勇者に必要なモノ
「さあ、追い詰めたわよ、伯爵!!」
勇者は身に余る大剣を振りかざし、伯爵に詰め寄る。
此処は魔王の城の中枢。
十年前に突如現れ、世界を混沌に陥れた諸悪の権化の城である。
魔王の登場により国々の文明は破壊され、街には魔王の軍勢が略奪と破壊を繰り返しすようになった。
世界は強大な魔王の力により半分を領土として切り取られ。
残る半分の国々も抵抗を見せるが少しずつ侵略されていった。
そんな状況を打破するために神より神託が下されたのが、数年前のあの日。
その当時冒険者として魔王の領土を歩き回っていたある少女に勇者の白羽の矢が立った。
少女は二つ返事で神託を受けると、勇者となり魔王との戦いを決意する。
道中出会った仲間たちとともに勇者は、厳しい冒険の末やっと魔王一番の幹部である伯爵を追い詰める所まで辿り着いていた。
「ま、待ってくれ。金なら幾らでもやる、財宝もだ。な、なんなら美男美女の奴隷も付ける。私の代わりに幾らでもそいつらを殺して……」
「問答無用。腐った性根を地獄で叩き直してくるが良い!!」
「ギャアーーーーッ!!!!!!!!!!」
勇者は大剣を一閃。
断末魔と共に伯爵の体が溶けて消える。
魔道に傾倒し、骨まで魔王の力に染まった者はこの様に肉片すら残らず消える。
一度染まれば改心など不可能である事は、今までの旅から勇者たちは理解していた。
「はぁ……はぁ………遂に魔王の玉座の間の前まで辿り着いたぞ」
息を切らせながらも気力ははち切れんばかりに充実した顔で、勇者はこの旅に付いてきてくれた仲間たちを見やる。
「これで俺達の旅も終わるんだな」
目を細め、感慨深い目をするのは戦士。
「えぇ、これで世界に再び平和がもたらされるでしょう」
優しく微笑みながら賢者が言う。
「おいおい、まだ魔王との戦いは終わってねぇぞ。―――――まぁ、負ける気はねぇけどな」
鼻を擦りながら不敵に笑うのは盗賊。
「…………みんな、今まで私に付いてきてくれてありがとう。みんながいなければ此処まで辿り着く事すら出来なかっただろう」
勇者は笑い合う仲間たち一人ひとりに頭を下げる。
謙遜する勇者にみんな首を振りつつ笑う。
「だから後一度だけ力を貸してくれ。敵は魔王、一筋縄でいく相手ではない、今までで一番困難な戦いが待っているだろう。だが、私達は負けはしない。何故なら私達は勇者で奴が魔王だからだ。正義は……勝利は我等にある!!」
勇者は剣先を巨大な扉へ向け、仲間を鼓舞する。
「「「おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」
力強い仲間の雄叫びを受け、勇者は扉の向こうへ突撃する。
その僅かな刹那、勇者の脳裏に懐かしい記憶が蘇る。
魔王が現れる前、平和な時代に将来の夢などを語り合い笑い合った幼馴染。
魔王の出現と共に連れ去られ、冒険者として旅に出る切っ掛けとなった彼の事を。
†
もう十年以上も前の話。
世界に魔王などというものは存在せず、国と国とが盛んに交流していた時代。
私は貧しい農家の娘として生まれた。
その村は所謂不作の土地で、穀物を作っているのに何故か毎日餓えていたのを覚えている。
私はそんな村で幼少期を過ごした。
そんな土地に同年代の子供などいるはずがなく、私は常に一人だった。
遊び相手など当然おらず、母様が夜な夜な話してくれるお伽話が唯一の私の楽しみだった。
その当時、私は力もなくガリガリに痩せており、親の仕事を手伝うことすら出来なかった。
そんな私ができるのは、精々山へ食べれそうなものを拾いに行くくらいのものだった。
幼馴染みの彼に出会ったのはそんな時だ。
山奥で一人つまらなそうに座っていた。
私は初め、あまりにも綺麗な服を着ているので彼は何処かの王子様かも、と思ったのを覚えている。
お伽噺の中でしか知らない王子の存在に興奮し、私は思い切って彼に話しかけた。
『あなたはおうじさまですか?』っと。
もしかすると私もお伽噺の登場人物になれるかもしれないと期待して。
普通に考えればこんな所に一国の王子がいるわけがないし、仮に居たとしても私がそんなものになるのは無理だろう。
