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神の器を持つ者

――――――――――――「おっ、ようやく目が覚めたか。」


目を開けた時、最初に聞こえた音は低く耳に残るような人の声だった。

その声に引っ張られるような感覚をおぼえた俺は時計の秒針のようにゆっくりと体を起こす。


「ここは・・・・・」

「ここが神域、俺たち神が居るべき世界。そして、これからお前が暮らしていく場所でもある。」


さっきまで半分眠っていた脳が少しずつ覚醒していき俺は自分のいた場所を改めて確認する。

立ち上がって少し歩くと床が途切れ足を止める。どうやら俺が寝ていたのは大きな城のような建造物のてっぺんらしい。フラフラしながら辺りを見渡すと虹をかき混ぜて出来たような不思議な色の霧が見える・・・・・いや、壁か?とにかくよく分からないものにこの城は囲まれているようだ。

・・・・・・・冷静になって考えてみるとなんだこの状況?

場所を確認するために辺りを見回したのに余計ここがどこなのか分からなくなった。

っていうかなんで俺はこんな場所にいるんだ?いつ来たんだ?どうやって来たんだ?


「・・・・・暮らす?ここで?」


色々な思考が頭の中を駆け巡っていた気がするが不意に口を開くと意識せずに自然とその言葉が出た。


「ああ、そうだ。俺の弟子になるんだから多分割とここで過ごしてもらう事になるだろうな。」

「弟子?」


ここでようやくさっきから俺にかけられていた声の主を視界にとらえる。

そこにいた男はボサボサのロン毛に無精髭を生やし、茶色だか緑だか分からない微妙な色の布きれのような衣を身に纏っただらしない中年だった。


「・・・・・俺は寝ぼけてホームレスに弟子入りしたのか?」

「おいおい、神に向かってホームレスとはなんだ?俺の事は今後師匠と呼べ、いいな?」


おかしいな、情報を得る度に状況が理解できなくなってくぞ?

神?このおっさんが神?・・・・・いやいや、こんな神いねーだろ、もし神だとしてもホームレスの神様とかだろ、やっぱホームレスじゃねぇか。


「・・・・・お前、ここに来る前の事覚えてないのか?」

「ここに来る前、確か・・・・・」


ホームレス神に言われて思い出そうと記憶を辿ろうとするが俺は思い出せない。厳密には記憶を辿る事すら出来ていない、辿る記憶が無いのだ。いくら思い出そうとしてみても、俺の頭の中には目を覚ます以前の記憶が一切見当たらない。

・・・・・いや、少しだけある、多分ここに連れて来られる直前、俺が意識を失うすぐ前の記憶。




―――――――――――――――俺はそこでも眠っていた。何処とも分からない荒野のド真ん中でぶっ倒れていた。薄らとした意識の中、一人の男が俺の前にやって来て何やら声を発しているのが聞こえる。


「死んじゃいねーみてーだな・・・・・しっかし反応はこの辺だったはずなんだが・・・勘違いだったか?」


ホームレス神の声に似ている・・・・・・というかまんまだ。


「まぁいい・・・・だが運が良かったな小僧、普段はこんな細かい所まで面倒見ねぇんだが、今回は偶然通りかかったついでに助けといてやるよ。」

そうだ、確かこの後このオッサン俺の額に触れながらこう言ったんだ。


「ん?お前・・・「神器」を持ってるのか?ほーう、人間のくせに珍しい。・・・・・・・だが面白い。神器持ちの奴なんてそうそういやしねーし、俺はお前に賭けてみるとするか。」


そう、神器とか言ってたな、それがなんなのか知らないけど。


「おい小僧、聞こえるか?今から死にかけのお前を助けてやる。その代わりって訳じゃねーが、お前には俺のあとを継ぐ神として俺の弟子になってもらう。何か問題あるか?」


死にかけの奴に質問して答えが返ってくると思ってるのか?俺はかすかに残った意識の中でそうツッコんだ気がする。当然その質問にも答えた覚えはないのだが・・・・・・


「まぁ、俺も無理強いするつもりは無い。無理なら無理と言ってくれ。OKなら、何も言わんでいい。」


おい、ちょっと待て。


「・・・・・・・そうか、なら決まりだな。よしっ、俺は界神の一人、「死道の神」エデンだ。これからよろしくな小僧!」





―――――――――――――「・・・・・・・・思い出した。」

「そうか、じゃあさっそくついて来て・・」

「いや、あれはねーだろ?」

「ん?何がねーんだ?」


キョトンとした顔で俺を見るオッサン。なんでそんな顔で見るんだ、さらに腹立つだろうが。


「お前何も言わずに承諾してくれただろ?」

「何も言わなかったんじゃねぇ、何も言えなかったんだ。それ分かっててあれはどう考えてもねーだろ。大体神の弟子ってなんだよ、そんなオッサンの妄想に付き合ってられるか。」


そう吐き捨てて俺はオッサンに背を向けその場を立ち去ろうと一歩踏む出そうとする。踏み出そうとするが一歩目を踏みしめる前に停止する。雷のような轟音が鳴り響いたかと思うと視界が赤く眩み白かった目の前の床はいつのまに塗りなおしたのかまるで焦げたように真っ黒になっていたからだ。


