003 H&K MP5をぶっ放す!
「で、その邪神やら魔王をぶっ倒すにはどうすりゃいいんだ?」
【先ずは周辺地域の魔物を討伐して、ノーブルと取引する為の対価を集める事が先決です。その為にはマスターに小火器類の取扱基礎を学んで頂く必要があります】
「つまり、俺が銃を使えるように訓練するって事か?」
【肯定。先程も述べたように機内には屋内射撃訓練場が備わっております。今日はそこで射撃に関する一連の動作を学んで頂きます】
では此方へ、とスフィアは豊和を居住区から射撃訓練場へと案内する。
「そういや、この居住区ってかなり広いし、中身も割りと豪華だよな」
【当機の居住区はマスターが快適に御過ごし頂けるように設計されています。内装はブルガリやザ・リッツ・ガールトン等のスイートルームを参考にデザインしております。毎日、宿泊料金50万円以上の御部屋で生活可能です】
「何だ、その無駄な金の使い方は」
【全てはマスターが快適に過ごせる為です。当機は世界最高の生活環境を提供し、マスターの心身状態を最高に維持するのも任務の一つです】
「……まっ、住めれば何でもいいや」
そうしている内に豊和は射撃訓練場にたどり着く。射撃訓練場はアメリカでよく見られる屋内型だった。薄い隔壁で仕切られた個別シューティングレーンが横に並んでいる。
「これが射撃訓練場か? 日本のエアガンショップにあるなんちゃって物とは違って、本格的なヤツだ」
豊和はレンジの一つに入ってみる。射撃訓練場は相当な広さであり、無機質な光景が果てしなく広がっている。弾止め用の防弾壁が見えない程だった。
「すげー広いな。一番奥が見えねーぞ。いったい、どれ位の距離なんだ?」
【当機の射撃訓練場は空間拡張技術を用いた最新設備で、距離2000mを誇ります。自動拳銃から対物狙撃銃まで訓練可能です】
「2000mだって? そんな遠距離は撃てねぇよ。50m先でも当たるかどうかだわ」
【適切な取扱い方法を学び、訓練を積み重ねれば、マスターでも充分に実現可能です。では、訓練プログラムを始めます】
「あぁ、頼む。何をすればいい?」
【先ずは基本的な自動小銃の取扱い方法から学んで頂きます。後方に設置してあるガンケースを開け、今回の訓練に使用する銃火器を取り出して下さい】
「分かった」
豊和はスフィアの言う通り、後ろに置いてあったガンケースを開ける。
8.9inchの短銃身、2-ポジションの伸縮型銃床、9x19mmカートリッジの30発箱型弾倉
ケースの中から物々しいサブマシンガンが姿を見せた。
「MP5か」
【正確にはH&K MP5A3です。MP5でもテレスープストックを装備した機種です】
「この銃はノーブルからさっきもらったのだよな?」
【肯定。本銃器は初期装備として使用制限解除された機種となります。現在、マスターが使用可能な小火器類はH&K MP5A3のみです】
豊和はケースからH&K MP5A3を取り出し、初めて実銃を持つ。
「うぉ。なんだコレ。めっちゃ軽い」
豊和はH&K MP5A3の手に取った際の感触に不意を付かれた。"実銃は重い"と云う先入観とは裏腹に、H&K MP5A3の感触はとても軽量だった。スチール特有の重量感が全く感じられない。
「MP5がこんなに軽かったのは知らんかった。下手したら女子小学生でもぶっ放せるじゃないか?」
【総重量3010g。作動機構もローラーディレイ方式を採用している為、射撃反動もマイルドです】
「俺でも使えるのか?」
【平均的な成人男性でしたら、容易に反動制御が可能です。では、マガジンを取り外して、カートリッジを装填して下さい】
豊和は言われた通りにH&K MP5A3の機関部のマガジンリリースを押し、弾倉を取り出す。マガジンの中身は空だった。豊和は射撃レーンに置いてあった9x19mmカートリッジを手に取り、マガジンに押し込んでいく。
「初めて実弾をマガジンに弾込めしたけど、結構楽しいな」
豊和はマガジンに9x19mmパラベラム弾が嵌まっていく感覚に楽しくなってくる。ミリオタでなくとも、マガジンの装填作業は意外と楽しい物だ。最初の一回だけは。豊和はカチカチと真鍮製のカートリッジマガジンを挿入していく。
