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【小説】カフェラテの灯


この作品は、note、エブリスタ、pixiv、ステキブンゲイ、NOVEL DAYS、アルファポリス、ツギクル、小説家になろう、ノベマ、ノベルアップ+、カクヨム、ノベリズム、魔法のiランド、ハーメルン、ノベルバ、ブログ、に掲載しています。


 街はまだ寝静まり、足元には底冷えの冷気がこもる。

 煙るような景色は、鮮やかな看板と電飾の色を奪い、すべてがグレーになった。

 男はため息をつくと、息が白く弾み口元に広がる。

 まだ夜の帳が明けきらない朝は、そろそろ通勤のサラリーマンが足早に歩き始めていた。

 遠くで電車の音が高く響いた。

 軒をそろえた商店街は奥へと視線を導き、看板が徐々に色彩を帯びていく。

 シャッターを閉めた店が多い中、ガラスケースの向こう側に光が灯り肉まんを蒸し器から取り出す湯気が視界を横切った。

 暖かそうな白い煙に、口の唾を飲み込む。

 ゆっくりと歩く西芝 凌兵(にししば りょうへい)は、メモ用紙を取り出して何かを書きつけた。

 そぞろ歩いた先に、煌々(こうこう)と明かりを灯す窓があった。

 足元の看板には鍵のマークと灯珈(とうか)の文字。

 少しくたびれた、木製のドアの取っ手に手をかけると手前に引いた。

 モーニングセット、トーストセットと記したメニューの端にある、おすすめのコーヒーに目を留めた。

 いつも注文する物は決まっている。

 毎日同じことをしていると、身体が自然にその行動を取ろうとする。

 その流れに少々逆らって、他の選択肢を探すのだが、結局同じところに落ち着いた。

「おすすめのカフェラテを ───」

 西芝の視線は、窓の外にあった。

 人任せの選択だが、カフェラテはこの店の名物だし、たくさんの豆をそろえている所からしても、素人である自分が考えるより良いだろう。

 クリエイターの端くれであるにも関わらず、コーヒーの質も理解していないのだから、まだまだだな、などと心の中で自嘲する。

 この世にない物を生みだす力は、失敗と失望の先に生まれるものである。

 いつの間にか頬杖(ほおづえ)をついた手に、ため息がかかると店内に視線を戻した。

 客はまだいない。

 本当にそうだろうか、と目を閉じて、もう一度注意深く観察をする。

 人間の認識能力では感じ取れない何かが、身の回りに現れることがある。

 ちょうどこのカフェのように、早朝の寒い外の空気を逃れて暖を取りにやって来る者は自分だけではないはずである。

 そう思って見ていると、何かが見えるときもある。

 そして、意味を求めようとする社会生活から離れたとき、認識能力が働き始めるのである。


 ピッケルを突き刺し、身体を()じって引き上げる。

 巨大な氷壁に挑む男は、全身の力を振り絞っていた。

 体力はまだまだある。

 手足に冷たさは感じるものの、闘争心の熱い炎はいまだに強く心を鼓舞(こぶ)している。

 少し手が(しび)れてきたので足場を整えてから息をついた。

 呼吸を止めてはならない。

 どんなに力んでも、マージンを残しながら登らなくては、不測の事態に対処できなくなるからだ。

 晴れ渡った空には、雲一つないが、突然雲が沸き上がって吹雪になるのが冬山の恐ろしさである。

