第1話 塩をまく父と、帰ってきた娘
城下町を再現したような街並みが売りの、私の故郷。
「うちの代々の店を潰させる訳にはいかねえ!」
店先から響く怒鳴り声と同時に、白いものが宙を舞った。
——塩だ。
「……あれ、まだやってるんだ」
思わず足が止まる。
東京でWEBデザイナーとしてようやく軌道に乗ってきた私、米澤円は、父の顧問税理士・公孝おじさんの頼みで、実家の和菓子屋『米菓堂』へと戻ってきていた。
そして目の前では——
「ですから、今回は“店舗再生のご提案”として——」
「帰れ! 何度来ても同じだ!」
スーツ姿の若い男性が、父に向かって必死に頭を下げている。
その足元に、また塩がぱらぱらと落ちた。
「……本当にごめんね、円ちゃん」
隣で申し訳なさそうに頭を下げる公孝おじさん。
「良いんですよ。お世話になってた人の頼みですし……それに」
私は小さくため息をついた。
「うちの父、ああいう人ですから」
話はこうだ。
あのスーツの男性——西園寺和也さんは、地域活性化コンサル会社に勤めている若手社員らしい。
商店や空き店舗の再生、集客支援などを行っていて、この米菓堂も“再生案件”の一つとして関わることになったという。
ただし——
「うちの店に手ぇ出す気か!」と父が激怒。
以来、訪問するたびに塩をまかれているらしい。
……いや、現代でそれやる?
「おい!」
父がこちらに気づいた。
「……円?」
一瞬、目を見開く。
「なんでお前がいる」
「呼ばれたのよ」
私は肩をすくめた。
「まあいい、入れ」
父はぶっきらぼうにそう言うと、店の奥へと歩いていく。
その背中に続くように、私たちも店内へ入った。
和也さんも一瞬ためらったあと、深く一礼してから後に続く。
通された座敷は、昔と何も変わっていなかった。
「で、何の用だ」
父が腕を組んだまま言う。
重たい沈黙の中、和也さんが口を開いた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
……真面目だな、この人。
「結論から申し上げますと、土地を手放していただきたいわけではありません」
父の眉がわずかに動く。
「ただ、店舗の現状を拝見した上で、再生の余地があると判断しました」
言葉は丁寧。でも——どこか冷たい。
「具体的には、導線設計や外観の刷新、SNSを活用した集客などを——」
「余計なことするな」
父が低く言い放つ。
「うちは今のままでいい」
「ですが、それでは——」
「黙れ」
空気が凍る。
……この人、たぶん“正しいことしか言えないタイプ”だ。
でもそれ、今一番いらないやつ。
それでも和也さんは続けた。
「市場環境的に、和菓子というジャンルは厳しい状況です。
このままでは——正直、“撤退判断”が出てもおかしくありません」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
——ふと、昔の記憶がよみがえる。
店先に立つ母の姿。
柔らかな笑顔で、お客さんに和菓子を差し出している。
「ありがとうございます。よかったら、またいらしてくださいね」
受け取ったお客さんが、ほっとしたように笑う。
その横で、私は小さな手で栗きんとんを持っていた。
「お父さんの栗きんとん、とてもおいしい」
父が少しだけ照れくさそうに顔をそむける。
「世界一だね」
そう言った私の頭を、母が優しく撫でた。
「ふふ、そうね。
お父さんのお菓子で、お客さまが笑顔になるの、私は大好きよ」
——あの光景が、胸に残っている。
今でも、はっきりと。
「……時代遅れですし」
現実に引き戻される。
その一言で、何かが切れた。
「……は?」
思わず声が出た。
全員の視線が私に向く。
私はゆっくりと立ち上がった。
「営業へたくそね」
「え……?」
和也さんが固まる。
「そんな言い方で、この店の価値が伝わると思ってるの?」
一歩、踏み出す。
「お父さんの菓子のおいしさも知らずに、“時代遅れ”なんて——」
言葉に力がこもる。
「あんた、なんも分かっちゃいない」
沈黙。
父が、わずかにこちらを見る。
「……ねえ、お父さん」
私は父に視線を向けた。
「この店、まだ終わってないよね?」
答えはない。
でも、その沈黙で十分だった。
私はスマホを取り出す。
「だったら——」
画面を開く。新規アカウント作成。
「私が、証明してあげる」
指が迷いなく動く。
「この店が、まだ“残る理由”があるってこと」
入力する名前は——米菓堂。
顔を上げる。
「見てなさい」
まっすぐに、和也さんを見る。
「この店、私が盛り上げてみせるから」




