38.聖女はレジーと距離を模索するの
改めて部屋に入り、二つの空いたベッドそれぞれに座り二人は向かい合う。距離というのは難しい。近すぎても、遠すぎても互いの心は開けない。
ある時、実習でうまくできなくて落ち込んでいたら、看護師の教員に背中をさすられて驚いた。
自然に相手に触る手が出てくる人たちなのだと。
自分がなってみると、相手の状態を見ながら手を置く時がある、擦る時もある。大丈夫かなと思いながら。
不思議な職業だ、慰めるため、心を開いてもらうために、客相手に触れることができることなんてそうそうない。
アリスは思う。彼とのこの距離が近くなることはあるのだろうか。
「この距離だと話しにくいな」
レジーが微苦笑しながら、呟く。それはアリスにはっきりと聞こえるものだった。
「俺は男だからね。アリスを怖がらせたくない、だからこの場所で許してもらってもいいかい?」
「……はい」
彼は体格がよい、でも部屋が狭く感じない。紳士的でさり気ない存在感。
そして相手と話す時の距離、隣同士にならないように気を付け、理由をアリスが不思議に思いそれに伝える必要性にも気づいている。それに驚きながら頷く。
「あの。――サラさんとはどのように会ったのですか?」
聞きたいことはたくさんあったのに出てこない。でもサラはどこまで知っていたのか。優秀だった彼女は教会ではどのくらい教育を受けたのだろう。
「ある時、教会から告知が出てね。聖女が召喚されたから魔王討伐パーティー志願者は教会に集まるように、と」
「告知ってどのように?」
時代劇のように街中に張り紙? まさか某魔法小説のようにフクロウ便?
「なんていうのか。拡声機というのか。教会から二区全体に流れてくるんだ」
「……それって、魔物側にも知られません?」
自分の時もそうだったの?
「そうだな。だから魔物の攻勢も激しくなったのかもしれない。ただ教会周辺に魔物は寄り付けないんだ。その声は他の区にも届く。ただ、俺達はアリスが来たのを知らなかった」
「……なんででしょう」
わからないと首を振りながらレジーは続ける。
「そして指定日に集まった俺達パーティーの目の前にサラが歩んできたんだ。全く迷っている様子はなかったよ」
「その時、サラさんにはわかったのですね」
話を続けるレジーにアリスは気づく。
「その時、俺は期待したんだ」
一瞬、仲間になるという続きかと思ったけれど、違う。髪を掻き上げて、窓の方を見るレジーの顔は自嘲。
隣にいたメンバーの勇者の前で足を止めた聖女。その彼女の前に傅き、手の甲にまるで唇を触れるかのような動作。
「実際は、その甲に額を当てただけだけどね」
やっぱり、レジーはサラが好きだったのだ。
「……サラさんはとても魅力的だったんですね」
レジーは実際とても男性的な容姿だ。優美だけど、顎や頬の線も男性的で角ばり、首も太く、上半身から下半身まですべて硬い筋肉で覆われている。動作が流れるようだから秀麗と思わされるのだ。
その彼を一目で魅了したサラという女性は、どんな人だったのだろう。同じ日本人?
けれどレジーは首を傾げた。
「どうだろう。確かに全員が彼女に目を奪われていたけれど、今にして思えばだんだんと記憶がおぼろになりつつあるんだ。彼女が仲間にいる時は気を惹きたくて、一瞬一瞬の動作に見惚れていたが……今そうして言われると……わからくなる」
不意にレジーが困惑の表情を浮かべる。あんなに彼女に傾倒していたのに。レジー程揺るがない信念を持ち、影響を受けないような人がどうして? と不思議になる。
「そういえば、サラさんはとても強力な聖女だったとか。魔法もなにもかも?」
「――そうだな。彼女は書を開いて敵を倒す魔法を使っていた。いわゆる神聖魔法というやつだ。書は教会でもらったと。そういえば教育が終わり聖女と認定されてから触れが出るらしい」
「もしかして、私の知らせが出なかったのはまだ教育が終わってなかったから?」
まだ目覚めたばかり。変なおっさんに襲われて――。
「っ、や」
小さく叫んだアリスが手を口に当てて、首を振るのをみてレジーが慌てて歩み寄って肩を抱いてくる。
「アリス?」
彼が肩を抱いてきたという喜びはなくて。大きく息をはいて、心を落ち着かせる。
「なんでも、ないの」
あの光景を押しやる。気持ち悪さ、あの時のことを忘れたい。衝撃的過ぎる。他の聖女達も襲われたの? まさか芸能界みたいな成功する前にプロデューサーからの洗礼?
