001 異世界行きとかふざけんな!
「おめでとうございます! 豊和秋男さま! 幸運な貴方様は異世界へ行く事が決まりましたよ!」
凄まじい肥満体のビジネススーツを来た白人男性がそう言った時、うだつの上がらないおっさんの豊和秋男は間抜け面で「ほわっと?」とこれまた間抜けな返事を返すしかなかった。
豊和秋男は今年37才になるパッとしないアラフォーおっさんの工場作業員だ。先ほどまで単調な取り付け作業を繰り返す仕事を終え、家のボロアパートでようやく一息付いていた。その日はいつも以上の激務だった為、飯も食わず、風呂すら入らず、そのまま床に突っ伏して寝てしまった。そして、今さっき起きたらこの意味不明な状況だ。
「おっと、これは名乗り遅れまして申し訳ありません。私めはノーブルという者です。どうぞ、お見知り置きを」
"ノーブル"と名乗った肥満体の白人男性は贅肉で膨らんだ巨躯を折り曲げ、ご丁寧にお辞儀する。目の前の男の丁寧な態度に思わず豊和も「あっ、どうも」と返した。豊和は数秒ほど考えた後、真っ先に思い浮かんだ疑問を肥満白人に聞く。
「あのすみません…。異世界ってどういう事すか?」
「おや? 異世界をご存知ではないと? おかしいですな。豊和さまの暮らす日本では異世界チートハーレム小説が流行っているはずと聞いておりましたが……」
「いや、分かるよ、異世界チーレム物。ネット小説でめっちゃ書かれているアレだよね。パッとしない主人公がチート能力もらって、異世界で無双して、助けた女の子とハーレム作るやつ。前に何度か読んだけど」
「そうです! それで御座います! いや、よかった。豊和さまが知っている方でして。それならば、こちらも話が早くて助かります」
肥満白人は豪勢な装飾が付いた襟首を正し、困惑を隠せない豊和に勿体付けて話を進める。
「先ほどもお話した通り、豊和さまには剣と魔法のファンタジー異世界へ行って頂きます。その世界では魔族と人間がずっと戦っていたのですが、ここ数年前から魔族側に強大な邪神が現れましてな。それから魔物が優勢となり、今では人類の58%ほどが死亡してしまいました。このままですと人類は滅んでしまいます。そこでやって貰いたいのは、人類を滅ぼそうとする"邪神"とその配下である"八魔王"の討伐。次いでに増えすぎた魔物の駆除。要は貴方様には勇者となって、異世界を救って頂きたいのです!」
「……マジ?」
「ええ、おおマジで御座います。豊和さまでしたら必ず世界を救って頂けると、私めは確信しておりますな」
「いやいや絶対無理だって! 俺はごく普通の工場作業員! 喧嘩だって一度もした事がない! 50m走だって9秒台の運動音痴! そんな俺が魔王や魔物がうじゃうじゃいる異世界に行くだって? 秒で瞬殺されるわ!」
豊和は捲し立てる。当然だ。豊和は平和な日本で暮らしてきたアラフォーおっさんな一般市民であり、戦闘技術も実戦経験もない工場作業員だ。そんな彼が魔王や魔物の魑魅魍魎が蔓延る世界へ行った所で、命を落とすのは火を見るより明らかだった。が、肥満白人は微笑みを崩さず、焦る豊和を宥める様に話す。
「ほっほほ。成る程、成る程、確かに豊和さまの心配もごもっともですな。ですが、ご心配には及びません。異世界と云えば特典が付き物。当然、豊和さまが快適に異世界無双が出来るように特典をきちんとサービスさせて頂きます」
そう言うと、肥満白人は何処からともなく"ソレ"を取り出し、そして"ソレ"を豊和に渡す。
「まずはお近づきの印のサービスで御座います。どうぞ、お納めください」
豊和は肥満白人から差し出された"ソレ"を恐る恐ると云った様子で手に取る。"ソレ"はミリオタの豊和にとって見慣れた短機関銃だった。
