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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第3章 見えない少女と見える怪物

普通の人には見えにくいアヴァロンと、玄弥たちだけに見え始めた小型モンスター。

怖いけれど、少しだけ放っておけない異変です。

そして玄弥の体は、自分でも驚く速さで動き始めます。便利なはずのその力を、澪はまっすぐに見つめています。


 翌日の朝、伊勢崎玄弥(いせざきげんや)は校門の前で立ち止まった。理由は一つ。昨日より、明らかに視線が多い。


「あれ、伊勢崎じゃね?」

「交差点の剣に触ったやつ」

「昨日、警察の人に止められてたって」

「一人でしゃべってるって聞いた」


 最後の一言だけは、できれば聞こえないふりをしたかった。玄弥の隣では、アヴァロンが真面目な顔で周囲を見回している。


「注目されていますね」


「誰のせいだと思ってる?」


「聖剣のせいでしょうか」


「大きくはそう」


 アヴァロンは今日も玄弥のすぐそばにいた。ただし、周囲の生徒たちにはほとんど見えていない。昨日の説明では、境界(きょうかい)が不安定なため、アヴァロンの姿は普通の人の意識に引っかかりにくいらしい。要するに、玄弥だけが彼女へ返事をしているように見える。かなりまずい。


「今日、学校ではなるべくしゃべらないで」


「了解しました。沈黙任務ですね」


「任務にすると逆に不安なんだけど」


「沈黙します」


 アヴァロンは口元に指を当て、きりっとした顔でうなずいた。五秒後。


「ところで、あの箱は何ですか」


「下駄箱」


「履物を収める小型の武器庫ですか」


「違う。あと沈黙は?」


「失敗しました」


「早い」


 玄弥はため息をつきながら上履きに履き替えた。


 教室へ入ると、空気が少しだけ止まった。誰かが玄弥を見て、すぐ別の誰かに目配せする。昨日までなら寝坊やゲームの話で済んでいた視線が、今日は少し違う。玄弥が席に着くと、前の席の男子が椅子ごと振り返った。


「伊勢崎、昨日の剣、結局どうなった?」


「抜けてない」


「ニュースで見た。クレーンでも無理だったって」


「らしいな」


「お前、触ったんだろ? なんか能力とか出た?」


 玄弥は右手を机の下に隠した。


「出てない」


「ほんとかよ」


「身体反応の変化は出ています」


 その横で、アヴァロンが小声で言う。


「今は黙って」


「誰に言ってんの?」


 前の席の男子が首をかしげ、玄弥は固まった。


「自分」


「昨日もそれ言ってたぞ」


「自分との対話、大事だから」


「事故の後遺症じゃない?」


 冗談半分の声だった。けれど、玄弥は笑えなかった。窓際の席から、白石澪(しらいしみお)がこちらを見ている。昨日、玄弥の右手が光ったのを見た目。嘘なら怒れば済んだのに、と言った目。玄弥は視線をそらした。


 一時間目の国語は、いつもより長く感じた。アヴァロンは沈黙任務を思い出したのか、授業中はほとんど口を開かなかった。代わりに、教科書をのぞき込んでは首をかしげ、漢字の書き順に感心し、先生が古文を読み上げると妙に姿勢を正した。