彼は意外にも私に返事を返してくれた。
みすぼらしい格好をしていた私に苦笑しながら。
少し会話を交わしてわかったのは、彼は行商人の息子だということ。
今から考えると少しおかしな話だったが、当時の私は納得した。
彼は次の日も、その次の日も同じ場所に座っていた。
私は同世代の子供に会えるのが嬉しくて、足繁く通った。
彼は最初つまらなそうにしていたが、私が将来の夢の話などをしていると、だんだん笑いかけてくれるようになった。
貧しい農家の娘の将来など高が知れている。
近くの農家の男に貰われるか、どこかの貴族に買われるか。
その2つくらいしか無い。
それでも私は胸を張って夢の話をし続けた。
この関係がいつまでも続くよう願って。
彼は笑って私の夢を応援してくれた。
彼は私が知らないことを色々知っていた。
字も歴史も生物も地学も数学も剣術も、聞けば何でも教えてくれた。
私は彼に追いつきたくて、彼の話を何でも吸収していった。
やせ細った体には筋肉がつき、山で取れる食べ物の名前と特徴を書けるようになった。
出来る事が増える度に彼は嬉しそうに私を褒めてくれた。
私は彼に褒めて貰いたくて更に頑張った。
いつしか私は農家の娘であることを忘れ、勇者を目指すようになった。
彼が側にいればそんな絵空事も叶う気がした。
そして十年前のあの日。
突如世界に魔王が降ってきた。
理由も主義も主張もなく、只々世界は破壊された。
国家権力など歯が立たず、紙切れのように消し飛ばされた。
一つ、また一つと国が落とされ、奪いとったその国から魔王の軍が生まれる。
魔王軍は蹂躙し、略奪し、虐殺の限りを尽くした。
その魔の手は私達の村にも及んだ。
何故だか魔王軍は彼を探していた。
彼の事を言わないものは拷問にかけられ、知らないと答えたものは殺された。
その光景を目の当たりにした私は、急いでいつもの場所に駆け出した。
彼はこんな時でもいつもの場所で座っていた。
私は彼の手を握り、必死に逃げた。
何が出来るか解らなかったけど、必死に逃げた。
だが、十にも満たない小娘の走る速度などしれている。
私達はあっという間に追い詰められていった。
「……いいかい、僕が囮になって走る。君はその間にこの先の国へ逃げ込むんだ」
「でも……」
小さな洞窟で身を寄せながら彼は優しい笑顔で微笑む。
「大丈夫、奴らは僕を殺せない。少なくとも、魔王に会わせるまでは、ね」
それが私の知る、彼の最後の言葉だった。
私は彼のおかげで生き延びることが出来た。
その時私は勇者となり、魔王を倒して彼を取り戻すとこの身に誓ったのであった。
†
――きっと魔王を倒せば彼も取り戻せるはず。
もしかしたらあれは彼が付いた嘘かもしれない。
だが、私は今でも信じている。
彼が生きている可能性を。
「…………フッ、囚われの姫は男で助けにくる王子が女な訳だ」
勇者は自嘲気味に呟くと過去の残滓を胸に扉を開け放つ。
そして部屋から滲み出る瘴気を振り払い、魔王の元へと駆け抜けた。
「―――よく来たな、勇者よ」
漆黒のローブを身に纏い、傲岸不遜な態度で魔王は勇者を迎える。
勇者が城へ進行した時に手下を使いきったのか、周りには誰も居ない。
ただ一人玉座に座りながら頬杖を付いていた。
「お前が魔王だな?」
「如何にも。伯爵を使い、瞬く間に世界の大半を収めた私を魔王と呼ばずに何と呼ぶ」
笑止と言わんばかりに魔王は言い切る。
「――何故こんな事をする? 世界中の人を恐怖に陥れ、生き物の命を弄ぶお前の目的はなんだ?」
「目的だと? 力ある者が弱者を搾取して何が悪い。私にとって世界は弱かった、ただそれだけの事よ」
「――ッ!! 罪の意識も後悔も無いただの怪物め。良いだろう、ならばお前に本当の力と言う物を私達が見せてやる。お前はここで倒す!!」
「やってみるがいい。私をこの椅子から立ち上がらせることが出来ればその力、認めてやろう」
「――いくぞっ!!!!」
勇者の言葉が皮切りとなり、最後の決戦が始まる。
圧倒的な魔王の攻撃を前に勇者の仲間は一人、また一人と倒れてゆく。
勇者は倒れた仲間を気にしながらも、最後の一人になっても諦めず戦う。
