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滝の裏で拾った願い

 朝は、音で目が覚めた。

 鳥の声でも、風でもない。

 木が、軋む音。

 旅館が、呼吸している音だった。

 目を開けると、障子の向こうが、淡く光っていた。

 完全な朝じゃない。でも、夜は、もう終わっている。

 身体を起こす。

 前腕は、まだ少し痛む。

 布団を出ると、床が、足裏を静かに受け止めた。

 冷たくない。

 障子を開ける。

 朝の空気が、部屋に入る。

 森の匂い。

 水の匂い。

 廊下に出ると、足音が、ひとつ。

「……起きたか」

 紬命だった。

「おはようございます」

「腹減ってるか」

「……少し」

 紬命は、鼻で小さく笑った。

「なら来い」

 朝食は、湯気の匂いから始まった。

 味噌。

 出汁。

 焼いた魚。

 席に着くと。

 すでに、文ちゃんが座っていた。

「……優さん……おはようございます……」

「おはよう、文ちゃん」

 食事は、静かだった。

 安心して、言葉を使わなくていい静けさだ。

 食後。

 文ちゃんは、湯のみを両手で持ったまま、少し考えて。

「……優さん……」

「ん?」

「……森……行きますか……」

 俺は、少しだけ、紬命を見る。

 紬命は、すぐ答えない。

 湯を一口飲んでから。

「……奥に行かなきゃいい」

 それだけ言った。

 旅館の裏口を出る。

 石灯籠。

 朝の光。

 神羅の森の入口。

 空気が、少し変わる。

 文ちゃんは、少しだけ俺の袖をつまんだ。 

 ただ、歩幅を合わせる。

 森の中は、光で満ちていた。

 葉の隙間から、柔らかい光が落ちる。

 土は、相変わらず柔らかい。

 踏むたびに、沈んで、戻る。

「……優さん」

「ん?」

「……ここ……落ち着きます……」

「……うん」

 ここでは、焦る理由が、どこにも無かった。

 少し進むと、水の音が、聞こえ始めた。

 文ちゃんが、少しだけ、足を止める。

「……水……」

「……見に行く?」

 文ちゃんは、迷って。

 小さく頷いた。

 滝は、森の奥に、静かに存在していた。

 暴れている水じゃない。

 落ち続けている水だった。

 岩肌を、白い布みたいに流れている。

 文ちゃんは、少し後ろで止まる。

 圧倒されている顔だった。

 俺は、滝を見上げた。

 水の奥。

 ――違和感。

 ほんの少しだけ。

 空間が、歪んでいる気がした。

 カン。

 小さい音。

 無視できない音。

 俺は、一歩、近づいた。

 水しぶきが、頬に触れる。

 冷たい。

 呼ばれている気がした。

 理由は、分からない。

 でも、足が、止まらなかった。

 文ちゃんが、後ろで小さく言う。

「……優さん……?」

 俺は、振り返る。

 安心させるように、笑う。

「すぐ戻るから」

 そして、俺は、滝の中へ、踏み込んだ。

 俺は慎重に岩を登っていく。滑りそうにながら、なんとか滝の内側にやってきた。

 振り返ると、迫力満点の水のカーテンがあった。滝の内側には、奥に広がっている空間があった。

 俺は、奥へと進む。しばらく歩くと、向こう側に出口が見えた。

 出口を抜けた俺の先には、道があった。

 明らかに人の手によって舗装された道だ。

 来た道を振り返ると、自然の滝の内側などはなく、無機質で人口的なトンネルがどこまでも奥に続いていた。

 俺は道路を進んでいく。歩き進んでいくと、徐々に建物が見えてきた。俺が前居た世界と似ている気がする。

 道路の端で、うずくまっている人がいる。俺は、躊躇をすることなく話しかける。

「大丈夫ですか?」

  その人が、顔を上げた瞬間。

 ――息が、少しだけ、止まった。

 整っている、という言葉だけでは足りなかった。

 派手じゃない。

 作り込まれた美しさでもない。

 なのに、視線を引き寄せる。

 まず、目が合う。

 黒に近い、深い茶色の瞳。

 光を強く跳ね返すタイプじゃない。

 むしろ、光を少しだけ吸い込むような色だった。

 その奥に、水面みたいに揺れるものがある。

 泣いていた直後の目だ。

 でも、ただ赤いわけじゃない。

 必死に堪えて、もう涙が出る場所を越えてしまった目。

 睫毛は、長すぎない。

