55.聖女はこの部屋の真実をしるの
あのキツイ抱擁で変な夢を見たのかも。もうほとんど忘れているけど、そう言えば魔王とか変な奴に抱きしめられて嬉しくなって――あれって、ストックホルム症候群だよね。
犯罪者に監禁されたりDVを受けたりしていると時折優しくされると、その暴力が怖くて、いつのまにかご機嫌取りになってしまったり、心が好きだと錯覚してしまう奴。
めちゃくちゃ怖かったけれど、好きという感情も残っているからやっかい。だってあんなに怖かったのに。
布団の上で車座になってみんなで話し合っている。ここホントに聖女の教会?
「聖女のサラさんは騎士を選んだあとどうなったんですか?」
同じように消えてしまったの? レジナルドに訊くと彼は硬い顔で頷いた。
「最初に殻を突き破った勇者と共に消えてしまった、同じようにどこかに吸い込まれてね」
「つまり、ここと同じ部屋に行かれてしまった、ということですね」
硬い声で頷くレジーは既にわかっているのだろう。
「その後は?」
「数日後に、聖女の殻の前に集められていた戦士たちの前に二人が現れて、俺達は指名されて四人組のパーティになった」
――つまり、ヤってから現れたんだね。
レジナルドも好きな女性が何をしていたかを想像したのか、というか理解して青い顔をしている。けれど、なぜこんなことを、という事をアリスは想像できた。
「実は、ずっと推測していたの、この教会のこと」
二人の顔が向けられる。
「つぼ型の入口はまるで膣から子宮、そして殻に包まれた聖女は卵子。それを破った“戦士”が選ばれし“精子”――、そして受精。一つになれという事は、受精卵になれ、そうなのかもしれない」
ずっと何かに似ている、そう思っていた。疑似で大雑把。なんでこんな設定を考えたアホなシナリオ。
アリスの知ってるワンファンⅡでは、ただのよくある西洋風の教会を訪ねると聖女が待っていて仲間に加わる、そんなんだったのに。
「待ってくれ、アリス。何のために」
「まったく、まったくわからない。ただし、受精の時にたどり着き卵子を得ることができるのは、強い精子のみ。てことは、強い戦士を得るためとも」
でも受精卵になる。二つが一体化して胎児になるのが本来の経過。ここでは、まだ行為をするだけだ、何か変化するわけでもないけど――変化する、の?
ちらりとよぎった疑問は口にするまえにレジーの顔を見て消えていく。彼の顔は赤くて、何度か手が伸ばされては、また戻る。
ヤバい、やってしまった!?
医療職なんで、ぜんっぜん気にしてなかったけど、これって乙女にあるまじきあけすけな話。聖女が口ごもり、ためらいつつも濁しつつも話すべき?
もしくはまったく性行為なんてわかりません、って顔が必要?
「お前の頭がエロいからそうなったんだろう。この世界は聖女の頭から作られる」
「エロいではなく専門性からです。というか、私の頭から!?」
「何度も言ってるだろう。お前の頭の中の世界だ」
本人の思考と知識から作られる没頭型RPG、すごいな。単純思考ならば、もっと楽なもの? ここまで重いヤンデレは自分のせい?
「わかった、アリス。一つになる、というのは状況からそうなのだろう。聖女が己の騎士に『自分を守らせるため、永遠の命と最強の力を与える』そのための儀式なのだという事がよくわかったよ」
騎士ってそうだったの?
「そんなものに何でなりたいの? 不老不死を得たいの?」
二人が黙る。どこかで聞いた話だ。私まるで三只眼みたい。ちょっとそんなにカッコよくないけど、八雲はかっこよかった……。
「それより、ここでの目的を果たさねばなるまい、でないと出られない」
“それより”が一番大事なんだけど。イヴァンが立ち上がり、いきなりアンダーシャツを脱ぎ出す。シックスパックと二の腕が露わになる。いつも思うんだけど、それ私の理性を失くすからやめて!
「なになになに」
「――せねばなるまい」
「そんな気合いれて、しかもなんかもう仕方なく闘いに赴くようにはやめて」
「――イヴァン」
そこで凄みのある声でレジーが会話を遮る。ここで助けになってください。
「さすがにひどいだろう、二人は」
レジー様も、おかしくなった! ここは止めてくれるのじゃないの!? しかも私別に恋愛感情持たれていないよね。それって悲しいし、怖いよ。
「最初に3Pを経験すれば、今後もそれが通常になる」
「……」
通常じゃないよ! なんでコイツ3なんとか知ってるの? 私の頭の中だから? 私の頭がエロいから?
「やめて! 最初はふつーがいい!!」
「――つまり初体験、そして一人ずつならOKと」
バレた、でもバレてもいい、阻止。
「……一人ずつのほうがいいけど、今このタイミングじゃない!」
ハッとレジーを見上げると、彼は黙り気まずそうにして口を開いた、でも何も言わない。彼が〇Pを知ってるとは思えない、でも雰囲気で感じ取ってしまったみたい。
「いい加減に冗談でアリスを貶めるのをやめろ、イヴァン」
冗談じゃないよね、彼が本気でヤバいのは。
「ただ、アリス。君の世界のを模倣しているいうと、ここでは聖女と騎士のみ二人が消えたはず。俺達男二人が取り込まれたのは、なぜだ」
「そう、そうなの!」
一つの卵子には一つの精子が通常、二つの精子が入り込んだものは受精卵として発育が難しい。それこそ真実は一つ!
「これはあり得ない。つまり――騎士にはなれない」
「……となると、やることは一つ」
イヴァンが低い声でアリスを見つめる。レジーまでも立ち上がる。ちょ、まさか先ほどのことを実行するわけでは……。
「騎士は一人。そういうわけだレジナルド」
彼に向き直り、イヴァンが腰に手をやる。これって……決闘? まさか。でもレジーが受けて立つわけがない。
「悪いな、イヴァン。俺も引くわけにはいかない」
レジーが背中の(装備を脱いでいたのにいつのまに?)剣を抜く。
二人で剣を晴眼に構え、向き直る。ここ、赤い布団の上ですけど。
「アリス、下がっていろ」
毎回それを言われますけど。それで私の行く末、決定? とりあえず。布団の端っこ、壁に背をあずける。体育座りで見守るけど、こんな布団のうえで、いつの間にかフル装備で決闘しちゃうの?
「これ、勝ったほうがどうするの?」
「お前とヤル権利が――」「聖女の騎士になれる権利が――」
もちろん、前者はイヴァン、後者はレジーだ。ヤルったな! ていうかレジー様も意味わかってんだよね。私照れるよ!
「私にも選ぶ権利がある、もちろん拒否する権利も――」
「すまないアリス。すぐ済ませる」
「すぐに済むはこちらのセリフ。アリスは一区の聖女だ、いい気になるなよ、レジナルド」
その時、目の前のガラス戸――お風呂だと思っていた扉が両サイドに開く。




