9、どいつも、こいつも・・・!
9、どいつも、コイツも・・・!
部屋に戻ると、サバラスが、ベッドの上で寝転びながら、ノンキに単行本小説を読んでいた。
・・・熱湯漬けにしてやろうか、コイツ・・・!
手足を縛って、ブロックと共に、バスタブに沈めるのも一興かもしれん。 僕のベッドで、優雅にくつろぎやがって、この野郎~・・・! 今、僕が、どんな苦労をしてフロに入って来たと思ってんだ・・・! 水死しそうになったんだぞ、てめえ。 分かってんのか?
濡れた髪を、タオルでゴシゴシ拭きながら、僕は言った。
「 また来てんのか、お前。 公園脇に止めた車の中で寝ている、さえない営業マンみたいだな。 ちゃんと仕事しろよ! 」
「 失敬だな、君は。 今、人間の文化について、最先端科学の論評を解読しているところなのだ 」
科学だと・・・? どう見ても、お前が読んでいるのは、太宰の『 斜陽 』だぞ? 日本文学を探求するのも良いかもしれんが、現状打破に、もっと奔走せえ。
サバラスは言った。
「 いやあ~、やっぱり太宰は、イイねえ。 豪快に笑わせてくれるトコが、ニクイねえ~ 」
・・・ドコ読んだら、太宰で笑えるんだ? お前、日本文学、おちょくっとるんか? タコ。
サバラスは続けた。
「 井伏鱒二の『 本日休診 』も、元軍人の男が主人公で、面白かったね、うん。 そうそう、新田次郎の『 沈黙 』には、涙したな。 だが、私的には、夏目漱石の『 こころ 』が好きだ。 特に、ラストシーンは圧巻だね 」
・・・お前、めっちゃんこ、言っとるな? 『 沈黙 』は、遠藤周作だ、たわけ。 それに『 こころ 』のラストは、敬愛する先生の遺書が、56章に渡って綴ってあったはずだ。 圧巻のラストシーンって、ナンの事だ、コラ。 ・・それと、『 本日休診 』に、軍人が出て来たっけか・・・? それ、『 遙拝隊長 』だろ? 混同させた上に、存在しないストーリーを勝手に論評するな!
サバラスは、更に続けた。
「 新田次郎は、『 女学生 』も読んだなあ~ 」
それは、赤川次郎だ、マヌケ! 元、気象台勤務の新田次郎( ペンネーム )が、そんな題名の小説を書くか。 登山ものとか、孤島ものだわ、たわけが!
もう、お前、知らん。 アホのたわ言は無視し、僕は、早々に寝る事にした。
部屋にあった鏡の前に座り、ドライヤーのスイッチを入れ、髪を乾かす。
「 それ、やってくれ。 やって、やって! ねええ~・・・! 」
サバラスが、すりすりと、僕の足元にじゃれ付きながら言う。
・・・うっとうしい。 小さくして、踏んでやろうか、コイツ・・・!
しかし、大人しくさせておいた方が、僕の精神的には良いかもしれん。
僕は、ドライヤーの温風をサバラスに当てた。
「 おお~う・・・! イイのう~・・・! 」
恍惚の表情で、次第に小さくなって行くサバラス。 今度は、5センチくらいまで縮んだ。 僕の肩によじ登り、髪を乾かす温風に、更に当たっている。 ナウシカの鳴きねずみか、銭婆に変身させられた坊みたいだ。 元々、星野は美人なので良いが、肩に乗っているコイツは、ビジュアル的によろしくない。 はっきり言って、ブキミである・・・
( 星野は、ブローしないのかな? )
見たところ、洗いざらしのストレートのようだが、ついでなので毛先を軽く内巻きにしてみた。
( ・・・可愛いじゃないか )
フロントも少し、巻いてみる。 ・・・更に、可愛くなった。 土台が良いと、何をしても似合うものだ。
涼しげな目元に、目鼻筋の通った、知的小顔美人・・・ こんな美人の、あられもない姿と秘部を、僕は、見てしまったワケか・・・!
先程の、風呂場での映像を思い出した僕は、顔を赤らめた。 鏡に映った恥ずかしそうな表情の星野の顔を見ていると、更に、恥ずかしくなって来る。
・・・イカン! 堂々巡りだ。 死ぬまで、永久に続くぞ、この情況は・・・!
僕は、ドライヤーのスイッチを切り、ベッドに潜り込んだ。 枕の辺りで、ナニやら、もぞもぞと動くものがある。
「 ? 」
指先で摘んでみると、2センチくらいに縮んだサバラスであった。
「 ・・・・・ 」
僕は、部屋の隅の方に向け、指先で、ピイ~ンとサバラスを弾くと、眠りに入った。
翌朝。
体は、何とも無かった。 もしかしたら、元に戻っているのでは? という、儚い僕の希望は、床で寝ている見苦しいサバラスの姿を確認すると同時に、露と消えた。 昨晩、僕に弾かれて転がったまま、寝てしまったらしい。 机の下で、部屋隅の壁に足を掛け、頭を下にして、逆さ状態である。 非常に不自然な体勢で寝ており、フツーだったら血がアタマに上って、寝てなどいられないハズだ。
「 起きろ、サバラス。 はよ、仕事せんか、お前 」
サバラスが、口をクチャクチャさせ、逆さ体勢のまま、脇腹辺りをボリボリとかきながら答えた。
「 うう~ん・・・ もう、どうでも良いじゃ~ん・・・? もっかい、ドライヤーやって~・・・ 」
・・・キサマ、それが本音だな? あ? コラ。 見苦しいくらいの、怠惰な体勢でネボケおって・・・!
