64.聖女はダンスムービーに出るの
ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃと、音楽が聞こえてきたのは下から。アリスは、豪華で古めかしい寝台から起き上がる。
なんだろう。にぎやかな笑い声、キャンプファイヤー?
窓の方へ向かい、古めかしくて重いカーテンをかき分けて窓の下をみる。どうやら、中庭があって、それを正方形の内部城壁で囲む形だ。アリスがいるのはその一辺、向かい側の窓の下方は明かりがつき、左右は薄暗い。音楽ににぎやかな声、まさか下で舞踏会でも開いているのかとおもうけど、まさかね。
でも嬌声や音楽はそうとしか思えない。――ホーンテッ〇マ〇ション。お化けたちの舞踏会。夜になるとお化けが目覚めるという設定はたまにあるけど。
ドアを叩く音に、びくりとしてしばし声を止める。
「アリス、俺だよ」
レジーさん……。
「迎えに来た、いいかな」
「……はい」
返事をした途端に、両開きになる扉。ひっ、自動ドアじゃなくて、まるで勢いよく風が外から拭いた感じ。でもそこに立っていたのはレジー。
「気が付いていると思うけど、下で舞踏会を開いている」
「真夜中に開く?」
まあパーティは夜だよね。でもこんなに人はどこに?
「わかっているかな? 僕の国民たちは死んだ。夜になると蘇る」
「私は死ぬんですか」
「まさか」
美形が影のある笑みで笑っている。差し伸べられた手は大きくて、逞しくて、こんなイケメンに誘ってもらえることは一生ない。
「踊ってもらえるかな」
「はい」
返事をした途端に、衣装がドレスに変わった。この機能いい! ふわりと、ではない。重い!
まるで魔法少女のように一旦裸になる、ポーズを勝手に決められてその上に空中にあらわれたコルセットががちんとはめられて、次にガードル、そしてふんわりとしたボンネット、ちょっと待て!!!
コルセットひもを何者かが背後で絞めてくるんだけど、痛い、苦しい、痛いよ!!
そう、コルセットはクジラの髭が入っていると聞いた。時代によって違うらしいが、最盛期では一枚に三百六十本とか、拷問具。ウエスト五十センチがコルセットでウェスト三十六センチになるとか、壁に腕を巻きつけながらアリスはあえぐ。
まてまてまて、魔法少女は戦えないぞ。すでにギブアップだ。ボンネットは芯がぐるりと入っていて馬鹿みたいに揺れているし、これで動けるの!? どMじゃないから!
「もう少しもう少しお手柔らかに!! 時代設定もう少し先に! 十八世紀はいいので、十九世紀後半ぐらいで。なんならセーラー服とか、ミニスカで!
叫べば、コルセットは柔らかめに変わっていた。さすがにマリーアントワネットのネグリジェ風フランネルのドレスにはしてくれなかったけれど、ドレスは深緑色、刺繍は花模様でピンクと白、コルセットが緩くなったから胸は強調されてなく……ない。
そうか、あの胸マシマシレオタード脱いだから、デカさが強調されてしまった。
日本のブラは、モリモリスポンジで谷間強調ブラが多いけど、自然に大きくなったアリスのも負けていない。
まあ、レジーさんに見せるならいいか。デコルテをだして腰には二重のリボン半レースの半袖、そして長手袋。何よりもドレスの上を覆う総レース。
「お嬢様、素敵です」
何人か後ろの侍女の方々に手を叩かれている。この人だれ。
けれど、しずしずと半円の巨大階段を降りていくと階下ではメヌエットを踊っていた人たちの目が向けられる。何よりも、緩やかな金髪を後ろに一つにまとめ、鋭くも緑の眼をきらめかせアリスを見上げたレジーがカッコよすぎてぽーっとしているうちに、階段を降りてしまい、後は夢見心地のまま手を引かれてメヌエットに参加してしまった。
そういえばイヴァンたちはどうしたんだろう? 聞こうとして彼が自分の唇に日本指を立てて制止する。ちょうど流れてきた音楽に慌てて体を揺すると、自然にリズムに乗り出した。
いい、これいい!! きっと今の私たちはムービーに変わっているはず。夜会巻きの髪型に真珠の櫛、いくつかの煌めくダイヤモンドの飾りを額に垂らし、レジーと手を取り合い見事なメヌエットを踊る。
踊り方なんて知らない。けれど、足が左右に、上下に動き、ターンしてそのあとは彼の背にまわされた腕にあずけてわずかにのけぞる。音楽は知らない、きっとゲームのオリジナル楽曲だ。と、気づいて身体がこわばる。
