量産の時代に一年一振りしか打たない鍛冶師は追放されたので、辺境で「その人だけの剣」を打つことにした
「一年に一本しか打てない鍛冶師は、うちには要らん」
王都の大鍛冶ギルド「鋼の手」の親方部屋で、ドミニク親方がそう言った。
机の上には、王国軍からの注文書が載っていた。剣、三千振り。期限は半年。
「うちは今、一日に百本打っている。お前が一年かけて打つ一本で、うちは三万六千五百本打てる。どっちが国の役に立つか、言うまでもないだろう」
俺は、親方の後ろの壁に立てかけられた、量産の剣を見た。
ぴかぴかに磨かれて、見た目だけは立派だった。
けれど、俺の耳には聞こえていた。
その剣が、泣いている声が。
◇
俺はヨルク。二十四歳。鍛冶師だ。
生まれつき、鉄の声が聞こえる。
神殿は「鉄聴き」という加護だと言った。銅の位の、珍しくもない加護だそうだ。鍛冶師なら、鉄の機嫌がわかって便利だろう、と。
鉄は、正直だ。よく鍛えられた鉄は、澄んだ声で歌う。混ぜ物の多い鉄や、折り返しの足りない鉄は、内側にひびを抱えて、か細い声で泣く。
鉄の声の聞き方を教えてくれたのは、先代の親方だった。
ハインリヒ親方。俺を孤児院から引き取って、十二の歳から鍛冶を仕込んでくれた人だ。親方は、鉄の声など聞こえなかった。それでも、俺が「この鉄は泣いている」と言うと、決して笑わずに、その鉄を炉に戻した。
「鉄の声を聞け。急ぐな。剣は、使う者の命を預かる」
それが、親方の口癖だった。
親方の打つ剣は、一年に十振りがせいぜいだった。それでも、王都の騎士たちは、親方の剣を何年も待った。
二年前、ハインリヒ親方が死んだ。
跡を継いだのは、一番弟子のドミニクだった。腕は確かで、商才もあった。ドミニク親方は、すぐに炉を三倍に増やし、弟子を十倍に増やした。
ギルドが量産を始めてから、炉の周りは、泣き声だらけになった。
安い鉄鉱石を混ぜている。十五回折り返すところを、五回で済ませている。焼き入れの時間も半分だ。
俺はそれを、親方に何度も言った。
その答えが、今日の、これだった。
「お前の剣は、確かにいい。だが、一人の客のために、ひと月も客の後をついて回るような鍛冶師は、今の時代には要らん」
ドミニク親方は、注文書を指で叩いた。
「三千振りだ。この注文を取るために、俺がどれだけ頭を下げたと思っている」
俺は、炉の熱で焦げた前掛けを外して、机の上に置いた。
「その剣は、泣いています。親方」
「出ていけ」
◇
王都を出て、北へ十日。
魔物の出る辺境の、ベルクという砦町に着いた。
町はずれの空き家を借りて、古い炉を直した。看板を、一枚だけ掲げた。
『一年に一振り。その人だけの剣を打ちます』
町の人たちは、看板を見て笑った。
「一年に一振り? そんな悠長な鍛冶屋があるか」
「ここは辺境だぞ。剣なんて、折れたら次のを買えばいい」
ひと月、客は一人も来なかった。
食うために、鍋の底の穴をふさいだ。鍬の刃を研いだ。蝶番を打ち直した。剣を打つための炉で、町の人の暮らしの道具を、一つずつ直した。代金は、銅貨数枚か、芋や卵だった。
毎日、炉の前に、十歳くらいの男の子が来るようになった。カールという、守備隊の兵の息子だ。最初は戸口から覗いているだけだったが、そのうち、黙って中に入ってきて、隅に座って俺の手元を見るようになった。
「……ふいご、押してみるか」
ある日そう言うと、カールは、ぱっと顔を輝かせた。
カールは、ふいごを押すのがうまかった。火の色を見て、強く押すか弱く押すかを、すぐに覚えた。
「おじさん、鉄がしゃべるって、ほんと?」
「しゃべるというか、歌ったり、泣いたりする」
「今のは?」
俺は、鍋の底に当てた鉄に耳を寄せた。
「……ちょっと、機嫌がいい」
カールは、けらけら笑った。笑いながら、鉄に自分の耳を当てて、首をかしげていた。
最初の客は、砦の守備隊長だった。
