63.聖女は看護師から生まれ変わるの
身体が固まる、なんて答えていいのかわからない。美しい瞳は宝石のようなエメラルド。その前に流れる金髪、逞しい身体、優しい手のひらは熱く自分が握られているのが信じられない。
「あの、あの……それって私に言ってるんですか?」
信じられない。だって私だよ!? 確かに、並みの日本人よりは美人であるけれど何のとりえもなく聖女候補であるだけ。この世界には美女がたくさんいるのになぜ?
「なぜとは?」
「信じられません。だって私こんなにもてたことない!」
そう、私はもてたことがない。看護師の彼氏いない率、未婚率は高い。何しろ看護大学は実習と授業がみっちり、サークルもしょぼい、一年次こそ多少のバイトができるが、勉強は海外の大学と同じくらい厳しい。
その上、生徒は女子がほぼ。どこで出会えというのだ。
しかも就職してからも女性職場。休日は疲れて眠っているのが大半。マッチングアプリや合コンで出会うしかない、そういうのに来る男性は女性との経験皆無。
アリスは、自分の黒歴史を機関銃のように話す。
「結婚を申しこまれたのは二十回以上だよ! でも、『共働き、育児と家事は全てやって欲しい』とプロポーズで言われたの。出会って最初にだよ!」
次に出会った男性には、『君には満点だよ。マイナス要素が一つもない』と言われた。なぜ私は採点されているのだ。初めて会った男に。お前こそ、マイナスしかないわ! と言えずさよならした。
『僕は今、他の女子にも告白されてるけど、君の方がいいから早く返事して。ダメならそっち行くから』
『年収いくら? それ次第で決めたい』
『君は彼女にはできないけど、セフレにはしたいけどどう?』
これも初見の相手。
合コンにもなぜか既婚者が必ずいて、子供が産まれるのに『ホテル行こうか』と誘われる。
こっちは、彼氏を探している。浮気はごめんだというのに、まだまだ男を終わらせたくないという男性にモテる。
それが今! 完璧なイケメン男性に好かれている。
”小説家なんだろう“というSNSで仲良くなった”だろうサン“から「私、合コンしたことないから」というコメントをされたことがある。
「アンタ看護師に刺されるよ」と思ったのは秘密。
綺麗で、話も上手で仕事もできる先輩たちがほぼ結婚していない世界。彼女達は結婚したいと必死になってパーティや見合いを繰り返す。
既婚者の看護師は夫の大半が無職も多いからか離婚率も高い、不思議な世界だと言い訳したい。
ていうか、ホント男運のない自分がモテるのがさすがゲーム!
その時バンと観音開きの扉が開き、イヴァンが入ってきた。
「全て話は聞いた」
聞いてるなよ。
「俺のできる男っぷりは見ているだろう。実感しているだろう」
レジーと一緒に、イヴァンを見つめる。
「お前は、何を俺にしてもらった」
「……モンスター口につっこまれた」
「違う」
「……倒してもらって、助けてもらいましたよ」
「そうだ」
腕を組んでうんうんと頷いている。
確かに。イヴァンもイケメンではある。長めの前髪から覗く赤い目、それはミステリアスで、切れ長でシャープな顔の稜線にあっている。鼻筋も整っているし、闘いにおいては見惚れてしまうほど。
「男の人が、闘えるのと、背負えるのと、魚をさばくことができるのをはじめて知りました」
二人が黙る。現実世界ではあまり役にたたないなあ。
「それは重要ではない。どちらを選ぶか、だ」
「イヴァン、それを迫るのは酷だ。アリスが選びたいと思った時でいいと俺は思う」
「そんな悠長なことを言っている場合か!」
睨みつけるイヴァンに静かにレジーが対峙する。ですが、お二人とも。
私がどちらかを選ぶと決まったわけではない……、でもこんなイケメンに一時的でも取りあいされることはないだろう。選んでもいいかな。顔を眺めているだけでも楽しいかも。いや、ここ魔王討伐の殺伐とした世界ですけど。
デートではありませんけど。
「ここで選んだ男は、生涯を共にすると言っただろう」
そうだ! 結婚したら毎日毎時毎分、命令される。このDV男に。
いや、夜勤中、一分、一秒さえ追いつめられる仕事に比べたら。十六時間の夜勤でトイレさえいけない時もある。
辞めれて養ってくれるならいいとさえ思う、金があるなら。金次第だな。
金次第って言いかけてやめた。ここにはレジーさんがいた、あざとい女とはばらしたくない。
「聖女の騎士を選ぶって言っても、交換システムがあるよね」
そうだけど、と目を交わし合う二人。
「――アリス、そろそろタイムリミットがある、というのもデビルズマウンテンは危険だ。その時には必ず騎士が必要。だから決めてほしい。でも義務感や“とりあえず”で決めてほしくない」
そうだよね。昔、離婚したママさんに助言された。「まぁいいや」と「もういいや」で結婚相手を選ぶのは全然違うと。至言だと思った。
つまり、騎士選びも同じ!
こくこくと頷いているとレジーは口端をあげて、悲し気に笑った。
「今晩。本当のことを打ち明けるよ。それを見てから俺を判断してほしい」




