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1-1 転生の森

眩しい光が目に焼きついた。

最後に覚えているのは、ブレーキ音と衝撃、そして妹の小さな悲鳴。

気がつけば、俺は見知らぬ森の中に横たわっていた。


「……お兄ちゃん?」


耳に届いたのは、あまりに懐かしい声。

ゆっくりと身体を起こすと、そこにいたのは――妹だった。

病弱で、いつも俺の手を握って離さなかった妹。

死の間際にいたはずの彼女が、何事もなかったかのように俺を見つめていた。


「凛花……?」

「うん……ここ、どこなの?」


周囲を見渡す。

高くそびえる木々、聞いたことのない鳥の鳴き声。

地面には苔がびっしりと生え、柔らかい土の匂いが漂っていた。

どう見ても、日本の森ではない。


俺たちは――転生したのだと直感した。




足音が近づく。

振り返ると、素朴な衣服を纏った人々が立っていた。

腰に鍬や鎌を下げ、まるで絵本に出てくる農村の住人のようだ。

先頭に立つ白髭の老人が口を開く。


「おや……新しい方か。よくぞ、この村に辿り着かれた」


驚くほど柔らかな声だった。

だが、その笑みにはどこか均一な“型”があるように見えた。

老人は名を「村長エルド」と名乗り、俺たちを村へ案内すると言った。


凛花は少し怯えながらも、俺の手を握って離さない。

俺は頷き、ふたりで彼らの後に続いた。



村は森の開けた場所にあった。

石造りの家々、畑、井戸。

まるで中世ヨーロッパの村をそのまま写したような風景に、凛花は小さく声をあげた。


「わぁ……なんかゲームみたい」


村人たちは笑顔で出迎え、温かいスープとパンを振る舞ってくれた。

腹を満たしながら、俺は胸の奥で奇妙な違和感を覚える。

誰もが同じように「よく来てくれた」と言い、同じ抑揚で「歓迎する」と告げてくるのだ。


……偶然だろうか。


そんな疑問が頭をよぎった時、村長が真剣な眼差しでこちらを見た。


「ひとつだけ、忘れてはならぬ掟がある」


俺は背筋を正した。

凛花も緊張した顔で耳を傾ける。


「――夜に鐘が鳴ったら、絶対に外へ出てはならん」


村長の声音は柔らかいが、瞳の奥に冷たい影があった。


「なぜですか?」と問おうとしたが、その言葉は村長の視線に封じられた。

理由を尋ねてはいけない……そんな圧を感じたのだ。




夜。

与えられた家で休んでいると、森の方から低く重い音が響いた。


ゴォォン……ゴォォン……


胸にまで届く鐘の音。

凛花は布団の中で小さく震え、「お兄ちゃん……」と囁いた。


俺は窓の外を覗く。

月明かりの下、村人たちの家々はすべて扉も窓も閉ざされ、光ひとつ漏れていなかった。

静まり返る村。

ただ、遠くの森の闇の中で……何かが揺れたように見えた。


鐘の音が鳴り止んだあとも、胸の奥で不吉な余韻が残っていた。

外の気配は消えたように思えたが、森の奥から確かに視線を感じる。

窓を閉め、布団に戻ろうとしたその時だった。


「……影が……来る」


凛花が寝言のように呟いた。

小さな声だったが、はっきりと耳に届いた。

俺は思わず凛花の肩を揺さぶるが、彼女はすやすやと眠り続けている。

まるで何事もなかったかのように。


(……気のせいか? いや、確かに言った……)


ざわつく心を抑え、俺は眠れぬまま朝を迎えた。




翌朝、村は何事もなかったように活気づいていた。

井戸端で談笑する女たち。畑で汗を流す男たち。

まるで昨夜の不気味な鐘が幻だったかのように。


「お兄ちゃん、みんな元気そうだね」

「……ああ」


俺は曖昧に返事をした。

だが、心の奥では拭えぬ違和感が渦を巻いている。


村人たちはやたらと「鐘が守ってくれる」と口にする。

しかも誰もが同じ抑揚、同じ笑みで。

それはまるで台本を読んでいるかのようで、俺の背筋に冷たいものが走った。




昼下がり、村の子供たちと凛花が遊んでいた。

俺は見守っていたが、その中で奇妙な光景を目にする。


「今日はいい日だね」

「今日はいい日だね」

「今日はいい日だね」


三人の子供が同じ言葉を同じ声色で繰り返した。

笑顔も、抑揚も、まったく同じ。

まるで鏡に映したように。


「……なぁ、今の聞いたか?」


隣にいた冒険者の青年に声をかける。

だが彼は首を傾げ、こう答えた。


「何のことだ? 普通に遊んでただろ」


ぞわりと嫌な汗が滲む。

俺には確かに聞こえた。だが他の人には聞こえない。

つまり――


(俺と凛花だけが、この違和感に気づいている……?)




その夜も鐘が鳴った。

低く重い音が、森と村を揺らす。


ゴォォン……ゴォォン……


凛花は布団に潜り込み、耳を塞いで震えている。

俺は堪えきれず、扉を開けて外へ出た。

月明かりの下、冷たい夜風が肌を切る。


森の縁に目をやった瞬間、俺の呼吸は止まった。


木々の間に、いくつもの人影が並んでいた。

いや、あれは――人ではない。


それは村人と同じ顔をしていた。

笑顔を貼り付けたまま、じっとこちらを見つめている。

動かない。声も出さない。

ただ、同じ形の笑みだけが闇に浮かんでいる。


(なんだ、あれは……!?)


膝が震える。

一歩後ずさると、その影のひとつが微かに口を開いた。


「すぐに……お前も」


ぞくりと背筋に冷たいものが走る。

次の瞬間、影たちは一斉に森の奥へと消えた。


残されたのは月明かりと、心臓の鼓動だけ。




「お兄ちゃん……外に出ちゃ駄目だって言ったのに」


家に戻ると、凛花が窓際に立っていた。

白い顔でこちらを振り返り、小さく震えながら言った。


「……誰かが、呼んでるの」


俺は言葉を失った。


その夜、眠れぬまま朝を迎えることになる。

この村は――普通じゃない。

その確信だけが胸に残った。

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