59.聖女は小遣いをもらうの?
「何かをしたら、小遣いをやる」
そんな聖女聞いたことないけど!? ていうかグループ全体の所持金にするんじゃ……ないよね。毎回レジーさんに払ってもらってる。
「聖女ってかしづかれる存在では?」
イケメンに睨まれて黙る。そうですね、何もしていませんね、私。
「一モンスターを倒したら、一ペイはどうだ?」
「ブラックじゃん。誰も応募しない、ノルマではなく時給制にして。助産師は一時間で三千円、でもそれは自治体での助産師バイトで最も高い時給。安いクリニックだと千五百円ぐらいなんだよね。隙間バイトで職場行く前にやってた時もあるけどさ。今はマックで早朝千六百円なんだよ、ていうことで、聖女なら一時間一万ペイぐらいにして」
国家資格で死にそうになって取った資格で夜勤やっての年収四百万程度。低賃金すぎてもう死にたくなる。基本給二十万いかないんだぞ、皆勤手当てとか夜勤手当とかわけわかんない手当をつけて夜勤やって三十万。社会保険とられて二十五万、身体も心も壊して中年になると皆辞めてる。結婚してパートで百三万の壁を越えない程度に働きますと言い訳できるのが、勝ち組な職種……。
「そもそも、お前は一モンスターも倒していない」
「……ぐう」
アリスが思わずもらした呻きに、イヴァンは目で黙らせるが有無を言わせない。でも、負けられない。
「じゃあ聖女の力で何かをしたら、一回ごとにお小遣いもらうよ!」
イヴァンは頷く。
「いいだろう。お前の励みになる」
「あ、間違えた。小遣いじゃなくて、金取る――」
「とりあえずここを追い出されたという事は、聖女と認められなかったということだ。次の手を考えるか」
さえぎったな。
そう言ってイヴァンは浴室の方に目をやる。
「俺は、シャワーを浴びてくる。覗くなよ」
「覗かないよ!」
「――覗かないのか」
顔を近づけ、マジで聞いてくるイヴァン。何を言わせたいの?
「もう一回聞く、覗かないのか。興味はないのか」
スケスケ透明なガラスの浴槽、昨晩はレジーが絶対に見ない、互いに見張っていると言ってくれたから、入った。――ベッドルームの方は見ないで。二人のことじゃなくてレジーさんを信じている。イヴァンは勝手にすればいいじゃん。
「俺の肉体美――」
「興味ない」
「では、あそ――」
「看護師の仕事でまにあってます!!」
助産師は女性の大事なとこは見慣れています。男性はじじばっかりでもうけっこう。若い男性患者なんて病院にいない。
「お前の値は知っている」
「は?」
値って何?
「アビリティだ」
「つまり……能力?」
変なゲーム用語じゃないよね。英語だよね。あえて英語にしたい。
「俺には見える。『アリス、職業何でもない人――生命力100、知能150、外見SA、性格プラスマイナス70、Sド10、Mド56、えっちド53、魔力プライスレス、ギフト1500、魅了度200、他0.00』」
「……ちょいまて」
「好みは“金持ちで奢ってくれるイケメンで、失言しない話し上手な筋肉が程よくついている男でワイン好き”――理想が高すぎだ」
イヴァンはけッと吐き捨てる。
「そんな男いるか!」
「いるよ、レジーさん」
少しだまるイヴァン。
「つまり、知能はいらないのだな。頭がアホでも」
「レジーは頭がいいから、更にいいね。でもそこまで望むと罰当たりな気がする。頭が良くても、顔がよくても失言男とは付き合いたくない。面白い人がいいなあ」
「大体、その条件だと俺は当てはまるじゃないか」
失言男が嫌だと言ってるのを聞いて……。
それに首を斜めに、腰に手を当てて胸を張るのやめて。早く風呂行け。
「ちなみに、筋肉がほどよい、というのはお前基準ではどのくらいだ」
「“失言しない”のは女子の最低限の望みだと思う。あとトークが弾む」
「お前が弾ませればいいだろう」
「それ、いっちばんモテない男の典型だね」
アリスは、今までの会話を一切なしにして、チェリースマホを目にした。これなんで? どういう意図? 自分のスマホの会社は林檎だけど、不幸にして前の世界に置いて来てしまった。
このさくらんぼはボタンを押しても起動しない。充電切れ? としたら、バッテリーは?
そう、バッテリーだ!