 血流が充分に戻ったことを確認すると、右手のピッケルを引き抜いて叩きつけた。

 その時、頭上に人影が顔を覗かせた。

 気のせいだろうか。

 永見 幸司(ながみ こうじ)は目を(しばたた)いてもう一度見上げた。

 誰もいない。

 気のせいだろう、ともう一度両手に力を込めた。

 次の瞬間、何かが頭上にのしかかり、手足もろとも氷壁から引き()がしてしまった。

 両手を開いて落ちかけた身体を、支えるべくピッケルを叩きつけたが氷壁までは届かなかった。

「死ぬ ───」

 他人事のように、空中に投げ出された身体を持て余し、深く抜けていく青空を眺めた。

 いくつか氷の塊が(かす)めていく。

 身体は速度を増して、下界へ吸い込まれていく。

「ああ、山に(ほうむ)られるなら、本望か ───」

 地上で()いずっている自分など、想像できなかった。

 こうして消えて行くはずの意識は、なぜかいつまでも自分の中心にあった。

 目を開けると、見知らぬ街で倒れている身体があった。

「なんだ、酔っぱらって寝てたんだっけ ───」

 泥酔して朝方に道路で寝ている人を、何度か見たことがあった。

 こんな奴を()いたら、ドライバーの方が災難だな、などと思っていた。

 何とか身を起こすと、腰を曲げたまま足を前に出し、よろけながら歩いて行った。


 (つや)やかな白い床に電灯の光が反射して、影を薄くする空間に、冬の冷気が満ちてもの寂しさを深くする。

 昼間は絶えず人が行き交う空間が、やけに広く感じるのは嵐の前の静寂だからだろうか。

 スマホを右手に、首を曲げて(のぞ)き込む姿は、どこにでも見られる光景である。

 吐く息白く、土谷 愛雪(とだに まゆ)は親指で画面をスクロールする。

 硬い生地の手袋は、外さなくてもスマホを操作できるようになっている。

 それでも生地を通して冷気が肌を刺すように締め付けた。

 SNSで知り合った友人は、始発電車が出る時間を指定した。

 毎日の些細な出来事を上げていたのだが、度々相談事をするようになってから距離が近くなり、実際に会うことになったのである。

 もちろん、ネットで知り合った人と会うのはリスクがある。

 どんなに信頼していても「なりすまし」の可能性は捨てきれないし、画像で顔を確認しても、本人だとは限らない。

 だから、こんなに明るくて人通りのある、しかも監視カメラ付きの駅前で待ち合わせたのだ。

 待ち合わせ時間になるのを、スマホで確認すると、小さく息を吐いた。

 時間になっても来なかった。

 高鳴る心臓の音が、急速に冷めて小さくなっていった。

「何かあったのかな ───」

 (つぶや)いて辺りを見回すが、スーツ姿が数人、靴音を響かせる以外に人影はなかった。

 もたれた壁から身を起こそうとすると、思いのほか重たかった。

 人間の身体は、こんなに重かったのか。

 壁に手を突いて起こすと勢い余って少しよろける。

 スマホの画面と、外を交互に見ながら、それらしい人物がいないか探していたが、そろそろ(あきら)め時だと思った。

「帰って暖かいものを飲みたいな ───」

 言葉と同時に一歩踏み出し、まだ暗い開口部へと身体を向けた。

「あの ───」

 後ろから声をかけられ、小さく飛び上がる自分に、照れ笑いをする男は頭を()いた。

「僕、『うすけ』こと、林 陽介(はやし ようすけ)

「まゆです。

 土谷 愛雪(とだに まゆ)

