あなたのためにできること
こちらは偉大なる新美南吉先生の『ごんぎつね』から着想を得て作成した、オマージュ作品です。
ごんぎつねの時代に近い雰囲気で書いておりますので、少し古臭いかもしれませんが、昔ながらの童話と思って読んでいただけましたら幸いです。
ここは、とある山の奥にあるきつね小学校。
子どものきつねたちが集まって、一人前のきつねになるための勉強をしています。
めめこは、最近入学したばかりの、好奇心が旺盛なきつねの女の子。
入学して3日程度は、初めての場所、初めての勉強に興味を示していましたが、4日目から、めめこは勉強に飽きてきてしまいました。
(毎日同じ場所で、座って先生の話を聞くばかりじゃ、つまんないなぁ…)
周りの子ぎつねは、誰も文句を言わずに先生の話を聞いています。
(ちょっとだけ、抜け出しちゃおっかな)
めめこはそう思い立つと、先生の目を盗んでさっと小学校を飛び出してしまいました。
めめこは、目新しい物を求めて山を駆けていきます。
「外はこんなに広いのに、学校の中だけで毎日過ごすなんて勿体ない!」
外に広がる景色は初めて見る物で溢れ、めめこは楽しくなってきました。
ずんずん走って、走って、知らぬ間に山の麓までおりて来てきてしまったようです。
「あれ…」
めめこは足を止めました。
草の生い茂る向こうに、人間の姿が見えます。
「人間がいる…!」
めめこは初めて見る人間に興味が湧き、態勢を低くしてそうっと近付きました。
カサカサッ。
めめこの体と擦れて草が小さく揺れると、その人間が振り返りました。若い青年のようです。
(見つかっちゃった…!)
青年と目が合い、どうしたら良いのか分からなくなっためめこは、動けなくなってしまいました。
青年はゆっくりと近づいてきます。
(どうしよう、早く逃げなきゃ…)
そう思うものの、体が言う事を聞きません。
やがて青年は、めめこにギリギリ触れない距離でゆっくりとしゃがみ、まじまじとめめこを見つめました。
「きつねの子どもかぁ…」
そうつぶやき、にこっと優しい笑顔を浮かべました。
「可愛いなぁ。山から下りてきたのか? こんな所にいると、危ないから、早く帰りな」
その笑顔を見た途端、めめこの胸が高鳴りました。
「腹が減ってるのか? ほら、干し芋やるから。ちゃんと山に帰るんだぞ。気いつけてな。」
そう声をかけると、青年はめめこに背を向けて歩いて行ってしまいました。
「……行っちゃった…」
めめこはがっくりと肩を落とし、仕方なく山へと帰ることにしました。
学校ではいつも問題を起こして先生に怒られ、真面目な周りの子ぎつねとも仲良く出来なかっためめこにとって、こんなに優しく接してもらえるのは、初めての経験でした。
それから、めめこは毎日小学校を抜け出して青年に会いに行くようになりました。
青年の元へ通ううちに、いくつか分かったことがありました。
青年の名前は平助。貧しい農家の息子で、両親を病気で亡くし、あまり友人もいないようでした。
平助は、いつもめめこをあの優しい笑顔で迎え、干し芋を分けてくれました。
「今年は不作でなぁ、野菜が採れねぇんだ」
ある時、平助が悲しそうな声でポツリとそうこぼしたのを、めめこは聞き逃しませんでした。
「おまえにこんな話しても、わかんねぇだろうけどなぁ」
めめこは寂しそうに笑う平助の顔を見て、胸が締めつけられる思いがしました。
(優しくしてくれる平助のために、あたしが何とかしてあげなくちゃ…)
そう思っためめこは、その晩、近くの畑へと忍び込みました。
その畑には、立派なトウモロコシやトマトが実っています。
(これを持って行けばきっと、平助は喜んでくれる!)
