47.聖女はヴィオラの願い事をしるの
「たぶん――願いごと?」
聖女のパーティになって、魔王を倒したらカナエル願い事。でもそれって誰が叶えてくれるの? 神様? 魔王? 教会の人?
「うん、よくわかるね」
むにゅってホールドが強くなる。これは逃げられない。逃げられない、重い話は勘弁なのに。役立たず聖女で、まだ何の力も得ていないのに。
「一応聞かなきゃいけないなら聞くけど。できるかはわからないよ、私がするのかもわからないし」
くすりとヴィオラが笑う。
「ヴィオラ?」
「叶えるのは聖女様じゃないよ、聖女様が願うの」
「誰に?」
「知らない。でも絶対にって聞いた。どんなことでも叶えてあげなきゃいけないって」
「……それって」
アリスは、ヴィオラを押しのけた。向き直る彼女の目は金色に輝いている。
「これって。イヴァンたちは聞いているの?」
「そこにはいるけど聞こえていない。風の魔法で遮っているから。それに女の子がわざわざ音を消しているのに破ってまで聞こうとは思わないよね」
「……だからお風呂を選んだの」
ヴィオラはおなじみの目を丸くする表情をした。くるりとして驚いた可愛い顔。
「ヴィオラって何歳?」
「――百十五歳」
あっさりと言った彼女の声に、アリスは頷いた。
「みんなは知ってるの?」
「少し年上かなって思ってるとは思うよ。でも関係ないよね。アリスって実はもう少し上?」
「二十歳」
とりあえず成人でお酒の飲める年齢にしておいた。お酒は大事だからね! あちらの世界の海外だと飲酒がOKなのは二十一歳だから、この世界でもそうだと言われたら旅の途中で誕生日が来たと言おう。
「あのね。私はずっとサキュバスのお仕事をしていたのだけど――」
また“鉄アレイのお願い”の予感!
「最近は、魔王軍からの依頼でさらった人間の女性と魔物の間に、子どもを作るバイトをしていたんだけど――」
重い、重すぎます!! 魔王軍鬼畜!! 人間を魔物に変えたり、人体実験をしたり、あげくに、人間との間に子を産ませるとか……。もうその手の罪の償いの手助けは……。
「私も歳をとったし、ハーフだから力が弱くて最後まで効かないのね」
「うん?」
「だから、もっと強力なサキュバスにしてほしいの」
「え?」
とりあえず、アリスは首をかしげて「お風呂に入っていい?」と聞いた。寒くなってきたし。何か今変なこと聞いた。ちゃポンと入ると、目の前の岩肌に座るヴィオラが男性に戻っていた。
「ヴィオラ、ヴィオラ! 男になってる!」
そして目の前にアレが。慌てて背をむける。濡れた紫色の髪が首筋と額に張り付いて色っぽいよ。
やはりここは、乙女ゲームの世界ですか? 闇落ちモードの十八禁ですか?
「アリスが聞こうとしないから。避けてるよね」
「うん、まあ……責任持てないし」
「で。話すとね、僕の力だとヒューの時みたいに子作りしても、心が冷めていなくなっちゃうの、だから永続的にできるようにしないと依頼が来なくて。それに一晩じゃねえ?」
「生理が二十八日周期だと排卵は生理の十四日後。その排卵の二日前の行為が一番妊娠に効果的です。その期間以外に行為を頑張っても妊娠しません!」
「強力なサキュバスは常に排卵させ――」
「私の常識を侵さないで!」
アリスは耳を押さえた。
「ちなみに男性型はインキュバス」
「わかったから!」
「アリスは処女?」
「答えない!」
「処女だ。みんな喜ぶね」
「喜ばないよ!」
アリスはとうとうお風呂からあがって、薄いタオルで体を拭いた。インキュバスが後ろにいてももういいや。はやく出よう。
「教会は聖女を処女って言うけど、アリスの場合は本当だね」
アリスは振り返り、首を傾げる。
「また、処女だとありがたいっていうの? 魔王を倒すのに必要とか、聖なる力があるとか」
「あたりだねえ」
まだ男性のままのヴィオラをそのままに、アリスはまだ湿っているレオタードを身に着ける。これ着て外に出たら、風邪を引きそう。若干体型が強調して見えるのは気のせい?
本当に透過性増した?
「でも教会のことは信用できないから」
隣りで同じくビスチェを着るヴィオラをちらりと見る、今度は当然女の子だ。そうなると怖くない。なんだか同性で警戒心が薄れてしまう。
「――確かに少子化を食い止める、役には立つかな」
ヴィオラのサキュバスの力があれば、魔王を倒して平和になった世界で子供も増えていくだろうし。悪くない、かも。
「あ、でも受けるのは魔物の依頼だよ」
「え」
「今はサキュバスの依頼をしてくる人間なんて流行ってないもん。でも魔物は人間との子を欲しがるから」
「ちょっと待って! 魔王を倒した後だよ、魔物いないでしょ?」
「いるよ」
あっさり言う彼女に絶句する。
「アリス、やっぱりむらむら度上がったね。そのレオタード」
思わず手で押さえる。今、女の子だよね。しかも鑑定できないんでしょ、そういう目で見るから!
「女の子の私でも破きたくなるもん、やばいよ!」
「その発言の方がヤバいよ。だいたい、バレエのようなドレスなのはヴィオラ!
「あーあ。イヴァンに怒られる~」
その小学生みたいなからかいやめて!
「じゃなくて、魔物から解放するために、魔王を倒すんでしょ?」
最後のマントを留めてヴィオラはマジかという目でアリスを見る。
「アリスの世界では、戦争が終われば敵の兵はみんな死ぬの?」
「……死なない」
「それと同じ。あくまでボスが死ぬだけ。ただ世界が解放されるって教会は言ってる。聖王様が目覚めれば何とかなるかもしれないけど……」
「聖王様……」
そういえば、イヴァンも言っていたよね。その神様みたいの。お隠れあそばしているけど、旅の途中で会うのかな?
「でも聖王様が蘇っちゃうとサキュバスの私はどうなるかわからないから、別にいいかな」
からり、と扉をあけながらヴィオラが言う。その背は何も語ってくれない。
「それって、バーサーカーとか、鬼獣とかもそうなの?」
「わかんない」
「あれ、でもヴィオラは百十五歳ってことは――」
「あー、イヴァンお待たせ!」
ヴィオラの声に遮られる。
(魔王が出てくる前の世界を知ってたってことだよね)
って、聞きたかったんだけど、わざとらしく遮られた。