 けれど、一本一本が、妙に整っている。

 濡れて、少しだけ束になっている。

 視線が、ほんの少しだけ、俺を測る。

 逃げるでもなく。

 縋るでもなく。

 ――限界の人間の、目だった。

 そして、どこかの高校の制服を着ていた。

 「大丈夫ですよ」

 俺に向けられた笑顔は引きつっている。

「大丈夫なら、何でそんなに悲しい顔をするんですか?」

「え?」

「分かるんです。自分も少し前までは、そんな顔をしていたと思うから」

「・・・」

「誰かに話すと気が楽になるかもしれませんよ。あなたのことを何もしらない見ず知らずの男に、話してみませんか?」

 微笑みながら問いかけたが、急に知らない男を怪しまなかったのは、それだけ追い詰められていたからだろう。

「・・はい」

 近くを流れる川の河川敷に移動して、彼女は話してくれた。

 彼女が語ってくれた話の内容は、二人だけの秘密だ。話し終えると、彼女は心なしかすっきりとした表情をしていた。綺麗な夕日が水面に反射している。

「少しはスッキリしましたか?」

 彼女は頷く。

「自己紹介がまだですね。俺の名前は、白仁田 優です」

「私は、柴原しばはら 鈴華すずか

 二人の間に、少しの沈黙が訪れる。

「何で私に話しかけて来たの?」

「迷惑でした?」

「そうじゃなくて。どうして赤の他人に話しかけたの?」

 彼女は、不思議そうな顔をする。

「決めたんです。困っている人が居たら寄り添うって、自分がしてもらったように」

「優しいんだね」

「そんなことないですよ」

「タメ口でいいよ。見た感じ同い年ぐらいだし」

「分かった」

「どこか遠い遠い場所に行きたいな」

 鈴華は、遠い目をする。

「私が居なくなっても、悲しんでくれる人なんていないから」

 彼女は、自虐を込めた微笑を浮かべた。

「そんなこと無いよ」

「ううん、分かるんだ。私は、誰からも必要とされていない」

 夢幻郷にたどり着き、御姫や紬命、文ちゃんに出会う前の俺を見ているみたいだった。

「そうだ。優、私をこの狭くて苦しい世界から連れ出してよ」

 俺に語り掛けた鈴華の顔は、あまりにも綺麗だった。

「お願い、私を助けて!」

 鈴華の悲痛な叫びが、俺の胸に突き刺さる。彼女の願いを叶えるのは、正しいか間違っているか分からない。しかし、自分自身が鈴華の立場なら叶えて欲しいと、切に願うだろう。

「分かった。鈴華、一緒に行こう」

「え?良いの??」

「うん。鈴華が鈴華で居られる世界に」

「でも・・どこに?」

 俺は、ゆっくりと立ち上がる。鈴華が、俺を見上げる形になる。

「俺を信じてついてきて欲しい」

 俺は鈴華を連れて、元来た道を戻る。そして、トンネルまでやってきた。

 鈴華が頷いたのを見て、トンネルに踏み入れた。

 夢幻郷に帰れる根拠は無かったが、俺は帰れると確信していた。


 一つの世界で、一人の少女が姿を消した。しかし、世界は何も変わらず動き続ける。


 ――水音が、戻ってきた。

 最初に感じたのは、音だった。

 次に、空気。

 湿っている。

 でも、冷たくない。

 俺は、足を止めた。

 振り返る。

 さっきまで続いていたはずの、無機質なトンネルは――

 そこには、無かった。

 代わりに。

 水の幕。

 神羅の森の滝。

「おかえりなさい」

「待たせてごめんね」

「え?優さんが、滝の裏側に行っていたのはついさっきですよね?」

 あそこの世界とこの夢幻郷は、時の流れが異なっていたらしい。普通なら受け入れるのに時間がかかりそうな超常的なことが起きてもすんなりと受け入れるようになってきた。

 後ろから袖を捕まれた。

 振りむくと、鈴華が不安そうな顔をしていた。鈴華を、置いてきぼりにしてしまっていたことに気づく。

「この子は文ちゃん」

「加藤ふみです」

「私は、鈴華。よろしくね」

「よろしくおねがいします」

 文ちゃんと鈴華の簡単な自己紹介は終わり、鈴華が俺の方を向く。

「優、ここはどこ?」

「急に連れてきてごめん。ここはね・・・・」


 鈴華に夢幻郷について、俺が知っていることをすべて話した。俺が、話し終わるまで鈴華は黙って聞いていた。

「優、私を連れだしてくれてありがとうね」

 話し終わって、鈴華は一言言葉をくれた。

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