40.聖女はイヴァンのデレを見るの
「聖女協会は二区の中央にある。もう守りがないからかなり魔物がいると思うが、それでも行くしかない」
レジーの声に皆が頷く。ローランはなんとかテーブルについて、「行く」と言い出しそうなのを、グレースが遮る。
「ローランはまだ動けないから、私が付き添うわ」
「そうなるとヒューも残ったほうがいいな」
「いや。さすがに二区の中央のほうが魔物は集中している。ヒューも連れていって……」
「君はいいかもしれない。けれどグレースだけを残してもいいのかい?」
レジーに突っ込まれてローランはもともと蒼白な顔を更に白くする。
「俺とイヴァン、あとはヴィオラ、そしてアリス。アリスは全力で守る。だからアリス、来てもらっていいかな?」
皆の視線が集中する。ここで行かない、と言っても何も進まない。やっぱりレジーがリーダー感満載だ。もうリーダーになっているのかも。
「わかりました。行きます」
そう言えば、と出たところでイヴァンが言う。白い水着には胸をパッドを入れたら幼児体型からは免れた、見送りにきたヒューがまじまじと見つめていたからデリカシーがないな、と睨んだら、勝手に頷いていた。フツーは凝視しないだろ。
「悪くない」
「悪い! 『悪くない』は褒め言葉じゃない!」
「じゃあ、良い、好きだ、俺の好みだと言えばいいのか! 言ってやる、俺の好みだ!」
「やめて!!」
「お前はケツが上がっているから、子供を産むのにも適した体型だ」
「やめてぶん殴る――」
ヴィオラが殴っていた。顎をグーパンチで。すごいヴィオラ。え、嫉妬?
「ヒュー……」
「ごめん」
「もうすぐ発情期なのはわかるけど、失礼過ぎ!! その時は繋ぐからね」
発情期!? やっぱそんな設定ないよ。怖い。成人向けゲーム? のわりにダークモードに入ってる。闇落ちゲームなのかなあ。
そう言えば、もう見ないけど初期の夢は変なのに繋がれてたような。あれオープニング?
「アリス大丈夫だから! 発情期にはどっかに繋いでおくからね」
ヴィオラも怖い。嫉妬かなあ。
それに構わないみんなの会話。とりあえず、水着装備にふれないでくれてありがとう。これからだんだんと暑くなってくるというけど、日焼け対策と、街はあるのでしょうか? 魔物はくるのでしょうか?
「――三区からのデビルズマウンテンの口は閉じていない。なのに、三区のグレタ達が二区に来ていたのはどうして?」
「恐らく、ティモシーだ。二区のレアアイテム狙いだろう」
「一区は魔王に下っていない、だから盗賊まがいのことはできない、か」
アリスがわからない、という顔をしているのを見て、レジーが説明をする。
「デビルズマウンテンは、魔王城への道だ。一区は閉じてしまったから俺達は教会と共に二区へ向かっているのだけどね。三区の彼らが魔王城に行かずに二区にいたのが不明なんだ」
「ティモシーは軽業師だ。アイテム狙いだろう」
軽業師なんて稼業もあるんだ。なんとかの太陽?。
あれ? こないだはデビルマウンテンだったのに、会話の中でいつのまにかデビルズマウンテンと悪魔が複数形になってますが…?
「でも、死ぬか生きるかの世界で、アイテムなんて稼いで必要ですか?」
レジーが苦笑いする。
「魔王や魔物がいながらも、この世界でも経済が回っているんだよ」
「ああ。その中でも人は生きてますものね」
確かにゲームの中でもお金は必要だった。
「ティモシーならば鑑定である程度アリスの能力がわかったかもしれない」
不意にレジーが言い出してぎょっとした。石畳は、まるでオズの都へと誘うようだ。ある程度発展していたのかな。一区よりずっと整備されている。でもここをずっと歩けと言われたら死ぬ。飛空艇とかないのか、このゲーム。
「鑑定って……宝石とか」
「ティモシーはアイテムの鑑定ができるけれど、人の状態も見抜くことが出来る能力持ちなんだ」
なんかやだ。
「アリスのすごい魔力値がわかるかもね! 隠れたアビリティとか」
「何でもない人、と表示されているだろうな」
「……煩い」
「だが、スリーサイズも体重もわかるという」
イヴァンを振り返る。スリーサイズだと!
「鑑定士を洋品店に置くのはそのためだ。アビリティまでわかるようになるには修行が必要だが。あの店主はお前に似合う装備としてあのアーマーを勧めたのだろう」
「アンタも反対してたじゃん!」
「今になって、あっちでもよかったと考えている」
「今頃まで考えんな!」
むっつりめ。そうだコイツはむっつりだ。
「それからアンタじゃなくてイヴァンだ。主人の名を間違えるな」
「主人契約はしてません」
「口頭では、した」
だんだん呆れてきたのか、レジーも何も言わなくなってきた。
「じゃあ、イヴァン様、とでも。それとも『ご主人様』とでも呼んであげましょうか?」
ピタリ、と足が止まる。イヴァンが足を止めたことに気づかず、みんなが先を行く。アリスは数歩歩いて気づいた。
「イヴァン?」
彼は考え込んでいる、手を口に当てている。
「ねえ――『ご主人、様?』」
アリスはもう一度読んでみた。イヴァンは黙ったまま動かない。顔を合わせようとしてもみてくれない。そちらを見ようとしてその不審さに少し近づいて、顔を見上げると彼は顔を逸らす。しばらくして、そのまま口を手で押さえて呟いた。
「――もう一度、呼んでほしい」




