44.聖女はお尻を見てしまうの
「ね。イヴァン、どうするー?」
と、突然ヴィオラはザボンとお湯から上半身をだして、口に手を当てて竹細工の壁へと叫ぶ。
は? まさか隣にいるの? と思うけど、静寂が場を満たしていた。虫の音が響くだけだ。
「ヴィオラ、ちょっとやめてよ。いるわけ……」
「隣にいるよ。イヴァンもレジナルドも」
あっさりとヴィオラは左右に結んだツインテールを揺らして、「ねえ」と呼びかける。「アリスの服どうしようか」と。
ヴィオラさん、ヴィオラさん、何をしているの?
「男性は、入浴中は一切の音をたてず気配を絶たなきゃいけないの」
「は」
なんと無体な。ていうか、本当に何も聞こえない、虫の音さえも聞こえない。いや、こういうとき虫の音が聞こえなくなる時こそ敵の襲撃があったりするけど。とりあえず無音が場を満たす。
「えーと、二人ともそこにいるの?」
無音。
ほらとヴィオラが指したのは『十か条の、その九、のぞき見するべからず』
「隣に男性がいるとわかると、女性がむらむらしてのぞき見しちゃうから、男性は気配を一切感じさせちゃいけないの。マナーなんだよ」
なんて、理不尽! というか、女性がむらむらするのか。男性が一切音を立てないようにするのか。色々大変、じゃなくて、女性がのぞき見するべからず?
「……見る、の?」
「見たくなるでしょ?」
「えーと、あの」
たしかに、ちょっと、あの筋肉は、みたい。かも。
「だって、女性の装備はあんな感じの露出だもん。今更。男性の装備が分厚いのは女性がむらむらしないようにだよ」
「……ヴィオラ。もう少しお手柔らかに説明してくれないか」
――いた! レジーさんがいた!!! レジーの苦笑交じりの声が湯煙の向こうから聞こえてきて、慌ててアリスは立ち上がる。
「すまない、アリス。もう出るから」
前言撤回です。言葉にはしていないけど! 何も邪なことは考えていません!!
「そんな、なにも」
「もちろんアリスが何か考えているとは思ってないから、安心して欲しい」
いえごめんなさい。不純の塊でした!
「お前。他の男に発情するな」
ざばり、と音がする。お湯から出た音だ。ていうか、イヴァンいたの! そして二人とも見張りをしていてくれたんじゃないの!?
「別に風呂に入っていても見張りはできる」
「いざという時、どうやって闘うの!?」
「防具なしでは戦えないとでも?」
「いや。あの。私の目が……困ります」
フル〇〇で槍を振るわれても。自分達がお風呂から出てからにしてよ。なんで同時に。
じゃなくて、戦闘になったら裸の自分の身体を隠す心配もしとかなきゃいけなかった。
「同時に隣に入ったほうが守れる。合理的だ」
「ごめんね、アリスはむらむらしちゃって困っちゃったんだよ」
「ヴィオラ!!」
あなた、時々天然に見えて実はわざとな気がしてきた。ざばり、と音がしてぴたぴたと足が床を踏む音がする。どうやら出て行くらしい。ホッとする。
「襲撃だ、入るぞ」
「え! ちょい待ちっ」
いきなりその襲撃という声とともに、茂みから影が飛び出す。
ぬちゃっと二足歩行のような人影が月に照らされて、出口を塞ぐように洗い場に両手両足で着地する。
二つ目はやけに大きい、そして四つ足は水かきがついている。頭には平たく円形の銀のお盆。そしてドナルドのような嘴。
魔物が見えたのは一瞬だった。
何故ならその直後に、アリス達の前に魔物との間に槍を持った人影が庇うように着地したからだ。
逞しい背中と、きゅっとしまった筋肉質の二つに割れたお尻。その影がすくりと立ち、全身鍛えた筋肉に覆われた裸体をさらす。その両手がくるりと槍を一回転させていざるように左足が床を滑り前にでる。
「イヴァン……」
「下がっていろ。アリス」
定番セリフですが、下がるも何もない。
「……ここ風呂の中なんですけど」
――恐れていたことが起こってしまった。そこには裸のイヴァンが槍を構え立っていた。