幼馴染みの彼への思いを勇気と力に変えて。
「ここまでよく戦ったと褒めてやろう、だがこれ迄だ。―――消えよ!!」
「――くっ!!」
勇者は全ての力を剣に注ぎ、魔王の最大攻撃に真っ向から立ち向かう。
「「――――っ!!!!!!!!!」」
闇の魔力と光の聖剣がぶつかり合い、拮抗している。
ほんの僅かな誤差も許さぬように魔王と勇者の最後の一撃は互角であった。
「…………」
痛くて苦しくて、今にも倒れたいのに幼馴染のことを考えるたびに、勇者には突き動かされるように力が湧いてきた。
「これで……。終わりだああぁ―――ッ!!!!」
そして決着が訪れる。
「ぐあぁぁぁぁーーーーっ!!!!!!!!!!」
仲間が与えてくれたダメージが蓄積し、最後の最後で魔王を鈍らせて僅差で勇者の聖剣が魔王を切り裂いた。
明らかに戦闘不能と解る傷を受け、魔王は倒れ伏す。
「はぁ……はぁ……。わ、私の……私達の、勝ちだ」
勇者の方も満身創痍で立っているのがやっとだが、気力を振り絞り魔王に止めを刺すべく大剣を振り上げる。
「――ッ!!!!」
その瞬間、勇者はギョッと身体を強張らせる。
「………………なんで………幼馴染のお前が……」
深く皺の刻まれた老人の姿をしていた魔王はいつの間にか勇者が探していた幼馴染の顔に変わっていた。
罠だ、幻覚だ、魔王の最後の悪足掻きだ、と勇者は瞬時に思考する。
振り下ろせば、振り下ろせば終わると解っていても勇者の腕の震えは一向に止まらず、狙いも定まらない。
そんな勇者の様を不思議に思ったのか、魔王は手を突き出し、勇者を攻撃しようとする。
だが、己の手の様を見て止まる。
「ん? ――――――――――――あぁ、思いの外君が強かったから殺される前に解けちゃったか」
勇者の記憶にある幼馴染の顔、幼馴染の声、幼馴染の口調で魔王は喋る。
「まあ、いいや。――――――――――――止め、刺さないの?」
振り上げた腕を力無く落下させ、まるで散歩にでも誘うかのような気楽さで魔王は勇者に尋ねる。
「………………………………何を………言っている……?」
今にも崩れ落ちそうな様子の勇者。
それでも最後の矜持である剣は手放さなかった。
「―――勇者は魔王に勝ってこそ勇者。魔王に負ける勇者は只の冒険家でしかない。君が勇者だと言うのであれば今すぐボクをその剣で刺せ」
そんな勇者を諭すような涼しい顔で魔王は語りかける。
「わ、私を惑わそうたって、そうはいかない。お前は……お前は魔王だ、幼馴染であるはずがない、大方私の記憶を覗いたりしたのだろうか、無駄だ」
体の震えと迷いを振り払うように勇者はキッと魔王を睨みつける。
そんな勇者の行動に魔王は眉に皺を寄せ、困った様に視線を逸らす。
暫く魔王は悩んでいたが、何かを思いついたように声を上げる。
「……………あっ!! うん、そうだね、その通りだよ。だからほら、止めを刺さないと」
両手を差し出すように向けてくる魔王に勇者の困惑は最大級に膨れ上がる。
そして――――。
「――――――――――本当に幼馴染なのか? でもどうして?」
ゆっくりと剣を下ろし、懇願するかのような表情で勇者は魔王、いや幼馴染に尋ねる。
この部屋に乗り込む前の覇気はもはや無く、勇者はただの町娘の様に震えていた。
「―――――相変わらず君は人の話を聞かないよね。まあ、いいんだけど」
ほぼ戦意を喪失した勇者を見て、魔王はやれやれと溜息を吐いた。
「何故だ。何故魔王をしているっ?! あんなに勇者になる私の夢に賛同してくれたじゃないかっ!!」
勇者は疲れた目で魔王を睨みながらヒステリックに叫ぶ。
そんな勇者の叫びに魔王はどうしたものかと考え込む。
肩で息をしながら涙目で睨みつけてくる勇者を見て、魔王は観念したように口を開いた。
「―――そうだよ、だからボクは君を選んだ。君の英雄譚に列なるために」
「何をいっているんだ? 私にわかるよう話してくれ」
魔王は傷付いた体を起こし、滔々と語り始める。
「ボクは……ボクらは人の『夢』から生まれる。正確には『夢』に希われて生まれるのだけど、この際それはいいや」
