004 貸し切り風呂で疲れを取る!
「先ずは風呂に入りてぇわ。居住区にも風呂はあるのか?」
【当然です。当機には大浴場を用意しています。デザインは日本最高峰の温泉宿を参考に設計、湯質も最高品質の人工温泉を掛け流ししております】
「へぇ~。大浴場があるのか。そりゃいいな。早く体を洗いたい」
そういうと、豊和は自身の服を軽く嗅ぐ。起爆薬のプライマー特有の燃焼臭がほのかに感じられた。
「さっきからバンバンぶっ放していたから、身体がすげぇ焦げ臭くなった。早くひとっ風呂浸かりたいわ」
豊和は居住区まで戻り、スフィアの案内で大浴場へ向かう。豊和の部屋がある廊下を進むと、"大浴場"の暖簾が見えてきた。
「ここが大浴場か? 雰囲気あるな」
豊和は暖簾をくぐり抜け、入口で靴を脱ぐ。
「そういや、着替えを持ってきていないけど、用意出来るか?」
【了解致しました。御召し物に何か御要望は御座いますか?】
「いや、普通のTシャツとGパンでいい。高い服とかは止めてくれ」
【承りました】
豊和は扉を開けて、更衣室に入る。大浴場の更衣室は簀が敷かれた床と竹材が並べられた壁があり、温泉宿の一角を思い浮かべる雰囲気だった。
「すげぇな。ちゃんと本格的な温泉じゃねえか。温泉なんてめっちゃ久しぶりだ」
豊和が工場で勤めていた時、彼に旅行で温泉へ行く金も時間もなかった。そもそもの話、一緒に行く相手もぼっち社会人の豊和には居なかった。半年に一度だけスーパー銭湯に浸かりに行く程度だ。
だからこそ、豊和は久しぶりにゆっくりと浸かれる温泉で少しだけ浮かれていた。
一刻も早くひとっ風呂で身体を浸けたい豊和は、更衣室で焦げ臭くなった服を手早く脱ぐ。
「そういや、脱いだ服はどうすりゃいい?」
【当方が回収しますので、そのまま置いて下さい。回収後に洗濯・脱水・乾燥を行い、マスターのクローゼットに入れて置きます】
「分かった。頼むわ」
脱いだ服をロッカーに置いた豊和は、備え付けのタオルを腰に巻き付ける。
「んじゃ、行ってくるわ」
豊和は待ちに待った大浴場に足を踏み入れた。
「おお!マジでちゃんとした温泉じゃん」
居住区の大浴場は豊和の想像以上に"温泉"だった。全体的に岩盤を主軸としたデザインであり、一際大きな岩の割れ目から湯が流れ出ている。床材は銭湯で使われているタイルではなく、滑り止めが施された御影石の敷材だ。高級旅館の温泉と言われても、納得出来る見映えだった。
「風呂が広いな~。二十人くらいは入れるぞ」
大浴場の湯船はとても広く、大人数が押し掛けても、余裕の広さだった。
「おっ、五右衛門風呂もあるのか」
豊和は一人でゆったり入れる釜風呂を見つける。一人でのんびり入るにはちょうど良さそうな大きさだった。
「じぁ、入るか」
豊和は掛け湯をしてから、湯が満ちた浴槽に入る。
「あぁ、生き返るわ……」
ちゃぽんと浸かった豊和は湯加減の良さに思わず声を漏らす。先ほどの訓練で疲れが貯まった身体には心地好い温度だった。
豊和は広い浴槽で思いっきり足を伸ばす。
「こんだけ広い風呂を俺一人で貸し切りとかマジで贅沢だな」
当然ながら、大浴場には豊和以外の人は誰もいない。完全な貸切状態だ。
自分以外は誰もいないので、豊和は人目を気にせずにのびのびと身体を伸ばせる。
「これが毎日入れるのなら、悪くないな」
【マスター、湯加減の方はどうでしょうか?】
「いい感じだわ。きちんとした温泉なんて久しぶりだ」
温泉で上機嫌になったのか、豊和は鼻唄を歌って、足を思いっきり伸ばした。
◆◇◆
「やっぱり、俺も日本人だな。長風呂し過ぎて、のぼせちまったぜ」
結局、豊和はあれから一時間も湯船で過ごしていた。そして、髪と身体をシャンプーで洗い、汚れをすっかり落とした状態で風呂を出た。
「なんだか、体の疲れが全部抜けたわ。腰とか膝とかも痛くない。こんなに身体が調子いいのは本当に久しぶりだ」
