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「天狗と会ってきたの?」

「うん」

「天狗ってあの??」

「鈴華の想像しているので合ってると思う」

 宿に帰って来てからの鈴華の質問攻めが、止まらない。速攻で湯舟に浸かり、食事処にやってきてから息つく暇もない。

「癒雨命さんは、天狗のこと知らないですか?」

 夕食を持ってきてくれた癒雨命さんに、天狗のことを聞く。

「優の出会った天狗かは分からんが、天狗が時々この地に来ていることは知っている」

 この日は、緊張から解き放たれた脱力感で、夜が更けていくのを待てずに眠った。


 未知への好奇心でいつもよりも早く目覚めた俺は、朝日を浴びて背を伸ばしながら、森を歩く。

「朝早いな」

 木の上で、天狗が見下ろしていた。

 そこから天狗との修行が始まった。

 神社の跡取りになるために育てられた俺に体力があるはずもなく、天狗の修行についていくのが精一杯だった。

 太陽がまだ昇りきらない内に修行を始め、暗くなったら宿に帰って疲れを癒す。そんな日々が、数週間続いた。

 今日もまた、木々の上を自由自在に飛び回る天狗を、地上から追いかける。修行を始めたころは、すぐに見失っていたが、最近では視界の中で捉え続けれるようになってきた。しかし、時間が経ってもなお衰えることなく高速で飛び回っている天狗の姿は、段々と遠くなっていく。そして、視界から消え去った。

 清流の水面に、汗だくの顔が写る。綺麗で冷たい水を、喉に流し込む。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

「お前は、やはり筋がいい」

「ありがとうございます。師匠には、追いつけないですけど」

「その師匠と呼ぶのやめてくれ。少々気恥ずかしい」

「それなら先生と呼ぶのは?」

「まだその呼び方の方がよい」

 

「文ちゃん、背伸びたね」

「そうですか?」

「成長期だから伸びていても何らおかしくない」

 癒雨命が、文ちゃんの頭を撫でる。

「柱にみんなの身長記録しない?」

 鈴華の提案で、みんなの頭頂部にものさしを合わし、その部分を削った。

 背丈を刻んだ線が、柱に三本刻まれた。これから幾年を経て、柱に刻まれる本数が増えていくことを妄想する。


 月光が部屋に差し込み、神秘的な空間になる。

「優!」

「うわっぁ」

 満ちている月を眺めていたら、突然名前を呼ばれ、驚きの声をあげた。

「先生どうしたんですか?」

「異なる世界の者からの助けを求める声を感じ取った」

「はい?」

 先生の意図が、見えてこない。

「優、お前が救いに行ってこい」

「え?」

「お前なら大丈夫だ。そのために修行をつけてきた」

「先生は?」

「わしは行くことが出来ない。だが、何度も言うが、お前なら大丈夫だ。絶対に」

 師と仰ぐ先生にそこまで言われたら、自然と自信が湧いてきた。

「あまり時間が無いようだ。異なる世界に行く方法と帰る方法を今から教える。忘れるなよ」

 

 夜風が、部屋の中を吹き抜ける。そこには、月夜に照らされた枕があった。


 燦然と輝く太陽も、木々が生い茂る林の中まではあまり届かない。僅かに漏れる木漏れ日に照らされながら、全力で駆けている少年が一人いた。目には溢れんばかりの雫を溜め、その手には血塗られたかんざしが握られている。

 走り続ける体力は、すでに無くっていた。気力だけで足を動かしていた。しかし、その気力も底をつきそうだった。

 森が奏でる様々な音が、追手からのものだと錯覚に陥れ、神経が擦り切れる。

「うわっ」

 地面に出ていた木の根に、足が引っ掛かった。

 足首を挫いてもう走れそうにもない。

 鞘に手をかけ、刀を抜いた。

「父上、母上、兄上、そちらに向かいます」

 手が震え、刀を上手く持つことが出来ない。そして、そうこうするうちに心の中で迷いが生じる。死への恐怖、生への執着。

 正行!逃げて!

 母の最期の姿が、強烈に脳裏を掠める。憎きあの奴等に、生き恥を晒すくらいなら武士の誇りとして命を絶つべし。きっと父上も兄上もお許しくださるはず。

 意を決し、目を固く瞑り、鞘を逆手で持ち、刃を己に向けて突き刺す、はずだった・・・

 刃が体に刺さる痛みも、体内から血が流れ出ることもなかった。恐る恐る目を開ける。何者かの手が、刀を止めていた。その手の主を見上げると、同い年くらいの青年だった。

 死ぬような覚悟の自害を阻止したこの男を睨む。

「何をする?」

「君がしようとしたことを止めただけ」

「止めるな!」

 再び刀を握りなおした両手を、優しく包み込み静止する。青年は、懇願するかのような目をしていた。

「逝かせてくれ!お願いだから・・・」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 震えながら、自らの死を願う姿に、胸が締め付けられる。

「絶対にダメだ。死んではいけない」

「どうせ私は、間もなく死ぬ。それなら、せめて最期くらい武士の誇りを持って死なせてくれ」

「え?間もなく死ぬ?」

「そうだ。生殺与奪の法なるものをかけられている」

「何ですか?それ」

「強力の呪術の類らしい」

「それなら、早くこの場から離れないと」

「無理だ。周囲は敵に囲われている」

 そう呟いた彼は、何もかも諦めているようだった。

「数は?」

 驚いた様子の青年は、思わず顔を上げ、俺を見た。

「戦う気か?」

「まさか。逃げるんだよ」

 先生からは、戦いの術は教えられていない。逃げる術を教わった。

「少なくても、追っ手の数は百はいる。雇われて呪術を扱う者も、居るはずだ。到底、逃げ切れない」

「全てを説明している時間が無い、とにかく、俺を信じてくれ」

「初めて会った見ず知らずの者の言うことを信じろというのか?それに、どこに逃げる気だ?」

「こっちについてきて」

 青年の手を引き連れて来た先には、人が二人入れるような小さな祠が、建っていた。

 後ろを振り返ると、青年は不安そうな顔をして周囲を警戒していた。彼を安心させる言葉を紡ぐ。

「君をこの世界から連れ出してあげる」

 根拠のない自信を胸に秘め、青年の手をしっかり握り、祠へと入る。手で空を切り、印を結ぶ。夢幻郷のイメージを鮮明に浮かべる。

 段々と意識が遠のいていく。夢幻郷への転移が成功したことを確信した。

 今までは、名も知らない誰かの神様か時の計らいで、文ちゃんや鈴華のところに行って夢幻郷に帰ってきた。でも、今回は師匠から教わった術を使って、自分の力で助けを求めている人を救い出すことが出来た。その事実が、本当に嬉しい。

 意識が失いかける刹那、多幸感に包まれて、遥か彼方へ魂を飛ばす。

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