「――――ボクらはドラゴンであり、魔王であり、侵略者であり、魔法使いであり、邪神であり、そして幻想でもある。僕らは英雄譚の悪役に成る為に生まれ、その死を以てその英雄譚に幕を下ろす」
「ボクらは誰にも邪魔はされず、誰にも倒されず、ただただ絶対者の様にのこの世に君臨する。――――――――――唯一の例外の君等を除いてね」
魔王は君等の部分で勇者に優しく微笑む。
「誰よりも強い存在であると同時に君等に絶対勝てないモノでもある」
「ボクはそれが嫌だった、堪らなく嫌だった。ただ倒される為だけに生まれた悪役が。どれだけの力を持っていようとも畏怖されるモノでしかない事が。絶対悪にされる宿命の全てが」
「だったら、何故魔王を?」
当然の疑問を勇者は口にする。
疑問符を浮かべる勇者に、魔王は何かを懐かしむように明後日の方向に思いを馳せる。
「――――君に出会ったからさ。ボクは君の夢に魅せられたんだよ。陳腐で在り来たりで物語としてなんの面白みも無いけれど、叶えてあげたいと思えた。この夢を実現させてあげたいと、君を勇者にしてあげたいと思えた。それで例え魔王と罵られ、無残に殺されてもボクは君の夢の一部に成りたかったんだ」
魔王はそこで行ったん言葉を区切り、ややはにかみながら勇者を正面から見据える。
「だって君は…………■■■■って言ってくれたんだもの」
魔王とはとても思えないほど優しい顔で魔王は笑う。
「さぁ、ボクの話は終わりだよ。ボクらがこんな話をするのはルール違反だけど、こんなどうでもいい部分は輝ける君の英雄譚には載りはしないから少しは許してほしい」
全てを吐き出し、安らかな顔で魔王は勇者を見つめる。
「―――――そんな話を聞いて………わ、私がお前に、と……止めをさせる訳無いだろうっ!!」
「出来るさ、君は勇者なんだから。それに君が止めを刺さなければボクは何時までも魔王としてこの世界に留まり続ける。永遠に世界は魔王に囚われ暗いままだ。そんなのはボクも君も困るだろう?」
魔王の問いかけに勇者は即座に答えられず、下唇をかむ。
二人の間に長い沈黙が訪れる。
「…………………本当に、本当に何か別の方法は無いのか?」
蚊の鳴くような小さな声で勇者は魔王に尋ねる。
「無いよ。だってボクらは人々の『夢』なんだもの。この世の全ての悪と罪と不幸を押しつけて生まれる負の象徴。だからこそボクらの死には意味がある。善を、希望を、幸福を取り戻す為に。それを取り戻すのは同じく『夢』であり、正の象徴である勇者の役目だ」
強い口調の幼馴染に勇気付けられる様によろよろと勇者は立ち上がり、大剣を再び持ち上げる。
「―――――――ッ!!!」
勇者の体の震えは止まらず、成人男性を遥かに凌いでいた膂力はいまや華奢な容姿相応の筋力となり、今にも崩れ落ちそうな儚さだ。
それでも勇者は歯を食いしばりながら幼馴染を見据え、大剣を振り上げる。
大粒の涙を流しながらも、精一杯気勢を張る勇者に幼馴染は微笑む。
「――――――――――有難う。ボクは君の魔王で本当に良かった」
魔王が目を閉じると同時に大剣は振り下ろされた。
†
それから凡そ一ヶ月後。
世界は魔王軍の敗退により、徐々に力を持ち直し始めていた。
今もなお、残党は各地に存在し、荒れ果てた大地は当分元には戻らないだろうが、世界に平和の兆しが見え始めていた。
この国でもそうだ。
魔王討伐の祝賀会に勇者PTの面々が貴賓席に座りながら飲み食いの騒ぎをしている。
アレから彼らは世界中の人々から英雄と祝福され、数多の国から勲章と財宝が授与された。
この国でも多分に洩れず、国を上げて彼らの業績を讃え、最高級の持て成しをしている最中だった。
そんな彼らの様子を見ながら大臣の一人がポツリと呟く。
「――この場に勇者様が居られない事は本当に悔やまれますな。彼女こそ最も讃えられるべきお方だと言うのに」
目を伏せ、本当に残念そうな声を出す大臣。
その肩を横にいる人物が慰めるようにぽんと叩く。
「――――言うな、大臣よ。それは皆も言わずもがな分かっておる。だが……いや、だからこそ我らは彼女の尊い犠牲を無駄にせぬ様身を引き締めて公務に励まなくてはならない。今はそれが彼らを労うと言うことなだけよ」
