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追放されるおっさん、実は……

「レオンハルト! 貴様にはこのギルドから出てってもらうぞ!」



 脂ぎった顔をした男の甲高い声が耳をつんざいた。



 その男の名はグレッグ。

 俺の同期で、このブラックギルドのギルドマスターだ。


(マジかよ……)


 薄暗い執務室の中、豪華なギルドマスターの椅子にふんぞり返り、俺に向かってそう言い放った。


(ああ、そうか。ついに来たか)


 俺は心の中でそう呟くしかなかった。

 口に出すわけにもいかなかったのだ。


 この日が来ることは、なんとなくわかっていた。

 グレッグがギルドマスターになってから、ギルドは没落の一途を辿っていたからだ。


 その尻拭いを誰かがさせられる。

 誰かが目に見える形で責任を取らなければならない。

 ――――だが、グレッグは決して責任を取ろうとはしなかった。



 ――――必然的にスケープゴートになったのは、俺だった。



 俺の名前はレオンハルト。


 もうすぐ40歳になる、しがないギルド管理職のおっさんだ。

 このギルドで事務員として働き、もう20年も経っている。


 この20年間、俺は誰よりも真面目に働いてきたつもりだった。


 朝は誰よりも早くギルドに来て、事務室の窓を開け放ち、汚れた床を磨いた。

 夜は誰よりも遅くまで残り、明日使う書類を準備し、遠い街までギルドの備品を買いに行ったことだってある。



 だが、その20年間、誰からも一度も褒められたことはない。



 社内政治ってヤツが苦手だったのだろうか。

 ギルド内での俺の立ち位置はお世辞にもいいものではなかった。


「レオンハルト! この書類の書き方が悪い! やり直せ!」

「レオンハルト! ギルドの備品管理は俺がやるって言っただろう! 余計なことをするな!」



 どんな些細なことでも、どんな理不尽な理由でも、上司の怒号が飛んできた。



 そもそも、このギルドはブラックギルドとして有名だった。


 危険度だけが高い依頼を安く引き受ける。

 事務員の仕事も毎日毎日、理不尽な上司に頭を下げ、残業は当たり前。

 当然、ギルド員に支払われる給料も安い。



 それでも俺は必死にこのギルドにしがみついてきた。



 一度、ギルドに入ったからには退職するまで勤務する。

 そんな終身雇用の慣習に囚われていたのだ。


 まぁ、年齢的に一度でもギルドをクビになったら、もう二度と雇ってくれる場所なんてないし、どちらにせよやめるという選択肢は取れない。

 なによりも俺が抜けることで業務が停滞する可能性だってあった。


 他のヤツらのためにも勝手にやめるわけにはいかない。

 俺はそう信じていた。


 だから、どんなに理不尽な環境でも、ただひたすら耐え忍んできた。

 毎日毎日、上司の怒号に耐え、同期の出世に嫉妬し、それでも歯を食いしばって働いてきた。



 ――――そんな俺を今日、グレッグは追放するらしい。



「レオンハルト。俺がギルドマスターになってから、ギルドの受注件数が大幅に減少した」


 グレッグは偉そうにそう言った。

 その声にはなんの反省の色もない。

 ただ、不満だけが滲み出ている。


 自分の責任だという自覚がこいつにはないのだろう。



 ――――当然だ。



 このギルドマスターという地位にただふんぞり返りたいだけなのだ。

 ギルドマスターになってなにかを成し遂げたい、という気持ちも一切ない。


 ギルドの運営なんて、これっぽっちも考えていない。


 俺が『この依頼は報酬が安すぎます』、『この依頼は危険すぎます』と進言しても、いつも聞き入れてはくれなかった。



『黙ってろ! 俺がギルドマスターだ! 俺の言うことに従え!』



 そう言って、俺を怒鳴り散らした。



 だから、ギルドの受注件数が大幅に減少したのはこいつのせいだ。



 ……実は、このギルドはグレッグの親が運営していた。

 いわゆる同族経営ってヤツだ。


 そして、親が死ぬと子のグレッグが跡を継ぐ。

 世襲である。


 就任前から評判が散々だったこいつがギルドマスターになってから、このギルドは没落の一途を辿った。


 他のギルドからも馬鹿にされるレベルだ。


 俺は何度も進言した。

 このままではギルドは潰れてしまう。

 依頼の報酬をもう少し上げて、評判を回復させなければならないと。



 ――――だが、グレッグは聞く耳を持たなかった。



「レオンハルト! お前はもう用済みだ! 明日から来るな!」


 グレッグはそう言い放った。


「……このギルドはもっと傾きますよ」


 俺は静かにそう言った。

 それは脅しでもなければ、予言でもない。

 俺が経営状況をもとに分析した結論だ。


 このままではギルドは本当に潰れてしまう。

 巨額の借金を背負うことになるだろう。

 融資でも受けなければ、破綻する未来しかない。


 だが、このギルドマスターにそんな知恵があるわけがない。


 俺の言葉にグレッグは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「うるさい! こんな状況くらいなんてことはない! とにかく、お前は経営が傾いた責任を取って追放だ! 出ていけ!」