「・・・・・は?」

「どうせ暇なんだろ?ちょっとぐらいオッサンの妄想に付き合ってくれてもいいじゃねぇか?」


振り返ると突き出されたオッサンの右手には赤い電気のようなものが耳障りな音を立てながら纏わり付きオッサンはムカつくドヤ顔でこちらを見てまるで「今のは俺がやったんだぜ?」的なオーラを醸し出している。

・・・・・・事実オッサンがやったのだろう。俺に神の力を見せつけるために、その手で俺の目の前に赤い稲妻を落としてビビらせようとしたのだ、いや、十分ビビったよ。


「勘違いされる前に言っておくが、俺はお前を殺す気は無い。なんせ大事な一番弟子だからな。ただ、師匠としてオシオキはするからな?」

「・・・・・・・分かったよ。」

「へへっ、ありがとよ。安心しろ、神の弟子ってのは楽な道じゃない、お前には無理だと判断したら、すぐにでも家に帰してやるよ。一応ここでの記憶は消させてもらうけどな。」


普通なら記憶を消すなんてSFチックな事信じないのだが今の神業を見せられたら記憶を消すなんてこいつにとっちゃ朝飯前なんだろうと思えてしまう。悪い奴では無さそうだし、今は大人しくしたがった方が良さそうだ。俺は黙ってオッサンの後をついて行く。


「これからお前には神についての最低限の事を知ってもらうための授業を受けてもらう。」

「授業?」

「ああ、だがその前にちょっと試験だ。」

「授業の前に試験をやるのか?普通逆な気が・・・・・」

「いや、やってもらうのは実技試験だ、これが出来たらとりあえず合格。晴れてお前は正式に神の弟子だ。だが逆にこれが出来なきゃお前は不合格、すぐここから出て行ってもらう。」


なるほど、思ったより早く帰れそうだ。合格したら帰してやるならともかく、不合格になるのは簡単だからな。でも神の実技試験って何するんだ?腕立てとかじゃないよなさすがに・・・・・・・


「よし、着いたぞ。この部屋に入ってくれ、中に入ったらすぐに試験が始まるからな。試験の内容は入ってから伝える。」


さっきの屋上から数分、無駄に長い階段を下りるとオッサンは通路に出てすぐの扉を指差し俺に指示を出す。俺は言われた通り部屋に入ろうとドアを開けるが、部屋の中は真っ暗で視界には闇以外何も映らない。


「真っ暗だけど、この部屋であってるのか?」


言い終わる瞬間後ろで大きな音がし、同時に扉から部屋に差し込んでいた光も失われる。どうやらオッサンが扉を閉めたらしい。


「おい、オッサン!」

「オッサンじゃない、エデン師匠だ。小僧、今から試験の説明をするからよく聞いとけ。」

「俺も小僧じゃない、俺は・・・・・俺・・・・・は・・・・?」


俺は自分の名前を言うつもりだった。簡単な事なはずだった。誰にでもできる事なはずだった。

・・・・しかし俺には出来なかった。名前が出て来ない。自分にとって最も身近であるはずの自分の名前が頭の中に浮かんで来ない。この時俺は今さらながら理解した。


「俺・・・・・記憶が無い?」


自分がとんでもないステータス以上を抱えていると気づいたと同時に頭上から光が注がれ部屋全体が明るくなる。そして部屋の構造を見た途端、俺の全身から嫌な汗が噴き出す。部屋はかなり狭くエレベーター4つ分程度のスペースしかないのだがその壁と天井には見た事の無いムカデのような黒い虫が無数に這い回っている。うごめく壁と天井はまるでそれ自体が1つの生き物であるかのようであまりのおぞましさに吐き気を催す中、虫のざわめきに紛れてオッサンの声が室内に響く。なんか合格とかなんとか聞こえるがそんなもの耳に入らない。振り返って虫の壁の中から必死にドアを探す。とにかくこの部屋から今すぐにでも出ないと気が狂ってしまいそうだった。ガムシャラになって虫を払いのけドアノブを見つけ出し手をかけるが・・・・・


「クソッ、オッサン!鍵閉まってんぞ!」


マジでありえん、あのクソオヤジ鍵まで閉めて行きやがった!


「っざっけんなっ!!」


力任せにドアノブを捻じり無理やりドアを開けようと試みる。すると案外簡単にドアノブは回り俺は体でドアを押しながら倒れこむように部屋から脱出する。


「おお・・・随分早いな、驚いたぞ。」


部屋を出てすぐにあの声が聞こえ俺はその声の主の胸ぐらに掴みかかって怒鳴る。


「このクソオヤジ!あれのどこが試験だ!いい加減にしろっ!!」

「合格だ。」

「はぁっ!?」


俺の怒りの形相とは対照的にオッサンはかなり上機嫌なようで俺の顔を見てにやにやしている。

いや、それよりも・・・・・・


「・・・・・合格?」

「ああ、合格だ。」

「いや、俺何もしてねーけど。」

「何言ってんだよ、部屋を脱出出来たら合格って言ったろ?聞いてなかったのか?」


部屋を出るだけで合格って・・・・・どんな試験だよ、そんなんある程度腕力があったら誰でもできるだろ。ホントに腕立てと大差ない試験だったのか?