「古い言葉なのに、戦場の記録ではないのですね」


 小声で言った。


「しゃべってる」


「これは感想です」


「感想も声に出すな」


 玄弥が小声で返す。そのたびに、周りの生徒の視線が少しずつ増えていく。


 昼休みには、噂がさらに形を変えていた。


「伊勢崎、異世界の女子と話してるらしい」

「見えない彼女?」

「怖いんだけど」

「いや、ちょっとラノベっぽい」


 ラノベっぽいと言われても、現実に起きると全然うれしくない。玄弥は購買で買ったパンを持って、廊下の端へ逃げた。アヴァロンが隣を歩く。


「私の存在が、あなたの社会的立場を悪化させているのでしょうか」


「まあ、少し」


「申し訳ありません」


 あまりにも真剣に謝るので、玄弥は少し困った。


「いや、アヴァロンのせいだけじゃない。そもそも交差点に剣が刺さってるのが悪い」


「聖剣を責めるのですか」


「責めたい」


「大胆ですね」


「聖剣より学校の噂のほうが怖い時もあるんだよ」


 アヴァロンは不思議そうに考え込んだ。


「見えない敵、ということですね」


「そう言われると急に戦場っぽくなるな」


 その時、廊下の先から澪が歩いてきた。玄弥が少し身構えると、澪は彼の前で立ち止まり、アヴァロンがいるはずの位置へちらりと視線を向けた。


「今日は、昨日より近い」


「え?」


「その子。輪郭だけ、なんとなく」


「白石澪殿は、境界への感応が強まりつつあるのやもしれませぬ」


 アヴァロンの表情が変わった。


「なんて?」


「澪にも、ちょっと見え始めてるかもしれないって」


 澪は、うれしそうではなかった。


「それ、喜んでいいことじゃないよね」


「たぶん」


「たぶん禁止」


「はい」


 澪はため息をついた。


「放課後、交差点に行くなら私も行く」


「昨日も言ってたけど、本当に危ないかもしれない」


「だから一人で行かせない」


 短い言葉だった。それ以上言うと、きっと澪は怒る。いや、怒るというより、怖がっていることを隠すために強い言い方をする。玄弥はそれが少し分かるようになってきた。


「分かった」


「よろしい」


 澪はそう言って、去っていく。


「良き同伴者です」


 アヴァロンが小さくうなずいた。


「言い方が毎回お見合いの紹介みたいなんだよな」


「おみあい」


「そこは今いい」


 放課後の三島大社前の交差点は、昨日より少し落ち着いていた。とはいえ、剣はまだ刺さっているし、規制線も残っている。警察官が数人立ち、歩道には見物人がまばらにいた。自動販売機は、交差点から少し離れた歩道の端にある。昨日、小さな影が十円玉を抱えて隠れた場所だ。玄弥と澪は、少し離れたベンチのそばで立ち止まった。


「本当にいるの?」


 澪が小声で聞く。


「分かんない。でも、昨日はここにいた」


 玄弥は自動販売機の下を見た。何もない——いや、あった。黒い指先が、そろそろと出てくる。昨日より少し大きく見えた。子どもの手くらいの影が、地面に落ちた光を触ろうとして、すぐ引っ込む。


「小型の転送体です。完全な魔物ではありません」


 アヴァロンが低く言う。


「完全じゃないって?」


「異世界の影に、この町の感情が混ざっています」


 玄弥はしゃがみ込んだ。小さな影はびくっと震え、自動販売機の奥へ戻りかける。


「大丈夫。取らない」


 玄弥が両手を見せると、影の手には昨日の十円玉があった。いや、十円玉だけではない。小さな石、曲がったクリップ、誰かが落とした赤いヘアピン。全部を抱えようとして、うまく持てずにこぼしている。


「何してるんだろ」


 澪が玄弥の後ろからのぞく。


「見える?」


「はっきりじゃない。でも、何かが……小さいのがいる」


 澪の声は硬かった。怖い。けれど、目をそらしていない。


 影が赤いヘアピンを拾い上げた瞬間、玄弥の胸に感情が流れ込んできた。なくした。怒られた。でも、ほんとは、返したかった。誰の記憶かは分からない。けれど、影の中にあるのは怪物の悪意ではなかった。落とし物を集めて、どこかへ返そうとしている。そんな頼りない焦りだった。


「こいつ、泥棒じゃない」


「え?」


「落とし物、集めてるんだと思う」


 影は玄弥の声に反応したのか、ヘアピンを抱えたまま自動販売機の横へよちよちと動いた。その先には横断歩道がある。信号は赤。影は白線の手前で止まり、信号を見上げた。昨日のオークと同じように。


「……信号、守るんだ」


 玄弥は思わずつぶやいた。


「ちょっと、かわいいとか思わせないでほしい」


 澪が小さく言った。


「分かる」


 信号が青になる。影が一歩踏み出したその瞬間、車道の影が伸びた。信号機の根元から黒い筋のようなものが走り、小さな影をつかもうとするように地面を這う。


「下がってください」


 アヴァロンが腰の剣に手をかけた。玄弥の右手が熱くなる。逃げろ——そう思ったのに、足は前へ出た。身体が軽い。軽すぎる。玄弥は自分でも驚く速さで横断歩道の手前へ踏み込んだ。黒い筋が小さな影へ届く寸前、玄弥の右手から淡い光が漏れ、触れた黒い筋がじゅっと音もなく縮んだ。


