53.聖女は夢で何かに近づくの
レジーとイヴァンが必死に剣で切り付けている。彼らの額には汗がにじみ、かなりの剛腕で切りこむのに全然膜は傷つかない。膜は硬いだけじゃなくて、彼らが衝撃を与えるたびでたわむ。
ある程度緩衝する作用もあるみたい。そう、まるでシャボン玉。
「ねえ。この膜が破れたらどうなったの!?」
攻撃の合間に、叫んで尋ねると切り付けていたレジーが叫ぶ。
「途端、光に包まれて聖女と最初に穴をあけた勇者が今の通路を流れていき消え去った」
「――ねえ、それって」
と、イヴァンの剣が膜にひび割れを起こす。そこにレジーの剣が叩きつけられ、全部が砕ける。
――どちらが先かと言われると迷う。その判定は神様がするのかもしれない。イヴァンがアリスを掴む。その膜から腰をあげると、レジーが腰から下を掴んで引き上げる。まるでどちらも譲らない、とでもいうように。
光りが溢れる、急速に風が三人を囲む。竜巻のように風に踊らされてすさまじい吸引力で、ある方向に流されていく。そこは、レジーたちと入ってきたところ。
まさかと思う、けれど予想もしていた。
まるで掃除機に吸い込まれるようにぐるぐると流されていく、そして意識を失った。
また私は縛られていた。
手足を壁につなぐのは鎖だ。けれど余裕があって、動かそうとすればじゃらりという音がするものの、身動きができる。足は地面についているし、二歩ぐらいは前後に進める。手は完全に上ではなくて肘を折り曲げられる程度。
ただ、チューブのようなものがさらに身体に巻き付いていた。あの夢の続きだ。隣をみると薄暗い中に、もう女性はいない。
「目覚めたか、――聖女」
低い声が響く。顔をあげると目の前に男性が大股で歩んできた。いつからそこにいたのだろう。肉厚な胸板、幅広の肩、イヴァンさえも小柄だと思えてしまうほど立派な体躯を包むのは、鎧だ。
ただし、映画で見るような中世の鉄製ではなく、両肩には角があり全体的には曲線のフォルム。カブトムシのような形と言えばいいのだろうか。
なんかちょっと――RPGのイラストだな。
けれど、その体躯よりも顔に目を奪われる。線が太い顔は顎もがっしりとしていて、額も広い。野性味あふれる燃えるような炎の赤い髪をもつ美形だが、さらに印象的なのは紅色の目だ。深紅の中には黒い光彩、その眼光鋭い男が、自分を見つめ手を伸ばしてくる。
これまでは、さほど興味を持たれていなかったのに、今度は自分の番だと悟る。
大股で歩んでくる男は、ズボンではなく前掛けのような布を腰き、立派な太い足で地面を踏んで自分に近づいてくる。思わず逃げたくなるほどの迫力。
「名は、なんという?」
「……」
「答えられぬのか」
顎に手をかけられる。この間と同じだ。
(夢の……続き?)
動くとじゃらりと響く音も、手足にのしかかる鎖の重さも同じ。なによりも目の前の存在は確かに自分に話しかけている。
「答えよ、聖女」
背後から別の男が声をかけてきて、よじろうとしたアリスの身体を掴む。目の前には赤毛で紅色の瞳の男、後ろからは色気のある声の別の男がアリスを拘束している。
「魔王様に……お答えせよ」
後ろの男の命じる声、その空けた間は余韻があって響きには色気満載。この人、魔王様なんてどうでもよくて、自分の声に酔ってそう。
けれど、彼がそう言えばアリスの身体に巻き付いていたチューブのようなものが絞まる。どのような結ばれ方かはわからない、太ももを蔓のように巻き付いているそれは、胸をクロスしてそれから這い上がり首に絡みつく。
以前の光景を思い出す。あれは――
「あれを忘れたか?」
前の夢では、隣にいた女性に巻き付いた蔦が彼女を締め上げて、彼女は――。
「もう一度聞く、聖女。お前の名は――」
今度は深く響く声で、魔王の赤い目が問う。
「アリス……」
「ほう、いい名だ」
感心したような声が芝居がかっている。これもいい声だな。悪役ボスをやり慣れている声優の出す声だ。
見下ろせば足が震えている。手をつないでいる鎖に体重をかけてしまっていて、そこが痛いと気付くけれど、目の前の赤い目から離せない。
「よく答えたな」
赤い目の魔王が目を細め褒めるかのように手を伸ばす。意外にもその手は普通の人間のもの。爪が伸びていたり瘤があったりしない。
やさしく包み込むように頭を撫でられると、恐怖から優しくされたということで安堵で嬉しくなる。
――この相手は、危険。優しいのは見せかけ、いつまた怖い目に合わされるのかわからない。
そう思うのに、まるで尻尾を振るみたいに、懐きたくなる。
ゆったりと顔が近づいて、口が重なる。温かい唇が自分のものを覆い、口を開けば舌が入ってくる。目を閉じる、その感覚に集中すると何度か離れてはまた自分の口を覆ってくるキス。
舌を絡めながら、気持ちいいと思う。この人、上手だ。体じゅうを締め付けられていて、怖い思いをしながらキスをしている自分はおかしい。
そう思い我に返ると、自分を締め付けるように抱きしめる背後の男性の存在に気づく。抱きしめる力は、まるで絞めつけてくるようだ。蔦よりも強い。
(痛い、痛い、いたい!!)
『アリス』
……。
「アリス、アリス!」
「…いたい」
「アリス!」
「いたい!」
って目を開けたら、まじでぎゅうと締め付けられてて、本気で痛かった。っていうか、誰かに抱き着かれている。誰かが上に乗ってる、何!?
「なに、なに?」
もう一回言うけど、どうやら、誰かが上にのってる。ヤラレル!? 押しのけようとしても余計に締め付けてくる。だれなにこれ!
「放せ離して、やだっやだっ」
「アリス、落ち着け!」
「やだやだやー」
口を塞がれた、しかもキスだ。ナニコレっ。抱きしめられて口を塞がれて、強姦!?
「イヴァン、いい加減にしろ。もうアリスは大丈夫だ」
と、上の男の頭上から更に声がかかってきて、ようやくアリスは落ち着いて目だけを動かした。
「れじー、さま」
「キスの最中に、他の男の名を呼ぶな」
ようやくイヴァンが口を離して、不本意そうにちょっとだけ顔をあげて言う。肩にのっているレジーの手を己の手で離して、それから乗り上げているアリスから離れる。
ちょっと何? いったい何が起こったのでしょうかね。