 朴訥(ぼくとつ)とした男は、顔を上げて微笑(ほほえ)んだ。


 電球色の暖かい光に満たされた、明るい店内には至る所に影があった。

 そんな影の中に、人の形を見いだすことがある。

 ぼんやりとした意識がそうさせるのか、それともこの世の者ではない何かがいるのか。

 タブレットとコンパクトキーボードを取り出すと、テーブルの上で指を走らせた。

 文章の書き出しは、大抵情景描写から始まる。

 カフェの中には、無尽蔵なイメージが溢れていて、見た物を描写していくと自然に物語が(つむ)ぎ出されていく。

「本日のおすすめカフェラテでございます」

 細かな説明はせずに、カチャリと(かす)かな音を立ててカップソーサーが置かれた。

 エスプレッソの香ばしさが、夢見心地にさせる。

 ラテで描かれていたのは、無数の点である。

 銀河のようでもあり、夜景のようでもあった。

 その風景が、マクロに視界を広げていった。

 そうだ、カフェは閉鎖された空間ではなかった。

 先ほどから窓の外にいて、中を(うかが)う者がいる。

 きっと、入ろうか、と迷っているのだろう。

 カウンターに視線を移した一瞬の間に、人影は消えてしまった。

 ウエイトレスが、暇を持て余しているのかカウンター席からチラリとこちらを見た。

 視線が合うと、照れ隠しのように澄ましてカウンターの奥に消えて行った。

 ネームプレートに久保田 灯珈(くぼた とうか)と書かれていたのは知っていた。

 このカフェの名前は、彼女の名前なのである。

 スチールの盆にカフェラテを乗せて、隅のテーブル席に運んで行く後姿を目で追った。

 そこには、先ほどから影のような者がいた。

 いる、というよりも気配がそこにある、と言った方がしっくりとくる。

 なぜなら、視線を外すと消え、また戻すと現れ、どうやら人間ではないようだからである。

 身体はがっしりとしていて、背の高い影だった。

 (おぼろ)げに、そう、ちょうどラテアートのような、(はかな)い影だった。

 テーブルに置かれたカフェラテを、その人影は気づいていないのか、まったく手をつけようとしなかった。

 それどころか立ち上がって窓から通りを覗き込んだり、また座って背を丸めていたりして、何かを探しているかのように落ち着かなかった。


 身体の芯まで冷気が浸透しtえ、動きが鈍くなった足を引きずりながら歩いて行くとコンビニの光に吸い込まれそうになった。

 自販機の前にはタイルに反射した輝きが、街灯の描く円を見えなくしていた。

「水 …… いや、コーヒーがいい」

 頭が冴えてくると、強い香りを()いでみたくなる。

 自販機のコーヒーのラベルは、整っているが冷淡である。

 さらに歩くと、コーヒー豆を焙煎する、少し苦みを感じる刺激が鼻腔を突いた。

 鼻をひくつかせて、空気をさらに吸い込むと、緊張していた脳が緩んでいく。

 足元の看板に「灯珈とうか」の文字があった。

 暖かそうな店内に視線をちらりとやると、パソコンに向かう客がぼんやりとこちらを横目で見た。

 そして、サッと視線を戻し、パソコンに何か打ち込み始めたようだった。

「朝からご苦労様だな ───」

 こんなに早い時間から仕事をしているのか、と思うと街を彷徨(さまよ)っている自分が貧相に思えてきて嫌になる。

 入口のドアは、アンティーク調の木製で、植物の(つる)のようなレリーフが控えめに施されていた。

 疲れた体を引きずりながら押し開けると、暖かい空気が身も心も包み込んだ。

 窓際の席がいい。

 建物の中に魂を押し込んでいるだけで、息苦しくなるからだ。

 次は、いつ山へ行けるのだろう。

 少しでも自然に触れていたかった。

 椅子に重い身体を投げ出すと、外の景色、というより商店街のシャッターを眺めた。

 少し白んできた陽の光が、人間の営みが始まりつつあることを告げる。

「この店のおすすめは ───」

 メニューに手を伸ばしたが、店員は微笑んで奥へ引っ込んでしまった。

 腕を組むと骨まで染み込んだ冷気が腹を冷やした。

「こちらは、本日のおすすめでございます」

 カップソーサーに深いこげ茶の液体が満たされていた。

 その上に、何かが(ほとばし)るようなラテアートが描かれている。