 その時、エクスのものとも違う、もう一つの声が、耳の奥で、ざらりと擦れた。


『……聞く、だと。斬れば、早かろうに』


 錆びた鉄を、無理に動かすような声だった。玄弥は、はっと周りを見た。夕暮れの交差点に、人影はない。空耳だ。きっと、そう。玄弥は、そう思うことにした。


「玄弥!」


 澪の声に振り返ると、その顔が青ざめていた。まただ。自分では、ただ一歩踏み出しただけだった。けれど、澪の目にはきっと違って見えた。普通の中学生がする動きではなかった。


 小さな影は、横断歩道の真ん中で固まっている。玄弥は息を整えようとして、ほとんど息が乱れていないことに気づいた。あれだけ走って、影を払って、それでも心臓は静かなままだ。便利だ、とは思えなかった。むしろ、それが何より怖かった。できるだけ普通の声で言う。


「大丈夫。怖くない」


 影はヘアピンをぎゅっと抱え、玄弥へ向かって小さく首をかしげたように見えた。


 まぶしい。


 また、その声が聞こえた。玄弥はしゃがんだ。


「これ、誰かに返したいのか?」


 影は答えない。ただ、赤いヘアピンを玄弥のほうへ差し出した。触れた瞬間、玄弥の視界に一瞬だけ映像が流れる。夕方の商店街。小学生くらいの女の子。泣きそうな顔で、髪を押さえている。手のひらには、赤いヘアピンがあったはずの小さな跡。あれ、お母さんのだから大事にしてね、と笑った誰かの声が、雨粒みたいに胸へ落ちる。またなくしたの? ごめんなさい。言いたかったのに、喉の奥でつぶれてしまった言葉。


 それから、ほんの一瞬。視界の隅を、あの黒い王冠の影がよぎった。古い椅子の——いや、玉座とでも呼ぶべきものの陰で、誰かが声もなく笑った。気のせいだと思いたかった。


 玄弥は息をのんだ。


「また、あれだ」


「黒い王冠?」


 澪に聞かれて、玄弥は驚いて振り返る。


「なんで」


「今、少しだけ見えた。黒い……何か」


「境界の奥に、同じ影が混ざっています」


 アヴァロンの顔が険しくなる。


「同じ影って、昨日の?」


「おそらく」


 小さな影は、横断歩道の青信号が点滅し始めたのを見て、慌てて白線の上を戻ってきた。赤いヘアピンは玄弥の手の中に残っている。影は自動販売機の下へ逃げ込む前に、もう一度だけ玄弥を見た。顔はない。けれど、どこか困ったように見えた。


「返せばいいんだな」


 玄弥がヘアピンを握ると、影は小さく震えた。それが、うなずきに見えた。次の瞬間、車のクラクションが鳴り、現実の音が戻ってくる。玄弥ははっとして歩道へ下がった。澪が駆け寄り、玄弥の腕をつかむ。


「今の動き、何」


「俺にも分かんない」


「分かんないまま、前に出ないで」


 澪の手が震えていた。玄弥は謝ろうとして、言葉が出なかった。


 小さな影はもう見えない。けれど、自動販売機の下から十円玉がころんと転がってきた。お礼のつもりみたいに。澪はそれを見て、口を開きかけ、閉じた。


「……やっぱり、見間違いじゃないんだ」


 玄弥はうなずいた。見えない少女。見えるはずのない怪物。そして、見え始めてしまった幼なじみ。交差点に刺さった剣は、まだ抜けない。むしろ、抜け落ちはじめているのは玄弥たちの日常のほうだった。


 まずは、この赤いヘアピンをなくした子を探さなければならない。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

小さな影は、ただ人を襲う怪物ではなく、落とし物を返そうとしている存在でした。

玄弥は反射的に前へ出て影を守りますが、その動きは「普通の中学生のもの」ではなく、澪を青ざめさせます。

助けられる強さと、知らない誰かになっていく寂しさ。その二つは、いつも一緒にやってきます。

次章では、澪がいよいよ怪異を信じざるを得なくなり、赤いヘアピンの持ち主を探しに商店街へ向かいます。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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