43.聖女はレオタードで、むらむらさせてたの
なんかまた重い告白カナと思って着いた先は、あちこちに石灰岩の瓦礫が転がる街跡。
時計塔がひっくり返ってぶっ刺さってんのはシュールだけど、それなりに栄えていたのかなと思う。
というか、まだ動いてる。十八時五十分。首をかしげてなるべく同じ目線で見ようとしていたら、イヴァンに頭をはたかれた。
「何をしている。早く野営の準備をするぞ」
「はあい」
今日はサボサボのステーキだそうだ。あとはサボサボと薬草のスープ。今後の水分補給はサボサボになると。
とろりとしているけど浸透圧はどうなのだ。十分な水分補給になるのかな。サボサボを斜め切りにして、その中央に切り込みをいれる。そうすると水分が沸いてくるから簡易的な平たいコップになる。
水分を摂りつくしたサボの身はこんがり焼いて、それを顔をうずめて歯でこそぎとる。
ヒューが恋しい。彼ならばもう少しまともな食事にしてくれたのじゃないだろうか。
「料理ができる男の人って大事だよね」
「なんだ?」
「んー。早くヒューに会いたい」
呟いて慌ててヴィオラを振り返った。ヤバい、ヴィオラとヒューは公式カップルなんだよね。と思えば、にこりと笑われた。そして、アリスの目の前を指さす。むしろ不機嫌なのはイヴァンだった。
「俺の何が不満だ」
「――ご飯」
「……」
「オイシイご飯を作れるメンは点数が高い」
「……そういうお前はどうだ」
「ゲテモノ料理は作ったことがない」
「簡単だ。すべて、魚系、肉系、植物系と分類すれば何でもできる」
「さばけない」
「――のはお前の甘えだ」
「俺達は料理人じゃないからね。ヒューのは特殊、というより得意とみよう。それより、そろそろ寝る支度をしようか」
「すみません」
穏やかに笑うレジーさんに相変わらずの子供っぽさを見せた。というよりも、今日も疲れたよ。でも、どうやら温泉があるらしい。この小さな温泉町も聖女サラが浸かった聖なる温泉があって、だから魔物が寄り付かないらしい。
――聖なる泉は前の世界でもあった。
信仰厚い女性が祈り、泉が涌いた。
盲目の女性が洗浄したら見えるようになった奇跡の泉。聖なる“温泉”って何だ?
まあいいや。今後、私がつかればさらに御利益あらたかな温泉になるよね。
二人が二階建てで崩れてない石壁づくりの家を探し、そこで夜を明かすことになった。
「うん。……温泉、だ」
町の中央まで歩いて五分。ヴィオラと並んで木造りの他人様のお家の玄関のような引き戸をからからと開けると、もくもくと湯煙。
あちこちの柱がかびて変色している。この温泉街ならではの町内の公衆浴場的な。
「うわあ。面白いね、温泉って」
「ヴィオラは入るのは初めて?」
「うん。話には聞いたことがあったけど」
「誰から?」
というか、温泉があるってことは活火山か何かがあるのかな? 不死鳥が産まれたりして。たしかどこへでも移動できる……いや、この記憶には触れていけない気がする。
「誰だっけ? とにかく、確か裸になるんだよね」
日本以外だと水着でプール感覚で入るのが常識だけど、ヴィオラのいうお作法は日本の温泉だ。
そして脱衣所で彼女が見ていたのは『温泉に入る心得十か条』という木版。壁に打ち付けてある、日本語だ。
「『その一、裸で入るべし。その二、かけ油をしてから入るべし。その三、タオルを入れるべからず。』」
読み上げるヴィオラに思う。誰だ、書いたの。しかも油じゃなくて湯!
「ちょっとおかしいから真面目に見ちゃだめだよ」
温泉経験者として、真面目に読んでいるヴィオラに注意しながら、服、じゃなくて、装備、もといレオタードを脱ぐ。
「――『その四、放尿、脱糞、放屁をするべからず。その五、魔物の持ち込みを禁ズ。その六、入れ墨禁止。その七、魔法禁止。その八、武器の持ち込みを禁ズ。その九、のぞき見をするべからず。その十、変身するべからず。』だって」
「……大事なのもあるけど、末尾揃ってないし」
日本のルールっぽいけど……内容が変なのもある。この世界ならではというか、しちゃう人がいるからだよね。て、魔物の持ち込み? 魔物は勝手に入るのじゃ? それに、覗き?