豊和は身体の節々に感じていた痛みがすっかり消えていたことに気付く。今までは年のせいだと諦めていたが、温泉に浸かったお蔭か、腰や肩や膝のぎこちなさがなくなっていた。
「明日は筋肉痛だと思っていたけど、大丈夫そうだな」
初めての実弾射撃で普段は使わない筋肉を酷使した為、豊和は明日は筋肉痛で動けないと思っていた。しかし、今では筋肉に溜まったはずの疲労はきれいさっぱり消えていた。
【当機の大浴場で使用されている人工温泉は新陳代謝を高め、身体機能を回復させる効能が御座います。マスターの健康状態が回復したのも、その影響でしょう】
「すげぇな、この温泉。チートじゃん。コレに毎日入って体の調子が良くなるなら、魔物との戦いもやれそうだな」
豊和は知らない。
この温泉は豊和の体内に存在するナノマシンウィルス"Nemesis-α"を極限活性化させる為、高濃度のアデノシン5-三リン酸が配合された純培養液である事実を。溶液中のATPエネルギーを皮膚から取り込んだナノマシンウィルスが豊和秋男の新陳代謝を数十倍に引き上げ、加齢で損傷していた細胞組織をおぞましい速度で超再生させていたことも。ナノマシンウィルスに感染した彼の肉体は普通の人体と呼ぶには少々不都合な代物になっていた。
「風呂が終わったから、次は飯だな」
そんな事は露知らずに豊和は呑気にタオルで身体を拭く。
「スフィア、飯は何処で食べれるんだ?」
【マスターの自室の隣に位置するダイニングで御食事を御提供が可能です。案内致します】
「頼むわ」
用意されたラフな服を着た豊和は大浴場を出て、居住区の廊下を歩く。大浴場からリビングルームまで歩いて二十秒ほどだった。
リビングルームに入った豊和は机に着く。
【マスター、お水で御座います。】
「おっ、サンキュー」
豊和は出された水を飲む。風呂で汗を流した分、水がおいしく感じられた。
【マスター、御夕飯は何に致しますか?】
「何だか風呂に入った後から、やたら腹が減っているんだよな。がっつり食いたい気分だ」
【了解致しました。では、肉料理系統のメニューを御渡ししますので、好きな料理を御選び下さい】
豊和の目の前にファミレスでよく見掛けるメニュー表が出現する。豊和はメニューを手に取り、中身を流し読みすると、多種多様な料理が彼の目に飛び込んできた。
「いや、めっちゃ多いわ。種類ありすぎて選べねぇぞ」
【かしこまりました。では、僭越ながら当機が御食事を選らばさせて頂きます。少々御待ちを】
超大型航空ドローンの人工知能は豊和のナノマシンから彼の気分や食生活などのデータを収集、最適解に最も近しい選択を彼が地球にいた時の蓄積データから拠出して算出する。
【では、シンプルにステーキ丼は如何でしょうか? 最高品質のA5ランク黒毛和牛を御用意出来ます】
「丼物か。いいな、それ。今日はそれを頼むわ」
【承りました。では、少々御待ち下さい】
スフィアがそう話した数秒後、机の上にどんぶり鉢が出てきた。
「早っ! 出るのに十秒もかかってねぇぞ」
【当機の機内食サービスは、全てのメニューが注文から5秒以内に御提供可能です】
「牛丼よりも早い」
豊和は丼ぶりの蓋を開ける。中からは厚切りステーキが乗つかった炊きたて白飯が出てきた。肉には玉ねぎベースのステーキソースが掛けられている。
「おぉ、旨そうじゃん」
【ステーキは100g価格20000円の霜降り和牛サーロインです。白米も魚沼産コシヒカリを使用しています】
「はぁ~。無駄に豪華だよな」
【当機はマスターが快適に過ごして頂く事こそ第一優先項目です。その為ならば、最高峰の機内サービスを御提供するのが当然の義務と考慮しています】
「まぁ、飯が旨いなら何でもいいか。じゃあ、いただきます」
すっかり腹を減らした豊和はステーキを頬張る。ほどよい柔らかさの肉を噛めば、脂の載った霜降りが溶け出し、霜降り和牛の"旨味"が溢れだす。
「うぉ! マジか! 超うめぇ」
