52.聖女はあらたな聖女にうまれかわるの?
波打つ栗毛は濡れているが、それが首や頬に張り付いている。広い額に小さな頬、可愛らしい唇、目は夢見るように潤んでいる。まつ毛が長くてぱちぱち瞬きをすると誰もが恋に落ちそう。
少女というよりも美女にこれからなるな、という前段階。髪からひとすじ落ちてきた雫を指先で拭うとその指も、ピンクで愛しい。これなら取り合いされてもおかしくないなと思うほどの美女だけど。
そのレオタードが。
「まじか」
たしかに、水着がむらむらマシマシだ。なにこのすけすけ。ボリュームアップのスポンジは抜け落ちているのに、ペタンこにおしつけられてはいない。なにより昔の戦隊もののヒロインのように、敵の攻撃で衣装があちこち千切れているみたい。
「先端は隠れていても、透けている。なんでだ」
そして脇もビンテージジーンズのように千切れている。
「確かに、色気マシマシだ」
しかし真実を写す皿という事は、普段はどう見えるのだろう? この千切れ衣装は普段は見えないのかな?
「それより真実はこの美女だっていうことでよしとしよう」
と、自分鑑賞を終わりにしイヴァンを見たら、さきほどの魔物はまだそこにいた。ていうか、また入り込もうとしているよ、イヴァン! イヴァンの背中から頭を突っ込もうとしていて慌てる。イヴァンの変な言動はずっとこの魔物のせい?
皿を掲げて少しずつ近づく。とびかかってこないよね。私も乗っ取られたくないヨ。
「イヴァン、イヴァン!!」
十回呼べば起きてくれる? でも起きてくれない。ていうか目も口もない魔物が不意にこちらに意識を向けた。いきなりびよーんと伸びて、直立している。
「あ、やめて」
鏡を盾のようにしてじりじりと微妙に距離をとっていると、「アリス!」という呼び声が響いた。この声は――
「レジナルド!」
様をつけたいくらい。斜め横の穴から飛び出てきた彼は同時に飛んできた“つちのこ”もどきを両断。そしてアリスの腕を掴む。
「逃げるぞ!」
「イヴァンは!?」
「平気だ。すぐに追いかけてくるだろう」
だよね。
レジーの先導に従い走る。道は先ほどと同じ、ガタガタの洞窟だけど水気も、粘着もない。どうやら次のステージなのか岩質が変わったみたい。そうしてようやく広場に出た。天井も高く、通路も広く、外観から見た壺の底部分みたいだ。
「アリス、平気か?」
「私は……平気だけど……」
レオタードが破けて色気がマシマシですが、どう見えていますか? レジーは少し困った顔をして、ロイヤルのマントをかけてくれる。いつもすみません。
それにしても、ここって……。一応、最奥の重要箇所。ダンジョンで言えば、ラスボスがいるはず。じゃなくて、教会だから何らかの重要人物がいるはずなんだけど、誰もいない。
床には直径五メートルぐらいのクッションが敷かれた円座、台の上には花瓶と造花、壺、それから長方形の鏡。そこには先ほどの真実の皿に映った自分の顔がある。
真実にさらされたから、顔が変身したのかな。でもレジーは何も言わないから、実は最初からこうだったとか?
「――ここ、何もないね」
「前は大量の戦士がいたから、聖女しか見えなかった」
レジーの目は、謎の円座に注がれている。
「ここに聖女が目を閉じ座り、両手を組み合わせていてまるで祈っているようだった」
ゴメン、全然今の私とちがう。
「聖女の周りには円を囲むように透明な壁があり、俺達はそれを攻撃し、最初に破ったものが聖女の騎士になれるときいていた、必死でそれを壊そうとしたよ」
……ん?
「この円座の周囲に壁があったの? まるで卵のように?」
頷くレジーに畳みかける。
「そして、聖女は祈って待つだけ?」
まるで助けを待つお姫様のようだけど。というか、何故そんなことをしたの?
「そうしなきゃ聖女を得られないと聞いた。だが槍や剣、あらゆる攻撃が効かなくて。それでも最後に打ち破ったのが勇者だった」
まさか、と思うけど。
「聖女はここで教育を受けたと思う?」
アリスは一瞬よぎった考えについて、あえて口にしなかった。ぐるりとこの辺を歩いてみたけれど、本どころかアイテムらしきものは何もない。
そもそもどこにも扉はない。誰か聖職者などが住み込みで世話をしたとは思えない。
レジーは夢から覚めたかのようにハッと目を瞬いて、同じ疑問に気づいたかのように首をめぐらし、ここ以外に部屋がないことを確認する。
「いや、でも、たしかに……」
「聖女は本を持っていたのでしょう。それを唱え、魔法を放っていたんだよね。なら教育を受けたと私達は思ったけれど、違うのかな」
「――わからない。もし違っていたのなら、アリスに悪いことをした……ただ」
「ううん、いいの。……少しわかったような、謎が増えたような」
円座の周囲にはプラスチックのような欠片が落ちている。これが透明な壁だったのだろうか。手にすると塩の結晶のようにもろい。
ふとレジーが何かを言いかけていたことに気づき振り向くが、彼はもう背を向けて壁を叩いたりと探索に戻っている。
「この中に聖女がいたんだよね……」
アリスは円座の敷居を跨いでその中に座る。ドレスのようなものを着ていた聖女様とは大きく違う、今の自分は千切れたレオタードで、いやんな格好だ。ピンチになった戦隊もののヒロインみたい。
とはいえ、別物を購入する場所もないからレジーのマントを纏い、できるだけ上品に座る。
「教育を受けていないとなると……この中に召喚されたまま……?」
呟いた途端、シュッと膜が降りてくる。それは一瞬、上から下へと円座を包むように卵型の透明なものだった。
「アリス!!」
レジナルドが慌てて膜を叩くけれど、もう遅い。二人の間には大きな溝が、じゃなくて壁があった。透明なガラス、ではなくプラスチックのようなものだろうか。
「なぜ! ここは起動していないのではないのか!?」
レジーが周囲を見渡すと、おくれてやってきたイヴァンが既に槍を頭上に掲げていた。結構な透明度、かなりクリアだから。ぶっ刺されそうです。
「イヴァン、それ怖い、こわいから!」
「我慢しろ、このままだとお前はとりこまれ――」
ふと彼は言葉を止める。
「レジー。この膜は、前の聖女の時と同じか?」
同じようにクレイモアを掲げて、膜に突き立てようとするレジナルドは頷く。
「ああ。全く同じだ」
「ということは、アリスが聖女として認定されたのか?」
「わからない」
男二人が会話をして、剣を頭上に掲げますが怖いです。その男達に剣を向けられていると怖いのよ、構図が違うよね、ふつーは背後にかばわれるのよ。
この世界はフツーがないからいつも通りだけど。
ていうか、話を総合すると私は二区の聖女として新たに膜に取り込まれて――これを突き破った人を騎士にするの?
「――詳しい話は後だ、アリス。今は目を閉じて待っていてくれ」
そうか、サラさんが目を閉じていたのは怖いからだ。だって透明な膜で上からたくさんの男達から剣をぶっ刺されていたんだもん。まるで断罪だ。
でも。じつは、その祈りには、この男がいいとか、この男は嫌とかあったんじゃないかな……。