女子風呂だよね。暖簾には『女風呂』と達筆な楷書で書いてあった。
(でも。男性用にも同じ掲示板があるのかも)
それとも、朝と夜では入れ替え制? お湯はなみなみでアツアツ。魔物に制圧された世界なのに今は誰が掃除して整えるの? ゲームだから世界がこんなんでも、衰退していないのかな。
脱いだレオタードを何となく洗いたい気がしたけれど、クンクン匂いを嗅いでも臭くはない。この世界、排泄の必要はないから、発汗なし? 洗い物もしなくて平気?
でも、脱糞しないように、という注意書きがあるということは、できちゃうのかもしれないし。
「よし、レオタードは洗おう!」
アリスは言って、温泉の洗い場に備え付けの身体も頭も顔も全て洗えますというサボサボ石鹸でレオタードを洗う。
もちろんサボの棘を落としてあるただの成分入りという品物だけど、便利だな、サボ。
壁に道具屋にて百ペイで販売中とあるから、帰りに買っていってもいいかも。
(あ、お金ない)
イヴァンにねだったらいいかな。レジーは笑顔で買ってくれそうだけど、もう少しいい物をねだりたい。
「あれ、アリス。レオタード洗うの?」
「うん。今のうちに洗っとこうと思って」
「それ、洗うと透過防止効果半減するよ!」
「え!」
「薄い女性用生地は透過防止とむらむら防止効果がつけてあるのに。ダメだよ、洗ったら落ちちゃう」
アリスは、濡れた白いレオタードを掲げた。もう効果おちた?
「うーん、私は防具鑑定ができないから、どうかはわからないけど。しちゃったものは仕方ないよね」
はやく知りたかったけど、自分が悪い。“むらむら防止効果”って、あれだよね。男性がむらむらしないように、だよね。
そのまんまや。ただのレオタードだったのに、本当にただのレオタードになってしまった。
仕方がないから洗ったレオタードをぎゅうと絞り、木に吊るした。……イヴァンにまた怒られる。
(イヴァンに、だいぶ支配されてない? 私?)
なんか、教育なのか、調教なのか。いやどSだから……その支配に少しずつ浸食されているのかもしれない。怒られたら、また私のM度があがりそうです、頑張れ私。
ちなみに、レジーたちは外で見張りをしてくれているようだ。
(面倒はみてもらってるんだよね)
この世界に放りだされたら、困るし。怒られても仕方がないのかな、私が悪い――というのはDV被害者の考え方だ!
いけない、いけない。洗脳されてきたかも。
「アリス、アリス! 服が千切れちゃうよ!」
ヴィオラに現実に戻されて慌ててアリスは左右に引っ張っていたレオタードをはたいて、木に陰干しする。
こういうのは乾きやすいだろう。ま、レジーさんにむらむらされるのはいいか。
ちゃぽんとお湯にはいると、ちょっと熱めだ。入れないほどではないけど、長湯をしたらのぼせるだろうな。
「いい湯だね」
ほわーとしながらつぶやく。何しに来てるんだっけ。忘れそうだ。
「そうだね、ヴィオラは平気?」
「何が」
外国人は熱めのお湯が苦手だから。そう聞いてもヴィオラは平気そう。それにしてもヴィオラは胸が、おっきい。
「アリスは胸がおっきいね」
て、アリス自身が相手への感想を控えていたのに、いきなりはっきり言う。
「レオタード、サイズ合わなかったのかな?」
「合ってるよ」
残念ながら子ども用Sです。見たよね……。
「あ」
ヴィオラが手で口を覆う。何。そのまんまる瞳は忘れてたという顔だけど、どこかわざとらしいかも、そんな風に思うようになった私は心が汚くなった……。
「子供用だったよね。おっきくなる効果付与されていたかも」
「何それ!」
「だって子供は大きくならないといけないでしょ?」
その理屈はおかしいから! 服でずるしちゃいけないから!
アリスは慌ててお湯から立ち上がる。そして狼狽える、見下ろした自分の胸はよくわからないけど。両腕で掴んでみたら確かにおっきくなっているかも。何だ、その効果。
「レオタードつけているうちはフィットしているけど、脱ぐとおっきくなる効果だよ。これからはおっきい人用のサイズ買わないとダメだよね」
そのアバウトな着用条件やめて。でも今のレオタードでも平気だよね。
「……着用時、ちっちゃままならいいじゃん」
「でもむらむら防止効果消えちゃったかもよ。子供サイズにむらむらしちゃう魔物続出だとアリスがおとりになるのかなぁ」
ヴィオラって実は隠れSですか?