「これは……」
「H&K MP5A3、サブマシンガンで御座います。戦闘時全長700mm、未装填時重量3080g、銃身8.9inch……ソレはフルオート-ポジション有りの軍純正品です。民間のクローン製品ではありませんよ」
「MP5だって? 本物の実銃か?」
肥満白人の話を聞いた豊和は興奮した様子で手にしたH&K MP5A3のマガジンリリースを押し、30ラウンド-マガジンを取り外す。マガジンリップからは装填された9x19mmParabellum弾がやや曇った金属光沢を放っていた。
「うげっ。実弾じゃないか。MP5は民間流通は殆ど流通してないレア物だ。こんなの、何処から手に入れたんだよ」
「ほっほう! よくご存知で! 流石は豊和さまと云ったところですな。それの調達先は企業秘密ということで、何卒ご容赦を。それでして、お気に召されましたかな?」
「お気に召したも何も。まさか、コイツを持って剣や魔法の異世界に行けと? サブマシンガンで魔王を倒してこいと?」
「ボンシャンス! その通りで御座います! 行く先の異世界は中世16世紀程度の文明レベル。そこで暮らす人々は主にロングソード等の武器で魔物と戦っております。そんな世界で現代兵器を使えるとは、正に"反則"でしょう? 勿論、MP5以外にも様々な兵器をお渡しすることが出来ますよ。少々のお代は頂戴しますがね」
「お代だって? まさか、他の銃器を入手するには金が要るのかよ」
「いえいえ、お金なんて一銭たりとも要りません。私めが通貨として用いているのは"悪に染まった魂"。例えば、人を喰らう魔物であったり、悪逆非道を尽くした魔族であったり、そういう魂を私めが提供する現代兵器の対価として頂きたいのです」
金は要らない。欲しいのは魂。怪しげな装いの肥満白人のそんな言葉に豊和は首を傾げる。
「魂が通貨だと? どういう事だ?」
「そうですな。端的に換言させて頂きますと、豊和さまが異世界で魔物を倒せば倒すほど、貴方様の手元に倒した魔物の魂が集まっていきます。そして、集めた魂を私めに支払って頂くことで、より強力な兵器類を解除可能となる訳です。ご理解頂けましたかな?」
にこやかな笑みを崩さない肥満白人の話を聞き、豊和は少しだけ考え込む。
「つまり、俺が魔物を殺せば、魂が集まる。その魂をノーブルが買い取る。買い取った分だけ俺は兵器をノーブルから買える。そんな感じか?」
「全くもってその通りで御座います。これこそが特典"ホワイト・マーケット"なのです。補足となりますが、より強力な魔物ほど魂の買い取り価格が高値となり、より強力な兵器ほど販売価格が高額となりますよ」
ビジネススーツ姿の肥満白人は大仰に豊和秋男の方へ向き直り、とても愉快な様子で話を続ける。
「豊和さまが魔物を倒していくほど、対物ライフルとかヘビーマシンガン等の重火器や勿論、主力戦車や戦略爆撃機と云った大型兵器も買う事が出来て、より沢山の魔物をぶっ殺せる!こうして貴方様はどんどん異世界最強の勇者へとなっていく訳ですな!ほら、これでしたら世界を救うのも簡単でしょう?」
「待て待て。何の技術も経験もない一般人が現代兵器を持った所で、どうしようもないだろ。俺はゴブリンやスライムにすら殺される自信があるぞ。それに兵器を使うは整備や修理をやれる設備が必要だ。弾薬や交換部品の消耗品だって要る。そういうのがなければ、ただの鉄屑と一緒じゃねぇか」
「そこは大丈夫で御座います。私めはそういうアフターサポートに関しても万全を期しております。豊和さまには"ホワイト・マーケット"の他にも異世界特典をサービスさせて頂きますよ。では、此方をご覧ください」