横に居いて、大臣の肩を叩いた王は剛毅に言いきる。
その瞳には強い炎が宿っており、この国の明るい未来を表しているようだった。
「それにしても、勇者の遺体と遺品が全く無いというのは奇妙なものだな」
誰に聞かせるまでもなく、王の言葉は宴の熱気に溶けて消えた。
†
その同日の遥か果ての地平にて。
「―――ほらほら、休んでいる暇は無いぞ!! お前が壊した大地はまだまだあるからな」
荒れ果てた大地に勇者の怒号が響く。
怒号という割には声は弾んで楽しそうだが。
「…………無茶言わないでよ。壊すならまだしも、魔王が治す術に慣れているはず無いでしょ」
鍬を杖の様に使い、足をがくがくさせながら魔王は肩で息をする。
「泣き言は聞かん。口を動かす暇があるなら手を動かせ、楽な事が償いに成る訳無いからな」
勇者は鍬を大地に突き立てながら心の底から笑う。
「―――――――本当に良かったの? 勇者の地位も身分も全て捨てて」
快活に笑う勇者を見ながら後ろめたそうに魔王は尋ねる。
そんな魔王に勇者は後ろから近づき……。
「ふんっ!!」
「痛っ!!」
暗い雰囲気を消し飛ばす様に勇者は魔王の背中を強く叩いた。
「くどいぞ。何度その質問をする気だ。それに私は勇者を止めたつもりは無い、私は勇者としての責任を果たすためにこうしているのだ」
腰に手を当て、勇者は説教のポーズを取る。
「確かに世間的には『魔王を封印する為に勇者は心中した』となっている。だが、そうする事で物語的にも世界的にもこれでめでたし、めでたしに出来るのだ、何の問題がある」
「いや、問題も何も僕等が生きている時点で問題だらけだと思うけど」
軽く咽ながら魔王は勇者にじと目を向ける。
「今はお前を封印させる為の儀式中だ。何も可笑しな事は無い!!」
「いや、封印と書いて改心って読ませるのはどうあったって可笑しいでしょ」
「うるさい、うるさいっ!! ――――――お前は私といるのが嫌なのか?」
魔王の指摘に顔を真っ赤にしながら勇者は憤慨する。
「別に嫌ではないけど……。ボクは、君にはもっと良い人生を歩んでほしいんだよ」
「お前がいる限り私は勇者であり続けれるのだ。これ以上幸せな人生がどこにある」
少し照れくさそうにしながらも誇らしげに胸を張る勇者に魔王は目を細める。
「――――本当に君はあの時と変わらず……」
「そうさ、あの時から私の夢は変わってはいない。それに―――」
勇者は魔王の前に歩を進め、くるりと振り返る。
「勇者が魔王を改心させる英雄譚が在ってもいいじゃないか。魔王は勇者に必要な夢なのだから」
勇者はそう、満面の笑みで言ってのけた。
†
今よりおよそ10年以上前の話。
魔王の存在がお伽噺でしか無く、正義と正義が戦争を起こし、勇者が『夢』だった時代。
夢は女子供の絵空事でしか無く、それを捨てなければ大人になれない時代。
物語として都合のいい存在として希われ、生まれた幻想はある一人の少女に出会った。
「わたしはね。ゆうしゃになりたいんだ」
「――――勇者? どうして?」
「だって、まおーをやっつけれるのはゆうしゃだけだもん」
「…………そうだね、魔王を倒せるのは勇者だけ……。魔王は……滅ぼさなくちゃいけないモノだものね」
「? ――――――よくわかんないんけど、まおーにはゆうしゃがいないとだめなの」
「勇者がいないと駄目?」
「うん、だってまおーはかなしいやつだもん」
「――――哀し……い?」
「ずっとひとりぼっちでわるいことしなきゃいけないんだもん。わたしもずっとひとりぼっちだったからまおーのきもちがわかる」
「………………………」
「だからわたしがゆうしゃになってまおーをとめるんだ。ゆうしゃってそういうものでしょ?」
「――そう、だね。そう言う……モノだね。あはは、それは良いや。うん、君なら勇者に成れるよ。ボクが保証してあげる」
「―――ホント?! じゃ、じゃあゆうしゃになるためのしゅぎょうにつきあって!! まずは……わたしいままでずっとひとりであそんでて、できなかったゆうしゃごっこ!! わたしがゆうしゃやくで……」
「――――ボクが魔王役、だね」