなたは思いながら、手帳を開いた。最初の一ページは……』
了
『素晴らしい発明』
どこかの学者が、眠りながら作業をすることが出来る、という装置を発明した。
しかし、夢遊病患者にしか効かないようである。
了
『石の上にも』
石の上にも三年、ということわざがあるが、おれの友人に、石の上にもう十年も座って動かないやつがいた。
そいつは山にいるというので、おれは久しぶりに会いにいくことにした。
荷物を持って、山を登っていく。やがて、友人の座る石が見えてきた。おれは、おーい、と手を振る。
しかし、友人は動かなかった。近づいてみると、それもそのはずだ、おれは納得した。
そいつは、石になっていた。
了
『分解』
車を運転していたら、いきなり片方のタイヤが一つ、取れてしまった。
車体が傾く。突然の出来事に戸惑っている私をよそに、またタイヤが取れていく。
あっという間に、最後の一つが取れて、もうこの車は、走行することが出来なくなってしまった。全く、動くことが出来ない。
一体、何が起こったのか理解出来なかった。しかし、そんなことはおかまいなしなようだ。今度は、私の握っていたハンドルが取れてしまった。それにつられて、車全体が崩れていく。ドア、天井、ボンネット。ついには中の部品までもが取れていき、私は運転席に座ったまま、車が分解されていくのを、ただ呆然と身守ることしか出来なかった。
最終的に、シートベルトも外れ、私の体は運転席から放り出された。
道路の上に投げ出された私の手首が、ぽろっと取れるのを見た。
私の体も、分解されていった。
了
『ページ』
本を読んでたら、一ページだけ空白のところがあった。
僕はペンでそのページに絵を描いた。小鳥と遊ぶ少女の絵だ。上手く描けたと思った。
そういえば僕にも、空白のページがあったのかもしれない、と突然そんなことを考えた。
でもいずれ、そのページに誰かが僕のように絵を描いてくれるんなら、それでいいか、と僕はこのことについて深く考えず、空白の夢をみることにした。
了
『明日』
明日が自殺した。
皆の過度な期待に耐えられなくなった、と遺書には書いてあったそうだ。人々は、これについて深く反省した。そして、その日の就寝前、人々は明日に黙祷を捧げた。
時計の針が、午前零時を指す。
明後日が来た。
了
『シーソーと孤独』
私の庭にはシーソーがあります。
ぽつんと置いてあります。
シーソーは、一人では遊べません。
孤独な私には関係のないものだと思っていたのに、何故置いてあるのでしょう。
了
『助手ロボット』
ロボット工学研究所での、博士と助手の会話。
「博士、突然ですが僕はこの研究所を去ります」
「なんだって。それじゃあ、わしはこれからどうすればいいんじゃ。君がいたから、色々と上手くやってこれたのに」
「まあまあ、博士。そう落ち込まないでください。僕の代わりをしてくれる助手ロボットを作りましたから。今の僕よりも、博士の力になってくれると思いますよ」
「ああ、そうか。それなら安心じゃ。ふう、良かった。ところで、君は何故この研究所を去るのじゃ?」
「ええ、どうやら僕には、助手という仕事は向いていないようだからです。これから僕は、自分の力で研究所を設立し、博士のような立派な研究者になりたいと思ったのです。そのために、まことに残念ながら、この研究所を去ることにしました」
「ほう、そうか。それは、わしとしても嬉しいことじゃわい。頑張りたまえよ」
「はい、頑張ります。では博士、さようなら」
「さようなら」
と博士は助手が出て行くのを見守りながら、その後ろ姿を見てほくそ笑んだ。
博士が出て行った後の、助手の独り言。
「あー、疲れた。それにしてもあの博士が出て行ってくれて良かったなあ。これで、この研究所も僕のもんだ。それにしても僕は天才だな。あの頑固博士を追い出す装置を、一人で作っちゃうなんてね。ああ、そうだ。あの博士、親切にも助手ロボットを作ってくれたようだな。僕もこき使われたから、こいつもこき使ってやろう。ほら、まずは研究所内を全て掃除して回れ。それから料理に、洗濯、皿洗い、ゴミ出しに、身の回りの世話……」
了