ベルトルトという、六十を過ぎた老騎士だ。白い髭に、日焼けした顔。左膝を引きずっていて、右手の指が二本、根元からなかった。
「看板を見た。一年は待てん」
老騎士は、腰の剣を抜いて、俺の作業台に置いた。
王都のギルドの刻印が入った剣だった。刃の真ん中から、ぽっきりと折れていた。
「三本目だ。今年に入って、三本折った。この辺りの鎧蜥蜴は、鱗が鉄より硬い。王都の剣は、三回斬りつけたら折れる」
俺は、折れた剣に耳を近づけた。
知っている泣き声だった。安い鉄鉱石、五回の折り返し。
「一年は、かかりません」
俺は言った。
「ひと月、あなたを見せてください」
「……見せる?」
「あなたがどう歩いて、どう剣を握って、どう戦うのか。それがわからないと、あなたの剣は打てません」
◇
ひと月、俺は老騎士の後をついて回った。
朝の見回り。若い兵たちの稽古。夕暮れの砦の上での見張り。
ベルトルト隊長は、右手の指が二本ない。だから、剣の柄を、普通の騎士とは違う握り方で握る。残った三本の指と、手のひらの付け根で、柄を包みこむように。
左膝を悪くしているから、前に踏みこまない。踏みこむ代わりに、右足を軸にして、体ごと回る。回った勢いで、斬る。
王都の量産の剣は、誰の手にも合うように作られている。言い換えれば、誰の手にも、ぴったりとは合わない。隊長は、合わない剣を、腕の力で無理やり振っていた。
それでは、剣も、腕も、もたない。
十日目の夜明け、見回りの途中で、鎧蜥蜴が一頭、森から飛び出してきた。
隊長は、踏みこまずに、右足を軸にして体を回し、蜥蜴の首筋を斬りつけた。王都の剣が、鈍い音を立てて、刃の真ん中で欠けた。蜥蜴は、若い兵たちが三人がかりで槍で追い払った。
欠けた剣を見下ろして、隊長は苦笑した。
「四本目になるところだったな」
帰り道、隊長は、指のない右手を、朝日にかざして見せた。
「二十年前、新兵をかばって、蜥蜴の口に手を突っこんだ。指を二本、置いてきた。……その新兵は、今、砦の副長をやっとる」
「後悔は」
「しとらん。指が二本で、若いのが一人だ。いい取引だった」
隊長は笑って、それから、少しだけ声を落とした。
「だが、この手で剣を握るたびに、腕が痛む。二十年、ずっとだ。わしの剣の振り方が悪いのだと、思っておった」
悪いのは、振り方ではない。隊長の手の形を見ようとしない剣のほうだ。
俺は、その日から、隊長が剣を握る手の形を、毎晩、紙に描いた。
「なぜ、そこまで見る」
ある夕方、砦の上で、隊長が聞いた。
「剣は、使う人の体の続きだからです」
俺は、夕焼けの中の、隊長の右手を見た。
「隊長は、指が二本ない。膝が悪い。それは弱みじゃありません。隊長の体の形です。剣のほうが、その形に合わせればいい」
隊長は、しばらく黙っていた。
「……王都の鍛冶屋に、そんなことを言われたのは初めてだ」
ひと月目の夜、俺は炉に火を入れた。
北の山で掘った、混ぜ物のない鉄。十五回、折り返す。
刃は、王都の剣より短く。重さは、柄の側に寄せる。体ごと回って斬る隊長のために、振り抜いたときに刃が自然に走るように。
柄には、残った三本の指が収まるように、小さな溝を刻んだ。
焼き入れの水に刃を沈めたとき、鉄が、歌った。
澄んだ、高い声だった。
炉に火を入れてから、二十日が経っていた。焼き入れの夜は、カールが、一晩じゅうふいごを押してくれた。
夜明け前、隅でうとうとしはじめたカールに外套を掛けてやると、戸口に、ベルトルト隊長が立っていた。いつから見ていたのか、わからなかった。
「……鍛冶とは、こんなに時間のかかるものか」
「急げば、三日で打てます。でも、三日で打った剣は、三回で折れます」
俺は、冷めていく刃を、灯りにかざした。
「先代の親方に、言われました。剣は、使う者の命を預かる、と。隊長の命を三日で預かるのは、俺には無理です」
隊長は、しばらく黙って、刃を見ていた。
