50.イヴァンのヤンデレ度は上昇しています
「それより、随分ねちゃねちゃした道だね」
思い出すようにじっと周囲を警戒しているレジーに振り返る。
「ああ、前はもっと大量の戦士たちがいたが、皆がこの道で脱落してした。もう少し進むと広い道にでて、そのあとは泳がなくてはいけないんだ」
「泳ぐ?」
ここ教会だよね? 全くそれらしき様相がない。薄暗い洞窟、誰かが用意したのかわからない等間隔にならぶ松明が頭より高い部分に明かりとしてつけられている。
「皆でロープを身体で結んで梁にひっかけて進んでいこう」
進んでいくと地底湖のようななみなみとした水場に出る。レジー、ヴィオラ、アリス、イヴァンの順に腰にロープを巻き付け、足を進めていく。前と後ろを男性軍にしたのは、重さがあるから。これなら流されないよね。
けれど、一メートル離れているとはいえ、水音がすごくてあまり会話は届かない。前の人の背中もかろうじて見える程度。そんな中、イヴァンに尋ねる。
「ねえ、ここって第一区の教会とはだいぶ違うよね」
「当たり前だ」
「当たり前って?」
「場所が変われば、建物の様式も違う、ルールも違う」
正論だ。
「なんで、キスしたの?」
必死に水をかき分けながら後ろの存在に問いかける。これ水着もといレオタードを衣装にしたのは正解だった。一番進みやすい。反対にレジーやイヴァンは苦労しているようだ。鎧のまま進むなんて無理だと思うけど、苦労しながらも歩んでいる。
「イヴァン?」
「キスをすれば、自分のモノにできると思った」
「は!」
足が滑りそうになり慌てて振り返る。だんだんと水流も増してくる。なんでこんな洞窟探検をしているのか意味もわからないけど。
「んなので、聖女を自分のモノにできるルールがあるの?」
「――お前は今、オレの者だという自覚はあるか?」
「ない! だって専属騎士にしてないもん」
イヴァンが立ち止まる。ちょっと、ロープで結んでるんだから止まらないでよ。
「やはりキスだけではだめだったか」
「いやいや、それ以上はダメですからね」
「――聖女の騎士になれば、それ以上進めるとも聞いた」
「なってからの本人達の自由意思にまかせてよ」
と、濁った緑色の水に前方のヴィオラの姿が見えなくなる。慌てると背後からイヴァンが抱き抱えていた。彼の手には短剣がある。一瞬身を引くと、いきなり彼は波間に浮かぶアリスの先のヴィオラ達とのロープを掴んだ。
「ちょい待った!」
「何をだ」
右手で掴み、左手で握りしめる。その意味することは。
「このまま二人でどこかの無人島に流れ着くのも悪くない」
「ここ教会の中だから! 島には流れつかない」
「男女二人、いつかは子供もできるだろう」
「――しなきゃできない!」
しなきゃ、の意味はわかってください。赤子は自分で取り上げられるとは思うけど、育てるのはどーすんの?
前に発展途上国で働いている日本人助産師さんのコラムを読んでいたけど、その時自分の赤ちゃんを自分で取り上げた時の状況を書いていた。
すさまじかった。でもうらやましさもある。
「長年暮らせばやがて情も移る」
「ヤンデレだ、ヤンデレ特性ついてるの!?」
「衣食住の面倒はみる。それぐらいの甲斐性はある」
「魔物退治は?」
「お前が悪いんだ。俺にちっともなびかないから」
あっぷあっぷと波にゆられながら必死でイヴァンを説得する。私の態度が彼のヤンデレ度をあげてしまったの!? また闇落ちルート?
「わかった。何かはわからないけど、わかった。あなたをおんぶ係に任命する!」
イヴァンが眉間にしわを寄せ黙る。そして彼はロープを切断した。大波が襲来した。