 もう、なにを言っても無駄だった。


 俺は静かに執務室を出ていった。



 ――――ああ、これで俺の20年間にも渡るギルド員人生は終わった。



 ________________________________________



 俺はギルドの建物の前まで来た。


「改めてみるとひどいな」


 振り返るとそこには埃だらけの受付があった。


 そして、その受付で1人の女性が立っていた。


「レオンさん!」


 その声に俺は足を止めた。


 振り向くとそこに立っていたのは受付嬢のカレンだった。


 カレンはまだ10代で俺より20歳も年下の娘。

 このギルドで最も美人と評判の受付嬢。


 誰もが目を奪われるくらい魅力的な容姿から、最近はギルドマスターのグレッグからしつこいくらい交際を迫られているらしい。


「レオンさん、本当に辞めてしまうんですか?」


 カレンは不安そうな顔で俺に尋ねた。

 その瞳は今にも泣き出しそうに揺れていた。


 俺は正直に答えた。


「ああ、追放されたんだよ」


 カレンはなにも言わずにただ俺を見つめていた。


「カレン、俺はもうこのギルドの人間じゃない。だから、もう俺のことを忘れてくれ」


 俺はそう言って立ち去ろうとした。

 ――――だが、カレンは俺の腕を掴んだ。


「じゃあ、わたしも辞めます!」


 カレンの言葉に俺は驚いて振り返った。


「なにを言ってるんだ⁉ カレン、君はギルドマスターのお気に入りじゃないか! 君がいなくなったら、ギルドマスターは困るだろう!」


 グレッグはカレンを自分のものにしたいと思っていた。


 だから、ヤツはカレンに対していつも優しかった。

 しかし、そのカレンもまた、グレッグの理不尽な要求に耐えて、なんとかこのギルドに留まっていたのだ。


「そんなの知りません!」


 カレンはそう言って、執務室に入っていった。


「はっきり言うよな……」


 俺がギルドの建物の外で待っていると、カレンが慌ただしい足音を立てて出てきた。


「カレン、お前……服は?」


 受付嬢の制服ではなく私服姿のカレンを見て思わずそう聞いてしまった。


「レオンさん、わたしも追放されました!」


 カレンはそう言って俺に微笑んだ。


 俺はその言葉に絶句した。


「なぜだ…どうして…」

「レオンさんがいないギルドなんて、わたしにとっては地獄です」


 カレンはそう言って、俺の手を握った。


 その直後、ギルドの窓からグレッグの怒号が届いた。


「レオンハルト! テメェ! 俺のカレンをどうするつもりだ⁉ すぐに返せ! カレンがいないとギルドが回らないだろうが!」


 一瞬、グレッグと目が合った。

 だが……。


「うるせぇよ、バーカ」

「は? て、テメェ! 誰に口効いてるのかわかってんだろうな!」

「行くぞ、カレン」

「はい!」


 俺たちは叫び散らかすグレッグを気にすることもなくギルドを後にした。


 ギルドはこれで終わりだろう。



 ________________________________________



 カレンと一緒に俺は王都を目指した。

 王都までの旅路は2人きりの時間だった。


 カレンは不安そうな顔で俺に尋ねる。


「レオンさん、どうして王都に?」


 俺はカレンに微笑んで答えた。


「俺の本拠地がそこにあるからだ」

「ほ、本拠地……ですか?」


 カレンは俺の言葉の意味がわからず、首を傾げた。



 王都までの長い道のり、俺は彼女の不安を和らげるように他愛のない話をした。

 カレンは俺の話を楽しそうに聞いてくれた。


 王都に着いた俺たちは2人で大手投資銀行に入っていった。

 その巨大な建物はまるで城のようだ。


「レオンさん! 勝手にこんなところに入ったら、マズいですよ!」


 カレンはそう言って、俺を止めようとした。


 だが、俺はカレンの手を握り、そのまま中へと進んでいった。



 ――――すると、投資銀行の行員たちが、俺たちを大歓迎してくれた。



「頭取! お帰りなさいませ!」

「お待ちしておりました、頭取!」

「お怪我はありませんか⁉」


 行員たちがそう言ってくる。


「え、ええ⁉」


 俺は困惑するカレンの手を離すと、彼女に向き合った。


「カレン、俺は事務員なんかじゃない。俺はこの投資銀行の頭取だ」

「と、とーどり?」


 カレンは俺の言葉に驚いて、目を丸くしていた。


「このギルドで事務員をしていたのは副業で投資をするための情報収集のためだ。この銀行は20年間、コツコツと投資を続けて、ここまで大きくした」


 俺はカレンにそう言って、微笑んだ。


「カレン、お前は今日から俺の専属秘書だ」


 カレンは俺の言葉になにも言えずに、ただ俺を見つめていた。

 その瞳には驚きと、そして深い安堵の色が浮かんでいた。

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※この作品はカクヨムでも連載しています。

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