「限界の装填数に近付くと、だんだんと固くなってくるな。すげぇ入れ辛い」
調子よく弾を装填していた豊和だが、23発目を装填している辺りからマガジンスプリングの反発で弾薬を嵌め難くなってきた。最後の30発目は無理やり押し込んだ感じだ。
「本当に大丈夫か、コレ? くっそギチギチだぞ」
【問題無しです。マガジンをレシーバーに装着後、チャージングハンドルを引いて、射撃準備が完了です】
豊和はフル装填したマガジンを挿し込み、銃身上部に位置するチャージングハンドルを引く。後退したボルトが弾薬を拾って前進する。バレルのチャンバーに弾薬が嵌め込まれ、閉鎖が完了する。これでH&K MP5A3は射撃可能となった。トリガーを引けば、いつでも撃てる状態だ。
「言われた通り、やったたぞ。で、何を撃っちゃいいんだ?」
【では、今回はサブマシンガンの使用に慣れて頂きます。今から20m先に静止標的を出現させますので、それをセミオートで命中させて下さい】
スフィアがそう言うと、射撃レーン上に正方形の物体が現れた。正方形は一辺100cmほどの大きさだ。中央にはシンプルな円が描かれている。
「……近くない?」
【今回の訓練はマスターが適切なサブマシンガンの使用方法を学ぶことを目的と設定しております。操作系統を習得してから、会敵距離100m先の射撃訓練を実施予定です】
「はぁ。まずは習うより慣れよ、という訳か。わかった」
そう言うと豊和はH&K MP5A3を構える。豊和は特殊部隊がテロリストと戦う映画を何度も見てきた。戦っていた特殊部隊はH&K MP5を使っていた。故に豊和もH&K MP5の構え方を見よう見まねで覚えていた。
「こんな感じか?」
【概ね正しい立射姿勢ですが、ハンドガードを握る左手がやや握り過ぎです。もう少し力を抜いて、銃身保持すれば完璧です】
「分かった」
豊和はスフィアの指示通りにハンドガードの掴む指の力を抜く。すると、先程よりも姿勢が自然体となり、ブレが軽減した。
豊和はH&K MP5A3のドラムサイトから正方形の標的を狙う。標的は20mと近距離に配置されていることから、狙うのは大して難しくなかった。
「実弾は初めてだから緊張するな」
【9x19mmParabellumは10才の子供でも扱えるカートリッジです。今回はサブマシンガンの使用に慣れて頂く事が目的ですので、特に気負わずに射撃して下さい】
「分かった」と短く返事した豊和はを構え直し、非光学照準を据える。
そして、狙いが重なった時にトリガーを引いた。
トリガーを引き切ると、ハンマーブロックとして機能するシアーが解除、ロッキングが外れたハンマーは勢い良く振り上がる。振り上がったハンマーはボルトと衝突、ボルト内部に位置するファイアリングピンは前進開始した。ファイアリングピンはチャンバー内で装填されているカートリッジを打撃、衝撃で爆発反応を示すプライマーが発火した。
弾けた火種は可燃性のガンパウダーへと飛び移り、膨大な熱量を生む爆発的燃焼を誘発した。四方を完全閉鎖されたチャンバーはガンパウダーの燃焼反応で極高圧負荷が掛かり、唯一の開放部であるカートリッジ先端の弾頭部へと殺到する。秒速300mで膨張する燃焼ガスに圧された120grainの弾頭は8.9inchバレルを回転通過、マズルから165dbの銃声と鮮やかな発射炎と伴って、秒速408mに達する高初速弾が射出された。
マッハ1.1の超音速で飛翔する金属体8.1gは僅か0.022秒で標的に到達、その高初速の運動エネルギーで以てして中央を穿ち、消えぬ弾痕を易々と抉り取った。
「……こわっ」
豊和はH&K MP5A3が吐き出した9x19mmParabellumの威力に驚く。たかだが世界中で普及しているピストルカートリッジだと高を括っていたが、その攻撃力は予想以上だった。
「初めて銃を撃ったけど、威力がエグいな」
【9x19mmParabellumはNATOでも標準指定されている軍用ピストルカートリッジ弾です。成人男性を一撃で即時無力化が出来ます】
「すげぇよ、MP5。ガチで最強武器じゃん。確かにコレがあれば、俺でも大抵の魔物は倒せるな」