めめこは一晩中かけて、畑の作物を平助の家の前へと運びました。
山盛りの野菜を運び終えためめこは疲れ果て、そのまま平助の家の裏で眠ってしまいました。
「おい、きつねっこ!」
めめこは平助の声で目を覚ましました。
目を開けると、平助がトウモロコシを手に、めめこの顔をのぞき込んでいました。
「この野菜、おまえが運んできたのか?」
平助は心配そうな顔をしています。
めめこは慌てて起き上がり、誇らしげに胸を張り、頷きました。
平助はそうか、と小さくため息をつきました。
「ありがとな。お礼に干し芋やるから、お前は山へ帰りな」
「え?」
めめこは目をまあるくしました。
「どうして?」
これでもっと仲良くなれると思ったのに、とめめこはがっかりです。
すると、ドンドン、と玄関の方から大きな音が響きました。
「おい、こら平助!!出て来い!!」
低くて怖い、人間の声です。
平助はめめこの前に干し芋をそっと置くと、真剣な目でめめこを見つめました。
「いいか、ちゃんと山に帰るんだぞ。気いつけてな。」
めめこはしょんぼりと耳を垂れ、言われるままにとぼとぼと平助の家を離れました。
すると、後ろから、大きな怒鳴り声が聞こえてきました。
「どういうつもりだ!!」
何事かと振り返ると、平助の家の前に大きな男が立ちはだかり、肩をいからせているのが見えます。
(喧嘩…?平助が…?)
めめこが息を飲んで見守っていると、大男が突然平助を殴り飛ばしました。
「!!」
その男と比べて体の細い平助は、驚くほど簡単に飛ばされ地面に叩きつけられました。
(平助!!)
めめこは咄嗟に飛び出そうとしましたが、男の迫力ある背中を見て、踏みとどまりました。
(今出ていったら、殺される…)
それに、平助はめめこに「山に帰れ」と言ったのです。
めめこは、2人の会話をよく聞こうと、耳を澄ましてみました。
「よくもまぁ堂々とうちの野菜を盗んでくれたじゃねぇか」
大男の言葉に、ふらふらと立ち上がった平助はこう答えました。
「すみません、熊野さん。あまりに立派だったもので」
「この泥棒め!!」
一層大きな声と共に、熊野と呼ばれた男は再び平助を殴り飛ばしました。
(あたしが野菜を届けたから、平助は殴られてるの?)
草むらから話を聞いていためめこは、全身の血の気が引くのを感じました。
(あたしのしたことは、悪いことだったの?)
頭を後ろから何かで殴られたような気分でした。
平助は家の前で跪いたまま、熊野に大きな声で怒られ続けています。
めめこの目に涙が浮かんできました。
「あたしのせいで、平助が苦しんでる…」
それ以上見ていられなくなっためめこは、平助の家に背を向けて、走り出しました。
後ろから、熊野が怒鳴りながら平助を蹴り飛ばす音が聞こえました。
めめこは耳を畳んで聞こえないようにして、一心に山を駆け登りました。
「ごめんなさい、ごめんなさい…!」
走りながら、泣きながら、めめこはそう繰り返しました。
小学校の先生が、1人で山を下りてはいけないという話をしていたことを、今になって思い出しました。
きちんと授業を受けていれば、きちんと先生の言いつけを守っていれば、きっとこんなことにはならなかったのでしょう。
めめこは一日中平助の笑顔を思い出しては泣きました。
そして翌日からは、山を下りるのは止め、真面目に小学校に通うようになりました。
(立派な大人のきつねになるんだ。そしたら、もう一度平助に会いに行こう)
そう心に誓いながら。
この作品のめめこは『純粋な子ども』を表しております。
子どもは親や、周りの人のために、喜んで貰おうと一生懸命幼い心で考えて『自分の思う、良いこと』を行動で示します。
けれど時にそれは大人にとってありがた迷惑であったり、やってはいけないことであったり…
結果として、怒られたり、喜んでもらえない…そんな切ないすれ違いって結構あります。
それを物語で表現出来ないかと思い書いてみました。
この後の平助とめめこについては、自由に想像していただけたらと思います。
読んで頂きありがとうございました。




