46.聖女はヴィオラに襲われるの
かくして、振り出しに戻って私とヴィオラは温泉に浸かっている。
横にはヵラッパラッパの串刺し死体が転がっている。肉はまずく食用には向いていないそう。ただ皿が銀製なので売れるからと、そこだけはぎとりイヴァンが先に持って行って野営の準備をしている。
「ね。イヴァン、アリスにメロメロだね」
「どうしてそうなるの……ヴィオラ」
この子、性格悪くないけど、結構ややこしくさせるぞ。いや、みんなヤバいキャラばかりだ。まともなのレジーだけじゃないか。レジーが変態なら私は泣く。
「というかさ、何か話があったんじゃ――」
確かヴィオラから昼間に持ち掛けられていた。
「ようやく、二人きりだね、アリス」
それに被せる声は、低めで男性的な話し方だった。
「……ヴィオラ……?」
警戒心に思わず、離れようとしたけどお湯の中で足が滑り、身体が沈む。
「きゃ」
温泉の中でおぼれたことはない。けれど家庭用より広くて、おまけに石造りの天然露天風呂系は滑りおぼれそうになる。慌ててお湯をかくアリスの手を掴んだのはヴィオラだった。
引き上げて、抱きしめられたとき、あるべきモノがなくて、ないモノがあった。
「やだ。怖がらないでよ」
やだ、怖い。イヴァン達の半分ほどの横幅でどちらかと言えば華奢。なのに――上はペタンコで、下の方は何か膨らみがあるってどういうこと?
話し方はいつもと同じ。なのに、声は低めの男性。ううん、男性よりは中性的、まだ少年ともいえるかもしれないけれど。
明らかに無邪気な女の子じゃない。警鐘がなる、またこの子もヤバい、もしかしたら敵かもしれないと。
「違う、ヤラレル! ヤラレル!!」
「アリス、落ち着いて。突っ込みはしないから」
「その直接的な――」
って口をふさがれた。お口で、つまりキスだ。お湯の中で体を密着させて、目を開けて唇を舐められている。顔はヴィオラだけど、中性的な美少年だ。
呆然としていていたら、口が離される、彼が指でアリスの口端からおちた唾液を拭いその指を舐めた。
「カワイイ、アリス」
「ヴィオラ……」
「そうだよ、アリス」
イヴァンたちとは全く違う体型、けれど胸がないから彼は男……?
「え、男!?」
「うーん違うかな」
どこがですか!? ていうか、そんなのワンファンの設定になかったよ!! ヴィオラは無邪気な女の子でハーフエルフで、ヒューに惚れられていて。こんな策士のような顔で襲ってくる男の子じゃなかった。正反対じゃないか!
「私はね。雄でも雌でもない、雌雄同体、というよりどっちでもなれる、かなあ」
頬に指をあてて首をかしぐヴィオラは可愛いのに不気味だ。もうこっちの設定ぐらぐら。そして私の貞操もあやうい。
「ヴィ、ヴィオラ……どうしちゃったの?」
これが話したかったこと? なんで今? みんなには?
「アリスを見てたらむらむらしちゃって、つい男になっちゃった♡」
語尾にハートがついている気がするけど、目が笑っていないから信じられない。何かこう襲われそうな気がする。貞節じゃなくて、その命とか。
「えーと、ヒューとか、好きじゃなかったの?
「ヒュー?」
とりあえずずりずりと浴槽の縁の岩までずりさがる。いざとなればにげる。温泉の岩場で襲われるなんてAVか!? 見たことないけど想像です。
「ヒューは、私が育てたんだよ」
「えええ!」
なんでそんな話に。そんな設定なかったし、年齢も出身地もがたがたじゃん。
「――私はハーフエルフなの」
「うん、それは知ってる」
へえと目を瞬くのはいつものカワイイヴィオラ。
「エルフ知ってるんだ。さすが聖女様だね、でもハーフエルフって何だと思う?」
耳が長くて、自然系の魔法が得意、確か設定資料はそうだったよね。
「確か、妖精で……エルフと人間の間の子だったっけ?」
これって本人は言われても平気なのかな? 聞かれたから答えてしまうけど……。
「エルフと淫魔の子なの」
「……」
これって、ゲームとかやっていた自分だから理解できるけど、この用語を聞いて「そうなんだ」と理解できる人どれくらいいるんだ。ってサキュバスて。でも確かにハーフって別に人間との間じゃなくてもいいもんね。勝手な思い込みだった。
「昔はね、お仕事で祭りの時期になると周辺の街や村に呼ばれて術を施すの。そうすると次の年に豊穣が約束されるからね。あ豊穣じゃなくて子宝に恵まれるかな」
「――大事な仕事、だね。少子化日本でも必要な仕事かも」
ん? という顔に首を振る。いや、何でもない。でももともと、昔の祭りってどの国でもそういう必要性もあったんだよね。ハレの日に踊って、はめ外して男女が告白やら、その後に暗闇に隠れて結ばれるって。
その日のキューピットだったと思えば。
「ヒューの親は、私が二区からのリッチランドで昔、聖女候補だった人とくっつけたの。でもその人は出てっちゃったから、私がヒューを育てたんだ」
「そうなんだ、出てっちゃうって」
鉄アレイみたいに相変わらず重い話だ。あれ、でも王妃様が母親と聞いたけど。
「淫魔法が解ければ目が覚めるからね。子供は一夜で出来るけど。鬼獣国は悪い国じゃないよ、ちょっとケモノっぽい人が多いけどね。それに鬼獣国の王妃様はヒューを養子にしてくれたしね。だからヒューは本当のママだった聖女候補様に憧れがあるじゃないかな」
「……」
聖女様に憧れているのに、拒絶される。ヒューの真意はわからない。最初に会った時は明らかに嫌な奴だったけど、小学生の男子並みの精神年齢と思えば納得できる。でも、デビルズマウンテンの話をした時は悲しそうだった。
……ようは、聖女なら誰でもいいんじゃないの? なんかこう憧れてるだけというか。我に返る、同情はするけれどね。
「あれ、でも二区の聖女候補ってサラさん? ってヒューの年齢から考えると……」
ちなみに、そろそろ熱くなってきたので、お湯からあがってタオルで前を隠しています、が、目の前には男の子です。どーしたらいいの!
