42.聖女は濡れてしまうの
しかもこの多肉植物、葉の部分がうねうね動く。根っこも見えてうねうねしている。移動できるみたい。黄色と黒という一番嫌な組み合わせ。
「落ちないから、落とさないで!」
「了解、俺のアリス」
なんだか、この人ツンデレなんだろうか。しかし、この状況下では何とかして―としか思えない。
「あなたを信じている!」
戦いの実力についてはね! 彼の身体が光る、そしていきなりジャンプした。巨大化した多肉サボちゃんを袈裟切り、斜めに体を回転しぐるりと回り周囲を一刀両断。
「どうする? コイツ夕食にする?」
と、ヴィオラの不穏な声が聞こえてきた。そうだこの世界は――魔物が食用……。
「じゃなきゃ焼き払うけど」
「――アリス、いくつか持てるか?」
え。私何もできないし、あなたに引っ付いているので精一杯。しかし、イヴァンは既に残りの多肉植物に切り掛かっている。
(できない、とは言えない私ですけど!)
「棘は無理!」
「わかっている」
イヴァンが切り裂いた平たくてデカい葉を飛ばしてくるから、アリスものけぞって掴む。これが夕食か。なんかモンスターを食べる的な漫画なかった?
そして二、三枚抱えてイヴァンとの間に挟み込む。それで抱き着くと、なんか植物から出てくる水分でお腹がびちょびちょに濡れる。
その時、大きな声が響いた。
『“――地獄の獄炎!!”』
ヴィオラがロッドを下へと払うと、大きな炎が地面を走る、その炎は地面を焼き尽くす。
この言葉、変じゃない? 中二病以上に……“頭痛が痛い”。みたいな。
とはいえ、ヴィオラの魔法の威力はすごかった。あたり一面が炎に包まれる。これでは全ての魔物は消滅したとしか思えない。
(ていうか、ヴィオラすごかったんだね)
……聖女、いらなくない?
イヴァンはジャンプしたまま滞空しているけど、これでは降りられない。だんだん近づいていく地面。顔が焼けそうな程熱くて痛い。
「アリス。顔を俺の体につけておけ」
「ありがとう」
思いきり伏せさえてもらいます! べちゃべちゃのサボテンから出た水分は顔につけても平気だろうか。肌が荒れたら困るからやめとこう。と思いながら、ヴィオラを中央に、炎が渦を巻いている、これちょっとやそっとじゃ収まらないよ。
「アリス、思いきり掴まれ!」
イヴァンの焦る口調にしっかりサボテンごと抱き着く。そのとたん爆風が吹き荒れた。
渦をまくというより、嵐が通りすぎたような風だった。けれどもう炎は消えていた、爆風が炎を煽るよりそれを上回る強さで消し去ったのだろう。
黒こげの大地に降り立つと、レジーが愛剣クレイモアをチンと音を立てて肩に収めたところだった。
ヤダ、かっこいい。背中に剣をおさめるっていいよね、作ったような画だけどイケメンは許される。その背、見惚れる。夕日に照らされて見惚れていいですか。
「アリス、お前、はやく降りろ」
と、イヴァンからいそいそ降りる。つい他の男を足場に、イケメンに見惚れてしまった。女の子は現金なのです。女の子じゃない、そろそろおばさんではないけど中盤にさしかかっていますが。
爆風で消し去るのも見事な連携。すべてを消し去ったヴィオラとその炎を消したレジー。
――じゃあイヴァンの役目は――今夜の夕食を得ること? とは考えてはいけない。私は、ただ背中にしがみついていただけ。
「熱いね、やっぱり」
「焦土と化したな。早く去ろう……ってアリス」
おろしてもらってみんなに注目されて自分の身体を見れば、サボテンの液でびしょびしょ。レオタードが張り付いて、全身が濡れて太ももから雫が滴っている。これプールから上がったばかりなら仕方ないけど。こんな道の真ん中では酷い。さらしもの!
「アリス、少し、はしたないよ……」
何を勘違いしてるの、ヴィオラ!
「お前は、よくも濡らしてくれたな」
またイヴァン怒ってるし。イヴァンも背中がびっしょりだ。でもその台詞切り取るとちょっといやらし。
「とりあえず場所を移そう、魔物を倒せばまた魔物を呼ぶ」
レジーにそうなの!? と返す余裕はない。そんなの初耳だ。怒っているイヴァンに背負えと言えるわけもなく、サボテンで前を隠しながら進むけど、これドンドン液が滴るから、私も濡れるんですけど。
「貸せ。そんなに上も下も濡らすな!」
「酷いよ、頑張ってるのに」
だから会話を切り取ると嫌らしいんだってば。
「サボサボは切り口を上に持てば垂れてこない」
「そうは思ったけど、斜め切りなので垂れてくるの!」
ムッとイヴァンはだまり、ヴィオラに軽く切り口を焼くようにと頼む。そうすると雫は垂れてこないらしい。
その隙にまじまじと見つめてくるから、なんだか気まずい。濡れたレオタードを見てくるのは変質者です。
「お前はどうしてM度をあげるんだ、濡れ濡れじゃないか」
なんかこの会話だけ切り取り、あやしい。
「あなたがSだからじゃないの?」
「お前がMになるから、俺のS度があがるんだ」
「……」
アリスは無言で、イヴァンに背を向けてレジーの腕を掴む。なんかこの痴話げんかみたいなのヤダ。助けて……。
「アリスも、ヴィオラも先ほどのサボサボの液体を顔や手足に塗っておいた方がいい。ここからは日差しが強くなる」
そしてレジーのこれまでとは真逆な指摘にヴィオラと顔を合わせて、サボサボから出した液体を塗りまくる。身体から垂れるほどではなく、塗るだけ! ちなみに水分補給にのんでもイイらしい。
これからの水分はこれになるかもしれないと聞くと貴重なんだと思う。
「ていうか、本当にイヴァンってアリスのこと好きなんだね」
「どうしてそうなるのヴィオラ……」
「もう好きで好きでたまらないって感じ」
「……どうしてそうなるの、ヴィオラ」
そしてまた女子トーク。濡れていたレオタードは乾きつつあってホッとした。聖女教会にはまだ遠く、今夜は滅びた街で夜を過ごすらしい。
こういうことは全部お任せ、何気にレジーさんたちはフェミニストだから助かる。イヴァンはさておき。
これで他の区のメンバーはどうなるんだろ。三区は女勇者? しかもレズ? 発売時、たしかこの頃になると、LGBTQの波で色んな主人公を入れなきゃいけなかったからな。案外四区はゲイの主人公だったりして。
女なしでもゲームはあり……はないか。ゲイやレズを入れなきゃいけない某国のハリウッド映画でも男女カップルは王道だもんな。
他の区の聖女になるという選択肢はなくなりつつある。今のメンバーでいいかなと思う。よほどの裏や裏切りがなければ。
(でもイヴァンは裏切るんだよな)
わからない。本来のゲームとは全く違ってきているから。
「あのね。今晩は――私と一緒の部屋で寝てもらってもいい? アリス」
思いつめたように、ヴィオラがそう言った。