 小さく(うなず)くと、肺に溜まった空気を吐き出した。

 若い女の店員は、何も言わずにメニューを持って下がって行った。


「朝早いから、とっても静かだね」

 土谷は手の平()り合わせて、肩を(すぼ)めたままで言った。

「外は、寒かったね」

 待ち合わせに、遅れて行ったことを悪いと思ったのか、林は彼女に笑顔を向けて話しかけた。

 文字では分からなかったが、極端に寡黙な男なのは一目見て理解していた。

「うん」

 無理に話を広げようとせずに、短く答えた。

 沈黙を楽しむかのように、彼女は機嫌良さそうに外を眺めていた。

「ここ、灯珈(とうか)って言うのだけど、この辺にカフェがあまりなくてね」

 彼は、きっと無難なチェーン店をイメージしているのだろう。

 改めて顔を合わせると、何を話したらいいのか分からなくなった。

「カフェラテを ───」

 いつの間にか現れた店員は、ヒラヒラしたレースをあしらった服を着こなす、エレガントな女性だった。

 冷たい手を擦り、メニューに視線を落としたが、思い直したように口を突いて言葉が出た。

「私も、同じものを ───」

 一礼してメニューを下げた後姿には、この世の者とは思えないような、(はかな)い印象がある。

 すぐに運ばれてきたカフェラテが2つテーブルに、小さな音を立てて置かれた。

「ごゆっくり、どうぞ」

 銀の丸いお盆を抱えて、また背を向けた女に、何か底知れぬ暗さを感じたが、店内を見回すとすぐに気分が落ち着いた。

「クリズムが、また超新星を見つけたらしいよ」

 彼がネットで書いている、人口衛星の話だった。

「へえ、どんな ───」

 最近、宇宙の話題でSNSが盛り上がっていた。

 人工衛星がドンドン打ち上げられて、スマホの電波も衛星を通じて受信できる。

 地球外生命体だとか、宇宙の始まりといった、夢のある話も盛んに上げられた。

 土谷も、ジャクサのニュースに毎日目を通すようになっていた。

 スマホに動画を表示した彼は、テーブルの端に立てて2人で見られるようにしてくれた。

 ふと目を留めたカフェラテの水面に、四角い物体が描かれていた。

 その塊は、光り輝くように、たくさんの粒に包まれていた。


 パソコン画面には、次々と文字が紡ぎ出されていく。

 指は思考の速度を超えて、次の場面をイメージさせ、先へ先へと意識を導いていく。

 耳につけたイヤホンからは、宇宙開発のプレスリリースのニュースが流れていた。

 次回作のプロットは、山で亡くなった父の(かたき)討ちを、吹雪に巻かれた氷壁のに登る途中で果たすが、新たな敵に突き落とされて終わる、というものだった。

 人生は入れ子状になっていて、(あだ)討ちに身を焦がす者は、新たな敵を作る。

 ちょうど宇宙が回転する構造を、運命的に含んでいるように。

 そして、人生は最終的に崩壊へと向かう宇宙と同じ道筋を辿(たど)る。

 そんな思いが、指を突き動かしていた。

「暗いな ───」

 登山をテーマに爽やかなストーリーをイメージしていたのだが、人生の悲哀が(にじ)み出るものに変わっていた。

 カップを取り、口に運んだ西芝は(うな)った。

 腕を組み、背もたれに身体を預けて目を閉じた。

 これもボツになりそうである。

 最近は、線香臭い教訓を含んだ物語は好まれない。

 人生を追体験し、心が温まり明日への活力をもたらす物が好まれる。

 なぜだろうか。

 現代人は疲れていて、読書に癒しを求めるからだ。

「短絡的だな ───」

 教訓だらけの、神様が説教し続ける物語をコミカルに書いた作品がベストセラーになっていた。

 評論家や、学者を気取って、統計データがあるかのように、いい加減な指摘をしている。

 一度リセットして、書きたいものを考え始めた。

「現代人のライフスタイルと、メディアをテーマに ───」

 鉄板の方向性である。

 スマホのSNS、非社会的な登場人物。

 そういう、今風な中身は廃れない。

 SNSでやり取りをしていた相手に、実際に合ったらバーチャル空間の幻想が頭の中にでき上っていたことに気づく。

 そしてお互いを知り、改めてお互いのイメージを形成していく。

 バーチャルと現実の乖離(かいり)は、たくさんの作品に、スパイスのように活力を与える。

