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 文ちゃんと神羅の森を歩く。木々の間から木漏れ日が顔を照らす。

 鳥のさえずりと小川のせせらぎに耳を傾ける。森は静かだが、自然の雄大さに圧倒される。

 しばらく歩くと、綺麗な花が咲き乱れる野原に出た。文ちゃんが、花畑に向かって駆け出した。

「転ばないようにね!」

「はーい」

 文ちゃんは、出会った時からしっかりしていたけど、やっぱり年頃の女の子だ。

 俺は、楽しそうに遊んでいる文ちゃんを横目に仰向けに寝転ぶ。壮大な青空が眼前に広がる。鮮やかな空の青さは、俺の心まで透き通す。

 鼻に抜ける甘美な花の匂いと共に猛烈な眠気がやってきた。眠気に身を任せ、瞼を閉じる。


 瞼をそっと開く。そこには、何一つ変わらない爽やかでどこか儚げな群青の空が広がっていた。

 どれくらい寝てたのだろう。体を起こし、周りを見渡す。花に囲まれて楽しそうに何か作っている文ちゃんがいた。文ちゃんの方に向かう。

「文ちゃん、何作ってるの?」

「優さん、これ受け取ってください」

 ひまわりのような笑顔で見せてくれたのは、綺麗な花の首飾りだった。眩いばかりの輝きを放つ微笑みと、汚れなく純粋な好意に俺はノックアウト寸前になる。この花の首飾りを、末代までの家宝にすると心に誓う。

「ありがとう。大切にするね」

「優さんに喜んでもらえて良かったです」

 これが、尊いということなのか。

 野原での休憩を終え、再び神羅の森を散策する。歩き続けると、目を奪われる大迫力の滝があった。轟音とともに流れ落ちる滝の水に圧倒される。

 滝の内側に空間があるのが見えた。滝の周辺を見渡せば、石で形成されている自然の通路を見つけた。岩の表面は湿っていて、苔が生えていた。

「文ちゃん、俺が先に行って安全かどうか確認してくるね」

「気をつけてください」

「うん。気をつけるね」

 俺は慎重に岩を登っていく。滑りそうにながら、なんとか滝の内側にやってきた。

 振り返ると、迫力満点の水のカーテンがあった。滝の内側には、奥に広がっている空間があった。

 俺は、奥へと進む。しばらく歩くと、向こう側に出口が見えた。

 出口を抜けた俺の先には、道があった。


 明らかに人の手によって舗装された道だ。

 来た道を振り返ると、自然の滝の内側などはなく、無機質で人口的なトンネルがどこまでも奥に続いていた。

 俺は道路を進んでいく。歩き進んでいくと、徐々に建物が見えてきた。俺が前居た世界と似ている気がする。

 道路の端で、うずくまっている人がいる。俺は、躊躇をすることなく話しかける。

「大丈夫ですか?」

 その人が、顔を上げる。どこかの高校の制服を着ているショートの髪型が、よく似合う活発そうな女の子だ。

 目には、涙を浮かべている。

「大丈夫ですよ」

 俺に向けられた笑顔は引きつっている。

「大丈夫なら、何でそんなに悲しい顔をするんですか?」

「え?」

「分かるんです。自分も少し前までは、そんな顔をしていたと思うから」

「・・・」

「誰かに話すと気が楽になるかもしれませんよ。あなたのことを何もしらない見ず知らずの男に、話してみませんか?」

 微笑みながら問いかけたが、急に知らない男を怪しまなかったのは、それだけ追い詰められていたからだろう。

「・・はい」

 近くを流れる川の河川敷に移動して、彼女は話してくれた。

 話の内容は、二人だけの秘密。話し終えると、彼女は心なしかすっきりとした表情をしていた。綺麗な夕日が水面に反射している。

「少しはスッキリしましたか?」

 彼女は頷く。

「自己紹介がまだですね。俺の名前は、白仁田 優です」

「私は、柴原しばはら 鈴華すずか

 二人の間に、少しの沈黙が訪れる。

「何で私に話しかけて来たの?」

「迷惑でした?」

「そうじゃなくて。どうして赤の他人に話しかけたの?」

 彼女は、不思議そうな顔をする。

「決めたんです。困っている人が居たら寄り添うって、自分がしてもらったように」

「優しいんだね」

「そんなことないですよ」

「タメ口でいいよ。見た感じ同い年ぐらいだし」

「分かった」

「どこか遠い遠い場所に行きたいな」

 鈴華は、遠い目をする。

「私が居なくなっても、悲しんでくれる人なんていないから」

 彼女は、自虐を込めた微笑を浮かべた。

「そんなこと無いよ」

「ううん、分かるんだ。私は、誰からも必要とされていない」

 夢幻郷にたどり着き、御姫や癒雨命、文ちゃんに出会う前の俺を見ているみたいだった。

「そうだ。優、私をこの狭くて苦しい世界から連れ出してよ」

 俺に語り掛けた鈴華の顔は、あまりにも綺麗だった。

「お願い、私を助けて!」

 鈴華の悲痛な叫びが、俺の胸に突き刺さる。彼女の願いを叶えるのは、正しいか間違っているか分からない。しかし、自分自身が鈴華の立場なら叶えて欲しいと、切に願うだろう。

「分かった。鈴華、一緒に行こう」

「え?良いの??」

「うん。鈴華が鈴華で居られる世界に」

「でも・・どこに?」

 俺は、ゆっくりと立ち上がる。鈴華が、俺を見上げる形になる。

「俺を信じてついてきて欲しい」

 俺は鈴華を連れて、元来た道を戻る。そして、トンネルまでやってきた。

 鈴華が頷いたのを見て、トンネルに踏み入れた。

 夢幻郷に帰れる根拠は無かったが、俺は帰れると確信していた。


 一つの世界で、一人の少女が姿を消した。しかし、世界は何も変わらず動き続ける。

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