それから、指のない右手で、そっと柄の溝に触れた。三本の指が、吸いこまれるように、溝に収まった。
「……わしの手の形だ」
隊長の声が、少しだけ掠れていた。
◇
剣を受け取った隊長は、砦の中庭で、一度だけ振った。
体ごと回って、斬る。
風を切る音が、俺の耳には、鉄の歌声と重なって聞こえた。
隊長は、剣を見つめたまま、長いこと動かなかった。
「……腕が、痛くない」
ぽつりと、そう言った。
「二十年ぶりだ。剣を振って、腕が痛くないのは」
その頃、王都から、荷馬車の列が砦に着いた。
王国軍の新しい剣が、三百振り。「鋼の手」の刻印入り。辺境の守備隊のための、量産の剣だった。
荷台から剣が下ろされるのを見ていて、俺は、耳をふさぎたくなった。
三百振りの剣が、全部、泣いていた。
「隊長。あの剣は、使わないでください」
俺は言った。
「三回斬ったら、折れます。鎧蜥蜴が相手なら、もっと早い」
周りの兵たちが、笑った。王都の剣に、田舎の鍛冶屋が何を言う、と。
いちばん大きな声で笑ったのは、若い副官のアルミンだった。王都の騎士学校を出たばかりの、貴族の三男だ。
「王国軍の正式な剣だぞ。ギルドの刻印も、王家の検印もある。辺境の鍛冶屋の耳より、よほど確かだ」
アルミンは、ぴかぴかの新しい剣を抜いて、陽にかざした。
「見ろ、この輝きを。お前の、その地味な剣とは大違いだ」
隊長の腰の剣を、顎でしゃくる。
俺は、何も言い返さなかった。鉄の声は、俺にしか聞こえない。聞こえないものを、言葉で信じさせることはできない。
ベルトルト隊長だけが、笑わなかった。
その夜、隊長は、新しい剣を十振りだけ、兵には配らずに武器庫の奥にしまわせたと、あとでカールの父親から聞いた。
◇
鎧蜥蜴の群れが砦を襲ったのは、それから五日後の夜だった。
山から、何百という蜥蜴が、地鳴りのように押し寄せてきた。鉄より硬い鱗に覆われた、牛ほどもある蜥蜴だ。
兵たちは、新しい王都の剣を手に、砦の前の石橋に並んだ。
最初の一合で、剣が折れる音がした。
二合目で、また一本。三合目で、また。
石橋の上に、折れた刃が散らばっていく。兵たちの顔に、恐怖が広がっていった。
橋の中ほどで、アルミンの剣が、根元から折れた。
ぴかぴかの刃が、月明かりの中を回りながら飛んでいき、川に落ちた。アルミンは、柄だけになった剣を握りしめて、迫ってくる蜥蜴の前で立ちすくんだ。
隊長が、横から蜥蜴の首を斬り払った。
「下がれ、アルミン!」
アルミンは、尻もちをついたまま、隊長の剣を見上げていた。三度、四度と斬りつけても、刃こぼれ一つしない、地味な剣を。
俺は、砦の武器庫へ走った。
武器庫には、まだ配られていない量産の剣が、百振り以上残っていた。
俺は、一振りずつ、耳を当てた。
ほとんどが、泣いていた。けれど、百振りのうち、二十振りほどは、まだ、泣き声が小さかった。混ぜ物が少なく、たまたま、まともに打たれた剣だ。
武器庫の奥には、隊長がしまわせた十振りもあった。俺は、それにも耳を当てた。十振りのうち三振りが、まだ、泣いていなかった。
「こっちの剣を、前に! 泣いてない剣だけを使ってください!」
俺は、選び分けた剣を抱えて、石橋へ走った。
意味がわからない、という顔の兵たちに、隊長が怒鳴った。
「鍛冶屋の言うとおりにしろ!」
俺は、柄だけの剣を握ったままのアルミンの手に、一振りを押しつけた。
「この剣は、まだ泣いていません。三回で折れる剣より、ましです」
アルミンは、震える手でそれを受け取った。何か言おうとして、言えずに、黙って頷いた。
石橋の真ん中で、ベルトルト隊長が、俺の打った剣を振るっていた。
踏みこまない。右足を軸に、体ごと回って、斬る。
鉄より硬い鱗が、隊長の剣の前で、紙のように裂けた。
何度斬っても、刃こぼれ一つしなかった。剣は、斬るたびに、澄んだ声で歌っていた。