豊和は再びH&K MP5A3のトリガーを引き、9x19mmParabellumを発射する。銃声の度にスフィアが用意した標的に穴が穿たれる。
「威力も凄いけど、その割には反動がマイルドだ。素人の俺でも余裕でコントロールが出来るし、狙う時もあんまりブレないな」
豊和はH&K MP5A3を撃った反動の軽さに感心する。ローラーディレイ機構は往復するガスピストンを廃した為、反動制御が極めて容易だ。射撃初心者の素人でも適切に構えれば、振り回されることはない。
豊和はH&K MP5A3のトリガーを調子良く引き、次々と9x19mmParabellumを標的に命中させていく。
そして、30発目を発射した時にH&K MP5A3は最後のカートリッジを排莢後、沈黙する。
「弾切れか」
弾を撃ち尽くした豊和はマガジンリリースレバーを押して、空マガジンを落とす。ボックスマガジンが、カタンと小気味良い音を立てた。
「スフィア、新しいマガジンはあるか?」
【マスターの御手元にフルロードマガジンを10本送付致します。少し御待ち下さい】
スフィアがそう言うと、射撃レーンのテーブルに新たな装填済のマガジン10本が出現した。「サンキュ」と短く礼を言った豊和はマガジンの一つを取り、マガジンハウジングへそのまま差し込もうとする。
【マスター、ローラーディレイシステムを搭載するH&K MP5はコッキングピースを操作して、ホールドオープン状態でリロードしてください。クローズドボルト状態で装填すると、ローラーボルトが破損する恐れがあります】
「そういや、MP5だからHKスラップが必要だったな」
豊和はバレル上部に位置するコッキングピースを後退させ、ロックスリットに引っ掛けてH&K MP5A3をホールドオープンさせる。そして、マガジンを差し込んだ後にロックスリットに固定されているコッキングピースを叩き、ボルトを強制前進させた。ローラーボルトは前進しながらマガジンのカートリッジをチャンバーへ装填する。
「リロードが終わったぞ。次はどうすりゃいい?」
【次はフルオート射撃を御試しになっては如何でしょうか? セレクターを一番下の"F"のポジションへ変更して下さい】
「分かった」
豊和はのセレクターを30°回転させて、"S"から"F"へと移動させる。内部のトリガーメカが調整され、ハンマーブロックの位置が変更された。
【その状態でフルオート射撃が可能です。トリガーを引き続ける限り、カートリッジが連続発射されます。射撃の際は御気を付けて下さい】
「分かってる」
豊和はやや緊張した様子でトリガーに軽く触れる。アメリカでもフルオートで射撃出来る機会は限られる。殺傷力の高いフルオート火器は民間所有が原則的に禁じられているからだ。基本的にフルオート火器は軍組織か法執行機関のみに配備されている。
そんなフルオート火器を今から撃つことに緊張しているのか、表情を固くした豊和は銃を持つ腕をがちごちに強張らせていた。
「行くぞ」
【どうぞ。反動制御には充分な注意を】
豊和は恐る恐ると云った様子でのトリガーを引いた。
その瞬間にH&K MP5A3は全自動射撃を開始、初速405/sの9x19mmParabellumを0.086秒ごとに吐き出す。僅か一秒間で12発も撃ち出された銃弾は、スフィアが用意した静止標的を極短時間で完全破壊した。
数秒後には、無残な蜂の巣と化した標的と弾薬を吐き尽くしたH&K MP5A3の姿があった。
「…………マジでヤバ過ぎだろ、コレ」
H&K MP5A3の30ラウンド-フルオートは豊和の予想以上だった。あの熾烈な攻撃を受けたら、どんな敵でも無事では済まない。豊和にそう思わせる程の威力だった。
「でも、結構外しているな。当たったのは四割ほどか?」
【先程のスコアは、発射弾数30ラウンドで命中弾数16ラウンド、総合命中率53.6%です】
「やっぱり、半分は外れちまうか。分かってはいたけど、9mmパラでもフルオートは反動が結構キツいな。後半は狙いがめちゃくちゃブレてた」
【今回の射撃訓練の目的はサブマシンガンの基礎動作を習得する事です。先ずは適切な使用方法を完全にしましょう。命中率は射撃を繰り返していれば、自然と向上します】