「なんでも、ない」
「何でもない、という顔じゃないよ」
彼はその場にいて、それから肩をぽんと抱いて頭を軽く撫でる。
「――妹がいたんだ。君は少し似ている。今は、いないけど」
「……魔物に……ですか?」
殺された、もしくは魔物にされた、にごして聞いてみる。無視できる流れじゃなかった。
「幸い違う。病気でね」
少しの間がある。アリスは目を閉じた。彼が頭を撫でてくれるのが心地よい。
「幸い、じゃないですよ。辛いことに比較はできないから。他人への気休めなんていいから。亡くなったということ、悲しい気持ちは出していいんです」
魔物に殺されるより、病気で死んでよかった。それを当事者に言われたら人は「そうかも」と思う。慰めることができる。
でもそうじゃない。喪失感は同じ。亡くならないほうがいいに決まっている。
「私は、教会で、誰かに襲われたんです」
ピタリ、と止まる手。でもこの態勢は変わらなかった、うれし。身体を離されたら凹む。
「誰か? 魔物か?」
「わかりません。半分まだ横になっていて。魔力値がどうとか騒いでいた。そのあと」
貞操を奪われそうになった。そんなことを言っていいのかわからない。言いたくなる。慰めてくれるだろう。もしかしたら縋れるかもしれない。そうやって男性の気を惹く女性も多いだろう――けれど言えなかった。
引かれそう、頼れない。レジーは自分を好きじゃない。やり方がわからない。
「そのあと、誰かが訪ねてきたみたいで揉めていて。その人が私を気絶させて教会に火をつけた」
「気絶させた?」
「目が覚めたのを見て、お腹を殴られたんです」
笑って彼から離れる。自分から離れてしまった、残念だけどこのくらいが慰めてもらえる限界。お腹を見せようとしてやめる。ただ服の上から撫でる。
レジーが顔を曇らせる。
「痛みで気を失わせるのはとても……。アリス、そのあと病院にかかったのかい?」
病院があったのか! なんで誰も連れて言ってくれなかったのか。というか。私病院で働いていたと言えば! 説明がもっと簡単だったのに。箱とか言うから!!
「いいえ。グレースが見てくれたので」
一応、レントゲンみたいなことはしてくれました。あれ? エコー?
「ああ。グレースは王女だから祝福があるからね」
その祝福とはなんぞや。
「俺も王女じゃないからわからないけれど、仲間の治癒や能力アップだと聞いた」
「そういえば、レジーさんの能力は?」
確か、ゲームでは戦士。ついでに仲間の知力をあげて魔法発現や攻撃の速度をあげていた。
「……ただの、戦士だよ」
何か含んでいるな。この世界では、アリスが知っているのとかなり違う。でも、伝説の宝剣クレイモアを持っているだけで、既にすごい人なんだけど。そしてロイヤル。職業ロイヤルでいい。グレースも職業王女で通用。そして私は“何でもない人”
二区の神殿行けば、転職できるのかな……。あ、教会か。
「君が教会で酷い扱いがされたのは分かった。二区の教会には俺達だけで行って、君はここでまっているかい? イヴァンかヒューを残していくから」
「いいえ。……私も能力が欲しい。だから行きます。できるなら転職します」
イヴァンに襲われたことは言わなかった。キスをされたことも街の入口に置き去りにされたことも、まだ本人に聞いていない。どうせどうしようもないことを言うのだろうけど。
「転職? アリス、君は――」
レジーが口ごもらせる。
「君はかけがえのない、聖女だよ。特に俺にとって、は」
月明かりの下で、なぜか彼は少し困ったようでじっと見下ろしていた。なぜか目が熱を込めていたように感じた。