最高品質の霜降り肉の美味さは、豊和の想像を遥かに越える代物だった。安物肉のドぎづい脂っぽさとは違い、舌を蕩けさせるほどの上品なジューシーさがあった。普段からコンビニ弁当やらファーストフードばかり口にしていた豊和にとって、A5ランクの霜降り肉は異次元の美味さだった。
「ガチでうめぇ。こんなに脂身が入ってくるのに、脂っこさがしつこくない。いくらでも食える」
本来ならば脂身の多い肉を一気に食うと、脂っぽさで胃もたれするものだが、この肉はそんな事がなかった。あまりの美味さに豊和はバクバク食べる。
「いい肉ってマジでうまいだな。流石は黒毛和牛、底辺社畜時代だったら絶対に食えなかったわ」
【御味は如何でしょうか?御満足頂けると幸いですが】
「あぁ、文句なしだわ。口コミレビューで星五を付けるレベル」
豊和は最高級の霜降り和牛ステーキに舌鼓を打ちつつ、ガツガツと食らう。
◆◇◆
「はぁ~。食った食った。ごちそうさん」
五分後、豊和はすっかりステーキ丼を平らげた。どんぶり鉢には米粒一粒さえ残っていない。
「いや~、くっそ旨かった。ここの飯はマジでレベル高いな」
【マスターに御満足頂けた様で何よりで御座います。食後のデザートは如何致しますか?】
「デザートまであるのか、至れり尽くせりだな。じゃあ、適当にアイスをくれ」
【御注文の方、承りました。少々御待ち下さいませ。直ぐに御準備させて頂きます】
数秒後、リビングテーブルからステーキのどんぶり鉢が消え、代わりにの高級アイスクリームのカップが出現する。
「おっ、ハーゲンダッツじゃん。スーパーだと高いから、滅多に食えないだよな~。味はクッキー&クリームか?」
見知ったアイスクリームに少しテンションが上がった豊和はハーゲンダッツのカップを手に取り、蓋を開けて、フィルムを剥がす。そして、チョコクッキーが混合されたバニラアイスを備え付けスプーンで掬い、口に運んだ。
「はぁ、最高なもんだ。がっつりステーキを食った後だから、ハーゲンダッツが余計に美味く感じるわ」
豊和はクッキークリーム味のハーゲンダッツを堪能しながら、どんどんアイスをスプーンで掬って食べる。一分もしない内にハーゲンダッツのカップは空になった。
【マスター、御代わりは如何ですか?】
「二個目とかマジか。じゃあ、ストロベリー頼む」
【承知致しました】
数秒後には空のカップは消え、今度はストロベリー味のハーゲンダッツが出現する。豊和は手に取り、ハーゲンダッツを食べ始める
「はぁ~食い放題とかヤバ過ぎだろ」
豊和は豪勢な食事を食って、満足する。
「こんだけ食ったら、太りそうだな」
【御心配には及びません、マスター。マスターが摂取した余剰カロリーは血中に存在するナノマシンが吸収、緊急時の生命維持エネルギーとして量子変換及び圧縮貯蔵されます。故に御食事を為さっても、脂肪蓄積や体重増加に繋がる事はありません】
「どんだけ食っても太らねえとか、ガチのチートじゃねぇか。ナノマシン、女が欲しがりそうだよな」
【寧ろ、生体ナノマシンが円滑に活動する為、マスターには高エネルギーな御食事を摂食して頂く事を推奨されています。緊急時の生命維持には多大なエネルギーを要します故に】
豊和の感染しているナノマシンウィルスが細胞組織の超再生を行う際、莫大なカロリーを必要とする。故にナノマシンウィルスには余剰カロリーを内部蓄積し、緊急時に蓄積カロリーを消費する機能が備わっていた。
【マスター、明日のスケジュールについて御相談なのですが】
「明日の予定? 今日と同じ射撃訓練じゃないのか」
【いいえ、今回のトレーニングスコアからマスターは初回任務に遂行可能な水準に達した、と当機は判断致しました。故に次の段階へ任務進行を御提案致します】
「つまり、どういう事だ?」
豊和はスフィアの言った"次の段階"という言葉に首を傾げる。
【豊和様、明日から地上探索へ行きませんか?】