61.聖女はお腹をポンポンにするの
心ここにあらずで、皆で外に出た途端にドアが消えた。つぼ型教会はそのまま残されている。
「攻略したとみていいのか、追い出されたのか」
イヴァンが納得しかねるという顔の横で、アリスは“ひよっこ”をひとつヴィオラにあげた。彼女は(彼?)はアリス達が怪しい部屋に飛ばされたと当時に、教会の外に放りだされたのだという。なので、魚を刈っていたそうな。……刈る?
「何してんの、アリス?」
「ううん、猫に負けた……」
そう言ってワンダホンの聖女画像をヴィオラに突き付けると彼女(?)は首を傾げる。
「ナニコレ?」
「聖女教会で拾った」
「もしかして、ワンダホンとかいうやつ?」
「……わからないけど、そうなのかな」
何の略? ワンダーホン? ワンダフルホン?
「ワンダーランドホンだよ」
あってるような、おかしいような。ワンダーランドだしね。Phoneの語源は受話器、まっいいか。
それよりどうやら一区の人間は、あまりワンダホンを知らないらしい。
「三区ではメジャーみたい。悪魔の道具だって私はおばあちゃまに禁止された」
自分はサキュバスのくせに。昔、テレビに驚いた昭和の人間みたい。
しかもおばあちゃまいくつ? 生きてるの? とは訊けないな。
「一区では、PHSだよ」
「わあお」
「ショートメッセージもできるよ」
「わあお……すごいね」
色んな意味で。うわさでしか聞いたことのない過去の遺物を見せてもらう、アンテナ立ってる。
「え、もしかして電話できるの?」
「うん、なんとか電波入るよ。二区は携帯電話が主流だから中央に行くと無理だけど。ここはまだ田舎で一区に近いから」
だんだん都会に行くと携帯が主流なんですね、そして三区だとワンダホンなんですね。文明度の違いがよくわかります。ゲームがグレードアップしていったのと同じ。
「ヒューとかと連絡とれる?」
「二区の端にいるなら取れるけど、取ってどうするの?」
連絡取り合えるなら言ってよ! でも電話しても話すことはない。「ここにいるから来てね」しか。
四区との文明の違いに泣けてくるよ、その時点で負けてるよ。というか、争ってないのに。
という会話の合間に、ヴィオラはワンダホンをのぞき込んでいる。
「こういう女キライ」
私も、実は。なんか代弁してくれてすっきりするよ。
「SNSのキラキラはたいてい嘘だよね。半分程度しか信じてないよ」
「だよね、だよね」
あれ、PHSしか使えないおばあちゃんのヴィオラがなぜ。
「イラっとすんだよね、女として。こういう女は実は虚勢はってんの、好かれてなんかいないの、周りは同じようなのばっか。怪しさ満載」
辛辣なヴィオラは何かあったのかな。ちょっとこういうのは踏み込まないほうがいい。彼氏取られたのかも。というか、“女”として、というか?……彼女は男では?
「アリス。何か考えてるでしょ?」
「いえいえ、なにも」
「狙ってた男の子を、こういう女に引きずりこまれたの。私はそれを沼女と呼んでいる」
「あ、そ、う」
こわいのでワンダホンをいじるのは後にして、ご飯にしようということになった。
ヴィオラが刈ったまぐろを草原でイヴァンがさばき、銀の皿の上に置いて、今は刺身パーティーだ。
箸がないし、しょうゆもない。携帯していた塩でガツガツと四人で円陣を組み食べるさまはちょっと野蛮人くさい。手も口も生臭い。
「まぐろって、陸で取れるんだね」
「魔獣化して手足が生えたからね。たまに歩いてるよ」
きもい。
「ヴィオラすごいね」
彼女が持つのは細身のロッド。魔法だろうね、すごいね。かよわそうなのに。
皆が手も口も赤く染まり、サバトのようだ。
「手を洗いたい」
「聖女魔法で浄化があったはずだけど。教会でけっきょく経典はもらえなかったんだね」
ヴィオラにはなんとなく、男二人の闘いは言えない。ラブホで取り合いされたような。
「ごめん。使えない」
「仕方があるまい」
そう言ってイヴァンが血濡れた剣を草で拭いて鞘に納めるのを見る、ちょっと待て。
「ねえ。その剣って洗ってる?」
「なぜ剣を洗う、愚かな」
「それで今、マグロさばいたよね。その前は魔獣切ってたよね……」
「すべてお前が見たとおりだ」
「そのあと、剣を洗った? 洗剤や水で。もしくは鞘の中には浄化機能ついてる?」
「鞘は鞘だ。剣を洗うなどあるか」
不思議そうなヴィオラやレジー、でも私は声を大にして言いたい。
「食中毒になったら、どうしてくれんのよ――!」
魔獣なんてどんな細菌がついているか、というか洗わないままで放置なんてありえない、それでさばいた魚を食べてしまった、生で。
「アリス。お腹ぽんぽんになるときは、なるよ」
そしてヴィオラが謎の言葉を言う。ロッドでマグロの中落ちをこそげ取りながら。
「なにそれ」
「お腹痛くなる時ね。お腹ぽんぽん」
お子様扱い……百十五歳のおばあ様にしてみれば。
「あ、いやな目。看病してあげないよ」
「ヴィオラは生命力が強いからなかなか病気にはならないだろう。確かにアリスはちょっと、弱いかもしれないな」
ちょっとどころじゃないよ! おえ、もうなんかお腹ポンポンになってきた気がする。
「魔獣を生で食っているところでもう問題だろう、今更気にするな」
「気にするよ、ていうかマグロじゃないの!?」
「歩くマグロがいるか」
もうこの人達ヤダ。守ってくれるんじゃないの?
「聖女魔法があれば平気だろう、というか習得してきたのじゃないのか」
あなた達、私が何をしていたか見ていたよね。何も得られなかったけれど。このスマホ以外は。
アリスは血濡れた手を仕方なく草で拭いて、ダメだ生臭すぎる。血がべたべただ口周りも。
「じゃあね。私が水魔法を出すからそれで洗う?」
「それで、カエルモンスターに穴をあけてたよね」
水鉄砲なんて可愛いモノじゃなかった。
「じゃあ雷雨を降らせる?」
「……」
「んもう、わがままだなあ」
男性陣がだんまりだから私が責められる。
「わかった、この銀の皿を洗って。その残り水で私が手を洗う」
仮にも聖女の皿だ、壊れることはない、はず。
「それよりも、この聖女の泉で洗おう。一本くらい無駄にしてもいいだろう」
レジーが、イヴァンの背負う瓶を指さして言った。