このゲームのムービー、誰が見てんのよ。プレイヤー? 一瞬ギョッとしたけど、割り切るのもありだな。楽しもう、変な世界だけど。
と、割り切ったのにさらに冷や水を浴びせかけられる事件が起きた。
「レジナルド?」
声をかけられて、二人で振り向く。そこには、彼より年配の男女がいた。王冠を被った男性と、ティアラの女性。金髪とこげ茶色の髪の二人は優しい目をしている。瞬間的に悟る、レジナルドの両親だと。
「素敵なお嬢様ね、紹介して」
お母様らしき方に言われたけれど、レジーさんはアリスの方を見てまた人差し指を口に当てて黙っているように言う。頷くと、彼は寂しげに笑う。彼自身も言葉を発しない、そしてよく見たら二人が透けているのがわかった。
「……レ……」
彼に言いかけて、黙る。よく見たら、他の人々も同じように同じように透き通っている。これは――つまり、そういうことだろう。
自然にレジーの誘導でバルコニーへと誘われる。
そこには誰もいなかった。真白の床に左巻きで蔦細工のアラバスターの手すり、そこに誘われて、庭の迷路を見下ろす形で二人並ぶ。
唐突に彼が抱きしめてくる。引き寄せるのではなく、彼の方から歩み寄りそのままの形で腕ごと身体を抱きしめたのだ、顔を上げたままのアリスにそのまま囁く。
「レジーさん」
「ごめん、アリス、そのままで」
唐突に花火が揚がる、それはたくさんお城の頭上で花開きこれがラストのフィナーレだと思わされるもの。一瞬ここで告白、と思いそうになったけれど、強く背を抱きしめたのとその前の彼の口調が切羽詰まり、おまけに苦しそうだったから何か違うと思った。
そしてそれは当たっていた。いきなりの叫び声がお城の中から響いてきた。ガラスが割れる音と、金属が転がる音、そしてバチンバチンというキャンプファイヤーのような火がはぜる音、きな臭さ。
悲鳴が混じり、目をやってアリスは思いきりレジーをつき飛ばそうとする。
モンスター! じゃなくて魔物、どうでもいい。大きな棍棒をもって膝まである長い手をブランブランさせて歩んでくるのは何の魔物だ。
「ブランブラン、だ」
私、魔物の名前当てた! すごい、予知聖女! 確立というよりもはや予言。聖女能力? でも何の役にも立たない。
頭の毛がモンブランみたいにもじゃで黄色いから、あてちゃったの? でもこれは食用に適さないと信じたい、だって受け口で下あごから覗く歯と一重の眼が睨みつけていて凶悪そう、人型でいわゆるゴブリンとかそっち系?
「違う、その……幽鬼型だ、アリス俺の後ろにいてくれ」
え、と思えば、ブランブランは大量にあふれてバルコニーへと押し寄せてくる。まるでこちらが標的だと気付いたかの様。その首を傾げて歩く様子に何かが似ているとおもう、そう……ゾンビだ。
すちゃっとレジーがクレイモアを背から抜く。夜会用のジャケットなのに先ほどはなかったクレイモアはどこから出した、とは聞いてはいけない。ただし苦悶様の表情を浮かべている。
いつもどこか苦し気なレジーの理由がついに明かされそう、と思う。
というのも、ブランブランに対峙してもレジーは後退するだけで向かっていこうとはしない。
今まで彼は魔物にあっても積極的に倒していたし、ゲームの中でもそう。アリスに片手をだし、手を出すなというのと同時に、庇おうとしている。
「レジーさん」
「すまない、アリス」
今日何度目だろうか。
ブランブランは手や頭、目ん玉をブランブランと振りながら迫ってくる。表現が稚拙! ていうか、脳や神経系が破壊されているなら動けないよね。なんで足が動いてるのさ、歩けるのさ。
身体の動きってすごく繊細なんだぞ、一つの神経が途絶されただけで、動けないのに最初のゾンビ系を考えた奴が馬鹿だからこんなイメージができたんだよ。
せっかくのデートイベントが!
文句を垂れながらも気がついた、どこからも悲鳴が聞こえてこない、城の中からは誰も逃げてこない。先ほどのホログラムは燃えた?
「――あれは、記憶なんだ」
やっぱり。つまり過去の出来事なんですね、よくあることです。
「そして、このブランブランは――城の者達の姿」
「え。え?」
苦し気に漏らした彼を二度見する。だってゾンビだよ。
「この先頭の二人は両親、その後ろは妹と弟だ」




