5
文ちゃんと神羅の森を歩く。木々の間から木漏れ日が顔を照らす。
鳥のさえずりと小川のせせらぎに耳を傾ける。森は静かだが、自然の雄大さに圧倒される。
しばらく歩くと、綺麗な花が咲き乱れる野原に出た。文ちゃんが、花畑に向かって駆け出した。
「転ばないようにね!」
「はーい」
文ちゃんは、出会った時からしっかりしていたけど、やっぱり年頃の女の子だ。
俺は、楽しそうに遊んでいる文ちゃんを横目に仰向けに寝転ぶ。壮大な青空が眼前に広がる。鮮やかな空の青さは、俺の心まで透き通す。
鼻に抜ける甘美な花の匂いと共に猛烈な眠気がやってきた。眠気に身を任せ、瞼を閉じる。
瞼をそっと開く。そこには、何一つ変わらない爽やかでどこか儚げな群青の空が広がっていた。
どれくらい寝てたのだろう。体を起こし、周りを見渡す。花に囲まれて楽しそうに何か作っている文ちゃんがいた。文ちゃんの方に向かう。
「文ちゃん、何作ってるの?」
「優さん、これ受け取ってください」
ひまわりのような笑顔で見せてくれたのは、綺麗な花の首飾りだった。眩いばかりの輝きを放つ微笑みと、汚れなく純粋な好意に俺はノックアウト寸前になる。この花の首飾りを、末代までの家宝にすると心に誓う。
「ありがとう。大切にするね」
「優さんに喜んでもらえて良かったです」
これが、尊いということなのか。
野原での休憩を終え、再び神羅の森を散策する。歩き続けると、目を奪われる大迫力の滝があった。轟音とともに流れ落ちる滝の水に圧倒される。
滝の内側に空間があるのが見えた。滝の周辺を見渡せば、石で形成されている自然の通路を見つけた。岩の表面は湿っていて、苔が生えていた。
「文ちゃん、俺が先に行って安全かどうか確認してくるね」
「気をつけてください」
「うん。気をつけるね」
俺は慎重に岩を登っていく。滑りそうにながら、なんとか滝の内側にやってきた。
振り返ると、迫力満点の水のカーテンがあった。滝の内側には、奥に広がっている空間があった。
俺は、奥へと進む。しばらく歩くと、向こう側に出口が見えた。
出口を抜けた俺の先には、道があった。
明らかに人の手によって舗装された道だ。
来た道を振り返ると、自然の滝の内側などはなく、無機質で人口的なトンネルがどこまでも奥に続いていた。
俺は道路を進んでいく。歩き進んでいくと、徐々に建物が見えてきた。俺が前居た世界と似ている気がする。
道路の端で、うずくまっている人がいる。俺は、躊躇をすることなく話しかける。
「大丈夫ですか?」
その人が、顔を上げる。どこかの高校の制服を着ているショートの髪型が、よく似合う活発そうな女の子だ。
目には、涙を浮かべている。
「大丈夫ですよ」
俺に向けられた笑顔は引きつっている。
「大丈夫なら、何でそんなに悲しい顔をするんですか?」
「え?」
「分かるんです。自分も少し前までは、そんな顔をしていたと思うから」
「・・・」
「誰かに話すと気が楽になるかもしれませんよ。あなたのことを何もしらない見ず知らずの男に、話してみませんか?」
微笑みながら問いかけたが、急に知らない男を怪しまなかったのは、それだけ追い詰められていたからだろう。
「・・はい」
近くを流れる川の河川敷に移動して、彼女は話してくれた。
話の内容は、二人だけの秘密。話し終えると、彼女は心なしかすっきりとした表情をしていた。綺麗な夕日が水面に反射している。
「少しはスッキリしましたか?」
彼女は頷く。
「自己紹介がまだですね。俺の名前は、白仁田 優です」
「私は、柴原 鈴華」
二人の間に、少しの沈黙が訪れる。
「何で私に話しかけて来たの?」
「迷惑でした?」
「そうじゃなくて。どうして赤の他人に話しかけたの?」
彼女は、不思議そうな顔をする。
「決めたんです。困っている人が居たら寄り添うって、自分がしてもらったように」
「優しいんだね」
「そんなことないですよ」
「タメ口でいいよ。見た感じ同い年ぐらいだし」
「分かった」
「どこか遠い遠い場所に行きたいな」
鈴華は、遠い目をする。
「私が居なくなっても、悲しんでくれる人なんていないから」
彼女は、自虐を込めた微笑を浮かべた。
「そんなこと無いよ」
「ううん、分かるんだ。私は、誰からも必要とされていない」
夢幻郷にたどり着き、御姫や癒雨命、文ちゃんに出会う前の俺を見ているみたいだった。
「そうだ。優、私をこの狭くて苦しい世界から連れ出してよ」
俺に語り掛けた鈴華の顔は、あまりにも綺麗だった。
「お願い、私を助けて!」
鈴華の悲痛な叫びが、俺の胸に突き刺さる。彼女の願いを叶えるのは、正しいか間違っているか分からない。しかし、自分自身が鈴華の立場なら叶えて欲しいと、切に願うだろう。
「分かった。鈴華、一緒に行こう」
「え?良いの??」
「うん。鈴華が鈴華で居られる世界に」
「でも・・どこに?」
俺は、ゆっくりと立ち上がる。鈴華が、俺を見上げる形になる。
「俺を信じてついてきて欲しい」
俺は鈴華を連れて、元来た道を戻る。そして、トンネルまでやってきた。
鈴華が頷いたのを見て、トンネルに踏み入れた。
夢幻郷に帰れる根拠は無かったが、俺は帰れると確信していた。
一つの世界で、一人の少女が姿を消した。しかし、世界は何も変わらず動き続ける。