ふと肥満白人は脂ぎった手をかざし、立体的映像を出現させる。近未来感を漂わせるホログラムから鋭角的な三角形の機体が映し出されていた。
「何だこれ? 全翼機? B-2スピリットに似ているな。ステルス爆撃機か?」
「ほっほほ。確かにこれはステルス機ですが、B-2 Spiritのような安物の戦略爆撃機ではありませんよ」
本体価格17億$のB-2を安物と言い放った肥満白人はその脂肪だらけの巨体を大げさに振り回し、とても自慢気に紹介を始める。
「これは超大型ステルス無人航空支援母機MQ-151 Sphere……豊和さまの快適な異世界ライフをサポートする為にご用意致しました自律制御式の軍用ドローンです」
「ドローンだって?」
「えぇ、そうで御座います。カタログスペックは全翼長337m最大離陸重量2800t巡航速度850km、機体内部は空間圧縮技術により従来よりも場所が拡張されておりまして、豊和さまがくつろげる200坪の居住区、2000m屋内射撃訓練場や銃火器収蔵室の他に装甲車輌保管庫及び航空機格納庫、そして豊和さま本人や支援用兵器を転送させる空間転移装置、後は他の御客様が暮らせる客室……このように異世界に於ける豊和さま専用の総合軍事基地と活躍出来る航空ドローンですぞ」
肥満白人は自慢気にホログラムに映ったドローンの説明を続ける。
「販売価格は2200億$……日本円に直しますと31兆252億4362万円の値段が付く代物ですが、今回は私めが特別に手配させて頂きました。これで補給関連は解決です。いかがですか?」
「待て待て待て待て! なんだ、その無茶苦茶な飛行機は。全長337m? 米軍の原子力空母並みのデカさじゃねぇか!そんな化け物が空飛んでたら滅茶苦茶目立つわ!」
「ご心配なく。この機体はステルス光学迷彩と電磁波吸収量子膜を常時展開しております。地上からの目視は勿論のこと、赤外線レーザー探知や長距離波レーダー探知も絶対に掛からない完全ステルスを誇っておりますぞ。その代償として武装類は一切存在しませんが」
「はぁ!? 武装無し!? じゃあ見付かったらどうすんだよ!?」
「絶対に発見されることは万が一にも有り得ませんが、被発見時には格納されている制空戦闘機を空域に転送させた後、敵の迎撃に当たらせますな」
肥満白人は近くにあった椅子に座った。そして、いつの間にか机に置いてあったコーラの瓶を手に取る。
「と、まぁ。豊和さまにお渡しする特典はこの二点で御座います。此れ程の特典があれば、魔王討伐も簡単に達成出来るでしょうな。ほっほほ!」
肥満白人はご満悦な様子で座った椅子にふんぞり返り、コーラを飲み干した。もう話すべきことは話したと云わんばかりに。
「では、今から異世界への転送を始めさせて頂きます。豊和さま、お覚悟はよろしくて?」
「いやいや待て待て! 俺は異世界に行くなんて、一言も言ってねぇぞ! 現代兵器チートも空中要塞みたいなドローンも要らねぇから、元の場所に戻してくれ!」
「大変申し訳御座いませんが、そのお願いはご期待に添えませんな。豊和さまには異世界を救って頂かないと。此方も困りますので」
「お前らの事情なんて知らねぇよ! こっちは明日も仕事で早出残業なんだ!どうでもいいから、俺を地球に早く帰せ!」
「そうですね……では、邪神と八魔王を討伐しましたら、地球へ帰れるように取り計らいましょう。もっとも、その頃の豊和さまは何やらかんやらで帰れない状況だと思われますが」
肥満白人は空き瓶のコーラを放り投げ、徐に立ち上がる。そして、右手を大きく振り上げ、まるで見送りのような出で立ちで手を降った。
「では、お待ちかねの異世界行きのお時間です! 豊和さま、異世界生活をお楽しみください! オルボワール!」
「ふざけんなあぁぁぁぁぁ!!」