56.聖女は聖女の真実を知るの
謎言語が被せられたおどろおどろしい短調でハイテンポの曲が響く。
イーサイドハイラーラー!! ハーイサイーハーイサイーイエエエッサイーイアー、アーハイェイ、アーヒエェイイサアイーアヒェイーーセエエミハホホ、イレミホドササ、イレミレ、ドララー、イレミレドラア、イレーミレ、ラミーラミーレ!!
これなに!?
とう! という言葉で二人がその中に飛び込む。
「なにすんの!?」
慌ててぺたりとガラスに張り付き覗くと、風呂場の真ん中の土俵ほどの円形の浴槽に二人が剣を構える。
「浴槽じゃないの!?」
だって、横には温度パネルも蛇口もあるのに。高い声の女性の声が響き渡っている。焦らされる。
「アリスは外で見てろ!」
既に二人で剣を交えている。ヤダ。なんで私のために、男二人が浴槽内で闘ってる?
一応浴槽は、丈が膝下まで、でも周囲は曲線系のつるっとした素材。なんでこんなところが、闘技場になったの?
イヴァンの槍は長さが変えられるみたいだ、通常フィールドだと槍の方が敵を近づけないし雑魚どもには有利。だけど、このくらい狭いと尺が長いと不便、ただギリギリの縁までの長さにすればレジーを近づけさせない。反対にレジーは両手剣の重いクレイモア。
敏捷さをほこる槍には不利にみえる。あちこちに打ちこまれる槍先をレジーは一々堪えるのではなく、流している。ただ、時々滑らせて流して距離を近くしようとしている。槍は反対に接近戦には不利。距離を詰めたレジーに対してイヴァンは槍を捨てて、彼の片手剣で撃ち合う、すると重量のあるレジーの剣に劣勢となる。
何しろレジーの剣は伝説のクレイモア。っても、何の効果だっけ?
刺す、突く、間もなく繰り出される槍。重い剣で払い滑らせる。
――しかし、長いな。
闘いは続いている、二人の男性をじっと見ているけれど、浴槽の中の闘いは滑稽だ。
アリスは、ガラス窓から離れて部屋の中を物色し始めた。
そもそも、二区の聖女の騎士選びがこんな異色なのはなんでだ。一区だと届けを出すだけらしいのに。
そう思って、眉をよせる。役所に届け出。まるで――。嫌な予感だ。
「婚姻届け、じゃないよね」
さすがに婚姻届けのわけがない。この狂った世界ではありえそうだけど。
アリスは毒された頭を振った。後ろで狂った短調のBGMが流れているから、まだ闘いは続行のハズ。
二人の端に置いてあった荷物に手を伸ばす。雑嚢に、温泉水に、カッパの皿。真実を写すカッパ皿を手にすると相変わらず美女がいた。
まだちょっと美少女にも近いかな。この危うさがいい。じっと見惚れてしまいそう。他の男達が惚れてしまうのもわかる、てアプローチはイヴァンのヤンデレだけ。
でもイヴァンも自分のことを好きなのか疑わしい。
千切れかけたレオタードは確かにエロい。むらむらは仕方ない、でも……自分の姿を見下ろすとフツーの切れていないレオタードなのだ。
(これが真実の姿?)
となると、イヴァン達の目にはどっちの姿が写っているの?
千切れたレオタードだったら、自分でもヤバいと思う。すごくヤバいと思う。一応大事なところは隠してあるけど、女子の私でもヤバいと思う。
「……」
これって、イヴァン達の目にはどんな姿が写るのだろう。
(もしかして、モンスターだったりして)
モンスターって言い方ヤバいよね。魔獣も魔物もやばい。もうほんと、もしかして私現実世界に生きてて、こんな風にみえているだけで、ぶつぶつ街中でつぶやいているのかも。
「うっわー、やばい!」
「アリス?」
その魂の叫びにレジーが驚いて、剣を受けたままこちらを見る。
「どうした!?」
「よそ見を、するな!!」
イヴァンが立て続けに打ち込んでいる、慌ててそちらをみるとレジーが端で必死に剣を受け止めている。鍔迫り合いというのだろうか。
「ごめんなさい! 私が気を散らしちゃったから!」
「――気にするな、アリス! 必ず君を射止めてみせる!」
「生意気なっっ」
ちょ、すごく乙女としては心を打たれるセリフですよっ! この先に待っていることを考えると恐ろしい、ではなく楽しみ、ではなくて、最初のセリフが合っているの!
もう誰に言い訳してるんだか。
アリスは自分の中との葛藤に疲れて、ため息をついてみた。ふと、布団と浴槽の合間にノートが落ちているのを見つける。なんだこれ。
No,5とある大学ノート。よく昔にあったような上にパンチで穴があけられて黒紐を通しボールペンが結び付けられている。
開けば日付付き。『今日は、大好きな武君とエッチにきました♡』放り投げたくなる。
つまりあれか。旅館に置いてあるような旅日記のような感想ノートのような、とマイルドに言うが、ラブホにあるのか!? ラブホの体験記なんて悪趣味な誰か読むのか、カップルか?
(ここ、ホントに教会か?)
暇つぶしにパラパラめくると、最後の日付は、アリスのいた世界の西暦の四ヶ月前。綺麗な字で『とうとうこの日が来ました』とのこと。
一ページに渡り、升目一杯に黒字が書かれている。まさか、と思い目が字を負う。
『たくさんのメンズが私を奪いにやってきた。膜に突き立てられる剣。誰が私を奪うのか。私はただただ祈るしかなかった。そして、残るはレジナルドとアーサー。
彼らは私を得るため急遽二人で剣を抜き、決闘をしたのだ。
二人の剣の腕は拮抗している。わずかにアーサーの方が魔法の腕が上。
ばか、ばか、ばか。私のばか。どっちも選べない! ここで大事な二人が失われてしまうくらいなら! 私なんて消えてしまえばいい(泣)』
ここでアリスは顔をあげた。目の前の闘いを見つめる。現実逃避したくなる。とりあえずこの馬鹿文章を追う事にした。
『どっちも選べない。でも選ぶなら――。王族のレジナルド? でも彼は亡国の王よ。復興なんて無理。私はそんな貧乏暮らし耐えられない。ならば平民のアーサー? 彼には後ろ盾がないわ。でも顔はとてもいいの。それに勇者になれば王様の養子になれそう』
疲れてきた。これ読まなきゃダメ?
『でも顔がいいと言えば、魔王。体格も一番いいわ。とてもいい、なによりもちょっとあの危ないプレイが……あの夢の続きが、気になってしまう。どうしよう、誰も選べない! いいえ、だめよ、サラ。聖女の名にかけて必ずこの謎を解いてみせる By サラ』
とりあえずこの日記を読んで思ったことは、この人とは友達になれないということ。
(やべえ)
この人、ヤバい人だ。突っ込みどころ満載だけど、いちばんはByかな。中学生? 昔、手紙に書くのが流行った。今どき、Byって。
アリスはパタンとノートを閉じた。これはレジーに見せてはいけない。いや、見せて現実を突きつけるべきか。ベッドと透明シャワーブースの合間に元通りノートを押し込んで、見なかったことにする。
とりあえずわかったこと。この人は、俗物だ! あんなに崇め奉られていたサラが俗物ならば、アリスも聖女をやり遂げられるだろう。ってやる気はないぞ。




