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気持ちの良い朝だ。待ち望んだ朝だ。
癒雨命さんに出してもらった朝ご飯を食べ、神羅の森に向かった。鬱蒼とした森に入っていくと巨大な苔むしている木々が生い茂り、鳥のさえずりや川のせせらぎが聞こえる。
深呼吸をする。森が発する癒しを感じ、大自然を体感する。しばらく行くと開けた場所に出る。そして、目の前には巨大な泉があった。木漏れ日がより一層、泉を神秘的に見せる。しばらく、その神秘的な風景に見惚れていた。
た・・・
そよ風に乗って、何か聞こえた気がした。
・・・・
やはり気のせいか。
・・けて
いや、微かだか何か聞こえる。
たすけて・・
今度こそ、はっきり聞こえた。声の源は、泉の中からみたいだった。ズボンを捲り上げ泉に入っていく。声が聞こえた泉の中心付近には、人一人入れるような穴がぽっかり空いていた。泉の水は、穴を避けていた。
俺は、迷うことなく穴の中へと飛び込んだ。
ウーーーーー、ウーーーーーー
騒然たるサイレンの音が鳴り響いている。周りに広がる火の海が、冷静に考える時間を与えてくれない。声が聞こえた方に、全速力で走る。
段々声が、大きくなっていく。その声が最大音量になった時、目の前には燃え盛る家があった。確かにこの家から聞こえてきていた。目の前の光景に、呆然と立ち尽くしていた。
「たすけて!!!!」
現実に引き戻された。辺りを見渡し近くの川を見つけてからの行動は速かった。川の水で体を濡らし声の聞こえる家に突入した。家の中は火の海になっていた。そこに10歳くらいの女の子が怯えた様子で座っている。
俺は少女の頭を優しくなでながら問いかける。
「怖かったね。もう大丈夫。僕の名前は、白仁田 優。君は?」
少女はおずおずと答える。
「文。加藤文」
「文ちゃんか。かわいい名前だね。さぁ背中に乗って」
文ちゃんを背負って外に出ようとするが、辺り一面の炎の暑さで自分たちが置かれている状況に嫌でも気づかされる。
願いが通じたのか、突然目の前の畳に穴が空いた。迷っている暇は無い。
「文ちゃん。しっかりつかまって」
俺たちは、穴に飛び込んだ。
穏やかな木漏れ日が顔を照らし、少し眩しい。
仰向けに寝ている俺の上に文ちゃんが乗っている。すぐに、文ちゃんと視線が合った。
「ここはどこ?」
「夢幻郷だよ」
「夢幻郷?」
「とても良いところだよ」
「この場所とても落ち着きます」
「そうだね」
俺たちは、しばらくの間そのままでいた。しばらくすると、文ちゃんは俺の上で寝息を立てていた。そのまま、俺もいつの間にか眠りについていた。
烏の鳴き声で目が覚める。空はすでに茜色に染まっていた。暗くなるまでに俺は文ちゃんを背負って神羅の森を抜け、神癒旅館へ帰った。
旅館の入り口を開けると、癒雨命さんが玄関の前で待っていてくれた。
「優、おかえり」
俺の帰りを待っていてくれる人がいるその事実が、純粋に嬉しい。
「ただいま」
このたった四文字を言える幸せを嚙み締めた。
癒雨命さんに、今日の出来事と文ちゃんのことを話した。癒雨命さんは、最初こそ少し驚いていたが、快く文ちゃんをここに居ることを許してくれた。
文ちゃんを癒雨命さんに任せて、俺は一日の疲れをとるために貸し切りの露天風呂に来た。
「あぁ~」
肩まで湯舟に浸かる。疲れた体を、芯からほぐしてくれる。首をあげると、星がよく光っていた。
星々が降ってきそうな満天の星空に、思いを馳せる。
朝日が神羅の間に差し込む。体を起こし、背伸びをした。今日も良いことが起きそうな予感がする。そう考えるだけで、口角が自然と上がる。
身支度を済ませ、癒雨命さんが用意してくれているであろう朝食をとるため食事処に向かう。俺が泊まっている神羅の間は2階にあり、食事処である神泉の間は1階にある。
神泉の間に着くと、すでに文ちゃんがいた。文ちゃんは、真新しい浴衣を着ていてよく似合っている。
「おはよう」
「おはようございます。それとありがとうございました。癒雨命さんから聞きました。優さんが背負ってきてくれたって」
「それくらい当然だよ。それより、よく眠れた?」
「はい!」
太陽みたいな笑顔が眩しい。
そこに、癒雨命さんが朝食を持ってきてくれた。3人の会話が弾み、食卓を囲む。
「これから神羅の森に行くけど、文ちゃんも来る?」
「良いんですか?」
「もちろん。良いよ」
今日が良い日になるという予感は、確信に変わった。




