41.聖女はマイダーリンと言うの
「ねえねえ。『おぶって』って、イヴァンに言いなよ。
かれこれもう二時間も歩いている。教会までは歩いて十日。なるべく魔物が出ず、野宿もしない滅びた民家などに泊まれそうなルートをイヴァンとレジーは考えながら歩いているらしい。そんな時にそっとヴィオラが囁いてきた。ちなみにこれまで口数が少なかったのは疲れてきたから。
舗装ルートがまだ続いている。ここは何とレジーのリッチランド王国の領地だからであって、そこを抜けるとその先は悪路らしい。この先もっと疲れるのかと思うとかなり閉口する。足が棒。そんなアリスを見てか、からかいかでヴィオラが言ってくる。
「イヴァン喜ぶよ」
「死んだような目で睨まれるよ」
「絶対内面は違うって」
女子トークなのに、弾まない。なんか内容変。それに嘘だ、絶対嘘だ。そんなのあるわけがない。ちなみに前を歩くのは、斥候に向いたイヴァンで後ろを歩くのはレジー。
後ろのレジーを振り返ると、軽く微笑される。聞こえているかな、聞こえているよね……。
「レジー」
いきなりイヴァンが振り返るから驚いた。
「本当に、お前の国に帰らないでいいのか?」
そうだよね。彼のリッチランド国のゴールドラュシュ城はもう少し進むと二区教会とは道をたがえるらしい。普通は帰りたいよね。というか、見てみたい。
ネズミランドっぽい名前だな、金貨の湧く噴水とかあるのかな、というかあったのかな?
「滅びた城があるだけだよ、止めておこう」
「……」
みんながしんみりする。
「もし魔物がいたら……耐えられないよね」
ヴィオラが言う。確かに国民が魔物にされていたら倒したくないよね。でもレジーは顎に手を触れて考え込む。そう言えば彼らは髭はどうなってんだろ。剃るのか、それとも伸びないの?
今度聞いてみようかなと思ってどうでもいいコトなのでやめた。
「いや……確かに武器や金がいくつかの隠し部屋にある。持っていて損はない。教会後に余裕があれば取りにいこう」
「いいの?」
アリスが聞けば、レジーは頷いた。
「聖女が仲間に加わってからずっと帰ってなかった。そして彼女が攫われてメンバーが壊滅しても探し続けて一区にようやく逃げて君達に会った。どうなっているか見に行く時期なんだろうな」
みんながしんみりしているけれど、疑問が残る。
レジー程の人が、魔王に二区が陥落されて自国に戻らない? たとえ滅びたと聞かされても他者を思いやり責任を強く持つ性格だ、必ず大事な自国に帰るだろう。
そもそも自分の国をほっておいて志願する?
「……どうして、今まで帰らなかったんですか?」
アリスは尋ねていた。彼の方に向き直りまっすぐ見つめる。
「それは……」
彼の唇を見つめる。ひくひくと動くさまを奇妙に思う。
「俺の城は……本来、襲われるはずはなかったんだ」
そして、彼はため息をつく。美しい顔に影が差す、そしてもの憂げで自嘲するような表情。
「アリス。もし俺の城に行くことがあったら全部話すよ。それまでは少し待ってほしい」
みんなも黙る。もしかしたらみんなも知っているのかもしれない。そしてまた秘密!!
ワンファンⅡには、彼はロイヤルという設定しかなかったのに! でもこんなに苦しげだと突っ込めない。
「わかりました。きっと……苦しい事情なんですね。話したくなった時でいいです」
人には秘密がある。レジーの秘密がアリスには関係ないのならそれでいい。
「すまない」
影のあるその顔は、ものすごく美しくてイケメン過ぎてもう駄目。と、唐突に肩に手がかかり、前を向かされる。何? イヴァンが、地獄から這い上がってきたような目でねめつけていた。あ、いたの。
「アリス。お前は、俺に言いたいことがあったのだろう」
「そうだ、アリス、言っちゃいなよ!!」
また焼きもち野郎だな。でもこれって背中におぶってくれるの?
「これから道は長いよ、楽できる時にはしなよ。意地を張ってる場合じゃないよ。利用しちゃいなよ!!」
本人を目の前にヴィオラがけしかける。イヴァンは何も言わない。
「おぶってください。『ご主人様?』」
ぴく、とイヴァンの片眉が動く。まだじっと見てくる。足りない? 仕方ないなあ。
両手をパンと合わせて、少しななめに。そして小首をかしげてみる。
「お願いします。マイダーリン?」
疑問形になったのは、さすがに恥ずかしかったから。これで地獄から這い上がってきたような目で見られたら凹む。
くるっとイヴァンが背を向けてしゃがむ。そして呟く。
「早くしろ……俺のアリス」
え………。
「早くしろ! 聖女!!」
今の聞き間違えじゃないよね。
「うんうん。今乗るよぉーー」
代わりに急いでヴィオラが返事をする。そして早く、と急かす。レジーを見ると実に優雅にどうぞ、と譲ってくる。
「じゃあ、お願いします」
うんこらしょ、とアリスはまたがった。ちょっと言葉にしちゃって思わず赤面。
「きゃあ」とかいえばよかった。
後ろにレジーがいたのに。そしてまた股を広げて乗るのか、というかレオタードだと、もろに肌が密着。でも、ネグリジェよりはいいか。と思う間もなくいきなりイヴァンが立ち上がる。
慌てて首に巻き付けば、「首を絞めるな、胴体に腕と足を巻きつけ。けして足と腕を塞ぐな」
文句を言いかけて気づく。場違いな漫才をするほど馬鹿じゃない。緊迫した声を見抜けないほど医療現場で場数を踏んでいないわけじゃない。
気がつけば、大量のとげだらけの多肉植物に囲まれていた。しかも、後ろは蛇。
「アリス。おろして闘うことはできない。このままで闘うがいいな」
NOとは言えない。
「落ちるなよ」