「そんな物か」
豊和はH&K MP5A3の空マガジンを外し、装填済のマガジンを差し込む。ボルトリリースを押せば、再び射撃可能な状態に移行する。
【今回はセミオート射撃を重点的に反復訓練しましょう。実戦ではセミオート射撃の使用率が八割程度です。先ずは残りマガジン9本を使い切るまで、セミオート射撃を御願い致します】
「分かった」
豊和はセレクターをフルオートからセミオートへ変更し、H&K MP5A3を構え直す。そして、ドラムサイトを新しく出現した標的に重ね合わせ、トリガーを引いた。
◆◇◆
【今回の訓練射撃は終了致します】
合計マガジン11本分、330発の9x19mmカートリッジを撃った豊和は一息だけ吐き、構えていたH&K MP5A3の銃口を下ろした。その顔には疲れの色が見える。
【御疲れ様です。今回の訓練射撃は如何でしたか?】
「……初めの方は割りと楽しかったけど、後半はしんどかった。やっぱ、銃は重いわ」
豊和は銃を持ち続けた腕を伸ばしながら、揉みほぐす。射撃訓練の開始時は"軽い"と感じていたMP5も、セミオート射撃を続けて行く内に段々と"重く"なっていた。
発砲時の反動を受けている腕は次第に疲労が溜まっていき、最後のマガジンを差した時には20m先の照準もブレていた状態だった。
「リコイルが軽めでも何十発も食らうと、腕が疲れるな。運動不足の社畜にはしんどいわ」
【マスターの反動制御が上達すれば、より疲労の蓄積が抑制されます】
「反動制御か……。今日だけでかなりの弾数を撃ったけど、全く慣れなかったわ」
豊和は射撃訓練で持っていたH&K MP5A3を机に置いた。エジェクションポートから見えるボルトはガスの黒煤で汚れている。
「このMP5はどうすりゃいいんだ?」
【当機が後ほど回収しますので、その射撃訓練場に置いて下さい。分解清掃や部品点検は此方でやらさせて頂きます】
「分かった。頼む」
豊和は撃ち終えたH&K MP5A3を射撃レーンのテーブルに置く。すると、H&K MP5A3は一瞬でその場から消え去った。
「そういえば、マガジンを出したり、MP5を消したり、便利な機能だよな。これもチートか?」
【当機の戦術支援システムの量子格納庫です。物質を質量を持たない量子へ変換する事で、マスターの半径10m以内にて静止物体を回収及び展開する事が可能です。量子格納庫は容量無制限であり、内部では時間経過は発生しません】
「つまりは異世界チートお約束のアイテムボックスか。そりゃありがたいな。弾薬をじゃらじゃら持ったりしないで済む」
【本機能は予備弾薬や野戦糧食と云った携行物資量を倍増させ、補給関連の諸問題を完全解決する事が可能ですが、戦闘装備はマスター自身が携行する事を推奨します。量子格納庫はマスターが戦闘状態時には機能制限が課せられる為、御利用頂けません】
「戦いの時は手持ちの武器しか使えないのか」
【肯定。故に地上では突発的な交戦に備え、マスターご自身で銃火器を携行し、戦闘装備を着用する必要性があります】
「分かった。覚えとく」
量子格納庫の説明を聞き終わった豊和は射撃場を後にして、休む為に居住区へ向かう。
【マスター、今後はどうされますか?】
「取り敢えず、居住区で風呂と飯を済ませてからベッドで寝る。流石に300発も撃ったから今日は疲れたわ」
【了解しました】
H&K MP5A3
銃全長 700mm
銃身長 8.9inch
総重量 3080g
使用弾薬 9x19mm
装填弾数 30-Round
作動方式 ローラーディレイ-ブローバック式
H&K社が1964年に製造したサブマシンガン。西ドイツ軍の主力小銃HK Gew3を9x19mmピストルカートリッジにスケールダウンさせる形で開発された。遅延機構にローラーディレイを採用しており、シンプルブローバックよりも射撃反動が約40%ほど低減している。一挺の製造コストが30万円前後と非常に高価なサブマシンガンだが、射程100m以内ならば極めて高い命中精度を誇る。
世界各国の法執行機関から採用され、対テロ特殊部隊の近接制圧用途の火器として運用されている。