「話を逸らすな」
「コンセントない? あとプラグみたいの。壁に二つの目みたいな穴が開いてて。あとは長いコードがついている四角い箱」
「お前の説明は最悪だ」
そう言いながらも、イヴァンはスタンド式傘カバー付ライトのコードを引っこ抜く。その下にはこれこそスマホの充電器という感じの白い箱が落ちている。林檎の充電器に似ている。
「ちなみにそれは、充電器ではなく呪伝器という」
「……聞き間違えカナ」
「こう書く」
備え付けのペンで、備え付けのレターセットに漢字を書きなぐる。あ、日本語かけるんだ。
アリスは怪訝そうにしながら、スマホについている穴とそのコードを接続。すると電池の絵が出てきてその中が赤い液体のようなもので満たされていく。
「液体?」
妙な絵だな。電池のなかが、波打ってるんだけど、イメージ?
「呪を溜めているんだ。それで動くようになる」
「……怖い」
電源入れるのが怖い。
しかし、私の胸にさくらんぼは、さし込まれていたんだから、私のだよね。使えなかったら凹む。誰が入れたかって言うと変態。可能性はイヴァンが一番高いが、レジーはそれはないという。歯ブラシの補充をした人がやったのか。この世界はなんでもあり。
「俺の話に戻すぞ」
あ、そうそう、とアリスは起き上がって振り返る。
えーと、私が言うべきセリフは。
「アビリティとか聞きたくないけど聞いておく。それってなに、なんでそんなのわかんの? ていうか、私の値? マジで?」
そうそう、アビリティとか、ステータスとかのこと。
一回は“そういうの”出ないかなって、指でトライしてみたけどさ。出なかったよね。
よくあるここのラノベで“異世界いったら主人公が何の疑問にも思わずその画面出してステータス確認して、このぐらいか”、って何らかの感情を想起させるもんだけど。「おいお前、ステータス画面出ること疑問もてよ」というか、異世界に行ったのも当たり前のように書いて主人公が驚かないことに萎えて、「この作者大丈夫か?」てブラウザバックしちゃうんだけど。
「私もステータスあるの!? ていうか、ステータスとか言っちゃう自分が嫌だけど!」
「俺のギフトは、邪眼だ」
「やめて!」
アリスは耳を押さえて背を向けた。そういう話、マジで中二病というかもうその言葉さえ死語で、ていうか死語も、世間様は中二病があふれていてそんなの当たり前になってるけど。
というかラノベっぽい世界にいたから私もおかしくなってるのかも。
「“ギフト”とか“バフ”とかマジわかんないから! ギフトは英語で贈り物!! それ以外の意味はない。せいぜいギフテッドという障碍者だけどそれは贈り物、という意味で捉えさせて。ギフトとかタイトルにあっても知らないままでいいの、死にたくなるから!」
あえて調べません。そんな意味知っている自分が死にたくなるから。
「俺は、相手の能力を見ることができる。それが邪眼の力」
「邪眼は飛影だけで十分です」
と言って振り向く。
「……邪眼って具体的には、何をするの」
「相手の邪心を見抜く。今言っただろう」
「邪心なんて……」
「Sド10、Mド56、えっちド53」
もう一回言うな。
「……それって平均値は?」
「概ね30。――不能の場合はゼロだ」
不能、って、そのあれだよね。
「えっと……私、エスじゃなくてよかったよ」
「Mが上がればSが下がる。えっちドは高いほうだ」
「いやだ」
「不能の方がいいか?」
いやだ。
「外見SAはスペシャルA、すばらしくよい。魅了は他の人間にない。つまり聖女特典。ギフトは謎能力。魔力プライスレスはそのままの意味」
「魔力値が高いって言われたよね。――値がつけられないほど素晴らしいのね」
私は素晴らしい。イヴァンが嫌そうに睨む。なんでよ。
「性格±70は、ゼロ?」
だったら、何もつけるな。普通ってこと?
「可もなく不可もなく」
またイヴァンが頷く。
「他が0.00とかって? それに魅了は?」
「聖女特有の能力だな。『他』は知らん。0.00%も意味がないだろう。あえて言えば“強調”」
アルコール度数0.00%というのと同じだな。
「全然わからない。“魅了”も“他”も、高い方? 何かいいことあるの?」
「魅了は引きつける能力数。他の聖女が四人なのだからその中で比べるしかない。たったその中ではわからん。“他“の能力はないという事を強調したかったのだろう」
つまり。その他はないよ、てことね。
「――イヴァンってさ」
彼が黙る聞かれたくないことを身構えるように。
「通りすがりの他の人のも見えるの?」
「お前は通りすがりの男や女の顔をあえて点数化するか?」
よくわからないと首を傾げる。まあしないよねえ。いや、するか? 海外行ったとき飛行機の搭乗を待つラウンジで、外国人の男性があまりにも綺麗すぎてまじまじ見ちゃった。
彼はまじめな顔で淡々と答える。
「点数化しようとすると出てくる。そういうものだ」