 分かりやすいし、西芝の得意なジャンルだった。


 吸い込まれるように、打ち込む文字を見つめていた西芝は、手元を見ずにカフェラテを取った。

 口に運ぶと、いつの間にか中身がなくなっていることに気づいた。

 視線を外しすと、向かい側に店員の久保田 灯珈(くぼた とうか)がちょこんと座ってこちらを覗き見ていた。

「お代わりをお持ちしましょうか」

 立ち上がり、すぐに新しいカップを置いた。

 さきほどと同じラテアートが施され、静かにゆっくりと白い銀河が回っていた。

「これ、綺麗(きれい)でしょう」

 屈託のない微笑を浮かべた彼女は、身を乗り出した。

「今度は、どんな作品を書いているのですか」

 向こうのテーブル席で、お見合いのような静かな(たたず)まいで、ポツリポツリと会話していた2人の方を顎で示した。

「さっきまでいた2人を見て、思いついたのだけど ───」

 彼女は一瞬目を丸くして、怪訝(けげん)な顔をしたが、言葉をつないだ。

「さきほどの、ですか」

「そう、カフェラテを2つ運んでいたでしょう」

 もう一度、その席の方を指さしたが、今度は見ようとしなかった。

「その前は、窓際に身体の大きな男がいて、登山が趣味ってことにして話を考えてみたのだけど、登山をあまり知らないせいか面白くならなくて ───」

「その方は、自然が好きで脱サラしてペンション経営でもしたいと考えていたようです。

 今の仕事が合わなくて、ストレスを感じてお酒をたくさん飲んでしまう自分を責めていたようでした」

 今度は西芝の方が目を丸くした。

「いや、山で親の敵討ちを果たすストーリーを考えたのだけど」

「なるほど、だからヒーローみたいに筋肉質で山男っぽくなかったのか ───」

 口元に手を当てて、何かを考えている様子の彼女は、

「でしたら、スポーツジムのインストラクターとか、コーチとかをしつつ、体力づくりのための登山をしている感じでしょうか」

「しかし、それでは自分がやりたいことに近いから、意外性のあるストーリーが出てこないかも知れないな」

「それで、ネットで知り合った人との出会いを描くヒューマンドラマに変えたのですか」

 唸りながら、テーブルを見つめて言った。


 カフェラテの水面には、無数の星が描かれていた。

 人の数だけ、人生があって、ストーリーを紡いでいる。

クリエイティブになろうとするならば、綺羅星(きらぼし)のような人の営みを見いだしていかなくてはならない。

 パソコンを閉じ、視線を上げると店員は相変わらずカウンター席にぼんやりと腰かけていた。

 その視線は、店内をゆっくりと見回し、時折窓の外に投げられた。

 もう一度、店内を見回すと、誰もいないし、テーブルにあったはずのカフェラテも見当たらなかった。

 飲み干したカップの(かたわ)らに置かれた伝票には、1杯分の値段が走り書きされていた。

 紙を摘まみ上げ、立ち上がると彼女はレジに先回りして笑いかける。

「ありがとうございます」

 小さなトレーに伝票を置くと、電子決済の手続きをして背を向けた。

 何も言わずに、背中を見ていた彼女は、すぐに西芝の席を片付けに向かった。

「プロット、まとまらなかったな ───」

 頭の中を駆け巡り、幻の世界を見せていた(もや)は、カフェのドアリンの音と共に(かす)んでいった。

 駅の方から陽が上り、空を緑色に変える頃には、速足で通り過ぎるスーツ姿がずいぶん増えた。

 その中には、朝まで飲んでいたのか腰をかがめてふらふら歩く、筋肉質の男がいた。

 通り過ぎた男を目で追って、駅の方に視線をやると、黙りこくって、硬い顔で歩く若い男女が、スマホを握りしめて歩いていた。

 さっきまでいたカフェ・灯珈(とうか)からは、暖かい光が漏れて、冬の朝の冷え込みとは無縁の輝きを放っていた。

 西芝は一つ(せき)をして、胸を張って街を後にした。

 冷気が頬を(しび)れさせたが、足取りは軽かった。

 そしてまた、見えない何かがあるのではないか、と辺りを見回してから家路についたのだった。



この物語はフィクションです


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