僕は、サバラスの耳元で、優しくささやいた。
「 ねえ、サバラスぅ~ 今日は、どこかに連れてってよおぉ~ん 」
「 んん~・・・? アンドロメダ辺り、行くかあ~? 人間の2人くらい・・ どうなろうと、まあ、コッチにゃ、カンケーないしね。 ・・・ん・・? 」
やっと、正気に戻ったようだが、もう遅い。
「 ほっ、星川クン・・! おはようっ! ・・い、今、私・・・ ナンか、言ってたかね? 」
はい。 しっかりと、聞かせて頂きました。 ありがとう。
僕は、ドライヤーのスイッチを入れ、サバラスに当てた。
「 ・・お、おお~・・・! 」
次第に小さくなっていく、サバラス。 手頃な5センチサイズまで小さくすると、壁に立て掛けてあった金属バットを手に取り、窓を開けてサバラスを宙に放り投げ、スパーンとノックした。 朝の清々しい空気の中、サバラスは、くるくると回転しながら、どこかへと飛んで行った。
朝食を食べに、台所へ行く。
母が、ルンルン気分で話し掛けて来た。
「 ねえねえ、みちるぅ~ 今日、塚原さんと、式場の打ち合わせに行くんだけど、服、ドッチが良いと思う? 」
真っ赤なワンピースと、ピンクのニットを手に、ウキウキ顔の母。
・・・これから、それを着て・・ スナックへ、お勤めですか? あなた。 ・・死んでも、そんな服着て式場、行くなよ。 歳と場所をわきまえんか。 どうせなら、2人とも稽古着を着て行けや。 ご近所も、納得し易いだろう。
「 上着は、コレにすんの。 可愛いでしょ? 」
これまた、ピンクのショートコート。 おまけに、フリル付き。 襟元には、白いファーまである。
・・・あんた、コミケにでも、行く気か? 大体、そんな服、いつ買った? そろそろ更年期障害か、という歳のオバはんが、そんなモン買うな。 売る店員も、考えて商売せんか。
「 もっと、フォーマルなモンにしなよ・・・! 塚原さんだって、引くよ? そんなん 」
僕が言うと、母は反論した。
「 だって、この服・・ みんな、塚原さんが買ってくれたのよ? 」
・・・ヤツのセンスは、サイテーだ。 きっと、紫( ラメ入り )のブリーフを履いているに違いない。 あんたら、間違いなく、町内の有名夫婦になるぞ? 僕、どっかに下宿するね・・・
僕は言った。
「 ピンクの方が、まだマシかな・・・? だけど、そのコートはダメ。 他のにしなよ? 」
「 水玉模様のピーコートがあったけど、それにしようかな? 去年の誕生日に、貰ったの 」
・・・どのくらい、コスプレ衣装を貰ってんだ、アンタ・・・? 全部、ヤフオクに出品せえ。 100円スタートな。 多分、マニアが20件くらいウオッチリストを入れるぞ?
着替えを済ませると、玄関先に、例の怪しげなクラウンが止まった。
母が叫ぶ。
「 み、みちるぅ~! ヤクザが来た、ヤ・・ ヤクザがっ・・・! 」
落ち着け! ヤクザじゃねえ! 高校生なんだよ、アレでも。 ・・ったく、デカイ声、出すんじゃねえよ。 また意味も無く、ご近所が怯えるだろ?
( くそっ、あんな車で、玄関先まで来やがって・・・! )
外へ出ると、マサと龍二が、出迎えに立っていた。
・・おおうっ! 怖ええ~・・・!
無言で、朝日の中に突っ立ってるんじゃねえよ、お前ら。 ブキミだろうが!
隣の家の勝手口の窓から、おばさんが顔を半分だけ出し、じい~っと、こちらを見ている。 恐らく、おばさんは、完璧に勘違いをしていると思われる。 今日中には、恐るべき主婦井戸端ネットワークを通じ、向こう3軒両隣を中心とした、半径200メートル圏内のご家庭に、事実とは異なる、捏造された情報が配信される事だろう。 もう、知らん・・・! どうにでもしてくれ。
「 今朝は、2人とも同乗か? あまり、手を掛けるな。 登校くらい、自分で・・・ 」
僕の言葉を制し、マサが言った。
「 姉御。 ちい~と、厄介な事が起きまして・・・ 話しは、車の中で・・・ 」
何か、ヤバそうな雰囲気。
車は、僕を乗せ、走り出した。