夜明けまで、石橋は持ちこたえた。
朝日が差すと、鎧蜥蜴の群れは、山へ引き返していった。
◇
ひと月後、王都から、王国軍の監察官が砦に来た。
辺境の守備隊で、新しい剣が次々に折れたという報せが、王都に届いたのだ。
監察官の前で、俺は、折れた量産の剣の断面を見せた。
「ここに、黒い筋があるでしょう。安い鉄鉱石の混ぜ物です。それから、この層の数。十五回折り返すべきところを、五回しか折り返していません」
俺は、まだ折れていない量産の剣を一振り取り、作業台の角に、軽く打ちつけた。
剣は、黒い筋に沿って、あっけなく割れた。
監察官の顔が、青くなった。
調べが進むと、ドミニク親方が、安い鉄鉱石を仕入れて、浮いた金を自分の懐に入れていたことがわかった。王国軍に納めた三千振りは、すべて回収されることになった。
「鋼の手」は王国軍との取引を失い、親方は、財産を差し押さえられて、その座を追われた。
あの日、親方の机の上にあった注文書。三千振りの剣が、全部、泣いていた。
ドミニク親方が、ベルクの砦町までやって来たのは、それからひと月後のことだった。
旅の泥にまみれた外套で、炉の戸口に立った親方は、王都にいた頃より、ずっと小さく見えた。
「お前のせいで、俺は全部を失った」
「俺は、剣の声を言っただけです」
「その声が、俺には聞こえん!」
親方は、戸口の柱を拳で叩いた。
「ハインリヒ親方も、そうだった。俺がどれだけ腕を磨いても、親方が最後に頼るのは、鉄の声が聞こえるお前だった。俺は、聞こえない者なりに、一日百本打って、ギルドを大きくしようとした。それの、何が悪い」
俺は、炉の脇から、王都の量産の剣を一振り取って、親方に差し出した。
「量産が悪いんじゃありません。急ぐために、鉄に混ぜ物をして、折り返しを減らして、浮いた金を懐に入れたことが悪いんです」
親方は、剣を受け取らなかった。
長いこと黙って、俺の炉を見ていた。小さな炉と、使いこまれた金床と、隅で眠っているカールを。
「……ハインリヒ親方の炉も、こんな大きさだったな」
それだけ言って、親方は背を向けた。
王都へは戻らず、南の町の小さな鍛冶屋で、一からやり直しているらしいと、あとで聞いた。
王都から、手紙が届いた。
新しくなった「鋼の手」の親方に、ヨルクを迎えたい。王国軍の剣の量産を、取り仕切ってほしい。
俺は、断りの返事を書いた。
『俺は、一年に一振りしか打てません。でも、辺境の鍛冶師たちに、鉄の声の聞き方なら教えられます。泣いている剣を、泣かないように直すことも』
◇
今、ベルクの町には、俺のほかに、鍛冶師が四人いる。
皆、町の若い者だ。鉄の声が聞こえるわけではない。でも、折れた剣の断面を見ること、使う人の手を見ること、急がずに折り返すことなら、教えられる。
いちばん年下の弟子は、ふいご押しのカールだ。まだ十一だが、火の色を見る目は、誰よりも確かだ。
副官のアルミンは、あの夜から、ときどき炉に顔を出すようになった。最初に来た日、アルミンは、戸口で長いこと黙って立っていて、それから、深く頭を下げた。
「……あの夜の剣を、返しに来た。それと、俺の剣を、頼みたい。来年でいい。ひと月、俺を見てくれ」
来年の一振りの約束が、一つ増えた。
守備隊の兵たちは、剣が欠けると、俺たちの炉に持ってくる。一人一人の手に合わせて、柄を巻き直し、刃を研ぎ直す。
看板は、少しだけ書き足した。
『一年に一振り。その人だけの剣を打ちます。直すのは、いつでも』
ある朝、ベルトルト隊長が、炉の前に顔を出した。
「来年の一振りを、頼みたい」
「隊長の剣は、もう打ちましたよ」
「わしのではない。孫のだ。今年、十五になって、守備隊に入った。……来年でいい。ひと月、あいつを見てやってくれ」
隊長の腰の剣が、鞘の中で、小さく歌っているのが聞こえた。
一年に一振り。
俺は今日も、その人だけの剣を打つ。