「アリス、女の子に私がなったほうがいい?」
「お願いします」
「だったら後ろからハグさせて」
なぜそーなる!
「だって、絵的にそっちのほうがいいし。百合のほうが喜ばれるから」
そう言って前の豊満なヴィオラになって、彼女が丁度いい大きさの岩に座り両手を広げてくる。ああこれで百合のタグがつけられますかね。
男性が豊満女性に憧れる気がわかる気もするけど、私は専門家なのでちっとも。母乳タグにはドン引きだし、ママさんのケアに慣れているから。
とりあえずその横に座ろうとしたら、引っ張られて肩に手を回されて抱き着かれる。
「ちょっと、ヴィオラ!」
男性とわかっていても、女の子としか見えない彼女に抱き着かれると百合としか思えない。しかも肉感的な身体に包まれて、ぼーっとしてきて、あれ、もしかしてこれってサキュバスの力?
「冷えなくていいよね!」
「いや、でもね」
背に豊満なものがあたります。むにゅっと抱きしめられるの変だよね。やばいよね。
「逃げたら、男の姿になるよ」
脅されてる。
「アリスはチョロいから、誰かのものになる前に自分のモノにしたいってみんなに思われているの。魔物にもね」
「魔物に? なんで」
いろいろ聞き捨てならないセリフがいっぱいだ。
「ところで、ヒューの種族、鬼獣は妊娠期間が平均十年なのね。だからサラの子じゃないよ」
十年! めっちゃ母親大変。そしてどんくらい、産まれる子供は大きくなってるんだ。居巨大児すぎるお産は手伝いたくない。
「だから近年は鬼獣国も少子化が進んじゃって。男性は多妻制で奥さんを何人持っていても構わなかったんだけど、自分が妊娠してるのに浮気する男に嫌気がさして出て行く女性が多くて過疎化が進んじゃって、ヒューは自分の国の中で女人を知らなくて。だから女の子の扱いを知らないの」
確かに子が十年も産まれなきゃ、少子化まっしぐら。そしてそりゃ十年も腹がデカいままで、夫が他の女に手をだしてたらね。まあ……何とも言えない。そんな事情はゲームではなかったなあ。
「それに、ヒューのお母さんは聖女候補。聖女になる前に鬼獣国から逃げたら魔物に殺されて死んじゃった」
重い……。それに反比例するようにヴィオラの手がさっきから太ももを撫でてくるんだけど、助平じいさんか。
「ほら重い話には、ちょっとライトなタッチングがいいよね」
「よくない」
「でね。十年も無駄になるから、鬼獣自体と結ばれる人がますますいなくなって。だからヒューはお嫁さん探しの旅に出たんだよね」
「え」
「聞いてないの?」
「聞いてないよ! 自分の国を滅ぼした魔王を討伐でしょ?」
「みんな各地に散って、自分の子を宿してくれるお嫁さん探しだよ。ぶっちゃけ、どっちみち過疎化が進んでるし、自分の遺伝子残す方が大事じゃん」
「……おのれ」
「で、アリスを気にいったみたい」
「……全くそんな様子を見せませんがね」
ヴィオラがうんもう、て頬をつついてくる。ムニュムニュしてる肉体に包まれているんですけど、なんだろう、これ表現をもっと肉感的にしたら抵触するので触れないでおこう。
「時々一部獣化してるじゃん。アレは求愛行動だよ」
「あのヤロウ」
時々見せる牙や耳やらに焦る様子はそれだったのか。
「でも全くの勘違いだと思う」
この国でモテてもなー、ってゲームだから私ヒロインだから仕方ないのかな。楽しむのも――なんか変なキャラばかりで、イケメンなのにどSだし、ヴィオラは男だか女の子だかわからないしな。抱きしめられているけれど。
「ところでね、アリス」
「はい、きましたぁ!」
「……なに?」
「ううん。いや、そろそろかなと思ったの。本題」
だって思わせぶりに“話したい”と言われたんだもの。