「よし、これでお前も正式に俺の弟子だ。いや正直嬉しいぜ、お前は俺が思ってたよりも優秀らしい。」

「ああ・・・・・そう。」

「さて、じゃあこの後は少し休んでから勉強会だ。神についての知識を説明を聞いてもらうからな。」

「ああ・・・・・そう。」


あの部屋に何か精神的を蝕まれたようで今の俺には怒ったり何かを考えたりする気力が無かった。

とりあえずどっかで休みたい、そんなことを考えて上の空で無駄に饒舌になったオッサンの話を聞き流しながらその後をついて行く。


――――――――――――――30分後・・・


「はぁ・・・・・」


あの後、俺は自室のベッドで横になり疲れ切った頭に休憩を与えた。ちなみにオッサンがここで休んでおけと提供してくれたこの部屋は俺の部屋らしい。多少仮眠をとった事でさっきの虫部屋で受けた精神的ダメージは大分回復し、今の状況を整理する程度の余裕は取り戻していた俺は、再び自分の頭の中から記憶を探索する。


「・・・・・ダメだ、まったく思い出せん。」


しかし結果は得られず、自分の名前すら思い出せない事は変わりはなかった。言葉やら一般常識やらは覚えているのだがそれだけだ。他の事は何一つ覚えていなかった。自分が記憶喪失だという現実を改めて理解し俺がガックリきてる中、部屋のドアが開きまたあのオヤジが俺の前に姿を現す。


「よぉ、気分はどうだ小僧。」

「最悪・・・より少しマシって感じだな。」

「そうか、そりゃ良かった。」


良い訳あるか、これで良かったと言えるなら絶好調ならお祭り騒ぎか?


「さて、じゃあ元気になった所でさっき言った通り勉強会の時間だ。」

「ここでするのかよ。」

「ああ、一々移動すんのメンドイだろ?」

「適当だな、試験は虫部屋でやったってのに。」

「虫部屋?ああ、お前にはそういう風に見えたのか。」

「見えた?どういう事だよ?」

「その事も含めて、これから説明してってやるからよく聞いとけ。えっと・・・・・そういやお前の

名前聞いて無かったな。」

「いまさらか・・・・・・・」


このオッサンホント色々適当だな、こんなのが神でいいのかこの世界は。


「まぁいいじゃねぇかよ、んで、なんて名だお前?」

「いや、それが・・・・・」


説明するのは面倒だが言わないとそれはそれで面倒だからな。俺は時折入れてくるオッサンの茶々を流しながら10分ほどかけて自分の記憶喪失の事を話した。


「なるほどなぁ、ならちょうどいいじゃねぇか。」

「へっ?何が?」

「記憶がねーなら元の生活に未練があったりはしねー訳だろ?なら心置きなく神の道を行けるってもんだ。俺とお前の出会いは運命だったのかもな。」


こんなオッサンと出会う事が運命で決まってるとか残念で仕方無いんだが。


「だが、そういう事なら俺がお前にとりあえず名前を付けてやる。」

「はぁ!?なんでそうなるんだよ!」

「だって名前が無きゃ呼べないだろ。」

「いやそうだけど、なんでお前なんかに、しかもとりあえずって・・・・・」

「なんかじゃなくて師匠だ。」

「・・・なんで親でもない師匠が俺に名前を付けるんですか?」

「お、おう、なんか照れるな・・・・・」


自分で呼べって言って置いて照れるなよ、メンドくさい神様だな。


「やっぱ師匠はこっぱずかしいな、エデンでいいやエデンで。敬語も使わんでいい。」

「ったく・・・んで、俺はエデンが名づけ親になる事に反対なわけだが。」

「大丈夫だって、とりあえずだからとりあえず、今後変更可能だから。」

「いや、そんなちょくちょく変えるようじゃ名前の意味が・・・」

「時にお前、その虫部屋って何色の虫がいたよ?」

「いきなりなんだよ・・・黒だけど。」

「じゃあクロだな。」

「は?」

「お前の名前、クロ。」


クロ?名前が?・・・・・・・クロ?


「いやちょっと待て!いくらなんでも適当すぎるだろ!俺は猫じゃねぇんだぞ!」

「タマよりは人っぽいだろうが。」

「そういう事言ってんじゃねーんだよ!」

「まぁいいじゃねーかよ、暫定的にクロなだけだから、暫定的に。」

「・・・・・・・」

「じゃあクロ、よく聞いとけ、今から説明する事は3つ。神域、界神、そして神器だ。」


思えば俺はこの時既に、なんとなくだが神の道を歩む事を受け入れていたのかもしれない。それはまだ神がどういうものか理解していなかったから、自分の事さえも分からなかったから、何一つ知らなかったからなのだろう。俺が神と為る物語は、ここから徐々に加速していくことになる・・・・・・・



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